とつげき東北

 資本主義社会において、大衆の間では、「貨幣価値の等価性」ともいうべき幻想が非常に根強く存在する。
 100円もらうことと200円もらうことは、後者の方が2倍得である、といった素朴な思いがそれである。
 このような「計算」は、「オカネ」という基準のみで全ての価値が一意に定まるという前提の下では成立するが、自分自身の「幸福」という基準からは、しばしば大幅にかけ離れるものだ。
 オカネの増加は幸福につながりがちであることは言うまでもないが、あなたが「幸福になること」ではなく「オカネを集めること」そのものを望む奇天烈な人間であるなら別として、「幸福の量」と「オカネの量」との非線形な関係について、すなわち「金銭的収支の期待値」による一元的な判断が明らかに不適切になる様子について、意識しておくべきである。

 これを実感するためには、特別な例をいくつか思い出すだけでよい。
・給料日前(小遣いがほとんどない状態で)、デートの約束があるときに10000円もらえることと、給料日直後、特に予定がないときに12000円もらえることのどちらが幸福か。
・20歳の時に5億円もらえることと、80歳になって500億円もらえることのどちらが幸福か。
・10円を拾うことは、本当に1円を拾うことの「10倍」幸福か。
・95%の確率で10億円もらえるか、10%の確率で300億円もらえるなら、どちらに賭けるか

 宝くじを購入する行為は、確かに「平均的な金銭収支」という意味ではマイナスである。しかし幸福のあり方によっては、購入することがプラスになり得る。
 念のために以下のような例を挙げておこう。
・当たったときのことを夢見て何を買うかを考えたりして楽しむ時間を得ることそのものが、支払った額に対して充分な幸福感を与える場合(例えば、プーさんのぬいぐるみを購入して家に飾ることは「平均的な金銭収支」で考えれば明らかにマイナスであるが、その行為が必ずしも愚かであると感じる人はいないだろう。それと同じである)。
・当たった場合のメリット(金銭的な、ではなく幸福量)が非常に大きく(例えば定年まで続く労働からの開放)、それに対して外れた場合のデメリットが、給与所得の量に対して、主観的にほぼ無視できる場合。

 生活の色々な側面を見れば、明らかに「幸福量と金銭量との不整合」や「金銭に還元不可能な幸福の存在」に気づくだろうし、そもそも人が「幸福」を感じる際に脳にもたらされている物理的諸状態(ある物質の分泌量、その位置、濃度、各神経の興奮状態、etc.)が1つのスカラー値で表せると信ずることの愚かしさが確認できるにもかかわらず、それらの一切から目を逸らしながら、「幸福さ」その他を金銭価値に変換して捉えようとするのは、「合理的判断」とは程遠い。

  • 確か3万以上買うと期待値がすげぇ下がるとかどっかで見たような・・・ -- あ 2006-09-13 (水) 21:07:17
  • 何の期待値計算だそれは(笑) 当選金額期待値ということであれば、投資100円あたりの期待値がn円なら、投資30000円あたりの当選金額期待値は300n円になるだろう(笑) -- とつげき東北 2006-09-14 (木) 01:00:41
  • 一方で「出費金額期待値」なら、投資金額の上昇に比例する形で上昇するので、3万というしきい値にやはり意味がなくなるかと。 -- とつげき東北 2006-09-14 (木) 01:01:44
  • 3万以上買うと3万当選しても−なるからどうのこうの だから3万以下が一番効率がいいとかどうのこうの -- あ 2006-09-14 (木) 06:29:12
  • http://www5a.biglobe.ne.jp/~bebeshi/main/mm/m000908.htm 3000円以上買うと損の間違いかな なんし東北が俺にチケットのプログラム組んでくれた時ぐらい前だから忘れた(笑) -- あ 2006-09-14 (木) 07:48:33
  • ここまで読んだよ 2009-10-29 (木) 22:05:57
    宝くじ・競馬・競輪・パチンコ・カジノ・・・・
    いずれも寺銭を前払いして夢を買う、それだけのこと
    麻雀にしても雀荘いけば「場代(入場料?言い方は知らん)」という寺銭がいるし、自前で全自動のテーブルを買えばそれが寺銭

