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■とつげき東北
 
 
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 #htmlinsert(google.txt)
 - ■反省 本当に求めているのは反省だろうか。万引き犯の「反省しています」という言葉を聞いて警察への通報をとりやめるだろうか。たとえ悪いことをした人間が反省していようと、次に「反省すれば許されるというわけではない」とくるのは目に見えている。ここで注目してほしいのは、この発言をする者はリスクを負わなくてすむという点である。相手が反省していなければ「反省の色が見られない」と批判できるし、反省していても「反省しても許されない」と批判できる。つまり反省の有無にかかわらず攻撃は成功するわけである。そもそも「悪事を働いた」という第一の批判箇所に加え、「反省していない」という第二の批判箇所があるわけだが、反省していようがいまいが「悪事を働いた」という結果は変えようがない。つまり大衆にとってはとりあえず第一の批判箇所をキープしておいて、相手が反省していれば第一の批判箇所をもういちど持ち出し、反省していなければ第一+第二で二倍叩けるわけである。いずれにせよ、「悪人を叩きたい」という大衆の欲求(たとえば犯罪者は大衆が後ろめたさを感じることなく大っぴらに叩ける数少ない対象である)は満たされるので、この言葉は「便利な武器」として重宝されることになる。 -- [[井中蛙]] &new{2006-05-16 (火) 22:07:52};
 - 初めて投稿させていただきました。こんな長文書いたのは初めてでかなりへたくそかもしれませんが。今後もいいネタがあったら何か書いてみます。 -- [[井中蛙]] &new{2006-05-16 (火) 22:10:39};
 - 「反省」自体が名言的用法をされることはごくまれだね。「反省しているのか」とか「今さら反省しても遅い」などの項目名にして、修文してみてほしいなぁ。内容は基本路線としてokだけど、おれみたいにむやみに「大衆」を叩く必要は、別にないよ(笑) -- [[とつげき東北]] &new{2006-05-17 (水) 01:00:39};
 - 上に挙げたような2項目を独立に「対義語」として作成し、名言がいかにキチャナイ形で使い分けられ、発話者に不当な利益をもたらすかを書くと面白い。各々の名言だけでなく、各名言に横たわる構造を見抜くのが、本来はこのウィキの目的だからね。面倒ならおれが項目にしますが(笑) -- [[とつげき東北]] &new{2006-05-17 (水) 01:02:18};
 - >「反省」自体が名言的用法をされることはごくまれだね。  実はもともと「反省の色が見られない」という項目名で投稿しようとしていたのですが、短いほうがいいかと思って「反省」にしてしまいました。ただ<項目テンプレート>に「一般性を高めるあまり「名言目録」としての面白さを損なうのもよくない」とありますし、単語よりはある程度固まった言葉のほうがいいですかね。 >おれみたいにむやみに「大衆」を叩く必要は、別にないよ(笑)  いやあ、オチをつけるのになかなか苦労したのですが(笑)。 >面倒ならおれが項目にしますが(笑)  できればお願いしたい(笑)俺にはこれ以上は難しそうだ。 -- [[井中蛙]] &new{2006-05-17 (水) 20:06:24};
 - 了解です。基本路線は非常によいので、近日中にかいてみる予定です。 -- [[とつげき東北]] &new{2006-05-18 (木) 01:26:55};
 - 「やらないと後悔する」  一般的に困難と思われる行為を行う(または行わせる)際に、自分または周囲の人間に対して宣言される名言。この言葉が宣言されると、それまで本人や周囲が考えた失敗した場合のリスクや成功率の低さといったおおよそ現実的な予想をすべて打ち消し「行う」という選択肢のみが正解とされる。しかし、この名言がもし正しいのならば、例えば「買う」「我慢する」などの対立する行為に関しても当てはまるはずであり、「買わないと後悔する⇔我慢しないと後悔する」というような"矛盾"が発生する。つまり、この名言は「絶対は、絶対ない」となどような破綻した言葉であり、なんらかの決断をする際の判断基準として全く使えない。余談だが、この名言を宣言した人が「やって後悔する」様を見るのはそう珍しいことではない。 -- [[蟻]] &new{2006-05-29 (月) 04:50:36};
