#htmlinsert(google.txt)

*とつげき東北 [#o3e13728]

 (議論記録5)において議論した(・A・) 氏(「顔」、又は「顔ちゃ」と呼ばれている)が、凝りもせずからんできたので、再び某所にて議論をしていた。
ただ、今回のメインは顔ではない。

 今回は、顔のような人物と「議論」を繰り返している私に対する、思想的未熟さに基づく典型的な批判があったので、その部分の議論を取り上げたい。

 ただし、「超教官」氏とはもともと仲が良いため、最後まで議論せず、種々の理由による私の勘違い等に起因する意見対立に過ぎなかったものとみなし、適宜打ち切った。

 その尻馬に乗ろうとして時折でてくる(・A・)や、超教官氏と私との議論の内容を全く理解せずに参戦してきたクラリス氏との議論部分が笑いどころである。
 本ウィキにも参加しているマネ氏も途中でかんでいる。氏の鋭い指摘にも注目。

※可読性のため、呼称等は変更しています。
※また、文意が変化しないよう留意しつつ、書き込みの順序の変更・引用部分カット・スペースの挿入をしています。
※赤字は筆者による注釈です。


--------------------


●超教官 2006年09月15日 09:31
 
顔チャと議論しようとしてるやつも愚かに思える.



●とつげき東北 2006年09月15日 21:17
 
いや、なんで君、顔ちゃの真似してんの(笑) 

たとえば麻雀を真剣に研究する行為を、人によっては「愚かに思える」と感じるだろう。私のウィキを見て同じことを思う人もいれば、ダウンタウンのギャグを見てそう感じる人もいよう。 
しかし、だからといってその感情を単に羅列する行為は、まさに前回の一連の議論で顔が繰り返してきた行為だ(このことは、私がさんざん顔に指摘し、そして理解されなかった)。 
君の「愚かに思える」感覚は間違っている。 
事実、私は「愚かではない」からである。 

私は常に「読者」や「キャラ」を意識して文章を書く。 
決して私は、「顔と議論」している際に、「顔に向けて」言葉を書いているのではない。顔以外の「読者」に向かって語っているのだ。 
この形式に関する徹底的な自覚が、「知的」に振舞うための最低限の条件なのだ。 
このことは思想に慣れた者なら誰もが知っていることである。 
顔というバカと議論を行うという行為の意味づけを想像できず、「愚か者を相手に議論するのは愚かだ」的な思いを抱くのは、単に当人が私の定義によるところのバカ(非-知的)だからにすぎない。 

もしも口先だけではなく、君が「愚かに思える」ということに何がしか洗練された思想的背景を持っているというならば、下記参考を読んだ上で主張いただきたい。 

愚かな人間が、私に対して「お前は愚かだと私は感じた」と繰り返す論法はもう飽きた。 
「友達も言っていた」「2ちゃんねるでも言われていた」も、もういい。 
そういったものは顔だけで充分であって、君が同じことをする必要はない。

&color(red){(参考はウィキの各項目。省略)};



●超教官 2006年09月15日 23:18
 
"議論"って言葉が悪かったかな。 

凸が顔チャの思考について論破するのは構わんが、それを以って顔チャを屈服させようとする行為は愚かしいと思う。 

まともな論理的思考が出来る人は議論によって自他の論理の優位がどちらかを自覚するもんだけど、彼にはそれがないと言いたかったにすぎない。



●とつげき東北 2006年09月15日 23:44

>凸が顔チャの思考について論破するのは構わんが、 
>それを以って顔チャを屈服させようとする行為は愚かしいと思う。 

違う違う。大きく違う。著しく違う。鬼のごとく違う。 
私が彼を論破しようとしている、などと認識している時点で、「センスがない(=私の定義における非-知的)」と言っているのだ。 

想像してみよう。 
君は、ダウンタウン松本がイヌに対して 
「お前……ほんまアホやな。最近どうなん」 
「なんかしゃべれや。なんで横むいてんねん。どこいくねん」 
などと言っていて、イヌがそれらの言葉を理解できず普通にスタジオでションベンをしたとしよう。 
「おい待てや! そこでしたらあかん!!! そこだけはあかん!!」 
と怒鳴っている。 
まあ即興で考えたのでアレだが、松本がやればそれなりに面白い風景になるかもしれない。 

