■ヒトシンカ
 
  よく読むと、弱きものが善であるとも強きものが悪であるとも保証されていない。 強きものはその善悪や理非を問われる前に、強いがゆえに挫かれるべきものとされている。一方で弱きものは大衆自身であるがゆえに助けられるべきであると考えられている。この言葉に読み取れるものは、凡人の利己性と強者への嫉妬である。
 
 →[[(解説)義憤]](Revin注)
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 - ''[[原田]]'' &new{2007-07-02 (月) 23:15:22};
 強い者を次々と倒していくと最後に残るのは誰か。自分である。それでもなお『強きをくじく』と言うのならば、それは結局それまでの自分を倒すという事以外にないだろう。つまり『弱きを助け強きをくじく』とは永遠に続く『自分との闘い』を意味しているのである。
  
 - ''[[たなか]]'' &new{2018-11-25 (日) 02:21:22};
 思い悩み、傷つき、弱っている人がいれば、肩を貸し、寄り添い、力になりたくなる。それは、弱い人の善悪を問う以前にある、人間らしい気持ちだと信じています。強き、というのは、逆に大衆のことだと思います。マジョリティはマイノリティよりも、立場が強いです。強きを挫くとは、広い意味で大衆に屈しないことではないでしょうか。
  
 - ''[[オヨヨオ]]'' &new{2019-02-01 (金) 10:06:32};
 ヒトシンカツイッターだと毒が抜けてるよね
  
 - ''[[場末の人]]'' &new{2019-02-02 (土) 11:14:12};
 弱い人を、立場が悪い人と考えると、この言葉の大変さが分かる。
 例えば、平社員がミスって、それを別の平社員が、上司の管理責任を攻めるのは全くメリットも見返りもないし、むしろ自爆だが、それをやっちまう行為。
 火中の栗を拾うのではなく、栗の価値もない、火中のゴミを拾う行為。
 大半が強い側に道理と正義があるから、屁理屈に近いものがある。
 水戸黄門とかは、不正に対する法の執行に過ぎないから、該当しないだろう。
 元々、義賊とか任侠とかに使う言葉で、これらの人は無法者の前提。
 法律違反の論点ずらし、又は情状酌量のための詭弁だったのではないでしょうか。
 まあ、某国みたいに、法が不平等に運用されているなら、成立する言葉です。
  
 
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