 - 初投稿させていただきました。問題点があれば修正しますので、ご指摘のほうをよろしくお願いします。 -- [[蟻]] &new{2006-05-29 (月) 04:57:07};
 - 【できることなら代わってやりたい】筆者がここで改めて言うまでもないことだが、ある人間と別の人間の意識なり感覚なりを交換することなど不可能である。にもかかわらず掲題の言葉は、何らかの劣悪な環境に居る「友人」「我が子」などに対し安易に使用され、発話者に陳腐な道徳的高揚を寄与することに貢献している。筆者が中学生の頃に深夜40℃近くの高熱に襲われたことがあったが、その際母親から掲題の言葉が発せられたときの情景は今でも印象的である。日頃から吹聴していた「大切」なはずの息子の高熱という事態に対して、深夜診察を受け入れてくれる病院を探したり、せめて氷枕を用意するなどの現実的な対処をするより何よりも先に、まず掲題の言葉を発した彼女の自分勝手な精神に驚いたものだ。その朦朧とした意識の中で筆者が思ったのは「神様!間違っても母さんの願いを聞き入れたりしないで下さい。たとえ一瞬であっても、この人の髪型、体型、知性、精神などを自分のそれと入れ代えられることなど、僕にはとうてい我慢できないことです」ということであった。           実際僕にはこんな経験はないので完全作り話なんですけど、凸家ではもしかしたらあったんじゃなかろうか、という感じで書いて見ました。なかったらごめんなさいね。 -- [[キューブ]] &new{2006-06-18 (日) 02:01:35};
 - 新規投稿[■反対です。]  議論の最中に、意見を求められたが、何も考えていなかったときに、言う間投詞。バリエーションとして、「まあ、反対だな。」「ううん、それはどうかな。やはり、反対だな。」等がある。状況によって使い分けられる。下手を打つと、「その理由は?」などとつっこまれ、何も考えていないのが、ばれてしまう。その点、最後の「ううん、それはどうかな。やはり、反対だな。」は、あたかも、熟慮の結果、生み出された結論のように聞こえるため、一番無難である。それでも、なお、「どうして、反対ですか?」と聞かれた場合は、軽い哀れみの色を浮かべた視線で、相手を見返せばよい。そうした態度を取られて、なおかつ、素直に、聞き返す、勇気のある者は、少ない。類語としては、「賛成です。」「なかなか、難しいですな。」「それは、どうかな。」「おもしろい考えだね。」「それじゃあ、そろそろ、結論にしますか。」などがある。 -- [[ド・セルビィ]] &new{2006-06-21 (水) 13:10:58};
 - 新規投稿[■世界内存在] 一言で、言えば、「井の中の蛙」。さらに、付け加えれば、「井の中の蛙、大海を夢見る」ということ。 -- [[ド・セルビィ]] &new{2006-06-21 (水) 13:11:59};
 - 新規投稿[■コギト] 一言で言えば、「古池や蛙飛び込む水の音」。 -- [[ド・セルビィ]] &new{2006-06-21 (水) 13:12:37};
 - 新規投稿[■現象学的還元] 落ち着いてよく見回すこと。 -- [[ド・セルビィ]] &new{2006-06-21 (水) 13:13:05};
 - 新規投稿[■形相的的還元] うまく表現できること。 -- [[ド・セルビィ]] &new{2006-06-21 (水) 13:13:33};
 - 新規投稿[■真理に到達するための方法] かつて存在した聖なる哲学者達が常にその方法を使い真理を獲得した方法、そして、現在もまた使われ、将来、現れるであろう偉大な哲学者達もその方法を使わざるを得ない、真理に至るための方法とは、「落ち着いてよく考えること」である。 -- [[ド・セルビィ]] &new{2006-06-21 (水) 13:14:00};
 - 新規投稿[■真理] 誤謬程度には、価値のあるしろもの。 -- [[ド・セルビィ]] &new{2006-06-21 (水) 13:14:29};
