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 *ヒトシンカ [#uebde62a]
  本来は、普通とは異なった行動を特別な理由によって選択するときに使う言葉である。が、言うと根拠を問い詰められたり、または道徳的に責められるようなことを言ったり、したりしたいが、適切な正当化の方法を思い付かない場合に使われがちである。 このような用法にはあえて言おう、カスであると。
 *とつげき東北 [#ac478b14]
 敢えて〜する(しない)場合、〜する(しない)ことが最善であるとは一見思えないが、より高度な見解のもとでは〜することが実は最善であると判断された場合と、最善ではないにもかかわらず何らかの事情で〜したい(したくない)だけの場合とがある。しかし実際にこの語が使用される場合には、後者が大半である。
 後者においてこの語を用いることで得られる利益は、前者と後者をイメージ上で混同させることにより、「より深い判断をして、しかもそちらが最善である」といった印象を与えると同時に、自分には能力的に「〜しない(する)ことができた」という印象を与えることである。
 「私は敢えて東京大学に行かなかった」が本心を表していることはほとんどない。この場合にこの用法が人々に与える印象の効果を考えよ。
 
 本当に高度な判断をすれば、〜する(しない)ことが最善であると理解されたとしよう。しかしそのような認識がひとたび得られて共有されたならば、〜する(しない)ことが最善であることが一般的になり、「敢えて〜する(しない)」必要はなくなる。最善の行為が変化するような知的過渡期においてのみ「敢えて」という言葉が適切になるのであって、その意味で「敢えて」が使用されることはまれである。
 もし敢えて東京大学に行かずにフリーターになることが正解であるならば、判断能力のある誰もが東京大学には行かずフリーターになろう。ところが未だに「敢えて東京大学に行かない」ことは「敢えて」やるよりない選択にしか過ぎないのである。
 #htmlinsert(google.txt)
 - 敢えて放置してみよう -- [[あ]] &new{2006-08-01 (火) 01:39:40};
 - 『敢えて』は古語の『敢ふ』の連用形に格助詞のテがついたものである。『敢ふ』の語義は耐える。そして耐えてまで果たすことが果敢と言う言葉を生んだ。つまり敢えて何かをするのであれば勇猛果敢であれ。敢えて堕落の道を選ぶ手はない。 -- [[原田]] &new{2006-12-11 (月) 10:40:21};
 - >原田  「『広辞苑』より」の項目を読んでみよう。 君の感想ツマンナイ -- [[wer]] &new{2006-12-12 (火) 17:47:24};
 
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