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 ■とつげき東北
 
 
  他人や他人の意見を尊重するとは、他人や他人の意見についてよく理解し、相互理解と相互妥協とを見出す営みを指すものであるはずだ。他人の意見を理解さえせずに、「とりあえず自分に迷惑にならなければいい」と考えるのは、何一つ「他人の意見の尊重」ではないのだが、実際には「尊重」はこの意味で悪用される言葉である。
 
 「他人の意見を尊重しなさい」
 という名言を発する人は、
 「他人のくだらない意見など尊重する必要はない」
 という意見を持つ立場をも尊重し、そうした人とどのように折り合いをつけられるのか、またどのような状態においては暴力的・一方的に相手の意見を踏みにじらざるを得ないのかについて、考慮し認識しておく必要がある。
 
  厄介なのは、こうした名言を発する人が、自分たちはおおらかであり、自分たちと対立する意見さえも寛容に受け止められるのだと思い込んでいるために、無自覚かつ搾取的に相手の主張をつぶすことがしばしばあることである。
  まるで、「世界の平和のために」と言いながら、「大儀」さえなく戦争を仕掛けるどこかの国とそっくりである(彼らはそれを「自由」と呼んでいる)。
 
 
  ところで、必ずしもどんな意見をも「尊重」するのが良いことではない。
  日本の税制について、どうすべきかを熱心に研究している研究者の意見と、そこらを歩いているオバチャンの「税金を減らしてほしい」という意見を等価に扱うのなら、それは研究者の意見を「尊重」していると言えるのだろうか。
  逆に、どういったものをどの程度「尊重」すれば、「平等」な意見の尊重となるのだろうか。
  民主主義はこれに対する答えを保留したまま、「多数決」をもって「意見の尊重」であると嘯いている。だから、たまたま人々の思い込みによって批判された団体等(公務員、NHK、JR西など)は、本来あるべき以上に損害をこうむる。こうした暴力が平然と、しかも「正しいもの」としてまかりとおるのが民主主義なのである。
 「多数決=民主主義」ほど、少数者の意見を「握りつぶす」術を制度的に完備した主義はない。
 #htmlinsert(google.txt)
 - ''[[原田]]'' &new{2007-07-04 (水) 08:04:16};
 民主主義の原則は『多数参加の下での多数決制』と言っておけばいいだろう。『皆で決めたから良い答えのはずだ』とするのは思慮が浅い。なぜといって普遍的な善のようなものを探るとなれば、時間をも考慮に入れるべきだからである。そこでイギリス人作家のチェスタートンはこう言った。『死者にも墓石で投票してもらうべきである』と。俺に言わせれば死者が馬鹿では意味がない。しかし彼は例え相対的な善であれ、それをある一地点のみで決定する事は極めて軽率であるという重要な警句を発したとみるべきであろう。
  
 - ''[[J6]]'' &new{2007-07-04 (水) 18:51:39};
 >>普遍的な善のようなものを探るとなれば、時間をも考慮に入れるべき
 ~どんな多時刻にしても、多数決の拡張じゃないかwww
 むしろ参加人数を増やせば増やすほど、無視される人数の比率が高くなるよね
  
 - ''[[M]]'' &new{2007-07-05 (木) 00:14:41};
 >J6
 ヒント
 最大多数の最大幸福=善
  
 - ''[[J6]]'' &new{2007-07-05 (木) 20:33:47};
 >>m
 「善」が上のコンテクストに添うものだとして、以下のことを問いたい
 ~共同体の人数を10倍にして幸福総和が5倍になったら、その共同体は5倍善くなったといえる?
 ~善基準の異なる小グループに細分した方が幸福総和が増加するかもよ?
 ~やたら大人数で善の方向性を探るのは賢いの?
  
 - ''[[ttt]]'' &new{2007-07-07 (土) 03:21:03};
 2個目のコメントから全く意味がわからないんだが……
 参加人数の話はなんの関係があるの?無視される比率高くなるの?
 最大多数の最大幸福は何のヒントなの?
 「善」が5倍ってどういう意味?グループ細分で幸福増大したとしてなんなの?
  
 - ''[[M]]'' &new{2007-07-07 (土) 04:26:27};
 >J6
 ~>共同体の人数を10倍にして幸福総和が5倍になったら、その共同体は5倍善くなったといえる?
 ~言える。例えば3人のグループに於いて100%承認された善と、10人中5人しか承認していない善では、後者の方が良い。
 ~>善基準の異なる小グループに細分した方が幸福総和が増加するかもよ?
 ~そんな政治体系は歴史上未だかつて存在していない。異なるグループの異なる要望を全て叶えるには、無限の資源と土地がいる。
 ~>やたら大人数で善の方向性を探るのは賢いの?
 ~善の方向性を探っている時点で馬鹿。
 ~>ttt
 ~>最大多数の最大幸福は何のヒントなの?
 ~>>むしろ参加人数を増やせば増やすほど、無視される人数の比率が高くなるよね
 ~無視される人数の比率自体が問題になっていない事を探る為のヒント。原田はそんなこと問題にしていないよって事。
  