 - 新規投稿[■道徳の目的] (某大学生がホームページで書いていた。)道徳の目的とは、すなわち、不都合の解消にある、と。例えば、君の友人が、他の友人に論難されていたとしよう。そのような事態は、両者が友人である君にとって、不都合であろう。その場合、両者を説得し、なお出来得れば、両者に共通の理解をもたらし、論難されている事態を相互理解の事態へと変質せしめることは、要するに、君にとっての不都合を解消することであり、道徳的であろう。道徳とは、このように、常に、不都合を解消し、事態を好都合に変質せしめることを目的とするものである。従って、道徳の究極的目的とは、世界の一切の不都合を解消し、いわば、満漢全席のごとく、すべからく、好都合の事態へと導くことであり、これをなし得るものが聖人と呼ばれることになるであろう。 -- [[ド・セルビィ]] &new{2006-06-21 (水) 13:14:59};
 - ■中国・韓国が嫌い 嫌いなものをただ嫌いとしか言えない、幼稚園児並の知能しかないものが放つ名言。 領土問題、靖国問題、知的財産権の侵害など、中国や韓国を嫌いになる理由は、確かにいくらでもある。 しかしながら、(特に韓国は)仲良くすることで利益があるから、日本政府はそういった「鼻持ちならない」国との摩擦を減らす外交努力を重ねているのである。 日本は中国に輸入の大部分を依存しており、高価な日本製品を輸出するにあたって、韓国の購買力は無視できないほどに大きい。 資源の乏しい日本が現在の生活を維持するためには、輸出入に頼らざるを得ないのであり、中国や韓国はその重要なパートナーである。 彼らは、中国や韓国が嫌いと無分別に放言することで、何かが解決するとでも思っているのだろうか? 「嫌いなものを嫌いといって何が悪い」という者も、そういった国民感情が集まると、やがて経済に影響を与えはじめる事実を知っておいて悪くはないだろう。 -- [[N]] &new{2006-06-23 (金) 20:18:22};
 - 他人の意見を非難してばっかりではよろしくないので、たまには自分から主張してみました。Mさんも蟻さんも、さあ反撃して下さいな(笑) -- [[N]] &new{2006-06-23 (金) 20:21:55};
 - う〜ん。著者じゃないから、俺がこんな事言うのもどうかと思うけど、領域的に経済・社会に偏りすぎてないかな?例えば、「〜は嫌いだけど〜」みたいな風に全称 -- [[M]] &new{2006-06-23 (金) 21:43:31};
 - 全称命題に変えつつ、「中国・韓国〜」は例示に使った方が良いかも。経済・社会は良く解らんから、内容批判はどっかに委託するw -- [[M]] &new{2006-06-23 (金) 21:45:07};
 - 内容批判ではないが・・・その名言を発した者がどういう心境なのか(間接的にでも)考察がないと観察者よりは反論者という印象。有益ならば仲良くすることは正しい。嫌いは間違い。て話? -- [[りゅー]] &new{2006-06-23 (金) 22:21:26};
 - そうか。有益であるから正しいが成り立たないのと同じ理屈で、有益であるから嫌いという感情の反証にはならない、か。あぶねぇ、思考停止してたw -- [[M]] &new{2006-06-23 (金) 22:40:46};
 - 訂正しておこう。「Nは貿易の「正しさ」と国民感情の持つべき(道徳的な正しさ)を混同している」くらいにグレードアップしつつw -- [[M]] &new{2006-06-23 (金) 22:47:56};
 - 別に反論はしてない(笑)。領土問題や靖国問題と言った、嫌いになるべき理由を列挙しては、まるで自分は他人の知らない何かを知っているかのように「中国・韓国が嫌い」と放言することの名言性を指摘したのみだよ。 -- [[N]] &new{2006-06-23 (金) 23:21:12};
 - ちょっと待ってくれ。 Nは「経済的支出を考えるのなら、それを言う事で経済的なダメージを与えるような状況を考慮せず、只々掲題の語を放つ事は名言である」と主張しているのか?それとも、「嫌いになるべき理由を列挙しては、まるで自分は他人の知らない何かを知っているかのように「中国・韓国が嫌い」と放言することの名言性を指摘」しているのか?俺には前半から後半の主張は読み取れないんだが、この関係を解説してくれ…もしかして、俺の前半の解釈むちゃくちゃ?そしたらそれで良いから指摘してくれ。眠れなくなったじゃないかw -- [[M]] &new{2006-06-24 (土) 00:26:07};