それを見て「松本って、イヌに話しかけて愚かだな」「イヌを説得しようとするなんて、愚かだな」と言っているのが君だ。 
愚かなのは松本ではない。君だ。 

たとえば麻雀を本気で研究する、これは方向性としてきわめてバカだ。そんなことをしている暇があったら英単語を覚えた方が「役立つ」。私のやっていることは方向性として実にバカげている。 
だが、その内容が「バカでない」どころかむしろ知的領域に属するようになってくれば、これは一つのジャンルとして確立される(仮に結果的に成功しようがしまいが)。 
同様に、知的な者が愚かな者を「啓蒙する」のではなくて、単純に笑いの対象としてもてあそぶ一連の議論は、方向性としてはバカだが、知的に行えばエンターテイメントとして成立するのだ。 
実際、それを楽しむ読者層というものが存在するのだし、これまで一般的にはなかったエンターテイメントなのだ。 

そうした「読者の視点」といったものをまったく想定できずに、こともあろうに「論破」がうんぬんと言い出す知的射程の狭さを私は指摘しているわけだ。 
趣味が違うのはしょうがないが、その違い方を認識できていないところが残念だと述べているのだ。 

これについてはウィキでさんざん述べており、当然それなりの思想的背景を持った人には充分に理解されているので、興味があれば一読をお勧めする。 
難しく言えば、ニーチェ的文脈における「意味」から「強度」への価値転換および相対化がなされているかどうか、という思想的な問題だけど。



●超教官 2006年09月16日 00:49

一般的な意味合いで言うと、論破することが即ち議論に勝利するはずである。 

凸の例のようなものをあげるとするならば、闘牛なんかはいい例ぢゃないの? 

牛を倒すだけなら別にあんな剣を何本も刺す必要なんてなく、銃撃すれば事足りること。だが、目的は牛を殺すことではなく、その過程を楽しませているのだ 

と主張してるように思えますがね。 

同じ闘牛でも闘牛士によって見てる方の感じ方も違うでしょう。 

別に凸が顔チャを説得しようとしてるとは微塵も思わん。 
凸が彼の言動を論理的に解析し矛盾を面白おかしくつついてるというのは理解しとる。 

私が"無駄で愚かしい"と言うのは、それから先の行動である。 

いくらみんなが面白おかしく笑っていようと、笑われてる本人が理解出来ないのに無理やり理解を強いることが"愚かしい"と私が言う部分であり、論破する時点(※注釈)までは知的エンタテイナーで構わんよ。 
別に凸が議論に勝利することなど興味ない。 

※注釈部
凸はこの言葉に相手を屈服させる意味まで含めてるように感じるが、私としては相手の論理を破綻させる部分までに留めて使ったつもり



●とつげき東北 2006年09月16日 01:17
 
>いくらみんなが面白おかしく笑っていようと、笑われてる 
>本人が理解出来ないのに無理やり理解を強いることが 
>"愚かしい"と私が言う部分であり 

わけがわかりません。 

私が「本人が理解出来ないのに無理やり理解を強いる」行為をしているという確信はどこから出たのだろうか。 

私は一貫してイヌで芸をやっているのみである。イヌに無理に理解を強いる松本は存在しないのと同様に、私は顔に私の主張の理解を求めてなどいない。 
そして、その点については、私は当初から(前回の議論から)以下のとおり繰り返し述べている。 

・2006年08月19日 02:42 
>君の「理解」など最初から期待していないし求めてもいない。 
・2006年08月19日 02:42 
>知るか。死ね。誰が君を感動させる文章など書くか。 
>君に理解できる程度のものを書くか。 
・2006年08月19日 12:39 
>どうせ彼の「思想」も私の思想も、互いに認めまい。 
・2006年08月20日 01:29 
>すべての「判断」や「認識」等が最終的にはいわゆる 
>「個人の主観」であって、ポストモダン思想より以前の 
>文脈におけるいわゆる外的な「客観」などというものが 
>幻想的概念であることは、現代において思想する際の 
>基本中の基本中の基本中の常識 
・ウィキ「あの人には何を言っても無駄」より 
>無限の蒙昧さを持つ人間の存在を仮定すると、彼(彼女) 
>には思想どころか言語も足し算も通用しまい。それだから、 
>「―」という言葉が真になることは、理屈上ある。 

これだけくどくどと、顔が私の主張を原理的に理解し得ないという、いわば共訳不可能性とも言うべき性質について私が述べているにもかかわらず、私が「理解を強いる」ことを望んでいると君は感じたようだ。 

その根拠ないしそれを表す具体的な記述はどこか?



