とつげき東北

「論理的」とともに、大衆の「議論」においてうんざりするほど用いられる語。
 確かに大衆同士の議論においては「論理」とはほど遠い言葉のやりとりが行われる。
 しかし、「論理的ではない」というような漠然とした指摘を何度も繰り返す連中が、知的な議論をしているとも信じがたい。

 相手が論理的でないならば、論理的な見解を示すか(数学やパズルの解法に関する議論など)、それとも相手がどう間違っているかを具体的に巧妙に示すかするのがセンスある行為であろう。
「論理」は突き詰めれば、認識論や独我論に行き着いてさまようのが落ちなのだから、「論理的でない」という攻撃は(それが「実証的ではない」や「原理的な意味で正しくない」という意味であるならば)「論理」を擁護する連中にも該当してしまう。
 同様に、前提を疑い続ける懐疑主義の立場に立つことが何かしら「論理的」であると誤解する者もいるが、論理とは前提から結論を導くための一定の推論形式(またはそのように進行する一連の議論)を指すのであって、前提を疑うことが論理的なのではない。

 さて、論理というものは、「誰もが同じ方法で同じ結論に至る唯一の思考形式」とまで言い切れるものではない。
 論理と言っても、古典論理学から述語論理学への「進化」は著しいものがあった。しかも、述語論理学によって古典的なパラドックスが「解決」されたことが、果たして万人の「直感的な」論理を覆すかと言えば疑問であると同時に、そもそも「論理的な」思考を誰もが好きで信頼すると考えるのは楽観主義と言うほかない。
 深刻なのは、議論において、論理を用いる際には「前提が違えば結論も異なる」という当たり前のことを忘れ、「これが論理的結論だ」と強弁する輩がいることである。
「若くてきれいな女性は、ブスよりも税金面で優遇すべきだ」という主張があるとしよう。個人的にはこれには大賛成であり、それが「正しい」とするための論理をいくつか提出することもできよう。ただ、私が80歳になって性欲がなくなったときに――仮に私が80歳になって論理的思考力を保っていたとして――、それを「正しい論理的結論」と見なすかどうかは別である。
 美人はそれだけで価値がある、という前提は、判断する者の立場等によって真であったり偽であったりするからである。今の私にはそれが真であっても、結婚し老齢になった私にとっては、そのようなことは恐ろしく瑣末なことであるかもしれない。
同じことは「学力の高い学生は、そうでない学生よりも優遇すべきだ」についても該当するだろう。
 判断する者の社会的あるいは個人的立場や知識の質と量、時として体調によってさえも、立つべき前提は変化し、「論理的に出す結論」も変化するのである。だから、論理というものがあっても、そして多くの人が論理の正しさを認めていても、なおも意見の対立が止まらないのである。
 それを無視して「これが論理的帰結だ」と息を巻いても仕方がない。

「では論理には意味がないのか?」といえば、そうではない。どのような前提が共有でき、何を仮定とした上で議論を進めることができるか、という共通認識があり、互いに議論を「論理的に」進めようとする場合には、正しい判断を発見できたり、前提の不備に気づかされたり、少なくとも表象の意見の相違がどんな認識の違いに起因するか等を突き止めることが可能となろう。
 ここで取り上げる「論理」が凡言となるのは、あくまでも「論理」という言葉が一種のイメージとしてもてはやされる場合に限る。

 なお、論理実証主義という言葉があるように、「論理的」という言葉は、実証的あるいは科学的な態度全般を漠然とイメージする際にも使われるが、論理(学)とそれらは本来、別物である。例えば人文科学の領域においては、「科学」を標榜していながら、実際には論理的でないものも数多く存在するし、自然科学の領域でさえも、先進的なことを試みている場合においては、かなり「あぶない」飛躍を繰り返すこともある。

