とつげき東北

 自分の主観に対して真に客観的な論拠を持たせることができない場合であって、なおも自分の主観を「客観的」であるかのように押し通したい場合に出すべき「最後の砦」としての拙い「論拠」。この砦は実に脆い。「友達」のかわりに「先生」等が入る場合もある。

 たとえば「クラス」等の小さなコミュニティにおける、人気者の権威にあずかって「彼も君の行為はどうかと思うと言っていた」と言うのであれば、この語は権力的意味を持つかもしれない。あるいは、政治における討論において、ある高名な政治学者の発言を引用するというならわからなくもない。
 だが、いまさら1人の「友達」程度を味方につけることによっては何も変わらない状況にあるにもかかわらず、この語を放つ厚顔無恥な人間も多い。

  • 友達」「先生」の他に「友達の彼氏」ってのも良く聞きます。 -- ホメ 2006-08-27 (日) 20:29:01
  • 友達の彼氏」ha, -- N 2006-08-27 (日) 20:43:17
  • 友達の彼氏」は、男性が女性からその接頭辞を聞いた瞬間恐怖するワードですよね(笑)。 -- N 2006-08-27 (日) 20:44:13
  • 原田 2007-07-09 (月) 20:59:49
    友達に限らず偉人の言葉を借りる人間も、そのほとんどが所詮は我田引水といった所であろう。エジソンがどう言っただの坂本竜馬がどう生きただの、本当に彼らを理解出来ているのか、時代背景やその発言に至る経緯は説明出来るのかという話である。我の田に水を引く…。かくいう俺も我田引水は十八番なのだが、俺の場合は水を引いてくるその知識の泉に、常にソクラテスを漬けてある。まずは『無知の知』を引水し、十分水に含ませた上で次の引水を行う。そんな我田引水に限り、その水は清いと言えるのだ。
     
  • Another World 2007-07-09 (月) 22:49:47
    子供が欲しいものを親にねだる際、自分が手にすることを正当化するために「みんな持ってる」という技を繰り出すことがある。この技は論拠として弱い上、多くの味方がついたように思えて、実は誰も味方についてくれてなんかいないという事実に気づかされ、発言者が悲しくなってくるという性質を持つ。このように、愚かだと言える技も、愚かな親には通用することがあるらしい。愚かな親は「みんなって誰?」と返してくるからだ。彼の者達は気づいていない。その発言によって、論拠になりえない主張を論拠として暗に認めた上で、それを真っ向から否定しようとしている事。そして、みんなの名前を列挙するという反撃がいとも容易いという事に。しかし、このケースではより愚かだと思われる親が勝つ確率が高いというデータが出ている。最も多いのは、子供が名前を列挙するや否や「ヨソハヨソウチハウチ」と訳の分らない呪文を発した後、力で抑え込んでくる事が多いらしい(ンジョモ君7歳、他多数談)。このように、より愚かな者が勝つ現象から我々が学び取れることは、力こそ正義であり善であるということだろう。

 

  • 2007-07-29 (日) 12:34:59
    権力こそ正義であり善であるということだろう。

 

  • [[丫戊个堂]] 2010-09-03 (金) 16:59:23
    誰が一番偉いのか
    http://wandering.exblog.jp/1304417/
     
  • Nano 2010-09-05 (日) 10:16:53
    他人を論拠にするって普通に考えたら有り得ないよね
     
  • Tomojiro 2010-09-16 (木) 10:49:26
    「とつさんも言っていたから間違いないぞ」という愚行があると、友達も言っていました。
     
  • 2010-09-16 (木) 21:52:17
    親が「みんなって誰?」って返すのは別じゃないか。
    自分の子供がはぶられるのを危惧してるんだろ。
     

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Last-modified: 2010-09-16 (木) 21:52:17 (2779d)