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 ■ヒトシンカ
 
 ――は我慢できるが痒みは我慢できない:
 
  恐らく完全なでたらめであろう。このような俗説が普及する背景には、当然とされている説をくつがえす説を知った「選ばれし者」になりたいという願望が有ると考えられる。
 
 
 ■とつげき東北
 
 体の――は癒えるが心の――は消えない:
 
 足をすりむいたときの心の痛みは、その傷がそうであるのと同様、数日で消える。
 足を切断してしまったときの体の傷は、一生消えない。
 現代においては体の痛みや傷が医学的進歩や社会的成熟に伴って、そもそも普段体感されにくい経験となっていることと、それに応じて「心の痛み」が人間にとっての痛みの大部分を占めるようになりつつあることが、心の痛みの過度な優遇につながっているように見える。
 大して深刻でない病気になった人の多くが、しばしば症状を必要以上にアピールするのと同様、人々は「痛み」を感じているふりをしたいのである。
 #htmlinsert(google.txt)
 - 体の傷は定量化出来るが心の傷は定量化出来ない。ダメージを受けた対象が物質か否かがその違いを生む。足を骨折すればみな同程度の痛みを感じるだろう。しかし心に何らかの傷を受けた場合その重さを計るのは困難である。例えばブスなんかは強姦に凌辱されても全く意に介さないだろう。寧ろ本望と言ったところか。つまり精神の変化は結局は気の持ち様であり、いくらでもどうとでも捉える事が出来るのである。強い精神力を持とうとする事でダメージを減らす事が可能になる訳だ。心の傷はなかなか消えないなど己の弱さの告白に過ぎない。 -- [[原田]] &new{2006-12-12 (火) 05:12:34};
 - 無能無策な何の役にもたたない上からの物言い乙 --  &new{2006-12-12 (火) 16:51:31};
 - ''[[あ]]'' &new{2008-02-15 (金) 02:20:38};
 お前は原田より無能無策で何の役にも立たない上からの物言いの名無しじゃあないかね。
  
 - '''' &new{2008-02-25 (月) 06:38:23};
 「痛みとチンチンとウンコ」
 社会的な価値観がまだわからない幼少には
 多くの男の子は自分のチンチンを触って遊ぶ。
 人間の体のことなど知らない男の子は、人間はみんなチンチンがついていると思い込む。そのうちチンチンが男と女、オスとメスの区別であると考えるだろう。しかしチンチンを触って遊ぶことはタブーであり、下品であると教え込まれる。風呂場や病院など特別な場所以外でチンチンを出して外を歩いたり、女性の前でチンチンを露出したりすれば犯罪者として逮捕されるように単にどこかの家族などのマイナールールではなく国家規模のルールとして認知されるようになっていく。
 ウンコも同じだ。ウンコは人間の健康状態を調べるためには非常に重要である。ウンコは下品なもの、良くないものというイメージができた。
 男ならあって当然なチンコと、人間の健康状態を調べるための重要なウンコ。
 この二つを下品なもの、気持ち悪いもの、良くないものとしてしまうことは私にとってこれ以上無い苦痛である。
  
 - ''[[ここまで読んだよ]]'' &new{2009-10-17 (土) 17:39:32};
 いわゆる、肛門期ですね
 人間誰しも、肛門期で止まるように出来てますよ
 少なくとも、他人の糞を食いたいとは思わないでしょう、一部のコアな人を除いて
  
 
 #comment

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