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  • 口先だけ へ行く。

 *とつげき東北 [#bd989500]
 
 
 「理屈」「理論」「論理」「知識」を身につけた等に対して、それらが苦手な者が嫌悪感を如実に露呈しつつ垂れ流す言葉。
 
  甚だしくも、議論によってしか結論の出ない事柄について、自分から議論を吹っかけておいて、負けそうになると「お前は口先だけ」などと言う者さえいる。口先以外の何で勝負するつもりなのかは不明だが、いずれにせよ、当該指摘は当該指摘者に対して向けられるべきだ。
 
 →雄弁は銀、沈黙は金
 →へ理屈
 →(議論テク)大衆論法:態度批判 
 →(議論記録5)
 →飛躍
 →論理
 
 
 **なぜ大衆はかくも容易に議論に負けるのか [#e47d44de]
 
  知的な議論ができる人物に対して、ネット上等で「議論」を挑む連中の多くが、なぜかくも容易に論破されるのか。
 →(議論記録)(議論記録2)(議論記録4)(議論記録5)等を参照
  知的な人物が特別に「論理的思考」とやらができるからだろうか。相手の攻撃をかわし、煙に巻く技術を身につけているからだろうか。あるいは、類まれな「才能」とやらに恵まれていたからだろうか。いずれも本質的ではないか、又は誤りである。
 
  知的な人物が「勝つ」のは、単に、彼らが正しい前提に立つからである。
  たとえば簡単な数学について議論をしたとしよう。X^2=1を解け、といわれて、「X=1」という立場に立って議論するのと、「X=±1」という立場に立つ場合、どちらが勝つだろうか。論者が論理的であればあるほど、決着はすばやくつき、後者が勝つ。
  思想に関しても同様である。
  充分に自分の思想について検討し、文章として明確化して矛盾を排除し、他の思想家の思想に触れて随時見直し、他者との議論や経験を通じて整合を図りながら固めた思想は、「正しい」可能性が高い。そのような作業を行ってこなかった者による、その場の思いつきの「反論」によって崩されるはずがない。
 
  たとえば麻雀の科学的戦術書を著述した筆者の「麻雀理論」に対するこれまでの「反論」の全てが、筆者によって予め想定されているものでしかなかったのと同様に、思考を繰り返す者にとっては、その種の「反論」は「既に検討され、棄却されている」ものにほかならず、そうした「反論」がどのような間違いやどういった大衆的信念・背景等に基づいて口にされるかまで、理解されているものなのである。
  最初から正しい側の前提に立ち、しかも誤った前提に立つ人物のその誤り方までもあらかじめパターン化して予想しているのだから、勝つことは目に見えている。
 
  一方で、こうした意味での「思想」を持たない者、すなわち、何がしかの強い情念のみによって刹那的に言葉を口にすることしかできない者、「物事を真偽という観点から充分に考える」という生活習慣を人生において持たない者たちは、真の意味での「口先だけ」の「議論」しかできない。テレビ等からあふれ出す「考え」のうち、そのときの自分の立場・環境に応じて自分の気分を良くしてくれるものだけを大事に抱え込むものだから、根本となる一貫した思想に基づいて考えを述べるのではなしに、その場限りの「もっともらしい」と世間で言われている程度の言葉を羅列するしかない。だから彼らは議論の最中に「その場その場で」定義を変えたり、廉価なもっともらしさを強調するために名言を用いたり、相手の主張内容ではなく「態度」を批判してみたり、目を覆わんばかりの自家撞着に陥ったりするのだ。彼らには思想がないため、彼らは議論において「論点」というものを明確化できない。
  ある種の根本的な前提に基づく一貫した思想を文章化しておくという作業は、こうした愚かしさから脱却するためのほとんど唯一の方法である。その場で個別に「考える」必要なしに見解を述べることができ、したがって拙速な間違いを回避でき、矛盾を生じさせずに済み、議論の中に論点を見出して議論の流れを形作ることができる。
 