 - ''[[M]]'' &new{2007-07-07 (土) 04:29:32};
 ところで、幸福総和云々はともかく、多数の価値観を多数のグループに分けて生活する事(住み分け)は善とは別に重要。
  
 - ''[[J6]]'' &new{2007-07-07 (土) 18:27:15};
 >>M
 ~とりあえず以下の2命題を理解してほしい。
 ~「z個の善関数zen_1()〜zen_n()を共同体の構成員それぞれに1つ適当にかける関数をzen_0とすれば、全ての構成員に等しく適用するようなあらゆるzen_all()関数に対して
 ~Σzen_all()≦Σzen_0()
 ~となるzen_0()が必ず存在する」
 ~「共同体の構成員が増えるほど、zen_0(),zen_all()を上手くとったときの最大幸福総和の比
 ~Max Σzen_0() / Max Σzen_all()
 ~は増大する」
 ~上は、十分に大きい共同体で等号がまず成立しないことが大切。
 下は厳密には誤りですけど、構成員を数倍にするような大増加を考えた場合には十分正しいでしょう。
 ~上の2命題から、「多数決制度は幸福総和を最大にし、構成員が増えるほど善くなる」が反証できますね。
 ~ベンサムの言葉は、ある民主主義国家(つまりzen_all()関数の使用を前提とし構成員が一定の状況)での最善な方法を述べたものであって、国家の枠を無視したり構成員の数を変えたりする上の議論に対して全くヒントになってないことに注意。
  
 - ''[[M]]'' &new{2007-07-07 (土) 21:55:36};
 外したギャグを説明するのは恥ずかしいんだがw
 ~だからね。現代の善=最大多数の最大幸福は、ちっともより良い善の追求なんかしていないってことw
 ~ブラックジョークだよw
  
 - ''[[ttt]]'' &new{2007-07-08 (日) 14:27:50};
 >>J6
 殺人鬼X君の善基準が、他人の幸福を奪ったりするだろ。
 殺された人にとって「Σzen_all()≦Σzen_0()」とは言えない。
 ってか、なんかただの無政府主義に見えるんだけど。
  
 - ''[[J6]]'' &new{2007-07-08 (日) 23:35:50};
 >>ttt
 zen関数が引数となる構成員にその善基準をあてはめたときの共同体の幸福を返しても全く同じ議論が成立する。
 殺人鬼X君が殺人を望むことと殺して良いことは必ずしも一致しないし、たぶん許可を与えないような方策が採用されるだろうね。
 ~ところで、殺人鬼に関しては個人の幸福が全体の幸福につながらないと言っておきながら、次の行で殺された人個人の幸福を考えてくれと言うのはどういう脈絡なの?
 ~「1つの基準を全ての構成員に適用する」の否定が「構成員に対してどんな基準も設けない」となる発想も実に不可解。
  
 - ''[[原田]]'' &new{2007-07-09 (月) 15:46:40};
 >J6 あなたが主張しているのは個人の自由であろう。確かに自由とは立派な価値であるが、それを推し進めていくと欲望が塊となって逆流してくるのである。そこで秩序という防波堤を築かねばならなくなる。これが律である。次にあなたは小さな地域社会による自治(self government)を主張する。しかしそうであればこそ時間という概念を持つことが重要だ。なぜといって自治の自尊と自律は住民によってなされるからである。住民とは習慣(habit)に住む(in)から住民(inhabitant)なのであるが、他から移り住んで来た者がそこの住民となる事が往々にしてある以上、その習慣はえてして脆弱なものとなる。だからそれに基づく律が確固たるものになるには、結局のところ時間の連続性を軸にして漸進的に歩んでいくしかない。チェスタートンの言う死者にもそういった意味での庶民が想定されていたのである。ちなみに個人という無政府と世界という無政府の折り合いをつけているのが国家だと捉えておけばいい。
  
 - ''[[ttt]]'' &new{2007-07-09 (月) 20:03:56};
 >J6
 なんか全体的に意味不明で、俺があなたの主張をよくわかってない気がしてきた……関数とか無しで説明してくれるとありがたい。
 ~>ところで、殺人鬼に〜どういう脈絡なの?
 ~どっちも「個人の幸福」だから決められないってこと?w
 どちらの幸福を優先するかの基準が
 「最大多数の最大幸福=善」だっていう前提で話してるんだろ。
 <殺人を我慢する不幸度 * 殺人嗜好の人数>と
 <殺される不幸度 * 一般人の人数>の大小は、暗黙の了解と思ったけど。
 ~>「1つの基準を〜実に不可解。
 ~言ってる意味が謎過ぎるんだが、俺は「1つの基準を全ての構成員に適用する」を否定してないよね。無政府主義を非難してるし。
 「構成員に対してどんな基準も設けない」って、どこから読み取ったの?
  