 一つ、大衆向けの注意喚起をしておきたい。「論理」と「理論」は別個の概念であるから、辞書等で調べて、正しく使い分けるべきだ。

飛躍

  • 最近うんざりしているのが考えもせずに「具体例を示せ」といえばいいと思っているアホ。お前が自分で考えて欲しいものですな。「馬鹿の考え休むに似たり」なのも事実だが。「馬鹿は考えることで無駄電力消費している」「馬鹿は生きていることが無駄」といった悪目の言葉も吐きたくなる -- ka 2006-06-01 (木) 09:33:13
  • が馬鹿が居ないとこの世は正常に機能しないだろうな・・・ -- あ 2006-07-25 (火) 18:45:03
  • てすと -- Revin 2006-09-07 (木) 06:54:56
  • 日常の会話で論理展開をするときは、例えば「人は必ず死ぬ」という大前提から、「ソクラテスは人である」よって「ソクラテスは必ず死ぬ」という結論を導き出す展開方法をとることが多々ある。大前提が100%なら問題ないが、数学以外では100%はありえない科学は、検証結果からほぼ100%といえるが、検証結果が覆れば100%とはいえない。)。  しかしながら、言葉にするとその割合が書かれていないので、これを100%と思い込んでしまう困った人たちが多数いる(そして彼らによって名言が生まれることとなるのだが、、、)。    「公務員は無能である」及び「民間人は有能である」という大前提から、「官から民へ」と謳うマスコミや政治家等がいるが、「公務員は無能である(10%:行政手続きをしたときに不愉快な思いをしたので程度の理由から出てきた推測)」、   「民間人は有能である(5%:ガイアの夜明けにでるようなスペシャリストは民間の上位5%程度であろう。)」とその比率を書くこと義務づけることができれば、マスコミや政治家の多数は廃業することだろう。 マスコミの悪いところは、一部の事象を大前提のように扱い、世論にそれを大前提であると植えつける作用を持っているところだ。  そして一般人も大前提に対して全く検証をせずに、挙句の果てにはその意見を自分の意見として発言している点である。論理的に考えるには、大前提の割合を考え、検証すべきであり、マスコミや政治家の発言の論理性を検証したら、その大前提となる論理を曖昧さや幼稚さにきっと泣きたくなるだろう。  PS:もし、TVが論理的に正しく報道するようになったら、一般人は夢から覚めて無気力になるな。TVは視聴者の効用にあわせて報道されているからな。 -- ベホイミスライム 2007-01-21 (日) 23:57:10
  • 当たり前の事をさも凄い事のように語る奴って滑稽。 -- 2007-01-22 (月) 00:35:53
  • 当たり前のこと」って何を言っているのですか? -- ベホイミスライム 2007-01-22 (月) 09:22:18
  • 名無し氏のような発言はよく掲示版等でみかけるので、考察したみたい。氏の発言の「さも凄い事のように」の部分を抜くと「当たり前の事を語る奴って滑稽。」となるが、当ページは、名言を考察するところであり、当たり前の視点で名言を分析するところと考えるので、「当たり前の事を語る奴」→「滑稽」との発言をこのページでするのであれば、論理的な発言ではない。「さも凄い事のように」については、ベホイミスライムは偉そうに文章を書いたつもりはなく、できるだけ、分かりやすい事例を用い、論理の飛躍なく文章を砕いて書いた結果である。「さも凄い事のように」は思いっきり感情からくる発言であり、これだけの発言では、思考停止状態、自己満足の自己完結状態と思われても仕方がない。また、この類の発言をする人は実際そうである場合が高く、自分は分かっていたんだ(自分はやつより有能だ)とアピールしたいだけの人も多いが本当に理解していたかというと疑わしい場合が殆どである(参考→漠然と思っていたことを表現してくれた )。結局、彼の発言は何の生産性もない。 -- 名無し氏のような発言はよく掲示版等でみかけるので、考察したみたい。氏の発言の「さも凄い事のように」の部分を抜くと「当たり前の事を語る奴って滑稽。」となるが、当ページは、名言を考察するところであり、当たり前の視点で名言を分析するところと考えるので、「当たり前の事を語る奴」→「滑稽」との発言をこのページでするのであれば、論理的な発言ではない。「さも凄い事のように」については、ベホイミスライムは偉そうに文章を書いたつもりはなく、できるだけ、分かりやすい事例を用い、論理の飛躍なく文章を砕いて書いた結果である。「さも凄い事のように」は思いっきり感情からくる発言であり、これだけの発言では、思考停止状態、自己満足の自己完結状態と思われても仕方がない。また、この類の発言をする人は実際そうである場合が高く、自分は分かっていたんだ(自分はやつより有能だ)とアピールしたいだけの人も多いが本当に理解していたかというと疑わしい場合が殆どである(参考→漠然と思っていたことを表現してくれた )。結局、彼の発言は何の生産性もない。 2007-01-22 (月) 09:25:13
  • 当たり前の事を2度も重ねて語る奴って滑稽。 -- 2007-01-22 (月) 14:42:12
  • さっきから名言を連発してますね。このページの「当たり前」の項目を読んでください。 -- ベホイミスライム 2007-01-22 (月) 17:35:01
  • このウィキに来る人間なら当然理解している事をわざわざ語るから滑稽だといわれている。生産性が無い=社会の役に立たないと同様な名言。 -- 2007-01-23 (火) 00:33:19
  • 人は前提条件から結論を導く。その際に使用する前提条件によって結論は違ってくる。例えば公務員を評価する場合、無能・民間と同程度・優秀の評価どれもが正しい。しかし、その人が持っている知見、感情、その場を読み取る力によって選択する前提が違うが、的確に前提条件を選択できている人が少なく、場合によっては、前提条件を検討せず、名言化してしまうこともある。また論理が展開される(長い)ほどそうである(裁判官の論理的な判決も笑えることが多々ある。)。逆に結果を考えて、科学のように結果の検証から法則を導き出したほうが、より正確ではないかと思うが、地動説を唱えたガリレオがどんなに論理的に説明しても、当時、世間に受け入れられなかったことを考えるとやっぱり的確に前提条件を選択できる人は少数派か、とベホイミスライムは考えているが、「このウィキに来る人間なら当然理解している事」のようなので、これ以上は書かない。代わりにあなたが考えている論理について書いていただきたい。できるならば、このウィキに来る人間も当然理解していない真実の論理について書いていただければ勉強になります。 -- ベホイミスライム 2007-01-23 (火) 02:14:51
  • 彼の言うこのウィキに来る人間なら当然理解している事をわざわざ語る事が滑稽であるならばこのwikiの存在自体が滑稽になってしまう -- dai 2007-01-23 (火) 02:23:50
  • 俺の負けだ〜〜〜〜〜!! -- 00:33:19 2007-01-23 (火) 03:49:55
  • ホイミスライムとさまよう鎧は、こんな所でも黄金タッグ -- M 2007-01-23 (火) 19:13:35
  • この後、「早く、論理について書いてください。」と煽り。書けない名無しに対し、「「当たり前の事」「当然理解している事」だから彼には書けないはずはない。彼の発言を前提にすると論理的に導けない。」と更に煽り。名無しに対する読者の信頼を十分低下させる。これまでくれは、これまで紳士的に振舞ってきたベホイミスライムは、名無しに対しどのような発言をしても、例えそれが、非論理的かつ無根拠であっても読者は無条件に受け入れてしまうだろう。一通り名無しを罵倒(この時には論理の項目であるにも関わらず誰も論理的な発言出ないだろう。)した後、ナチスの例を出しながら、群衆は論理的に考えられないと結論付けようと帰りの電車の中で考えていたのに、「俺の負けだ〜〜〜〜〜!! 」かよ。 -- ベホイミスライム 2007-01-23 (火) 20:50:15
  • と書く事で更に煽るドSベホイミスライムであったとさ(まぁ〜る) -- M 2007-01-23 (火) 21:13:38
  • 00:33:19 2007-01-24 (水) 00:34:11
    >ベホイミスライム
    俺は勝ち目の無い議論を続けて恥を拡大する様な性癖は無いんでな。
     