    寺銭を損失と考えるか、経費と考えるか、この定義が名言を産むかどうかの境目
    掲題とその説明は寺銭を損と考える場合
    (寺銭を募金の一種と考えれば損は発生しないという考え方も有る)

    「その後の個人の収支(当落)」は夢をみた結果でしかないし、この部分だけを見るなら均せば誰も損をしない
     

  • とつげき東北 2009-10-29 (木) 22:42:32
    掲題の件についてのおれの説明は仮に見込んだとして、ゼロサムゲームでなく寺銭があるゲームであっても、充分な掛け額が成立する技術ゲームは存在するから(ポーカーとか)、ちょっと違う話でもあるがな。
    例えば報酬つきプログラミング勝負を参加料100円でやりまーす、となって、世の中のけっこうな人が参加するならおれは参加すれば単純な金銭的期待値額はプラスになるのだろうし。

    そうではなく完全に運のみであっても、しかもまた寺銭が発生するにしても、やはり効用と費用は1:1じゃないよねという話なんだが、意外に麻雀関係の「凸信者」レベルになるとわかってない人も多い。
     

  • 2009-11-05 (木) 23:26:03
    株の手数料高杉。
     
  • 牌児 2009-11-06 (金) 23:25:47
    道端におちている1円を拾うのは期待値的に不利らしい。


     
  • とつげき東北 2009-11-07 (土) 01:11:46
    人によっては1万円でも不利だろうな
     
  • 2009-11-08 (日) 00:54:24
    落ちてるサイフに円を書いておくとかなりの人通りがあるにもかかわらず
    数時間たっても拾われない絶対防壁が完成する。
     
  • とつげき東北 2009-11-08 (日) 01:03:22
    それをやる前に中身は抜き取っておいた方が得、という部分は同意でいいな?
     
  • 2009-11-08 (日) 01:15:53
    ネコババしたら警察呼んで犯罪者扱いして遊べるだろうに。
    中身入れてなきゃ意味が無い。秒殺でポイされる。
     
  • 2009-11-08 (日) 01:48:37
    http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=bxYCh_p2Mjs
    これの事な
     
  • ここまで読んだよ 2009-11-08 (日) 16:45:18
    正直に告白する

    >>落ちてるサイフに円を書いておく
    「円」という漢字が書いてある財布を想像した
     

  • 2009-11-08 (日) 17:07:35
    どんだけお札効果狙ってんだよ。
     
  • ここまで読んだよ 2009-11-08 (日) 22:46:27
    ちなみに、
    落としものの財布がヴィトンとかだったりすると、中身が空でも運がよければ千円以上もらえるぞ(売却時価の5%はもらえる権利が法によって認められているから)
     
  • 2009-11-08 (日) 22:57:51
    拾って届けた通帳に1500万入ってたから5%出せとか言い出した痴呆が居たな
     
  • ここまで読んだよ 2009-11-09 (月) 11:11:00
    裁判をするのはその痴呆の権利だから放っておけよ
     
  • 牌児 2009-11-09 (月) 21:45:19
    >拾って届けた通帳に1500万入ってたから5%出せ
    けっきょくこの裁判はどうなったんだっけ?
    もしこれが通るようなら、明日から道に落ちてるものをかたっぱしから拾うわ。
     
  • 2009-11-09 (月) 21:48:59
    http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/091019/trl0910191952006−n1.htm
    色々情報間違ってるが20日前にやっと訴訟起こした段階だから結果まだだろ
     
  • ここまで読んだよ 2009-11-10 (火) 00:55:21
    どうだろうな
    通帳と印鑑が一緒であっても拾い主や国がその預金を引き出すことが法的に不可能(有印私文書偽造・行使にあたる)なので、拾い主には価値のないものという扱いになると思うのだが・・・・
    「価値の何%」というのは、現金以外は売却時価が基準だからな
    まぁ、裁判に勝っても、銀行印やぼろかばんを売却したときの時価の5%が関の山かと
     
