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 *とつげき東北 [#te6500c0]
 
 
  相手がどんなに多面的に判断していても、自分が見ている観点を重視してくれなければ、とりあえずこの言葉を吐きつけておけば良い、と大衆は信じているようだ。
 
 →[[偏っている]]
 →さまざまな角度
 
 #htmlinsert(google.txt)
 - ''[[あ]]'' &new{2007-07-29 (日) 15:54:10};
 麻雀やってる奴は総じて馬鹿ばかりだからこういう事ばかり言うんだろうな
               。    _|\ _
             。 O   / 。  u `ー、___
           ゚  。 \ヽ / u ⌒'ヽ゛  u /   ゚
           −  ・。 / ; ゚(●)  u⌒ヽ i   @ 。
         ,  ゚ 0 ─ { U u r−(、_, )(●) .| / 。  ,'´ ̄ ̄`',
          ゚ ,,、,r−'⌒l u //トェェェ、 ) 。゚ / o    ,! ハ ハ !
       。 ゚ r−'⌒`ー−'´ヾ,. ir− r 、//u / 。 ・゚  l フ ム l
         ヾヽ、_,,,、−、/ミ,−──−_, −イ−、\   ∠  ハ ッ j
           ー = /. : : : : : : : : 'jヽ、  〃ヾ ゚ 。 ヽ フ   /
  jヽjvi、人ノl__    /.: : : : : : : : : {ミ,_   ̄`'''−ヽヾ    ` ̄ ̄
  )   ハ   7   ,!::: : : :,−…−…−ミ: : :−、_,,ン ノ 。
  )   フ    て  {:: : : : :i '⌒'  '⌒' i: : : : :} ニ
  7   ッ    (   {:: : : : | ェェ  ェェ |: : : : :}−,___
   )   !!     ( ,− { : : : :|   ,.、   |:: : : :;! l−=二=−,
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               ゞイ! ヽ 二゙ノ イゞ‐′
                  ` ー一'´ 
  
 - ''[[fur]]'' &new{2010-11-26 (金) 17:50:36};
 自分が正しいと信じて止まない人は、世の中にごまんといます。しかも、多くは自覚がありません。そういった人がそのまま歳を取ると、自分を正当化する手段ばかり習得して行きます。
 難しい事ですが、いつでも自分の論点を見直せる、変えられる、反芻できる姿勢は、楽しく人生を過ごす上で欠かせないスキルです。色んな考え方ができると楽しいじゃないですか。
  
 - ''[[かずっち]]'' &new{2010-11-27 (土) 17:05:03};
 議論するにあたって、あらゆる要素を全て同じ重要度だと勘違いして考えてしまう人は多いと思います。
 例えば凸さんは科学する麻雀において「重要な技術から学べ」とおっしゃっていますが、数ある麻雀の技術(牌効率、押し引き、ベタオリ、回し打ち、待ち読み、等々)の中から重要なものを選ぶことが出来ない、それ以前に選ぼうという意識もない人は沢山います。
 「科学する麻雀の記述は麻雀を一面的にしか捉えていない。もっと色々な技術があってそれこそが麻雀の面白さだ」と主張するプロのなんと多い事でしょうか。。。
  