  • とつげき東北 2007-01-24 (水) 00:41:38
    おや 以前からのコメントがあるとき、うまくいかないのかな。

 

  • ライオン 2007-02-06 (火) 02:43:52
    ヒトラーを生んだナチ党は、国民投票による直接民主主義によって生まれた。これは、日本でもタレント議員が当選していることからも、群集は論理的に考えていないことが分かる(一部の人はマスコミ等での出演回数増加で地方自治体のPRによる活性化等を考えているのかもしれないが。)。これを踏まえて、少しはまともな人達による選考として、戦後のドイツ及び日本の首相は、間接民主主義となったが、それでも、調整や妥協や一部の人たちの利益で動いている人がトップに選ばれていると思う。論理的に考えられ、行動できる人がトップになって欲しいと思うが、民主政治では無理なのだろう(論理的に考えられる人は少数派だから。個人の欲望を制して論理的に考えることができる人は少数だから)。ぶっちゃけ、漫画のデスノートのキラがトップになった方がよほど良い世界になるだろう。。。
    とろこで、この国は、被害者に対して謝らない。世間に対して当組織は問題ありませんというため、カメラに対して謝る。政治団体も医学団体も裁判所も当初の目的を忘れて組織の維持にしか関心がない。論理的に説明しているようで、彼らの発言は論理的に破綻している。
     
