*とつげき東北 [#t00ed360]
 議論している際、勝敗を客観的に示すことは、一般には困難である。

 勝敗が「誰の目から見ても明らか」なものの多くは、ある者が矛盾した言動をしたとき、つまり「Xである」と主張しておきながら、「Xではない」とも主張ないしそのような行動をする時くらいである(なお、主張と行動の食い違いについては、必ずしも「矛盾」ではないことも多い)。

 ここでは、もう一つ、明快な敗北の例があるので解説しよう。
 それは、「自らの前提の破棄」である。

 例えば、「タバコは健康に悪い(http://totutohoku.b23.coreserver.jp/totutohoku/index.php?cmd=read&page=%A5%BF%A5%D0%A5%B3%A4%CF%B7%F2%B9%AF%A4%CB%B0%AD%A4%A4&word=%BB%FE%B7%CF%CE%F3)」の項目において、「カロヤンガッシュ」という人物が演じたのがその一例である。
 彼は喫煙を規制すべきだと訴えていたが、その根拠に関する発言の要約を、時系列順に並べてみよう。
 >「健康に悪い」は規制する理由に当たる。2007−08−29 (水) 22:55:57
 (※この発言内には、文脈上、「直接的」な迷惑を指す例示がある)
 >「間接的」に周りに迷惑であれば、規制されることもある。2007−09−02 (日) 01:54:44
 >直接的であろうと間接的であろうと(略)規制されうる。2007−09−02 (日) 22:46:12
(※以上、直接引用ではなく意図の要約である)
 当初「直接的に迷惑な場合、タバコは規制すべきだ」と言っていたのが、「『間接的』に迷惑なら、規制されることもあり得る」となり、最後には「直積的であろうと間接的であろうと、規制され得る」と変化している。
 徐々に「強い前提に基づく主張」から、「当たり前で無意味な前提に基づく主張」に後退していくのが看取できよう。これは、前回置いた自らの前提を放棄して、議論に一見負けないために、より「安全な前提」を置きなおす行為であり、こうした行為の実行は、そのまま議論における明快な敗北を露呈してしまう。

 もう一例だけ。
 アメーバピグというSNSサービスにいる「りおし」という愚物が、私と次のようにやりとりした。時系列順に要約を記載する。

りおし「とつげき東北は東京大学非常勤講師ではないことを論証した。なぜならば、東京大学には非常勤講師という役職が存在しないからだ」
とつげき東北「東京大学に非常勤講師は存在する。(URL掲載)このように、実際に東京大学は非常勤講師を募集し、雇用している」
りおし「東京大学非常勤講師になるためには、教員免許が必要だ。とつげき東北は教員免許を持っていないため、とつげき東北は東京大学非常勤講師ではないと証明できる」
とつげき東北「東京大学非常勤講師になるために、教員免許が必要だなどというバカな話は聞いたことがない。それは常識レベルだ」
りおし「少なくともとつげき東北は、今現在は東京大学非常勤講師ではない」
とつげき東北「それは以前から私が自ら口にしていることで、何も問題はない」
りおし「とつげき東北は東京大学非常勤講師といっても、学級会レベルの、大したことのない講義をしているだけだ」

 一読しておわかりだろう。
 最初は、「相手は東京大学非常勤講師ではない」と「論証」までできたという、途方もなく困難なことを達成したと報告していた「りおし」なる狂人が、徐々に前提を変更し、最後には「(彼が言うにはレベルが低い講義だそうだが)相手は東京大学非常勤講師だった」と認めるに至るのである。
 これを「りおしが論破された」と形容せず、どう言い表そうか……。

 長期に渡る議論をしていると、「自分が勝った、相手を論破した」といったことをお互いがアピールするようになり、単なる罵声の浴びせ合いに陥ることが多いものだが、こうした「前提の放棄と逃げ」を的確に指摘することにより、読者に対して特権的な立ち位置をキープできるので、覚えておくと良い。
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