 - 「嫌いになるべき理由を列挙しては、まるで自分は他人の知らない何かを知っているかのように「中国・韓国が嫌い」と放言することの名言性を指摘」だけしたつもり。その辺のブログや掲示板でよく見かけませんか? 蕩々と中国や韓国を「嫌いになる理由」だけ列挙して「だから嫌いだ」と優越感すら覗かせながら、語っているような輩を(酷いのになると「中国とは縁を切ればいいよ。インドがあるから」などと言い出す)。そういう人は往々にして、実は何にも分かっちゃいないし、考えてもいないよねという話。 -- [[N]] &new{2006-06-24 (土) 00:37:35};
 - ちなみに「中国 嫌」Google検索1,870,000件、「韓国 嫌」Google検索2,120,000件。繰り返し用いられるという名言性の要件は、十分に満たしていると考えた。 -- [[N]] &new{2006-06-24 (土) 00:43:12};
 - 解説ありがとう。明らかに考えすぎてたわ、俺。 orz 暴発もしてるしな… ふっ…成長してねぇぜ… -- [[M]] &new{2006-06-24 (土) 00:46:11};
 - リンクを張るンじゃな〜い!見るなぁ!見るなぁ〜っ!!  まぁ、冗談を置いといて、寝よw -- [[M]] &new{2006-06-24 (土) 00:49:37};
 - まあ、俺韓国は行ったことあるんだけど、コンビニに「十七茶」なる商品が置いてあった時には流石に吹いた(笑)。これは閑話休題。 -- [[N]] &new{2006-06-24 (土) 00:51:42};
 - >N氏 「閑話休題」の意味を取り違えておられるようです。よくある誤解のようで、自分も以前はそう考えていた。 -- [[いらぬ節介]] &new{2006-06-24 (土) 08:55:37};
 - ホントだ。どうも -- [[N]] &new{2006-06-24 (土) 11:03:12};
 - (議論・ケンカ)その2:「あ?の発言等についての分析」 での事をもとにして、書いてみました。あ?をはじめ、発言なさっていた全ての方々に感謝申し上げます。批評よろしくお願いします(o _ _)o[普遍妥当性がある事を言え][それは正しいとは限らない]:「お前は正しいだけの事しか言わない」とコンボを組む事で、主張に自信が無い相手を循環論法に陥れたり、黙らせる事が出来る便利な言葉。([それは正しいとは限らない]は相手の主張に対し、純粋に説明を求めている場合もある。)A:「ケツがプリプリした牛の肉は美味しそうじゃないか?」B:「もっと普遍妥当性がある事を言えよ」A:「う〜ん…霜降り肉は美味いという人が多いよな」B:「お前は正しいだけの事しか言わないな」A:「霜降り肉の牛はケツがプリプリしているのか?」B:「だからもっと普遍妥当性がある事を…」この様にして使う。「正しいだけの事」=「普遍妥当性」という二種類の同じ意味の言葉を用いて矛盾していない様に見せかけるのがミソ。或いは、主張側に対し、主張側の発言が「正しいだけの事」→「正しいとは限らない事」⇔「正しい[だけの]事?」→「正しいだけの事」となるよう仕向ける。([だけ]の所は上手く隠す。)何故大衆が説明されなくとも納得出来る様な事を言わなくてはならないのだ。大衆に説明し、考えさせ、納得させる妥当性を打ち立てるのが議論であろう。この様な言葉はスルーし、淡々と説明を続ければいい。 -- [[ジャケ]] &new{2006-06-25 (日) 13:56:09};
 - 普遍妥当性という言葉はあまり使われて無いのね。。 -- [[ジャケ]] &new{2006-06-25 (日) 14:26:33};
 - むしろその常用性の無さこそが幻影を作り出しているのか。。と独り言を言う私。 -- [[ジャケ]] &new{2006-06-25 (日) 17:17:13};
 - 客観的って事なんだけどね -- [[あ]] &new{2006-06-26 (月) 07:06:06};
 - あっ…ホントだ… -- [[ジャケ]] &new{2006-06-26 (月) 14:44:11};