  • 五寸釘 2007-02-06 (火) 21:09:32
    論理的に考えることのできる人間が個人の欲望を制して民衆のために行動するわけがない。
     
  • M 2007-02-06 (火) 23:04:18
    個人の欲望を満たす為に民衆の為に行動するかもしれないがね。
    ああ、素晴らしくナチズムだなw
     
  • 笠野 2007-02-07 (水) 09:32:53
    そもそも論理的とはそれぞれにとって「ある」ものであり、Aにとって論理的であるはBにとって論理的ではないは当然のこととしてありうる。それを理解していない。つまり「それは論理的ではない」という発言は自分の論理には合わないという意味でしか起用出来ない。「調整や妥協や一部の人の利益の為に動く」ことも論理的で「あれる」のだ。ライオン氏の発言にある「群衆は論理的な考えができない」「論理的に考えられる人がトップに立つべき」とはライオン氏の論理に沿う人が「正しい」と錯覚させ群衆を操ろうという手法であると言える。このように、言葉の表面イメージだけを見させ「自体」を見させない疑わさせない手法は政治において頻繁に乱用されている。
     
  • ライオン 2007-02-08 (木) 01:18:15
    >Aにとって論理的であるはBにとって論理的ではないは当然のこととしてありうる。それを理解していない。

    理解できない。なんとなく言いたいことは分からなくないが、、、そして、笠野氏が論理的でない人であるのは理解できるのだが、、、んーーー。
    物理や化学は、経験から証明されているよね。物理の運動方程式も流体力学の公式も、当初は仮説から生まれて、
    それを検証して、今のところ間違えないってことで、公式化されてみんなで利用している訳で、
    逆に、検証結果が覆れば、今まで習っていた物理や化学も変更せざる得ないよね。
    論理の展開に、演繹法と帰納法があるけど、この説明は置いておいて、
    ライオンの発言に「群衆は論理的な考えができない」とあるのを支えているのは、
    「ナチスの例」や「ガリレオの例」や「タレント議員が当選」や「ベホイミスライムと名無しとのやり取り」であるので、
    ここを否定しないと、又は、それはこの場合に限るとか、この場合はこの方がより正確とかいう批判が欲しいな。
    物理でいったら運動方程式は地球上でないと使用できないとか、層流では成り立つけれど、乱流では成り立たないとか。
    論理的に考えないと発展がないよ。で、政治家の場合だけど、あなたと同じように思いで話ている人がいること、また、論理的思考ができても、自分の意見より高度な論理的意見がでても、それを認めようとせず、逆に俺に恥をかかせやがって、や、民衆の意見なんか聞かんでかまわない。って人が沢山いる。政治家は信念を持つことは大切だけど、自分の論理の間違いや欠点を指摘されたら、受け入れるか間違えでないことを証明すべき。っていう思いで「論理的に考えられる人がトップに立つべき」と書いた。
    >「正しい」と錯覚させ群衆を操ろうという手法であると言える。
    それは笠野氏が論理思考力がないため。
    ライオン発言の「当初の目的を忘れて組織の維持にしか関心がない。」の発言を支えているものは何もないので、飛躍があるので、論理的に説明する必要があるところではあるが、面倒なので、「そして殺人者は野に放たれる 」の本を読んでそう思ったとだけ書いておく。
    あと、デスノートのLはなぜ、キラを捕まえようとしたのか。アメリカのほうが大量破壊兵器を持っているだろ。って漫画であることは分かりつつ突っ込んでみた。
    あと、「> このように」と気持ちよく笠野氏は書いているようだが、「このように」の前文で破綻しているため後文を支えている根拠はなく、まさに彼はイメージでしか認識できないことが分かってしまう。
     

  • 五寸釘 2007-02-08 (木) 05:03:24
    >政治家は信念を持つことは大切だけど、自分の論理の間違いや欠点を指摘されたら、受け入れるか間違えでないことを証明すべき。

    について、間違いを内心知りつつも受け入れないポーズをとることや、間違いでないことを証明する手間を省くことを何故すべきでないのか、論理的に説明をお願いします。
     

  • 笠野 2007-02-08 (木) 11:32:11
    言いたかったのは「論理的であるかどうか」を判断する絶対的基準はない(政治理念や社会のあり方等の場合に限り)ということです。ガリレオの地動説にしても「地動説を完全に理解しながらも多数派の意見に合わせ、自らの安心や家族の安心を求める」ことも論理的であります。社会のあり方、政治については「論理的であるか、そうでないか」でなく、自らの理想とする社会について、それがいかに正しいか共鳴を呼ぶかを語るべきなのです。「論理的である」という語の奥にその前提としている(ライオン氏の場合なら個人の欲望を押さえ多数の幸せを求める、信念をもって挑み、間違いなら認め…等)ものが何故正しいか否かを語らずに、「論理的である」で終わることに違和感を感じた次第であります。こういう風に語るのなら、「論理的である」いや自分にとっては「論理的でない」はそのどちらも正しいのであり、この議論は不毛であります。そうではなく、自らの理想とする社会がいかに正しかという「前提」について論理的に語り、意見を戦わせることが大事なのです。
     