  一般に、議論に慣れていない者が、いわゆる「言葉の枝葉末端にこだわる」醜態をさらすのは、立ち戻るべき根本の思想が存在しないからである。「帰るべき思想」があれば、若干書きすぎた場合や引用の間違い、読み違いによる反論などをしてしまった場合にも、それを撤回し、本来言いたかった正確な表現に直すことができる。そして根本に正しい思想があるならば、そうするだけで、結果として適切な主張ができることになる。
  逆にそうでない場合、「そこに書いてしまった何か」が初めて当人の「思想」になるため、訂正できないか、逃げ回ることしかできなくなる。以前に書いてしまったしょうもない何かにこだわり、いかにそれが「間違っていると言い切れないか」といったような恥ずかしい泥沼の展開を迎える。思いつきで書き、何ら論理的にも実際上も洗練されていない何かにこだわれば、どうやっても議論には負けるのだろうし、逆にそこでこだわりを捨てて意見をがらりと変えれば「矛盾」が生じるのだろう。
 
  議論に強い人が議論に「強い」のは、上述した理由からである。
  しばしば、議論に不慣れな者が「君は口先だけ」「言葉の枝葉末端にとらわれている」などと言うことがあるが、そのような想像とは全く逆に、これらの言葉はその種の発話者にこそ該当するのだ。思想を持たない者が意見交換をするというならば、「口先だけ」以外の何になるというのか。自分に、論敵よりもよほど「直感的に正しい判断ができる才能がある」という何らかの確信でもない限り、普段からある事柄について考察し、それに関する思想を洗練している者に対して、その場の思いつきの判断で「勝てる」と思うのはどうかしている。頭が悪すぎるのである。
 
  本ウィキの各項目は、およそ一貫された思想に基づいて記述されている。異論・反論、あるいは反発・嫌悪があってもかまわない。読者諸賢が、各項目を読んで「どのようなとき、どのようにして考えるか、それをどのように表現して一貫するか」といった、「考えを文章化する=思想を持つ」という作業について敏感になっていただければ幸いである。
 
 
 #htmlinsert(google.txt)
 - ヤクザ「あれやこれや」警官「口先だけは達者だな」 -- [[あ]] &new{2006-09-02 (土) 09:36:30};
 - (議論記録4)でido氏にそう説明すれば良かったな。話せば分かるでの“小論文等――”は、いかにも表面的な非難だなと自分でも思いつつアジりました(^_^; -- [[N]] &new{2006-09-14 (木) 02:07:34};
 - ''[[あ]]'' &new{2007-07-29 (日) 16:29:09};
 まさに俺の事じゃねーか(笑)
 その場の思いつきの判断で「勝てる」と思うのはどうかしている。頭が悪すぎるのである。
 ↑俺の発言に対してこれやって恥ずかしい思いしたことあるよな東北も(笑)
 
  
 - ''[[↑]]'' &new{2007-07-29 (日) 22:07:37};
 ( ´,_ゝ`)プッ
  
 - ''[[あ]]'' &new{2008-02-10 (日) 17:42:10};
 例えばじゃあなと逃亡宣言したのに戻ってきた時とか口先だけだねと言う
  
 - ''[[い]]'' &new{2008-05-26 (月) 00:36:44};
 意見を出すとよく噛みついてくるサークルの先輩の、立ち返るべき根本の思想もなく、ただ筋を通せばいい・・・という考え方に疑問を持ち続けていたが、このサイトへ漂着して、納得した。一応過去の自分にも非があったのは分かっていて、直さなければならない部分は直したし姿勢も改めた。
 ~因みに彼は、「お前本当口先だけだよな」とよく言う。
  
 - ''[[はいはい]]'' &new{2008-07-26 (土) 03:51:35};
 そういえば「あ」は最近来て無いんだな。
  
 - ''[[はいはい]]'' &new{2008-09-18 (木) 04:02:40};
 むわーあーがきてなーい。
  
 - ''[[あ]]'' &new{2008-09-27 (土) 19:47:59};
 お前の二連コメントなど聞きたくは無い。
  
 - ''[[ここまで読んだよ]]'' &new{2009-10-18 (日) 05:59:09};
 でも、そういう鍛錬を積んでいると暗に誇張して論破尽くめの凸も、たまに未熟者の一発にやられるんだよな
 で、「修正する」とその場は取り繕うものの、後々にその気配がない時がある
 ~まさにこの「修正する」の凸の一言が「口先だけ」なんだよなぁ
  
 - '''' &new{2013-03-15 (金) 19:33:23};
 >立ち戻るべき根本の思想が存在しない
 ~凄く的確な分析だ。
 2chとか凄いよね。
 こういう人間しかいないと言っても過言ではないぐらい。
  
 
 #comment

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