 - ■(解説)一貫性のない言動 ある場面と別の場面とで、矛盾する言動をとる(少なくともそう見える)ことがあるのは、知的な人間であっても避けられないだろう。「君子は豹変す」るものであるらしいし、人は常に新しい情報を手に入れ、意見を新たにする過程の中を生きているからだ。また、言動を行う者がより高度な次元で判断していた場合、低次元な思考しかできない者がそれに「矛盾」を感じることは良くあるものだ。 例「Aはいつも定時に帰り、俺は毎日残業しているのに同じ給料」 しかし、それが極めて短期に行われる場合は、大抵の場合苦し紛れであることが多い。つまり、相手がAと主張したときに初めは「Aでない」と反論し、旗色が悪くなると今度は「(確かにAかも知れないが)Aであっても問題はない」と言い出す場合のことである。通常()の中身は言われないことが多い。言えば矛盾が誰の目にも明らかになってしまうからだ。 -- [[N]] &new{2006-06-26 (月) 18:09:12};
 - 追記:また、そのような苦し紛れを行っているものが、自分の発言の矛盾に気付いていない場合も存在するようだ。 -- [[N]] &new{2006-06-26 (月) 18:17:09};
 - おいおい。少なくとも俺はその用法に当て嵌まって無いと説明した上で反論待ちなんだが?継続中の議論ほっといて、どうしてこんな所に書いているんだ?言いたい事があるのなら「議論・ケンカページ2」にそれを書けばいいだろうに… -- [[M]] &new{2006-06-26 (月) 18:39:11};
 - ■(解説)自分が愚かでないことの証明 Aという理由がある、Bという理由がある、Cという理由がある。だから俺は愚かではない、と殊更に主張する者がいる。あるいは他人から愚かさを指摘された時に、必死に反論する者がいる。当然、自分が大衆であることに「コンプレックス」を抱いているから、そうするのである。自信のなさの露呈といえるが、そのような者に「自信は、根拠があって湧き出るものではない」と言っても、きっと信じては貰えないだろう。 -- [[N]] &new{2006-06-26 (月) 20:25:07};
 - ■自信 自信に根拠を求める者が、あまりにも多い。そのような人間は、例えば東北大卒の人間に「俺は一橋大卒だぞ」と言うことで自信を粉砕したと思いこみ、「東大卒」の人間の存在に自信を粉砕される。このような自信は紛い物である。本当の自信とは、自分が自分であることを無根拠に信じられることをいう。 発言が他人への非難に極端に偏っている者、過去の自分を殊更に否定したがる者、「必要以上」に他人を称賛したり、「信者」となるもの。彼らは、みな紛い物の自信にすがって生きている。何故そうせざるを得ないかというと、もちろん、本当の自信を持っていないからである。 -- [[N]] &new{2006-06-26 (月) 20:33:12};
 - やや名言ぽい発言をしたな。批判待ってます。 -- [[N]] &new{2006-06-26 (月) 20:35:43};
 - 「本当の自信」ってのが名言なんじゃないの。「発言が他人への非難に極端に偏っている者」っていうけどそこから下は全部他人への非難やんな。批判待ってますってことはこんくらいの批判は予測済み? -- [[ここ一]] &new{2006-06-26 (月) 23:57:51};
 - ■(解説)自分が愚かでないことの証明 でも、その根拠を「コンプレックス」してしまうようなら、それはNの愚考だろう。もうちょい、別の要因探してみた方が良いぞ。 -- [[M]] &new{2006-06-27 (火) 00:11:50};
 - 「本当の」とか「コンプレックス」という言葉は使われた時点で即座に名言になるというわけでもない。名言として使われる文脈があるということで、「本当の」は通用している意味とは全く無関係に放たれる場合、「コンプレックス」は能力の低い者が高い者に対して、能力が高い理由を『コンプレックス』があるからと発言する場合が指摘されていますが、当然私はその文脈では使っていません(笑)。「自信」という言葉は「自分の才能・価値を信ずること、自分自身を信ずる心」の二つの定義がありますが、後者こそが本物だと私は主張したわけです(もちろんそこに価値判断が含まれているが)。 私の意見が正しくて、ここ一さんの指摘が正しいと仮定するなら、つまり私は「本当の自信」を持っていないということになりますね。確かに(笑)。 -- [[N]] &new{2006-06-27 (火) 00:41:12};