  • '''' 2007-02-08 (木) 13:06:10
    当時のキリスト教は地動説を弾圧していません.
    そもそも太陽が周っているのか地球が周っているのかの違いは,キリスト教の教義に関係しませんでした.

     それにコペルニクスの著書「天球の回転について」を読んで感銘を受け,その出版を強く主張したのが,個人的な友人であった当時のローマ教皇だったのですから.
     しかし,自分の著書を学術的な論文だと考えるコペルニクスは,地球が周っているということを示す科学的な証拠が見つかるまでは発表できないと,その申し出を頑迷に固辞しました.
     彼の死後,本来ならば単なる草稿として廃棄処分されるはずだった原稿ですが,それを惜しんで出版社に送らせたのは,実はローマ教皇だったと言われています.

     残念ながら,当時の科学水準では地球が周っている証拠を見つけることができませんでした.
     地動説の科学的証拠が見つかるのは,18世紀に入ってからです.
     したがって,科学的には天動説も地動説もどちらが正しいのかは判別不能なので,ガリレオガリレイのように「地球は回っている」と言い切る姿勢は間違っています.

     ガリレオの時代に地動説を封じられるのは,ローマカトリック教会内部での派閥間の政争によるもので,その説がキリスト教の教義に反するという理由からではなかったのです.アーメン.

     昔だからちょっとうろ覚えだけど.ソースはこれ↓
    Jurgen Renn, Galileo in Contex, Cambridge Up, 2002
    Rivka Feldhay, Galileo and the Church:Political Inquisition or Critical Dialogue, Cambridge Up, 1995
     

  • ライオン 2007-02-09 (金) 01:12:35
    >五寸釘氏
    指摘の箇所は、分かっていたが、書いていて文が冗長になっていたのと面倒になったので、語尾に「っていう思い」をつけて、説明を端折った。この部分はおっしゃるとおり、論理的に説明されていなく。結論だけでは飛躍がある。
    で、依頼のとおり説明してもいいのだが、逆にまず、五寸釘氏が「〜省くことを何故すべきか。」について論理的に書いてみて。その後「手間を省くことを何故すべきでないのか」について書くから。

    >笠野氏
    >自らの理想とする社会について、それがいかに正しいか共鳴を呼ぶかを語るべきなのです。
    >〜そうではなく、〜
    何を言っているのか良く分からない。
    共鳴したらって、思考停止でない?宗教やナチスも可?

    > 名無し氏
    へぇー×10 ありがとう。勉強になった。
    > したがって,科学的には天動説も地動説もどちらが正しいのかは
    > 判別不能なので,ガリレオガリレイのように「地球は回っている」
    > と言い切る姿勢は間違っています.
    なるほど、当方が無知でした。上記のとおりなら、おっしゃるとおりです。
    当方、調べずに書いているので、間違いが多々あると思います。ご指摘いただければ幸いです。
     

  • 五寸釘 2007-02-09 (金) 06:31:53
    私は「〜省くべき」、「〜証明すべき」のどちらも支持しません。
    差し支えないようですので、是非説明をお願いします。
     
  • 笠野 2007-02-09 (金) 07:40:23
    宗教やナチスも論理の上では可だと考えますが、少し話がずれてきてますし、頭にあることを正確に文にする力の無さを自分でも感じています。出直します。
    ありがとうございました。
     
  • ライオン 2007-02-10 (土) 10:36:51
    > 五寸釘氏

    (A)であることを論理的に説明してください。に対し、
    (NOT A)であることを論理的に説明してください。と書いた。
    これに対し五寸釘氏の回答は、
    (A)、(NOT A)どちらも支持しないである。

    何を支持しているのか分からない。何を考えているのか分からない。

    ライオンからの条件を五寸釘氏は満たしていないので、
    (A)であることの説明に入れない。

    ※(A)には、「政治家は〜間違えでないことを証明すべき。」が入る。
     

  • Karin 2007-02-10 (土) 12:16:35
    >ライオンさん
    A≡「〜証明すべき」
    B≡「〜省くべき」
    として、
    B⇒¬Aですが、¬A⇒Bではないでしょう。
     