 - ''[[ここまで読んだよ]]'' &new{2010-11-27 (土) 18:00:14};
 麻雀を詳しく知らない人が踊ります、その上で読んでください
 ~プロが主張する「科学する麻雀の記述は麻雀を一面的にしか捉えていない」は、たとえば実際に戦っているときの癖の出方や所作の違い・・・・積み上げられた牌のとり方、目線、灰の出し方、発声(の必要有りましたよね?)の微妙な違い等、統計数学では現れない部分が多分に含まれていると思います(註:オカルトは切り離してください)
 ~著書を読んで無いのでわかりませんが、凸の所有する膨大な統計母集団は、おそらくデジタルで楽?に集計されたもの≒ネット麻雀と思われます
 (このデータは所作の違いなど先に述べた部分を殆ど含まないデータです)
 そうなると、実際にこれらの所作の違いなど、統計数学に現れない部分を含んだデータも処理した場合、理論と同じように行くのかどうかは判らないということにならないでしょうか?
 著書に目立った異論が出ないと言うことは、凸の著書に整合性が見えると言うことでは有ると思いますが(東大の講義もこれ関連でしたよね?)、プロがその統計数学の範囲に先ほど述べた所作や癖を含めているかどうかで評価が変わるのは当然ではないかと思います
 ちょうど、「宝くじを買うのは期待値的に不利」で俺自身が述べていますが、判断基準(向こうで言う「枠」)が違えば評価も当然違うわけでして
 ~凸はプロを嘲笑するに当たってプロの枠側でのデータを収集し自著の整合性を公表する必要が有ると思いますし、プロ側も凸を嘲笑するに当たってデジタル統計の枠組みの中で凸の理論を突破する必要が有ると思います
 ~要は、「お互いが歩み寄らないのは、凸もプロも自分の判断基準から一歩も抜け出せないだけ」と言う主張ですが、いかがでしょうか?
 (なお、俺の得ている情報の範囲では、凸に歩み寄りを見せるプロ・凸の理論も吸収して再編実践するような中道的な動きをするプロもいるようではあります)
  
 - ''[[えれ]]'' &new{2010-11-27 (土) 21:23:41};
 確かに
 理論偏差値75・癖読み偏差値25の人間は
 それほど強くはないかもしれない。
 ~彼は極めて正確に打牌を選ぶことができる反面、
 毎回同じように理牌し安牌の字牌を右端におき
 かなりの確率で待ちの色を読まれるであろう。
 聴牌するとツモ牌を手元に寄せずにつもぎる、などの
 わかりやすい癖も多数備えていることだろう。
 ~しかし、逆の人間を考えてみて欲しい。
 理論偏差値25・癖読み偏差値75の人間は
 果たしてまともに麻雀を打つことができるのだろうか。
  
 - ''[[ここまで読んだよ]]'' &new{2010-11-27 (土) 22:53:21};
 >>えれ
 理論偏差値25の人間が麻雀のルールそのものを把握できてるとは思えないが
 その設定で麻雀そのものが成立するという感覚が面白いな
  