  • おしん 2009-12-30 (水) 12:50:43
    どうでも良いが95%で10億円貰えるならそっち賭けるだろ
     
  • kanedo 2009-12-31 (木) 00:15:03
    >おしん氏
    そっちの意味で書いてるんじゃん?「95%で10億円って選択の方が期待値的には不利なんだけど、事前的な効用が高い」って例だから。リスク回避的行動。
     
  • ここまで読んだよ 2010-01-01 (金) 12:37:04
    「特別な例」と前置きが書いてあるわけだから、いろいろな状況を想定できる

    >>おしん
    あなたの総資産が100円の場合、ほぼ間違いなく95%10億円に賭けるでしょう
    あなたの総資産が100兆円の場合、10%300億円に賭ける割合が高いでしょう
    あの文面は、あなた自身の今現在のことは「どうでもいいこと」です
    あなたが石にかじりついてでも10億円ほしいという現在の感情は良くわかりますが、ここはあなたの身上アピールの場ではありません
     

  • とよさき 2010-11-23 (火) 21:39:33
    この文章を読むと宗教信じる人が高価な壷を買う事は
    幸福感が増大するので必ずしも非合理的ではない、という主張も通るように見えるのですが
    凸さん的にはやっぱり非合理的な主張なのでしょうか?
     
  • チェリ 2010-11-23 (火) 22:56:46
    >とよさき
    それは別に良いのでわないかと(´▽`#)
    良いというのはその信者の個人的な観点からいって、幸福感が増えると言うメリットがあり、即ち得であるということね
    宗教を、信じる人が、高価な壷を買う」
    ことは
    「コーヒーを、好きな人が、コーヒーを買う」
    のと構造的には同じでしょ。

    ただし、そこまで合理的の解釈を広めると、人間の行動はすべて合理的となってしまうため、一般的な「合理」の定義とはかなり離れるけどね。(極端な思考をすると常にそうなるが)
     

  • ここまで読んだよ 2010-11-23 (火) 23:41:43
    >とよさき
    幸福感が「はかれる」ならそれもアリ

    金銭は誰においても価値は等しい(単位価値を重視するか軽視するかだけ)
    だから、期待値を計算して云々は言及可能
    幸福感は誰においても価値が等しいことはない
    だから、比較そのものができないから言及不可能

    高い壺に幸福を感じることを他人が他人の尺度で他人自身と比較するしかないから、相対的に上か下かしかわからない(絶対評価ができない)し、全体的な指標を出すなんて到底無理(基準が無い=必ず1:1で上と下の評価が出るから平均が無い)
    この手の話題は「宗教とは無縁の美術品」にも当てはまる(骨董がいい例)
     

  • とよさき 2010-11-24 (水) 00:07:00
    >>チェリさん
    一般的な合理の定義が何かという疑問はありますが、その他の部分は全面的に同意します。
    そしてその考えを持ってこのページの文章を読むと
    価値観はそれぞれ、という名言と大差ない主張に見えるのです。
    凸さん「俺のの主観では買う方が合理的なのだ」という具合にです。

    >>ここまで読んだよさん
    同意します。
    金銭の額は客観的な数字であっても価値は主観的な概念だと思います。
    そして壷の購入がアリならばチェリさん宛でも書きましたがこのページが名言的に見えるのです。
     

  • とよさき 2010-11-24 (水) 00:08:07
    >>チェリさん
    一般的な合理の定義が何かという疑問はありますが、その他の部分は全面的に同意します。
    そしてその考えを持ってこのページの文章を読むと
    価値観はそれぞれ、という名言と大差ない主張に見えるのです。
    凸さん「俺のの主観では買う方が合理的なのだ」という具合にです。

    >>ここまで読んだよさん
    同意します。
    金銭の額は客観的な数字であっても価値は主観的な概念だと思います。
    そして壷の購入がアリならばチェリさん宛でも書きましたがこのページが名言的に見えるのです。
     

  • ここまで読んだよ 2010-11-25 (木) 04:42:28
    >しかし幸福のあり方によっては、購入することがプラスになり得る。
    この一文の意味を見落としてない?

