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  • 卑怯 へ行く。

 *Revin [#peeb2ddb]
  例えば友達の家に遊びに行き、テレビゲームをしている時のことを考えよう。
  そのゲームの中には、強すぎるアイテムがあり、それだけを使っていれば圧勝してしまうようなものであったとする。
  そこでゲームの面白さを保護するために「そのアイテムは使ってはいけない」というルールを作ったとする。
  これは当事者間の同意の上で定められた規則であり、それはゲームの面白さを保持するのに必要な措置である。
  しかしある友人が、負けそうになったために「禁止されたアイテム」を使って、あっという間に逆転してしまった。
  その場で負けたくなかったがために、ゲームの面白さを維持するため必要であった規則を破ったのだ。その友人は「卑怯」である。
 
  こうした「明確で妥当で公正なルール」を侵す行為に対する「卑怯」という評価は正しいが、世の中で叫ばれる多くの「卑怯」は、果たして正しく使われているのだろうか。
  例えば戦争をしている軍隊が奇襲攻撃や撤退をしたことに対して「卑怯だ!」というのは誤りである。軍隊も伊達や酔狂で命を賭けているわけでもないし、自分の国の人々の命もかかっているのであり、「卑怯」は印象の域を出ない。
  議論において、相手がボロを出すのを待つ技術は「卑怯」ではない。そして口を滑らせた愚か者に限って「卑怯だぞ」と口にするものだ。
  これらに共通するのは、その行為をされた者の想像力・シミュレーション力不足、あるいは楽観・注意力散漫・怠慢・判断力不足である。
 
  以上のことを考えると、どうやら「卑怯」という言葉は、名・形容動詞のものと感動詞のものの二種類があるようだ。
 
 →[[卑劣]]
 →[[ずるい]]
 
 
 *とつげき東北 [#zf2ab862]
 
  道徳など無視して利益を得ようとしている人間に対する最高の賛辞。
  そうした人間は、自らの狡猾な行為によって貶められた人が、悔しがって「卑怯だぞ!」と叫ぶのを見ることで、いっそう快感を得る。
 
  なお、あるゲームにおいて、お互いの取り決めによって「使ってはならない」と定められたアイテムを使うことは卑怯だが、それと似た効果を発揮するアイテムを使うことは「卑怯」ではない。それが不都合ならば、あらかじめ「こういう効果をもたらすアイテムは使ってはならない」と決めておくべきなのだ。
  ところが、「上手」と「卑怯」との間にあるこの種の断絶に鈍感な者は、自分に不利なアイテムを使われただけで、「ずるい」と言い出すことがしばしばある。
 
  筆者が中学〜高校の頃に特にはまっていたゲームで、ゲームセンターで他人と対戦する「ストリートファイター2(及びその続編)」というアクション対戦ゲームがあった。このゲームでは「投げ」をうまく決めると強力だった。もちろん上手になれば「投げ」を返すことができるのだが、圧倒的多数を占める下手くそなプレイヤーにはそれができず、「投げは卑怯だ」「投げハメだ」などと主張しはじめた(この傾向は当時、雑誌等の記事を読むに、全国的であった)。
  ゲームセンターでは「投げハメは卑怯です」という「注意書き」までも筐体に貼られる始末だった。しかしながら「投げハメ」の定義は非常に曖昧であり、単に上手に投げることでさえも相手は激昂するという有様だった。好調時には50連勝などする筆者にとっては、彼らが「投げハメ」をしてきても、何ら苦もなく返せたわけだが、彼らにはそれができなかったがゆえに、彼らはそれを「卑怯」だとして禁止しはじめたわけだ。
  少しゲームへの興がそがれたため、2週間ほどゲームセンターに立ち寄らなかったのだが、ある日ふと訪れてみると、例の「注意書き」が、「待ってばかりいては投げられるのも当然のことです。」という言語学的センスを完全に欠いたものに変化していた。
  そう、「投げハメ」は「卑怯」であるとしてしまうと、その定義の曖昧さによってプレイヤーが戸惑うだけでなく、ゲームのバランスが大きく崩れ、また別の(ここにある「待ってばかり」いる戦法のような)「卑怯なプレイ」が誕生するのである。困ったゲームセンター側はようやく、「どんなプレイをするにせよ、うまい方が勝つ、あるいは、勝った方がうまいのだ」という当たり前のことに気づいたのだ。
  一瞬にして豹変したゲームセンター側の対応と、「投げ」を「卑怯」だなどと考えてしまった連中の浅はかさに笑うほかなかった。
 