 - ''[[ここまで読んだよ]]'' &new{2010-11-28 (日) 11:00:58};
 もう少し踊っておく、相変わらず麻雀に詳しくないので、畑違いのことを言っていれば遠慮なく上書してくれ
 また、著書を読んでいないので、以下での検証云々において実際は凸が行っているにもかかわらず行っていないこととして俺が取り扱っていれば遠慮なく修正してくれ(それによって俺の踊りが足元から崩れてもかまわない)
 ~
 えれに癖読みと称された部分は、あくまでゲームの基礎たる部分の理解があって初めて生まれるもの
 少なくとも、理論の及第点(最低限ルールの把握)の上にあるものであり、癖読み偏差値なるものが理論偏差値なるものと全く独立しているとは考えにくい
 ~また、理論偏差値25と言うものが、仮に麻雀ルールを把握したという下駄をはかせた上での話であれば麻雀初心者レベルということになるだろうが、麻雀における癖を読むと言う行為を初心者が行うというのはどうしても無理がある
 少なくとも何十回何百回と実際にゲームをした後に始めてそういう癖を見る(過去と比較する)ことになるだろうと容易に想像できるし、その時点で麻雀の理論の端くれも理解しないという極端な状況は生まれないし、癖を読みに言った相手の思考創造をし得ない(=麻雀においての選択肢(対象の理論構成)を全く想像できない)ということは無いだろう・・・・と思うが
 ~麻雀はそういうもんじゃねぇよって言われれば知らない俺の一方的負け(それは認める)だが、どのようなゲームにおいても人間の癖や心理戦は要素から簡単に排除できるものでは無いだろう
 ネットゲーム麻雀はそういう意味でうまくその心理戦や癖を見えなくした形のものであると考えれるし、逆に、見えなくしてしまったと言う事実が有りそれによって生まれた実戦ではなかった新たな情報があるとも考えられる
 ~(あまり麻雀を知らなくても、ポンとかチーとか言って他人の牌をもらう?と言うことが可能と言うことは俺も知っている、その上で)
 本来はもらいたくない状況であれば、実戦では瞬時に判断して微動だにせず時間消費無くやり過ごすことが可能でも、ネット麻雀では自分を含め誰かにお伺いのダイアログが出て時間を消費し、他人に誰かがその牌がほしいかもしれないと言う情報がいくことになると思われる(実際は違うのか?わからんが)
 たしか麻雀は世の中に4牌しか同じものが無いはずだから、その実戦では出ない時間消費は、時に世の中にある残り3牌以下のうちの数牌が他人に使われているという本来は確定できるものではない確定情報を不用意にもたらしかねないと思う
 (また、自分が捨てた牌であがることができないと言うルールが有ったと思うが、これは他人が他人自身の捨てた牌でも同様と思う、その上で)
 他人の捨てたものを確認する作業が相手に見えるか見えないかで、その人が特定の他人をどれだけ危険視してるかの情報が実戦では癖や目線などによって他人に行く可能性があるが、ネット麻雀ではその対象が誰か絶対にわからない(と言うかそもそも危険視してるかもわからない)
 ・・・・という違いも有るのではないだろうか、それらがどれだけのウエイトを占めるのかは知らないが
 ~こういった差が凸著の理論で吸収できるのかどうかと言う部分を実際に凸が行っているかどうかということになると思われる
 少なくとも麻雀を(凸の理論かどうかはともかく)理論として持っているプロを称する人が、その「吸収できるかどうか」の検証を行っているかどうかを見ないまま一方的に凸著を批判する大衆レベルにあるとは思いがたいし、そういうプロが多数いる(んじゃ無いの?こういう話題が出ると言うことは)ことは看過は出来ないんじゃないか?
 となれば、やはり凸は凸の必要に応じてプロ側の状況での記録を元に検証を行う必要があるし、プロ側も必要に応じて凸の理論に基づいてネット麻雀で対戦した実際の評価をするべきだろうと思う
 「実際にあんた等の記録でも俺の理論に沿ってるよ」と堂々と凸が言える状況に無い限り、凸がいくら数学理論に裏付けられ東大で講義する内容で鼻で笑う状況であっても、俯瞰視点で見れば逃げ・虚勢にしか見えない
 「(議論テク)「負け→逃げ→虚勢」の三段論法」(表立ってるのは最後の虚勢だけ)を行っているのは、根拠が無いまま虚勢を張るプロ側ももちろんそうであるが、偏った裏に打ち出された理論に胡坐をかいている凸自身もそうであると外野(俺)は見ているが、どう?
  