●超教官 2006年09月16日 01:26
 
だから、俺が指し示す"愚かしい行為"を凸がしてるとは一言も言うてないでしょw  



●MKRG 2006年09月16日 01:38
 
そりゃないよ超教官。それっきゃ言ってないじゃん。  



●とつげき東北 2006年09月16日 01:39
 
えー!? 
それはまた強引な着地点を見出したな。 

1つめの書き込み。 
>顔チャと議論しようとしてるやつも愚かに思える. 
(明らかに凸=愚か) 

2つめの書き込み。 
>凸が顔チャの思考について論破するのは構わんが、 
>それを以って顔チャを屈服させようとする行為は愚かしい 
(凸=愚か) 

3つめの書き込み。 
>いくらみんなが面白おかしく笑っていようと、笑われてる 
>本人が理解出来ないのに無理やり理解を強いることが 
>"愚かしい"と私が言う部分 
(これまで彼が言った「愚かしい」対象は顔又は凸以外なかった。しかし「理解を強いる」のは顔ではない。したがって凸=愚かしい) 

4つめの書き込み。 
>だから、俺が指し示す"愚かしい行為"を凸がしてるとは 
>一言も言うてないでしょw 
(凸=愚かしい、とは一言も言っていない?) 

死ぬほど適当だな。 
もういいよ。


●マネ 2006年09月16日 01:47
 
あえてはっきりさせずに引っ張った感ありありだなw>超教官 

>顔チャと議論しようとしてるやつも愚かに思える. 

凸のこととも読めるが、凸の尻馬に乗って攻撃するやつが標的だろ?これは 

>凸が顔チャの思考について論破するのは構わんが、 
>それを以って顔チャを屈服させようとする行為は愚かしい 

「凸が論破したことを以って、他の奴らが〜」と読めるし、俺は最初からそう読んだ。  


●とつげき東北 2006年09月16日 02:14

>マネ 

最初そのような解釈も想定したが、その後の、 

>いくらみんなが面白おかしく笑っていようと、笑われてる本人が 
>理解出来ないのに無理やり理解を強いることが"愚かしい"と 
>私が言う部分であり、論破する時点(※注釈)までは知的 
>エンタテイナーで構わんよ。 

という文章で棄却した。 
「エンターテイナー」でなくなる主体は誰か。 
論破する時点以降には、「エンターテイナー」でなくならなければ「構わん」ことにならなくなる主体は誰か。 
凸以外には読みようがない。 
※ただし、顔は論理的な議論ができないので「論破」自体不可能であるが。 

ぼかして書くことによって「釣り」を演じようとしたならば、それはそれで面白いが、それならば上記文章の説明がつかない。



●マネ 2006年09月16日 02:42
 
あーほんとだな。筆が滑ったんじゃないかとは思うが・・・ 

んじゃやっぱ、闘牛士のおおげさな身振りにいちゃもんつけてる「分かってない人」になっちゃうね。  



●超教官 2006年09月16日 02:50

意図的にはっきりさせなかったってことはないんだけど、最初の発言はそういう含みも取れるなーってのは書いてから思った。たしかに危険な表現をしたことについては謝罪すべきかな。 

実際に辞書で"議論"・"討論"・"論破"などについて調べてから2つ目以降は書き込んだんだけど、言葉の定義と認識にズレが出てるから俺に言わせれば"凸の勘違い"が生じたわけで。 

"討論"は相手の論理を超越もしくは破綻させれば一般的には勝利となるが、相手そのものを倒したわけではなく、あくまで"論理"を打ち破ったにすぎない。相手が敗北感を感じるかどうかはまた別である。私が注釈までつけておいたのはこういう意味をはっきりさせるためにつけておいた。 

議論や討論を行う場合、各々の"論理"の所属は主張する個人になるわけだが、論破を行ったことイコール相手が敗北を認めるということにはならない。 
※もっとも相手が論理的な思考をきっちり出来る相手であれば自ずと敗北を認めるのでイコールとなりえるのだが 

なので、これの前の私の書き込みには 
 >別に凸が顔チャを説得しようとしてるとは微塵も思わん。 
とわざわざ書いておいた。この場合の"説得"とは"敗北を認めさせること"と思っていただきたい。 
理解を強いるというのも、この場合の説得と同じ意味合いとしてとってもらいたいのだが。 

私があえて行為と書いたのは特定の相手を指し示して言うてないことを主張したかっただけ。素直に文章を読み取れば凸の行為全体やそのものを指し示しているわけでなく、"敗北を認識させる行為"が愚かしいと主張している。 
当然ながら凸が顔チャに"敗北を認識させる行為"に走れば私の定義する"愚かしい"に分類されるので、凸を可能性として完全に含まないとは言えない。 
※たしかに最初の私の書き込みは"議論"という行為の中に"敗北を認識させる行為"も含まれていたのは認めます  
 