 - ■愚考 気に入らない考えだが、きちんと反論できないので、とりあえずマイナスイメージのレッテルを貼っておく。 →どうかと思う →まずい →妄想 -- [[N]] &new{2006-06-27 (火) 00:51:34};
 - 「全ての幸福や災難が「前世の行い」のせいであると「説明」されるのと同様、「彼の行為はコンプレックスによるものだ」という説明は、霊魂崇拝主義的である。すなわち、その検証不可能性に頼り、相手の「深層心理」等を「見抜く」かのように用いられる。そしてそれは、検証不可能であるとともに、解釈によっては結果論的に「真理」ともとれる(とりたいという欲望を満足させられる)がゆえに、偽りの「真理」として大衆の間に流通する」 項目、コンプレックスより引用。発言者の能力は関係ないんじゃないか?この名言。 -- [[M]] &new{2006-06-27 (火) 00:52:12};
 - おいおい。お前、俺の発言をどうやっても名言にしたいらしいな。そんな文脈で使ってないぞ、俺は…根拠も示してるぞ。これに対する反論は? -- [[M]] &new{2006-06-27 (火) 00:55:03};
 - 「本当の自信」の存在を疑ってる。自分が自分であることを無根拠に信じる心ってのがよくわからない。無根拠ってのは非論理的にってことじゃあないよな。 -- [[ここ一]] &new{2006-06-27 (火) 01:28:16};
 - 「本当の自信」とやらがないから他人を貶めるような行動をとるのではなく、他人を貶めるような行動を取る人に対して、あの人は自分に自信がないからあんなことをするってな名言につながるんじゃないかな。 -- [[ここ一]] &new{2006-06-27 (火) 01:28:43};
 - 私が考える「本当の自信」とは、自分の思考・感情を無条件に肯定することかな。頑迷という意味ではなく、例えば人の意見を聞いて意見が変わったとしても「自分が間違っていた」とは考えず「私は、私がいままで主張していた意見よりも、あなたの意見が信じられます」と考えられるような精神のありかた。根拠はあるが、そのひとつひとつが重要なのではなく、時々で変わる。つまり自信ありきで根拠が後から付いてくる(根拠が自信の存在の源ではない。その意味で無根拠に存在する「自信」)。一方「根拠のある自信」というのは「東北大卒だから」「英語ができるから」と根拠ありきで自信を求めるような精神のありかた。 ……と、私は考えます。 -- [[N]] &new{2006-06-27 (火) 01:48:08};
 - [ -- [[N]] &new{2006-06-27 (火) 01:48:42};
 - 「他人を貶めるような行動を取る人に対して、あの人は自分に自信がないからあんなことをするってな名言につながる」はその通りだと思いますが、その事実は「本当の自信」がないから他人を貶めるような行動をとるという事実を否定しません。 -- [[N]] &new{2006-06-27 (火) 01:50:20};
 - 俺の読解力の低さ故だろうと思うけど、凸のコンプレックスに対する名言性は、それを根拠とするような全ての論理に当て嵌まると言ってるように読めるんだけど、これが誤読であるとするNの反論を、明日でも良いから聞きたいです。返事下さい… -- [[M]] &new{2006-06-27 (火) 02:02:42};
 - 自分の思考・感情を無条件に肯定できるスキルってのがあって、それは持っている人と持っていない人に分けることが出来て、持っていない人は根拠ありきの自信を求めるってこと?なんかぴんとこないんだけど。ぴんとこないじゃあまずいか、明日暇があったらもうちょい考えます。 -- [[ここ一]] &new{2006-06-27 (火) 02:05:50};
 - ちなみに発言から「本当の自信」>「紛い物の自信」(尺度は知性)と考えていると考えてるけど問題なし? -- [[ここ一]] &new{2006-06-27 (火) 02:08:48};
 - 「コンプレックス」―検証不可能であるとともに、解釈によっては結果論的に「真理」ともとれる、という意味では、確かに私の使い方でも名言性を有していますね。 「本当の自信」>「紛い物の自信」はその通りです。尺度が知性かと問われると、例えば三島由紀夫が「本当の自信」を持っていたということになってしまうので、「本当の自信」を持つ者は持たない者よりも知的である、くらいにお考え下さい。 -- [[N]] &new{2006-06-27 (火) 02:30:11};