    掲題の説明が凸の主張と言う話法ではなく、この掲題の説明全体を名言的にしてしまうことで掲題が名言的だという話法でしょ
    つまり、
    >そして壷の購入がアリならば(略)このページが名言的に見えるのです。
    は解釈として正しいが、それがイコール
    >「俺(註:凸)の主観では買う方が合理的なのだ」
    ではないということ
    凸自身の「幸福のあり方」=「価値観」は、俺の抜き出した部分・他によってこの掲題の説明の中では一切語られていないことになっている
    だから、凸が価値観を投影して文を書いたかどうかは量る術が無いようになっているし、凸もわざわざ一文添えて凸自身の価値観の暴露ではないことを確定させていると思うが、いかが?
     

  • とよさき 2010-11-25 (木) 10:25:58
    私の書き方が悪かったようです。
    このページが凸さんの主観を書いているから批判したいのではなく
    価値観の違い」という大衆論法・「名言」と同じだから批判したいのです。
    宝くじを(略)という「名言」と批判するのに
    価値観の違い」という大衆論法・「名言」を使っても良いのですか?
    というのが私の疑問です。
     
  • ナノニウム 2010-11-25 (木) 18:59:59
    価値観の違い」「人それぞれ」という言説自体が名言というわけではありませんよ。
    これらはそもそも当たり前であり、議論においてまず前提とされる(その議論における互いの意見の違いは、価値観の違いではなくどちらかに何か論理矛盾があるとする)ものです。
    しかし低俗な議論においては、大衆は反論に困窮した際その前提を根拠として相手に突きつけるので、このウィキではその発言・行動をそれぞれ名言・愚行として取り上げているのです。

    この項目では、当たり前であるはずの「価値観の違い」が逆に無視され、特定の尺度のみで宝くじ購入といった行動の合理性を決定しようとすることが愚行であると述べられています。

    (議論テク)大衆論法:価値観の違い
    一応読み直してみることをお薦めします。 

    もし凸氏が大衆論法で主張を始めようものなら数秒後には地球大爆発ですな。
    マネ氏なら宇宙消滅レベル
     

  • とよさき 2010-11-26 (金) 22:41:19
    議論は就活のGDくらいしかやった事が無く議論の定義やルールを存じないので
    議論とはこういうものだ」と言われると「そうなんですか」と納得するしか無いのですが
    ・「価値観の違い」はそもそも当たり前であり、議論においてまず前提とされるものです。
    ・その議論における互いの意見の違いは、価値観の違いではなくどちらかに何か論理矛盾があるとする
    価値観の違いを認めると「価値観の違い」→「前提条件の違い」が成り立ちます。
    議論をしている人に論理矛盾があれば勿論意見の違いが生じるのは分かりますが
    前提条件の違いがあっても意見の違いが生じます。
    前提条件の違いを認めながら双方の意見の違いが
    論理矛盾からしか生じないと考えるのはかなり無理がありませんか?

    ご指摘通り読み直してみて
    価値観の違い」という言説を反論に困窮したために発した場合に大衆論法に当てはまるので
    価値観の違い」という言説を発した場合に大衆論法に当てはまるかどうかは
    反論に困窮しているかどうかに依存する
    と理解したのですが、この理解で正しいのでしょうか?
     

  • チェリ 2010-11-27 (土) 01:26:16
    いや「価値観人それぞれ」とは普通に言えても、「価値観人それぞれだから人殺しても良いよね^^」とか言うとバッシングが厳しいじゃないですか。
    そこに隠された道徳性、もしくは[最終的な結論があたりまえのこと言って終わり]って状態がダサいという意味かと。

    >前提条件の違いがあっても意見の違いが生じます。
    例えば
    価値観の違い」=「前提条件の違いA」
    は認められても。
    価値観の違いを認めるかどうかの価値観の違い」=「前提条件の違いB」
    は認められない場合があるんですよ。
    好きな食べ物が何かはどうでも良いけど、暴力的嗜好は問題にされ実際に規制されて居るでしょ。