"構わん"については凸の主張する知的エンターテイナーを肯定してるだけにすぎません。 
論破以後を含めるようなら否定せにゃならんと思うが。  



●(・A・)  2006年09月16日 02:53

とつげきの[理解力のなさ>理解力がない]には閉口するね。 
少しは育ってくれ。 

このままじゃ禅問答を繰り返すだけだから、俺が[大人の対応>大人げない]として引いてやるよ。 

中学生が司馬遼太郎を読んでも、嫌になるだけ。 
しかし、大人になって読むと理解できる。 

ムネオが[社会で揉まれ>人生経験]、成長したら、 
「あ、顔さんの指摘は正しかったんだな」と[分かる日がやってくる>わかるときがくる]。  



●とつげき東北 2006年09月16日 04:04

>超教官 
まあなんかよくわからんが、私が前回顔ちゃに繰り返し言ったこと(真のバカには正しい論理も無効であるという点)を、顔ちゃ以外の一般の人に拡張してあらためて周知(?)しようとした、というような認識でよいのね。 
それを若干紛らわしい表現で書いたことによって、また定義が途中でぶれる等したことも含めて、私やMKRGに勘違いが発生し、望まぬ結果に陥ったと。 
それならまあ、いいや。 
勘違いして失礼。またよろしく(^−^)  

&color(red){※打ち切り。問題はここからである。};



●クラリス 2006年09月16日 16:01

字多くて全部はよめんかったけど、 
顔ちゃを議論するのは時間の浪費 
顔ちゃに踊らされている凸氏という印象 

論破とか、どちらが賢い賢くないの議論はというのは、 
誰か中立の審判がいるわけではないから、 
不毛、水掛け論にみえる。自己満足の世界である。 



●(・A・)  2006年09月17日 01:29

とつげきが、俺の反応を見たくて長々反論してきたのなら、まだ分かる。 
それでもバカだと思うけど、まだ見込みはあるってところかな。 
もし、そうでなく、本気で必死にやってるのなら、救いようのないウンコ。  



●とつげき東北 2006年09月17日 03:38
 
>クラリス 
だからまさにその部分について超教官と話していたのだし、互いに理解を得たんだが。 

「読んでない」とかじゃなくて。 
別に隅から隅まで全部読んでなくてもいいけども、思い切り主要論点なんだから、理解しよう。 
そして、そこについて「個人的意見」を述べるなら、それなりの準備をしてきなさい……(少なくとも超教官の主張と私との見解とを踏まえて)。 
顔と私の過去の議論において、顔ちゃでさえ「知的と感じるかどうかは個人の主観」ということになんと気づいたのだから、そこくらいまではついて来てくれなければ、困る。 

今まさに例題と解き方を教えられたのに、直後に、同じ類題が出されて「例題は勉強してなかったから」君が解けなかったかどうかは、私のあずかり知るところではないよ。 
 
&color(red){※(・A・)は議論に周回遅れになっているので無視した。};



●クラリス 2006年09月17日 15:35
 
いやぁ、一応超教官とのやり取りを読んだけど、いまいち私の真意がわかってないようだなぁ。。。
後、理解してくれではなく、読んでくださいだと思う。w

基本的に君の文は冗長なので、短文で的をいるスタンスにした方がよいと思うね。
下手な例え話は不要かと。
的をいずに、文量で圧倒しようとしているのがはたから見ると稚拙に見える。

私には退屈な議論というか、議論になってないこの手の言葉遊びには興味がないのでこの辺でひかしてもらいます。



●とつげき東北 2006年09月17日 17:30

>私の真意がわかってないようだなぁ 

わかる(=「伝わる」)要素が一つとしてないわ(笑) 

>顔ちゃを議論するのは時間の浪費 
「顔ちゃと議論する」の誤記だとして、何に対して、誰にとって時間の浪費か不明。 
私の立場からすれば、エンターテイメントになるという点で時間の浪費ではないという旨書いた。 
「伝わる」ためには、最低限それを踏まえて、「浪費」が「誰にとって」のものかくらいは書かないと無理だろ。 

>顔ちゃに踊らされている凸氏という印象 
そもそも「自ら過剰に踊っている」のだという旨、明記した。 
せめてそれを踏まえて、それでも「踊らされている」と言う理由を書かないと「伝わる」わけないでしょ。 
理由がないならば、単に印象が実情とずれてるだけ。 

>論破とか、どちらが賢い賢くないの議論はというのは、 
>誰か中立の審判がいるわけではないから、 
>不毛、水掛け論にみえる。 
そういう考えを「読者の視点の欠如」だと何度も何度も何度も言ってるじゃないか。 
「議論」の「最終目標」は、「私が顔ちゃに負けを認めさせる」こととか、「論破する」こと、つまり「意味」ではないと書いた。水掛け論にしかなり得ないことなど、最初から言ってる。 
私が顔ちゃ等に対して「文章を書く」ということ、すなわち「強度」が目標であり、そしてそれはある種の読者層によって消費されるものである旨も書いた。 
君や君と同じ嗜好を持つ人間だけが読者じゃない。 
それを踏まえて、なぜ「不毛」かを書かずに、「伝わる」とでも? 