 - ''[[J6]]'' &new{2007-07-10 (火) 09:29:01};
 >>ttt
 過去に着目した原田氏の興味深い書き込みの
 「決定に携わる人数が増えるほど、善は普遍性を持つのではないか」
 という主張(本当の趣旨は、「現存する善基準を過去を用いて補強し、共同体を安定させる」というものでしょうが)に対して
 「決定に携わる(=決定に従う)人を減らした方が良いのではないか」
 と反論しています。
 ~「経済・地理的な問題が共同体を拡大させる方向に働くのに対し、一意的規範の制定による(主に精神的な)問題が共同体を縮小させる方向に働く」
 などと換言すれば分かりやすいでしょうか。
 ~個人主義や無政府主義は関係ないし、民主主義に有用な部分が多いのも理解します。
  
 - ''[[M]]'' &new{2007-07-11 (水) 03:23:41};
 ちと解らんのだが。
 ~善基準の異なる小グループを細分化する事と、その決定権を独裁者(語弊があれば、訂正してくれ)に委ねる事によって、幸福総和量が多数決と比較して向上される事は関係あるのか?
 ~幸福総和量の向上は、善基準の異なる小グループを形成する事に成功した時点で達せられているように思うのだが(例:喫煙者と非喫煙者のグループの比較)。
 ~一意的規範の制定に、果たして独裁者(もしくは権力者達)は本当に必要なのか?
 ~また、多数決によって善基準の異なる小グループの細分化は不可能なのだろうか?
 ~ネット上で頻繁に見られる小グループの細分化は、正しく多数決によって形成されたように思えるのだが。
 ~コミュニティの発達に於いて、権力の集中化はむしろマイナスに働くと思うのだが・・・
  
 - ''[[M]]'' &new{2007-07-11 (水) 03:35:43};
 というか、そもそも、原田は普遍的な善の仮定の話として、過去の人間の話を持ってきたのに、幸福総和量や善基準の異なる小グループは、関係ないんじゃないか?(←最初から言ってるけど)
  
 - ''[[J6]]'' &new{2007-07-12 (木) 20:20:49};
 >>というか、そもそも、原田は普遍的な善の仮定の話として、過去の人間の話を持ってきたのに、幸福総和量や善基準の異なる小グループは、関係ないんじゃないか?(←最初から言ってるけど)
 ~功利主義を持ち出したのはあなただけど笑。
 少しズレた反論であること、主張そのものの正誤は、関係ないんじゃないか?
 ~>>善基準の異なる小グループを細分化する事と、その決定権を独裁者(語弊があれば、訂正してくれ)に委ねる事によって、幸福総和量が多数決と比較して向上される事は関係あるのか?
 ~ある小グループにおいて規範が設けられるのであれば、独裁者とは限らないにしても誰かしらの決定者(全員かもしれないし外部かもしれない)がいるわけで、グループの生成と規範の制定は必ず対応します。
 多数決が最高の規律制定手段とは限らないと言ってみたものの、本題とは全く無関係ですね。
 ~>>幸福総和量の向上は、善基準の異なる小グループを形成する事に成功した時点で達せられているように思うのだが(例:喫煙者と非喫煙者のグループの比較)。
 ~公共の場での禁煙の規律をそのままにして喫煙者だけを集めた都市を作っても意味ないでしょ。
 喫煙者の集団で喫煙条件が緩いことによってはじめて意味をなすわけで。
 もちろん非喫煙者は禁煙者がどっかいくと得するというような物理的隔離はこの話と全く関係ないですよね。
 ~>>一意的規範の制定に、果たして独裁者(もしくは権力者達)は本当に必要なのか?
 また、多数決によって善基準の異なる小グループの細分化は不可能なのだろうか?
 ネット上で頻繁に見られる小グループの細分化は、正しく多数決によって形成されたように思えるのだが。
 コミュニティの発達に於いて、権力の集中化はむしろマイナスに働くと思うのだが・・・
 ~抑圧に力が必要なのは自明。
 多数決がイケナイとも権力を集中させろとも言ってない。
 日本では憲法上支配者と被支配者は同じですし。
  
 - ''[[M]]'' &new{2007-07-16 (月) 23:03:13};
 >功利主義を持ち出したのはあなただけど笑。
 少しズレた反論であること、主張そのものの正誤は、関係ないんじゃないか?
 ~自覚的っすかw釣りご苦労様ですw
 ~>ある小グループにおいて規範が設けられるのであれば、独裁者とは限らないにしても誰かしらの決定者(全員かもしれないし外部かもしれない)がいるわけで、グループの生成と規範の制定は必ず対応します。
 ~規範の制定とグループの生成に権力者がいる事と、権力の中央化、集中化、或いは少数化が関係無いんじゃないのぉ?
 ~>公共の場での禁煙の規律をそのままにして喫煙者だけを集めた都市を作っても意味ないでしょ。
 喫煙者の集団で喫煙条件が緩いことによってはじめて意味をなすわけで。
 もちろん非喫煙者は禁煙者がどっかいくと得するというような物理的隔離はこの話と全く関係ないですよね。
 ~喫煙条件を緩くしてどうするの?複数の善グループを作るんじゃないの?
 ある種の物理的隔離は有効だろ。喫煙者だけの国、最高じゃない。
 ~>抑圧に力が必要なのは自明。
 多数決がイケナイとも権力を集中させろとも言ってない。
 日本では憲法上支配者と被支配者は同じですし。
 ~本論と関係無さ杉wどうでも良いよw
  
 
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