    議論云々に関しては(良く分からなかったけど('ρ`))、所詮自然言語だから書く方も読むほうも不完全でしか無いし、不変的な規格化もなされていない。故によくわからないことが原因で意見の違いがしょっちゅう起こるという解釈をしてます。一方で、プログラミングした結果プログラムが上手く動かないのならそれはコーディングミス(自然言語で言う論理矛盾)しかありえないし。
    ちなみに、メタな視点ではPCの動作不良とかを指摘できるけどね。
     

  • ここまで読んだよ 2010-11-27 (土) 01:53:33
    >>チェリ・とよさき
    価値観の名言性は「ある一定の枠内での話題に関すること」ということを忘れている

    例:
    麻雀が強くなりたい人:『科学する麻雀』に高い価値を見出す
    麻雀がどうでもいい俺:『科学する麻雀』に価値が無い
    枠:麻雀で勝つための云々
    この場合は麻雀に興味が無い俺が麻雀をやる人に対し、「凸の著書」に対して価値観の違いを称しても問題は無いし、事実、俺は『科学する麻雀』に価値を見出せない(買わない)

    麻雀が強くなりたい人:『科学する麻雀』に高い価値を見出す
    麻雀プロ(麻雀が強くなりたい人):『科学する麻雀』に低い価値を見出す
    枠:麻雀で勝つための云々
    この場合、凸著書に高い価値を見出さない側が凸の著書に高い価値を見出す人に対して価値観の違いを称すると名言になる
    (ただし、この場合、凸の著書の内容のほうが麻雀プロの理論内容より優位性が有る場合であるので、麻雀を殆ど知らない俺は事実的には間違ったことを言ったかもしれないが、あくまで参考として考えてくれ・・・どこかで一部プロを嘲笑する凸の記述を見ているし、それに対する異論もこのサイトを見る限りでは少ないのでこの例はおそらく事実だとは思うが)
     

  • ここまで読んだよ 2010-11-27 (土) 02:24:20
    で、宝くじを例にすると
    例:
    宝くじを買う人:宝くじが当たることに夢を見ている
    宝くじを買わない俺:そもそも寺銭を取られることに嫌悪を感じる
    枠:宝くじの報酬の期待性
    この場合は、寺銭の不幸性を唱える宝くじを買わない俺は話題の枠の外にいる

    このとき
    俺A:「宝くじは寺銭がある(寺銭で寺を儲けさせる気は無い)から買う意思が無い」
    と言えば、従来どおり枠の外である(宝くじが当たるかどうかは評価の対象に無い)
    だが
    俺B:「宝くじは寺銭の分期待値が低いから買わない」
    と言えば、枠の中に自ら飛び込むことになる(宝くじが当たるということに少なからず期待感を見出しているから)
    しかしながら、いずれも宝くじに夢を追う人に対して、価値観の違いを主張している
    俺Aと俺B、どちらが名言的なことを言っているかはすぐお分かりかと思う
    ちなみに、真実の俺は俺Aの方
    公営ギャンブルやパチンコの類、スクラッチやLOTO等はやったことも無いしやる気も無い
    だが、友人と缶ジュース1本や昼飯を賭けてジャンケンをすることはよくあったりする
     

  • ここまで読んだよ 2010-11-27 (土) 02:29:39
    修文:
    この場合は、寺銭の不幸性を唱える宝くじを買わない俺は話題の枠の外にいる
    →この場合は、寺銭の不幸性を唱える宝くじを買わない俺は話題の枠の外にいる可能性がある
     
  • とよさき 2010-11-27 (土) 09:03:22
    >>チェリさん
    >「価値観の違いを認めるかどうかの価値観の違い」=「前提条件の違いB」
    は認められない場合があるんですよ。
    ナノニウムさんがおっしゃったのが議論の定義やルールだと仮定すると
    前提条件Bは前提条件A(価値観の違い)の一部であるにもかかわらず認められないのは
    正しい議論とは思えないのです。
    暴力が規制されるのは暴力が蔓延すると国家が困るから規制したいという欲望から
    法律や警察という権力で規制しているだけで
    議論における価値観の違いの認識は関係ないように思います。