>自己満足の世界である。 
だから、違うちゅーの。 
世の中には、君以外、君と異なる趣味を持つ読者がいるの。 
なぜそれでもなお「自己満足」だと言えるのか、あるいは「自己満足ではない行為」が一体どこに存在するのか、程度を書かずに、「伝わる」と思っているのかな? 

>下手な例え話は不要かと。 
>的をいずに、文量で圧倒しようとしているのがはたから 
>見ると稚拙に見える。 
「はた」ってのは君や、それに類する人のことでしょ。 
読者はそれらだけじゃないんだよ(リピートリピート)。 
「的を射ていない」の一言で終わりとか、まさに君の言うところの「水掛け論」だよ。射ているかいないか誰が判定するの。 
せめて、どのように的を射ていないか、またはどうすればより良いかを例示してもらわんと「伝わり」ようがありませんな。 

君が記述した全ての文章に対して、既に超教官との議論の中で私が反論を書いとるじゃないか。どこを見てるの。何を読んだの。 

なぜ君や顔やそれに類する人は「自分はこう感じる」で止まり、その感じ方が誤りであるとする相手の反論には踏み込まずに、「真意がわかってない」とかすぐ言うの。 
それで、真意とやら?が伝わらないのは、「自分側に言葉が足りなかったり理解が不足しているからではなくて、相手側のせいだ」的に短絡するの。 
そしてすぐに「大人」になってしまい、話し合いをやめるの。 
何も示さないまま、常に相手ではなく自分側が「わかってる人」になるの。 
ほんとどうなってんだよ(笑) 

超教官みたくちゃんと言葉をやりとりしなさいよ。 
「議論になってない言葉遊び」にしかならないということについて、私がもっとも自覚的であるという事実を理解せずに、無理解に基づく印象を書きこんだりするから、変なことになってるんでしょうが。それこそ君の言うところの「時間の浪費」であり「自己満足」にしかならん(それとも、これもやはり真意と違うのかねェ)。 

真意ってどれでしょう? 
上に書いてあった、「読者の視線」への配慮を欠いた、誤った印象のことでしょうか? 
それとも、ここに文章として書いてもいない、あるかどうかすら疑わしい「真意」とやらを、私が汲み取らなければならなかったのでしょうか?  



●マネ 2006年09月17日 18:53
 
>なぜ君や顔やそれに類する人は「自分はこう感じる」で止まり、 
>その感じ方が誤りであるとする相手の反論には踏み込まずに、 
>「真意がわかってない」とかすぐ言うの。 

小中学校のホームルームがそうだったように、根拠立てて説明できない劣等生の「真意」も汲み取られるはずだと今でも信じているから。 
「真意」は汲み取ってもらうものではなく、押し付けるものだということを知らないんだな。 

「彼らは胆汁を吐き出し、それを新聞と呼んでいる。」 

ニーチェがこう評した“民主主義的水準”にすら達していない。 
彼らが恥ずかしげもなく吐き出す「胆汁」以上の汚物を一体なんと呼べばいいのか。  
 

 
●MKRG 2006年09月18日 02:32
 
>クラリス氏 

>基本的に君の文は冗長なので、短文で的をいるスタンスにし 
>た方がよいと思うね。 
>下手な例え話は不要かと。 
>的をいずに、文量で圧倒しようとしているのがはたから見る 
>と稚拙に見える。 
>私には退屈な議論というか、議論になってないこの手の言葉 
>遊びには興味がないのでこの辺でひかしてもらいます。 

ジャンルを問わぬ「気に入らない文章」の全てに適用できそうな、実に汎用性が高い、オールマイティとも称されるような「反論の鑑」とも呼ぶべき上記の素晴らしい文章を書ける能力を、貴君は誇りにしているか否かを述べよ。  


&color(red){※かくして、「大人たち」はフェードアウトしていった。};

&color(red){※(06/09/18 14:23現在。追加議論があれば適宜本項目に追加します。)};


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