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 ■とつげき東北
 
 
  自分にとって過剰と感じられるものがあって目障りな場合に、その過剰さの印象を共有するよう仕向けるために用いられる言葉。
  例えば、日本政府はニートの社会復帰支援に「―の公的資金」を投入しており、無駄ではないか、といった具合である。
 
  だが第一に、この言葉単体では、「必要」なラインがどこにあるのかということについて言及できない。話者が思っている以上の量が「必要」である可能性がある。つまり、この言葉を発して相手が賛同しなければ、「なぜ必要以上と言えるのか」を説明しなければならない。
  第二に、「必要」という言葉は「必要かつ充分(十分)」という意味と同義ではない。生きていくために最低限必要なお金さえあれば誰もが幸せなのではない。幸せになるために必要なお金はそれよりももう少し高額になるだろう。何にとって、どのような立場から見れば必要なのか、どうすれば充分なのかを考慮すべきであり、「必要なだけあれば良い」という一見もっともらしい主張は、決して恒真ではない。
  第三に、「―にはいらない」といった表現は、「必要」を「必要かつ充分」の意味で考える場合、トートロジーである。「必要以上には必要ない」が空論であることは明らかである(逆に、「必要以下で充分だ」は、日本語の用法として常に不適切だろう)。トートロジーを最初に述べることで、自らの発言が信頼できるかのように装う小技は大衆の間で一般的である。
  ついでに意地悪を言えば、第四に、「5以上」は「5」を含むのと同様、「必要以上」は「必要」も含む。やはり何事も「必要以上に必要」なのである。
 
  必要以上という語は、「[[バランス>バランスが大切]]」や「[[偏っている]]」と同様に、そうであるに違いないと強く信じる気持ちを除くさしたる根拠もない「自分の感覚」を、周囲にそれとなく撒き散らかし、あわよくば共感を得ようという悪意とともに用いられる記号に他ならない。こうした小手先のテクニックは、「知性」と必要以上に距離を置く者たちによって多用される。
 
 →[[常識]]
 →[[偏っている]]
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