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  • 楽しければいい へ行く。

 *とつげき東北 [#u12a33d2]
 
 
  自分のしていることの低俗さや未熟さを指摘された際に、あくまでもその行為の価値を決めるのは自分であり、なおかつ自分が楽しくて行っているのであるから、言われる筋合いはない、といったように使われる語。
 
  確かに、みんなでボーリングに行った際に、世界一を目指して真剣にトレーニングしはじめたり、ワイワイ麻雀をしているのに相手の1手1手を批判したりするのはおかしい。それらは真の意味で「楽しければいい」はずである。
  そうではなく、この用語が名言的に用いられる特徴的な場面の一つは、意見や小説をネット上等で公開していて、他人から否定的な反応をされた際である。
 「この文章は自分が楽しいから書いているものであり、君の言うようなレベルの高さや高級なできを目指したものとははなから異なり、[[個人的な意見>(議論テク)大衆論法:思想的ヒキコモリ]]にしか過ぎないのだ、だから批判をすべきではない」ということのようだ。
 
  こうした主張を行う者は、ネット等で意見や小説を「公開する」ということの本質を取り違えている。いまどき50センチもあるアフロヘアーで街中を歩いていれば、目撃者は「変な人」だと思うだろうし、人によっては噴出してしまうかもしれない。そうした反応を「やめろ」などと言う権利がどこにあろうか?
  不法なものでない限りは、劣悪な文章を垂れ流すのも個人の自由である。当然、それに対する反論も自由でなければならない。そしてそういったことが生じることも含めて「楽しい」のでなければ、掲題の名言は自己欺瞞となるよりない。
 
 #htmlinsert(google.txt)
 - ''[[ここまで読んだよ]]'' &new{2009-10-19 (月) 17:47:17};
 まぁ、なんというか、
 その自分が決めた価値を他人が壊せない限り、自分が決めた価値が至高になるわけで
 で、総じて「批判」とする行為はその壊すべきと思っている価値の外堀を埋める程度しかできていない
 ~しかも、それで「批判した」側が(外堀を埋めただけだと認識せぬまま)満足してしまうから厄介である
 ~そういう外堀しか埋められない人に向かって、「無意味だからやめておけ」という意味を暗喩して、掲題の言葉を使う人間が少なからずいる
 それにもかかわらず、釣られて反論してしまう人間の何と多いことか
 「成功しない反論」という「釣り針」を食うという、2重ミスを犯して必然的に釣り上げられる大衆は、決して少なくない
 ~俺は俺が楽しければそれでいいと思うよ
  
 
 #comment

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