 - ''[[中]]'' &new{2010-11-28 (日) 16:22:15};
 その1
 麻雀は凸氏が本の中で例えた風に言うなら「出せる手が制限されたじゃんけん」となる。
 パーを必ず出してくることがわかっても、(それを読むこと自体がとてつもなく困難だが。)
 チョキを必ず出せるとは限らない(出せる割合は精々4割ぐらいだろう。)と言うような酷い運ゲー(笑)であるあたりが、
 癖読みなどの技術の割合が極端に薄くしていて、結果的に凸氏が癖読みを軽視する理由の1つになっている。
 ~その2
 私には高い手(国士無双と言う最高クラスの手)が上がりまであと1手だとして、それをほとんど顔に出さない友人が居る。
 一方、私はものすごく、もうとてつもなく、5m離れても判るくらいに顔に出る(笑)
 私のような読み易い相手であれば素人でも読めるだろうし、地蔵のような友人では偏差値70の人でも読めないだろう。
 このように相手にむしろ依存しやすいであろうものを技術と言っていいものだろうか?
 また癖読みは技術として定量化が非常に難しく、定量化できても各人が会得することがあまりにも難しいと言うこともある。
 目線がどれくらい流れたら、何を持っている可能性が何%などを定量化できるだろうか?
 仮に定量化できたとして、凸氏は一体それをどのように技術として書籍に書けばいいのだろうか?
 個人の技術でしかないものは、多くの人に語る上で一般化できず凸氏からして解析のメリットが薄いというのがまた1つ。
 ~裏側がなく、裏側は解析が難しく、しかも解析のメリットがかなり薄い現状なわけだが、以上で納得いただけただろうか?
 ~また、言いたいことは判るが麻雀について語るなら少しでもやってみてから語ってはどうだろうか?
 麻雀のルールを1時間で覚えられるくらいの知性はあるだろうと思うし、ネット麻雀は無料なのだから。
 10ゲームもやれば覚えたての貴方でも2ゲームくらいは勝ててしまうすさまじい運ゲー度が分かるだろう。
  
 - ''[[ここまで読んだよ]]'' &new{2010-11-29 (月) 22:48:46};
 >裏側(略)解析のメリットがかなり薄い現状なわけだが
 俺は基本的には納得する
 ただ、プロ側はそこを看過できないと言っているんだろ?
 ならば、それを凸理論では看過出来る物であると証明すればいいだけ
 その証明は理詰めでなくてもいい、上でも書いたが凸の理論に沿って「プロ側のデータ」を検証数値化すればよいだけの話
 (一面的というからには、プロが闇雲に言い回したので無いなら凸の集めたデータに問題があると考えることも可能では?・そして、俺に反論を持ちかけながらいまだに俺が確認した「凸の集めたデータの偏向性」=「ネット麻雀等で集めた限定的条件でのデータ母集団」の点を否定されて無いところを見ると偏向性はかな〜り図星っぽいが、どうなの?)
 検証結果が大きな誤差を生じないものであれば「プロの目は節穴」と言えば良いし、ある程度の危険率を超えるような異常状態になったなら凸がプロに詫びるべきだろう
 ~>パーを必ず出してくることがわかっても、(略)チョキを必ず出せるとは限らない
 目標が常勝であるなら致命的だが、そうで無いならチョキを常に考える必要は無い
 勝てるチョキを出せないなら素直にパーを出して引き分ければいい、それも無理っぽいなら被害が少なくなるようにグーを出せばいい・・・点数が絡むゲームだからそれで良いと思うが
 ~>麻雀について語るなら少しでもやってみてから語ってはどうだろうか?
 いや、これは麻雀を知らない立場で語った方がよいと思っている(正確には、この掲題で麻雀教本の話題を振る際には、麻雀の知識はなるべく除外して客観的にしておきたいと考える)
 この掲題をプロたち同様「凸の著書」にぶつけている(&プロにも同様にぶつけている)わけだから、凸にもプロにも染まることなく中道で考え、変に縛られていないほうがいいだろう
 ~>10ゲームもやれば覚えたての貴方でも2ゲームくらいは勝ててしまうすさまじい運ゲー度が分かるだろう。
 中の発言のココだけを見てると、凸の著書は全否定だな(苦笑
 ~>私には高い手(国士無双と言う最高クラスの手)が上がりまであと1手だとして、それをほとんど顔に出さない友人が居る。
 >一方、私はものすごく、もうとてつもなく、5m離れても判るくらいに顔に出る(笑)
 ポーカーフェイスのことを指しているものと思われるが、それは麻雀的には立派な技術じゃないの?
 顔色を読む技術があるということは、顔色を隠す技術もあるってことでしょ?ポーカーと同じで
 ついでに、これは邪推も含むが、その地蔵、中にはわからなくてもプロや凸にはわかるかも知れない何かが有るということは全く考えられないの?
  
 
 #comment

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