  重要なのは、ゲームセンターも、投げによって負ける下手くそなプレイヤーたちも、「投げはずるい!」などと叫ぶ行為を一つも「ずるい」行為だと感じていないことである。
 「上手」と「卑怯」との圧倒的な差異を意識できないがゆえに、彼らが何かを「上手にやっている」つもりでありながら、実際にこの上なく「卑怯」なことを平気でやってしまう場合がある。彼らは、ゲームにおいて単に彼らが下手な故に(または運悪く)連続して負けたというだけで、相手を「ずるい」と見なしたり、連続的に勝つことを禁止しようとしはじめる。逆に彼らが勝った場合は、そのようなことには構わない。
  こうした例は筆者が既に小学生の頃から幾度となく繰り返された経験である。
 
  このようにして、大衆によって「善」はもてあそばれるのだ。
 
 #htmlinsert(google.txt)
 - やっぱとつはスト2世代なんだな(笑)俺は昔はスーファミっ子だったのにろ何故か格ゲーはやってなかった。大学生になった今はまり始めたんだが…… -- [[井中蛙]] &new{2006-07-09 (日) 02:38:54};
 - 優しさ0だなw 体力ゲージ半分からとかハンデ合った方が面白いだろ 逆境で勝つ事によって更に快感を得れる 現実では何をしても勝ちを貰うけどな卑怯上等だろ -- [[あ]] &new{2006-07-09 (日) 13:10:21};
 - 当時の中〜高校生にとっての50円ってでかいんだぞ!(優しさとは金銭的豊かさにあることが示された) -- [[とつげき東北]] &new{2006-07-09 (日) 13:59:53};
 - 人から依頼(要求、指導、指示等も同様)されたときに受諾したと解される言動をしておきながら、それを達成する努力を怠り結果として依頼人の期待を裏切ることは、「上手」ですか。それとも「卑怯」ですか。 -- [[うまい]] &new{2006-09-10 (日) 08:35:24};
 - 上手かつ卑怯も存在するだろうし、上手でないかつ卑怯でないも存在するでしょう。上記の定義によれば、両者の間で明確で妥当な取り決めが合意されていて、それを破ったならば卑怯でしょう。それが戦略的であれば上手でしょう。 -- [[ぷりっぷりのおしり]] &new{2006-09-10 (日) 12:02:48};
 - >うまい どちらでもない、「上手」というより「下手」、「卑怯」というより「怠慢」だ -- [[キクロン]] &new{2006-09-11 (月) 21:02:34};
 - 「下手」で「怠慢」ってのは「カッコ悪い」。「上手」で「卑怯」の方が「カッコ良い」。そう言えばうちの家族で昔(お遊びですが)「どうだ卑怯だろう」という自慢の仕方が流行ったことがあった。 -- [[うまい]] &new{2006-09-12 (火) 01:33:05};
 - 誤解を生んでしまったようで、すまん。対義語として記したのではなく上記例の中「上手」「卑怯」に代わる言葉としてという意味だ。言葉足らずで申し訳ない。>うまい  しかし、名言的「卑怯」の対義語はなんになるのだろう?「男らしい」あたりだろうか? -- [[キクロン]] &new{2006-09-12 (火) 12:42:03};
 - 名言に都合良く対義語があるのかは謎だが・・・ -- [[あ]] &new{2006-09-12 (火) 18:47:22};
 - >キクロン 「上手」や「卑怯」(賛辞)ではなく、「下手」や「怠慢」(軽蔑)に値する、という意味? -- [[うまい]] &new{2006-09-13 (水) 00:48:52};
 - 都合よくないから名言的として頭を捻って楽しむのだろ?>あ -- [[キクロン]] &new{2006-09-13 (水) 02:27:58};
