■Revin

(以下は筆者のHPで公開した「活字の相対化」という記事・コメント)

 昔から親はよく「マンガばっかり読んでないで、本を読みなさい」「ゲームばっかり〜」と言うものだが、やはりこれも甚だ疑問である。
 「マンガも本だ」といういささか子供の反撃は、実は的外れではない。
 うちの親なども、「そのゲームする時間の何分の1かでも本を読め」とくどく言ったものだ。
 そうして本を読むようになった最近にして思うことだが、やはりあの言説は間違っている。
 そもそも教養のためであるというなら、まず俺の中学時代の成績はよかった。
 そして父は「いや、勉強だけできれば〜〜」と、俺は別に「成績いいじゃん」と笠に着たこともないのに勝手に切り返していた。
 結果として俺はゲームを禁止され、マンガをたしなめられ、それなりに暗い娯楽生活を強いられて少年期を過ごしたわけだ。

 大体、活字本からしてこれはただの娯楽なのである。ひとくくりに活字といっても、マンガとほとんど変わらないバトルロワイヤルとかハリポタなんかも活字としてあるし、ラノベなんか一部・・・いや結構多くの割合が、ヲタ化を促進させる有害図書ではないのか(笑)
 漱石、芥川、この辺のいわゆる「文学」を読めばいいのか。そして太宰を読んで自殺でもしたら大成功か(笑)

 そもそも別に文学といっても、娯楽なのだ。京極夏彦がいくら分厚くて物々しくとも、あれらミステリは紛れもなく娯楽だ。普通の人なら知り得ないマニアックな知識が多く内在されているといっても、あれは虚構、創作の世界であり、「著者による創作」によって歪曲された事実が書かれていることもしばしばなのだ。小説の中のことを鵜呑みにしても嘘が混じるし、参考にしないなら本を読んだって知識にはなれない。
 マンガ以上に低俗な文学もあるし、文学以上に難解なマンガもある。ゲーム、映画、エロゲー、にしても同様のことが言える。

 それに反して、不思議と「専門書を読め」という親は少ない。
 ただ漠然と「本を読め」と言うのが主流だ。
 ここにはやはり、何となく知的な方面に向かせておけ、という適当な方針が見て取れる。
 自分らだってロクに本なんか読んできてないくせに、教育という義務感からあの言説が生まれたのだろう。
 それによって今も数多くの少年少女たちが不当な弾圧を受け、その楽しみを削られている。
 「本を読め」は「ゲームをしろ」「マンガを読め」と等価に扱われなければならない。


 活字は取っつきにくいという理由で回避する子供は多いでしょう。「慣れ」「想像力」という目的で、活字の本を読ませることに、何らかの教育的効果がないとは思わない。
 ただしそれを排他的に強制する理由は何一つない。ゲーム禁止、マンガ禁止、勉強をしなさい、本を読みなさい。これらあまたの欲求を禁止されることに見合うほど、その子にとってメリットは大きくない。将来成長した立場から見ても「損だった」と結論付ける人は少なくない。実際、活字に触れずに生きていこうと思えば生きていけるわけだし、今行なわれているほど躍起になって身に着けさせるべき技術じゃない。好きな奴は勝手に読み始めるだろう。
 親が活字を推奨して機会を提供するのはとてもいいことだが、現状の多くは推奨なんて生易しいものではない。確実に他の娯楽媒体との差別感覚がある。英語のゲームを幼少期にやりまくったのが活きて模試の英語で兵庫県屈指の成績を叩き出す友人が俺の周りには居たし、幼少からゲームが好きで、中学生にしてゲームプログラムを作った友人も居る。なぜこれらの前途ありそうな可能性を断ってまで、本を読めというのか。
 この構造はちょうど英語に似ている。英語が必要だ、社会に出れば英語なしでは通用しないというが、通用する職業は実に多い。
 活字は会話表現や作文など、日常での技術に確かに深く関わるだろう。でもそんなものは本など読まなくても何とでもなる。本を読まなかった俺でも中1で漢検3級程度は取った。

  • 換券3級程度ってなんだよ程度って嘘っぽく聞こえるわ 他に言い様あるだろ・・・ -- あ 2006-08-13 (日) 12:19:01
  • 漢検を換券と間違えるのはアホっぽく聞こえる。 -- 2006-12-10 (日) 20:17:07

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Last-modified: 2010-08-24 (火) 18:41:26 (2951d)