 - ちなみに「ポジティブ」とは違うんですよね。そういう度合い的なものじゃなくて、持っていると持っていないに二分することが出来るなにかなんですよね。んで「・・・彼らは、みな紛い物の自信にすがって生きている。」ってことは「本当の自信」を持っている人でそのような行動を取る人はいないってことですかね。 -- [[ここ一]] &new{2006-06-27 (火) 16:35:17};
 - ポジティブは囲む必要なかったな。 -- [[ここ一]] &new{2006-06-27 (火) 16:37:24};
 - ここ一さんが仰っているのは、私の主張の裏ですね。論理的な言い方をすれば、裏は必ずしも真ではありませんし、実際真ではないと思います。 -- [[N]] &new{2006-06-27 (火) 23:35:55};
 - a「他人を殊更に・・・「信者」となる」b「紛い物の自信にすがって生きる」とすると、Nさんはaならばbと言ってる訳ですが、前回の俺の発言は「本当の自信」を持っている(=not b)ならばaのような行動は取らない(=not a)といっているわけですから対偶だと思うのですが。 -- [[ここ一]] &new{2006-06-28 (水) 00:19:35};
 - ここ一さんの仰る通りでした。2006-06-27 (火) 23:35:55の私の発言は完全に誤りですね。なんでこんな勘違いをしたんだろうか…… -- [[N]] &new{2006-06-28 (水) 18:35:04};
 - 例えば、こういった場でも間違いを指摘された場合(それが妥当なものだとして)、それを認めて「そうですね」と言える人がいる一方で、「違う」と反発する人がいます。「そうですね」と言える人は、自分の発言の誤りを認めても自信が傷つかない。一方「違う」と反発する人間の中には、うすうす自分が間違っていることに気付いている(のを文面からも滲ませている)人がいます。彼は、相手の主張を認めれば何かの自信が傷つくから(自分の頭の良さ?)そのような行為に出るのだと推測されます。その滑稽さを「彼は本物の自信を持っていない」と指摘しました。 -- [[N]] &new{2006-06-28 (水) 18:40:53};
 - それは単に将棋で言うと先読みが上手いか下手かってだけなんじゃないですかね。話を戻すと、「本当の自信」を持っている人は例外なく前述のbのような行動を取らないってのは無理ありますよね。 -- [[ここ一]] &new{2006-06-28 (水) 20:09:38};
 - 勝手にまとめますが、持っていると持っていないとか二分化できるような性質を想定するのは無理がある。頭のよろしくない人ほど1ビットで考えがちである(やる気があるかないかとか、大衆であるかないかとか)。しかし大体においてそれらは連続した値をとる、程度の問題である。それなのにやる気を例にとると、無意識的に自分のちょい下に勝手に閾値としてそれ以下をやる気のないやつらだと断罪したりするなどの愚行にでる。 -- [[ここ一]] &new{2006-06-28 (水) 20:22:35};
 - つまり二元論に問題があるといいたいのね。しかし私は「本当の自信」と「紛い物の自信」があると説明しただけで、それが全てとは言ってないよ(笑)。 「やる気を例にとると、無意識的に自分のちょい下に勝手に閾値としてそれ以下をやる気のないやつらだと断罪したりするなどの愚行」との指摘は面白いので、是非項目作って詳しい説明をお願いしたい。 -- [[N]] &new{2006-06-28 (水) 20:37:29};
 - 今度は「全てではない」に突っ込みが来そうだから、あらかじめ言っておこうか。私は世の中に無数に存在する要素の一つを取り上げて、その性質を説明しただけである。ここ一さんは勝手に私が二元論に基づいていると誤解し、それを誤りだと述べたに過ぎない。 -- [[N]] &new{2006-06-28 (水) 20:40:39};
 - ここ一さんの意見を適用すると、とつげき東北さんは「大衆性」と「知的」の二元論に陥っているから愚行ってことになるのか? そう考えると主張するなら、今度は私がここ一さんの考え方を崩さないといけないね。 -- [[N]] &new{2006-06-28 (水) 20:43:44};