 - また、誤解なのか?賛辞も軽蔑も含めているつもりも無い。単純に相互が相容れないだけだろ?>うまい ところで皆の衆、博多 一蘭のドンブリが四角いことをご存知か? -- [[キクロン]] &new{2006-09-13 (水) 02:28:39};
 - >きくろん 正々堂々の方がいけてそう>男らしい  -- [[ぷりっぷりのおしり]] &new{2006-09-13 (水) 16:24:32};
 - 「依頼人」と「依頼人の期待を裏切った人」とは、相互に相容れないだけで、対等な関係である、つまり、いずれかが「上手」とか「卑怯」とか「下手」とか「怠慢」とかは言うことができない、という意味? -- [[うまい]] &new{2006-09-13 (水) 22:46:47};
 - > ぷりっぷりのおしり ありがとアンドすまない。もやもやが解けてきて、今となっては、男らしい含め大衆的思考に陥ってたんだろうと思う。いっそのこと、違法な上、周りが納得しちゃってるよ!的な言葉が相応しいのではと考えるようになっている。何か無いかなぁー。と同時に、名言の対義語を考える事はナンセンスなことかもと思い始めている。最後に、「上手」かつ「卑怯」には疑問を抱かずには居れないのだが。 -- [[キクロン]] &new{2006-09-13 (水) 23:26:55};
 - > うまい ただ、うまいと俺が相容れてないという事を書いたんだが、例自体が「上手」「卑怯」を問う以前のレベルであって、また、「上手」「卑怯」に賛辞を「下手」「怠慢」に軽蔑を含めて書いてはいないという事だ。付け加えると、もう少しRevin氏やとつげき東北氏の文章をよく読み文意を理解されん事を望む。もし軽蔑・侮蔑をもってして書くならば、努力を怠り履行出来なかったことを安易に「上手」「卑怯」などと自己正当化、或は、自慰しようとすることなかれと書いていただろう。 -- [[キクロン]] &new{2006-09-13 (水) 23:28:38};
 - >あ ということで、アンタは正しい 都合よく存在しないな(笑) -- [[キクロン]] &new{2006-09-13 (水) 23:43:11};
 - >あ ということで、アンタは正しい 都合よく存在しないな(笑) -- [[キクロン]] &new{2006-09-13 (水) 23:45:46};
 - 人から依頼(要求、指導、指示等も同様)されたときに受諾したと解される言動をしておきながら、それを達成する努力を怠り結果として依頼人の期待を裏切ること(ケース1)は、良いことだとは思えない。そのことを表す適切な表現がないかをこのウィキで探した。日常言語感覚では「卑怯」が近かったが、ここで解説されている名言的「卑怯」とは異なるので質問した。しかし、ケース1はそもそも名言的な状況ではないので、それを適切に表す表現を追求することはこのウィキの目的から外れている、という気がしてきた。ということで、質問を取り下げます。 -- [[うまい]] &new{2006-09-14 (木) 00:09:05};
 - >うまい 良いことや悪いことはどうでも良いのではないかな? 蛇足だけど、ケース1の場合で履行できなかった事実は、兎も角、次のアクションが「上手」に(周りには卑怯と言われようが!)繋がるような(依頼主との関係が以前より向上する等)戦略を練らん事を期待す。 -- [[キクロン]] &new{2006-09-14 (木) 00:17:40};
 - ''[[????]]'' &new{2009-05-04 (月) 08:29:37};
 投げハメって当て投げのこと?
 スト2の対戦動画
 http://www.nicovideo.jp/watch/sm36736
  