  • ライオン 2007-02-10 (土) 14:26:11
    ¬A=Bではないね。
    必要十分条件ではないが、一部については¬A⇒Bとは言える。
    括弧書きで(〜の場合に限る。)等書いたほうが良かった?
    そっちの方が五寸釘氏に伝わる?
    五寸釘氏をさらにミスリードさせてしまうと思って単純化しすぎたか。
     
  • 五寸釘 2007-02-10 (土) 20:14:59
    どうやら、誘導に失敗してしまったようだ。
    前提なくして論理はどのような結論を導き出すこともできない。違った前提に立てば結論も違うものとなる。笠野氏はこの点について指摘している。
    ライオン氏はそのことを理解せず、前提を示さずに数々の「結論」を垂れ流してしまった。氏の論理の前提、つまり思い込みを暴き出して楽しむ目的で誘導を試みていたのだが、実際には「説明してもいい」から「説明に入れない」という態度変更程度しか得られなかった。
    演舞を完了できずに途中で牛を殺してしまった下手糞な闘牛士としての汚名を甘受せざるを得ない。

 

  • M 2007-02-10 (土) 20:30:23
    >ライオン
    特に五寸釘の考え(何を支持しているか?)を知る必要は無いだろう?
    自分の正しさを知らしめる為に、相手を納得させる必要なんて無いよ。
    自分の正しいと思っている事を、素直に書けば良いじゃない。
    間違っていたって、ネタに出来れば良いし、負けたら負けたで、新しい知識を仕入れられる。
    このウィキを支持する以上、発言を恐れる必要は全く無いよw
    ガンガンやりなさいw
     
  • M 2007-02-10 (土) 20:32:09
    と言った傍からトドメ刺された!
    もっと盛り上げよう。折角、演出してやったのにぃ!w
     
  • 五寸釘 2007-02-10 (土) 20:53:28
    あうぅ、ごめんよー。
     
  • ライオン 2007-02-10 (土) 21:47:58
    >五寸釘氏
    すばらしい。いや、マジで。完全誘導されてしまったよ。
    「群集は、論理的に考えられない」と思っていたるが、
    先ほどの発言だけを見た読者は完全にライオンが間違っている人と思いこむだろう。

    読者へ、負け惜しみと思われて結構であるので、
    暇であれば、上記のやり取りを読んで、五寸釘氏の発言が正しいか(前提を)検証して欲しい。

    その1
    >前提なくして論理はどのような結論を導き出すこともできない。
    >違った前提に立てば結論も違うものとなる。笠野氏はこの点について指摘している。
    >ライオン氏はそのことを理解せず、

    その2
    >前提を示さずに数々の「結論」を垂れ流してしまった。氏の論理の前提、つまり思い込み

    その1、その2とも、逆であるのに、このように書かれては、お手上げである。
    殆どの人が提示しない中、ライオンは前提や考えや根拠を提示している。
    挙句、
    >「演舞を完了できずに途中で牛を殺してしまった下手糞な闘牛士としての汚名を甘受せざるを得ない。」
    とまで言われてしまった。

    いや、これはこれで面白い。
     

  • M 2007-02-11 (日) 21:32:10
    >ライオン

    例えば、環境問題的には人口を三分の一に減らす事がもっともコストの少ない、効果的な解決策だが、君はこれを支持するかい?
    また、倫理的には人を殺すべきではないが、君はこれを支持するかい?

    論理的結論と、実際の政策として採用する案を実用化するのは別問題だ。
    『ナチスの群衆』が論理的に考えていないわけじゃない。
    ナチスを特別視し、忌避し、民族の特殊性に押し込めるやり方は大衆的であると同時に間違っている。
     

  • 原田 2007-07-04 (水) 12:15:16
    論理は言語によって表現される。しかし言語の論理性には限界があり、その限界においては倫理の問題が浮上する。そしてこの倫理とは単純な論理では語り得ない。だから宗教については沈黙する他ないと悟ったのがヴィトゲンシュタインであった。しかし俺に言わせればだんまりを決め込むのは早計である。経験から導かれた互いに矛盾する数々の倫理観それらを幾通りにも解釈し、どういった前提が適切なのかを検討する事がまだ疎かにされている。つまり表面的な言語の意味に埋没する事なく、慣習や伝統の価値を本気で探るという道がまだ残されているのである
     

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