*とつげき東北 [#t6f79fa1]
 
 
  大衆は予言好きである。とりわけ、相手が将来、きっと窮地に立たされるだろう、という予言が。
 「社会に出て通用しない」や「いつかひどい目にあう」「結局自分に跳ね返ってくる」などがそうだが、掲題用語も同様である。
 
  こうした言辞は当然、当該発話者の「気に食わない相手」に対して用いられる。誰も、自分が好きな相手に「お前はうまくいかない」などとは言うまい。
  では、彼らが「気に食わない相手」とは、どんな人物だろうか。もちろん、この種の名言を恥ずかしげもなく放つことができるような知的素養しか持たない人物が「気に食わない」相手と言ったら、「より高い水準の知性を持ち、なおかつそれを自慢したり得意げに話したりする人物」とか、「権力的に優れた立場にいる人物」等に他ならない。
  だが冷静に考えればわかるとおり、より高い水準の知性を持っていたり、より高い地位にいる者等は、どう考えても「普通の人」よりは成功しやすい。成功する人間は「相手にされ」やすい。だからこの予言は外れることの方が多い。
 
  とはいえ、「悪い予言」は、将来のことだけを語り、その場で即座に正誤判定することができない性質を持つがゆえに、低俗で間違ったことしか言えない種類の人間が利用できる最善の発言の一つである。その瞬間は、「間違っている」と論証又は実証されずに済むほとんど唯一のチャンスだからだ。知恵が発達しなかった者たち向けの、延命措置である。
 
  この名言を吐かれた「知性ある学生」は、気にしなくて良い(気にするかわりに、発話者の行為や心理について、理屈だてて考察してみると良い)。
  筆者も学生の頃「議論ごっこ」で論敵を打ち負かした時等に、「お前はちょっと〜〜ができるからといって調子に乗っている。そのうち誰からも相手にされなくなる」などと幾度となく言われたものだ。事態は、彼らの「予言」とは、真に逆の方向へと進んだ。
  大衆の悪意に満ちた「予言」など、たかが知れている。無能であることは、善行を適切に行うことに対して大きなハンディキャップとなるが、悪行を巧みに働くためにさえ、重い足かせとなるのだ。
 
 #htmlinsert(google.txt)
 - お前はちょっと麻雀ができるからといって調子に乗っている。そのうち誰からも相手にされなくなる!(ありえんw) 無能と有能の境界はどこだ? -- [[あ]] &new{2006-05-30 (火) 02:50:41};
 - 無能と有能の境界は「一概には言えない」。どんなに馬鹿な発言や発想をする人物でも、一流の化学者になることはあり得る。【参考】〜ができないやつに、〜ができるわけがない 。このウィキにおいては、(解説)定義「凡庸、大衆、知性」の項目において、外延的に有能と無能に線引きをしてあるのでご参考に。 -- [[とつげき東北]] &new{2006-05-30 (火) 02:54:46};
 - 予言はオカルトの得意分野であり予測はデジタルの研究成果である。予言は預言とも書く。そのまま読んで預けられた言葉である。誰から預けられたのか。神である。神は全てを知っている。その神から言付けを預かったのである。つまり預言者は神を信じ且つまた運命論者という事になる。ならば『社会に出て通用しない』などと言う意味はない。それを言っても誰も何も変わらない。運命は変えられないのだから。 -- [[原田]] &new{2006-12-11 (月) 11:37:21};
 - あらかじめだ --  &new{2006-12-13 (水) 22:22:41};
 - 状況によって態度を変えるのは当たり前。自分に対して敵対的でも他の人には友好的かも知れない -- [[必死…]] &new{2006-12-22 (金) 23:34:18};
 - 「相手にされなくなる」と言った時点でそんな簡単な事も忘れていた事が明らかになっちゃうよね。 -- [[必死…]] &new{2006-12-22 (金) 23:35:33};
 - ''[[M]]'' &new{2007-06-13 (水) 19:26:22};
 久々にランダムage 誰も居ないのかしら?
  
 - ''[[原田]]'' &new{2007-07-10 (火) 12:53:35};
 オオカミ少年というイソップ童話がある。いつもオオカミが出たと嘘をつく少年はやがて村人に信用されなくなり、本当にオオカミが出た時に食べられてしまうのである。しかしこれでは話に筋が通らない。何故なら最後にオオカミが出たのは事実だからだ。それが仮に妥当な判断であったとしても、村人は真実を見抜けなかったという点においては反省すべきだ。村人は自らの手で少年を殺すべきであった。少年を信頼して騙され続けるか、そうでないなら裏切られた瞬間に彼を殺すのが正義である。
  
 - ''[[あ]]'' &new{2008-09-27 (土) 20:43:27};
 クジラ殺すなとか言うくせにカンガルー大量虐殺するどっかの国の人シネば良いのに。
  
 - ''[[とつげき東北]]'' &new{2008-09-27 (土) 22:00:42};
 カンガルージャーキーはおいしいから絶対的にかつ外的に善だな。
  
 - ''[[あ]]'' &new{2008-09-28 (日) 01:30:54};
 クジラは食われるがカンガルーは毒で殺されてそのまま焼却(笑)
 おいしいから善と言うならこの事例は絶対的にかつ外的に悪だな。
  
 - ''[[とつげき東北]]'' &new{2008-09-28 (日) 12:33:00};
 じゃあ絶対的にかつ外的に悪だ。
 カンガルーがいる国においては、カンガルージャーキーの生産量X(トン)と国民の道徳性Yは完全に比例(Y=aX)するのにな。
 道徳性の単位が「トン」だったのも新しい発見だろう。
 
  
 - ''[[ここまで読んだよ]]'' &new{2009-10-28 (水) 21:57:30};
 カンガルージャーキーの生産量より、食用カンガルーの屠殺数のほうがわかりやすくていいと思うよ
 道徳性の新単位は「頭」だ
  
 - ''[[とつげき東北]]'' &new{2009-10-29 (木) 00:38:50};
 適切な変換によって、線形性を保ったまま単位互換可能ではないか?
 今の私には困難だが、熟慮願いたい。
  
 - ''[[ここまで読んだよ]]'' &new{2009-10-29 (木) 03:39:56};
 カンガルー肉はジャーキー以外の用途にも使われる
 ただそれだけのことですよ
  
 
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