 - ''[[あ]]'' &new{2009-08-15 (土) 03:14:55};
 ウメハラを見た瞬間貴方はもうすでに心の中で投げハメされてる事だろう。
  
 - ''[[sm]]'' &new{2009-10-12 (月) 20:25:03};
 「上手なプレイヤーなら投げハメは難なく返せる」
  というが、これは、
 「悔しかったらやり返してみろ。ハメられるのはお前らが下手だからだ」
  と言い換えることができる。
  これが、命がけの戦争であったり、お互いに十分な鍛錬を積んでいることが前提の競技、スポーツなどであれば、その言い分は通るだろう。
  例えば、投げハメを禁止していないスト2の大会があったとして、それに出場し、投げハメをされて敗北し、卑怯だとのたまうのは無意味である。出場者全員、優勝を目指して練習をしてきていることや、禁止されていない以上、投げハメをされることは容易に想像できるのだから、事前にその対策や準備を怠るのが悪い。
  しかし、ゲームセンターとなると話は別だ。
  プレイヤーのレベルには大きな開きがあるのが当然だ。たかがゲームに、必死に努力などしないという者もいるだろう。また、努力をする必要もない。さらに店側には、なるべく大勢の客に遊んでほしいという事情があるはずだ。あの店にはいつも投げハメして連勝するやつがいるから違う店に行こう、と言われ出したら困るわけだ。
  そこで、投げハメ禁止のルールができるのは不自然なことではない。それは、大勢のプレイヤーが快く遊べるようにするための措置ともいえる。
  自然の成り行きの中で、自分が卑怯と言われてしまうのに対し、他人が下手だから悪いのだ、怠慢なのが悪いのだと貶めるのは、卑怯である。投げハメを返せるよう努力しろと求めるのなら、投げハメなしで勝てるよう努力しろと求められるのも必然だ。
 ~ 最後に、大衆によって善はもてあそばれるとあるが、これは当たり前だ。
  一人の価値観のみによって決め付けられる善は、独善という。
  
 - ''[[とつげき東北]]'' &new{2009-10-12 (月) 22:07:07};
 おっしゃるとおりの事態は当時から進行していて、スト2はダッシュの時代、マニアック層向けのゲームとなってユーザの確保が困難になった。
 そこでターボにおいて、スピードを高速化するとともに突進系の技を非常に強化することによって、「偶然かつる」ことが可能なように変更し(開発チームがそもそも異なった)、再び初心者ユーザが戻ってきた。
 「スーパー」は元々の開発チームが作成し、これまたマニアックになったが、「X」以降はまたもや「初心者向けゲーム」路線に切り替わった。
 ~問題は投げハメだけで済まない。
 いわゆる投げハメがなければ、非常に不利になるキャラクタ(ザンギエフなど)も存在する(というか当時のザンギエフは投げハメがあっても最弱だったが)。
 「投げ不可能モード」「投げは1ラウンド2回までモード」などを搭載して、最初にコイン投入した者が選択できてもよかったのかもしれないが、それらを技術的に提供せずにゲーセンの裁量に任せるのはなんとも悲しい出来事である。結局、「いかついお兄ちゃん」だけがゲーセンルールを破ってしまえば得するのだから、これはもうあらゆる客を遠のけることになってしまう。
 ~確かに大衆迎合をとことんつきつめれば「ジャンケンゲームと気づかれないジャンケンゲーム」に漸近させることが(麻雀のように)対戦ゲームの成功をもたらすのであろうが、そこに知的な何かはない。単に売りたければ、エロい女性が登場する格闘ゲーでも作っておけば良い。
 ~さてゲーム論はともかく、本稿において笑うべきは、ゲームセンター側のあまりにもできすぎた大衆的振る舞いだろう。
  
 - ''[[とつげき東北]]'' &new{2009-10-12 (月) 22:11:21};
 もう1点付け加えるなら、「いかに反復を逃れるか」という知的問題あるいは芸術的問題とも関連する。
 ~卑怯なことに対して「卑怯!」と述べるのは、これはあまりにも非芸術的だろう。それはちょうど、何か強い批評が行われているのに対して、「書き手は批判対象に相当コンプレックスがあるのだろうなww」というお決まりの「分析」を粗雑に置くことと似ている。
 ~卑怯だと感じたならば、何か相応に美しい方法によってそのダメさをアピールしてほしいものだ。
 ~美しければ、間違っていても許されるのだから。
  
 - ''[[ここまで読んだが]]'' &new{2009-10-17 (土) 04:35:56};
 何だ、ただ美的感覚の相違をじゃれあってるだけか
 なんの論破もしていねぇ
  
 
 #comment

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