 - 口出ししないでおこうと思ったけど・・・・・・ 自信=「確信している」 -- [[M]] &new{2006-06-28 (水) 21:44:44};
 - つまり2006-06-27 (火) 02:05:50 の時点から俺は誤読していたというわけですね。じゃあもういいです。 -- [[ここ一]] &new{2006-06-28 (水) 21:54:28};
 - まぁ、「バス床の信仰」程度に自分の意見を信じて疑わない人間が知的であるかどうかとは、また別の問題。Nもここ一も議論の途中で迷走してる。 -- [[M]] &new{2006-06-28 (水) 22:18:07};
 - ちょっと待った。ここ一氏にあまり硬直的な見方をして欲しくない。 例えば、ほ乳類という言葉について。「ほ乳類」は生まれた子が,母親の乳を飲んで育つ動物という定義で、その殆どが胎生で、陸上でいきる動物で、空気呼吸をし、体が体毛で覆われています。そういった点から我々は「ほ乳類」というものの大体のイメージを掴むことができますが、中にはそういった点に当てはまらないほ乳類も存在します(カモノハシ、クジラ、コウモリなど)。では、例外があるから我々が「ほ乳類」に対して抱くイメージが無価値かというと、必ずしもそうではないでしょう(少なくとも「ほ乳類」という生物のイメージは、我々に生物を眺める際の知見を与えてくれる)。数学では、反例が一つでも見つかったらその仮説は却下されますが、私は(またとつげき東北氏も)そのような主張を扱っていないことを分かって欲しい。 -- [[N]] &new{2006-06-29 (木) 00:14:06};
 - だから、ここ一さんの「『本当の自信』を持っている人は例外なく前述のbのような行動を取らないってのは無理がある」という主張は確かにその通りです。そのような反例を挙げることはできます。しかしだからと言って、その存在意義が却下されるものではない主張を、私は扱っているつもりです(とつげき東北氏の「知的」「大衆的」の分類も恐らく同じはずです。それは反例が一つもないから意味があるのではなく、私たちに新しい知見を与えてくれるから価値があるのです)。 -- [[N]] &new{2006-06-29 (木) 00:19:33};
 - それでもここ一さんが納得できない、というのであれば、それは私の力不足でもあり、縁がなかったとも言えるでしょうね。このブログの存在価値を「認めない」人の例をいくらでも挙げることができるように。 -- [[N]] &new{2006-06-29 (木) 00:21:23};
 - ブログじゃなかった。ウィキ。 -- [[N]] &new{2006-06-29 (木) 00:22:28};
 - ■(解説)隠された前提 命題には、文面に表れない隠された前提というものが存在する。政治家が「今年は減税したので、国民は幸せになるだろう」と発言した場合には「お金があることは幸せ」という前提が隠されていると推測できる。往々にして、議論における両者が意識的、無意識的に立脚している「隠された前提」は異なるが、双方あるいは片方が十分に知的でない場合は、その違いを明らかにし、歩み寄ろうという努力さえ為されない。それでも「議論」が進めば、大抵は片方あるいは双方の愚かさが傍目に分かるようになる。例えば、命題を提示した側が、実は明らかに誤った前提に立脚していた場合がそうである。あるいは、誰の目にも明らかな隠された前提を、命題の批判者がいつまで経っても理解できず、あるいは「認めない」場合である。先の例において、もし政治家に「お金があることは幸せなんてことを、貴方は言わなかったじゃないか」と言いだす者がいたとしたら、我々は彼を笑っても差し支えないであろう。 -- [[N]] &new{2006-06-30 (金) 16:17:59};
 - 項目「〜してはいけないの?」とかぶってるのでは? -- [[ここ一]] &new{2006-06-30 (金) 17:26:57};
 - あ、結構似たような状況について説明されてますね。合わせて理解を深めようってことでひとつ(笑)。 -- [[N]] &new{2006-06-30 (金) 17:59:30};
 
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