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*ヒトシンカ [#r5cea0d1]
 自己愛、異(同)性愛、親子愛、きょうだい愛、家族愛、友愛、郷土愛、愛校心、愛社精神、愛国心、人類愛など、愛を含む熟語には愛が向けられる対象で愛を分類しているかのようなものが多い。しかし、これらの熟語が同一の特徴を持つ感情を対象によって分類しているとは考えられない。「愛」という言葉は、表明することによって得られる社会的利益を狙うものであると考えるほうが合理的であろう。 
 その主要な利益とは、1:愛という付加価値を与えることで自分が行なった他者への贈与の精神的価格を高め、より大きな恩を相手に着せようとすること。2:自己の人格・行動・信念を愛という概念によって擁護すること。3:「自分に反対する者は、愛という社会的に是認された概念を敵に回すことになるのだ」と暗に示して恫喝すること。の3つである。このような機能の語においては、相争う者がその語によって自分を擁護し敵を攻撃しようとするため、定義の奪い合いが起こる。当然ながら「本当の愛」が何かは力関係によって決定される。力は正義であるばかりでなく、愛でもある。 

――に飢える:

 愛情欠損型性格という概念は存在し、英国の精神科医J.ボウルビイによって提唱された。彼によれば、養育者との長期分離を経験した子ども(施設収容児など)や、過酷な養育環境(虐待など)に置かれた子どもは“無感動性”や“冷たさ”の際立った特異なパーソナリティを相対的に形成しやすいという。ボウルビイは盗癖児のなかに、他の情緒的問題児に対してこうした性格特徴を持つ子どもが多いと主張した。特徴は、他者との親密で安定した関係を築きにくく、根深い対人不信と愛情希求のあいだで絶えず揺れ動く結果、対人接触態度に一貫性が乏しく、対人関係の中で抑うつ的になったり、過度に攻撃的になったりもする。時に攻撃性が自分自身に向けられ、自虐的行為に走ることもある。以上の説明は、欲望や衝動や攻撃性がまるで流体のように存在し、どこかに必ず出現するという精神分析学の欲動論を含んでいる。この考えは科学的に反証されたものである。
 これは相対的な形成されやすさの問題であって、誰かが無感動性や冷たさや攻撃性を示したからといって、それを根拠に「この人は愛に飢えているのだ」と結論することはできない。しかし、自分と意見の異なる者・気に食わない者を「愛に飢えている」などの表現で、精神的欠陥者と決め付けることにはメリットがある。相手への攻撃(嫌がらせ)と同時に、優越を示すことができる。また、相手の意見を単なる病状として扱うことができ、論駁の義務を免除される。この免除は心理的なものである。相手に性格的欠陥があることで、その意見が論駁の必要の無いものになるという論理は妥当でない。 そもそもこの傾向自体、ボウルビイが考えたものほど強くはないとする専門家の批判も多いのである。
#htmlinsert(google.txt)
- ボウルビイか・・・ こいつは・・・ すごい・・・ -- [[あ]] &new{2006-07-30 (日) 10:54:32};
- ・・・・すごく・・・太い・・・・です・・・ -- [[!]] &new{2006-07-30 (日) 18:19:46};

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