    議論云々の記述が分かりずらかった、というご意見についてですが
    P:価値観の違いから生じる前提条件の違い
    Q:論理矛盾
    R:意見の違い
    とした場合にP→RとQ→Rの両方が成立すると私は考えています。
    そしてRが発生した際にその原因としてPとQと両方(或いはそれ以外)考えられるのに
    Pを認識しながらもRの原因にQしか考えないのは無理がないですか?
    という疑問です。


    >>ここまで読んだよさん
    ある一定の枠内での話題に関する事という条件がある事は分かりました。
    麻雀の本の例については分かりやすかったのですが宝くじの例で疑問があります。
    枠とされている宝くじの"報酬"の期待性について
    この報酬は金銭と幸福感とどちらを指しているのでしょうか?
    金銭の場合は単なる価値観の違いではなく、ちゃんとした根拠だと思います。
     

  • ここまで読んだよ 2010-11-27 (土) 16:48:06
    切り分けを行うと
    >「宝くじの報酬」(あぶく銭獲得)の「期待性」(幸運・幸福を得られる確率)
    です
    かかる部分は、直下の修文と合わせてご確認ください
    修文せぬまま解釈すると思わぬ方向で解釈されると思います
     
  • ここまで読んだよ 2010-11-27 (土) 17:30:29
    上記とは別に補足します

    >この報酬は金銭と幸福感とどちらを指しているのでしょうか?
    この解釈を
    >宝くじが当たることに夢を見ている
    側がどの枠で捕らえるかによって、俺Aになるのか俺Bになるのかが変わるということです
    つまり
    >(註:幸福感ではなく)金銭の場合は単なる価値観の違いではなく、ちゃんとした根拠だと思います。
    は以下の補足によって正しい注目点となります

    先述のように
    >宝くじを買わない俺:そもそも寺銭を取られることに嫌悪を感じる
    は「俺A」(と言う主張のつもり)で、枠も記述どおりですが、「宝くじが当たることに夢を見ている」側から「俺B」と言ったと解釈された場合(当然、こちらの解釈も可能)、(俺の意思に関係なく枠が変更されており)俺は名言を言ったことにされます
    つまり、枠は話題性や感情等からついてくるものであって、いついかなるときに変わってしまうかわからないものということです

    この「枠」がお互いに整合性を保ちつつ不可変の状態で言っていた「麻雀編」はその意味が良くわかったかと思いますが、「枠」が「俺A」である「そもそも寺銭を取られることに嫌悪を感じる」から「俺B」である(略)という恣意・偶然にかかわらず変わってしまった「宝くじ編」の場合、俺から「俺B」である「そもそも寺銭を取られることに嫌悪を感じる」という、(全く同じ文言なのに)名言が発生することがあるということです

    議論の場において、これを意図的に行われたことに気づかぬまま議論を進めると、思わぬところで落とし穴に落とされます

    タネを明かすと、その点をわざとあいまいにする(=意図的に仕掛けた)ことで、俺自身は議論に無関係な「俺の悪趣味」を読み手に仕掛けていたのですが・・・・その辺は結果的にあっさりばれてると言うことで先に謝っておきましょう、申し訳ない
     

  • ナノニウム 2010-11-27 (土) 20:05:38
    >>とよさき氏
    価値観の違いを認めると「価値観の違い」→「前提条件の違い」が成り立ちます。
    議論をしている人に論理矛盾があれば勿論意見の違いが生じるのは分かりますが
    >前提条件の違いがあっても意見の違いが生じます。
    >前提条件の違いを認めながら双方の意見の違いが
    論理矛盾からしか生じないと考えるのはかなり無理がありませんか?

    ううむ、少し書き方が悪かったかも。
    前提なのは「価値観の違いの存在を認識」するということです。この前提条件に細かな違いは生じません。認識しているかしていないかで二分化します。
    多くの議論では互いに意見を交換しあい、「価値観の違い」以外の、意見食い違いの原因を突き止め互いに納得する結論を導くことが目的とされます。(対大衆において議論をエンターテイメント化する場合においてはこの限りではない)
    勿論、初めは不明であっても最終的に原因が価値観の違いによるものであることが判明する可能性も加味されますし、そのような結果になることもあります。そうなればそこで議論は終結します。価値観は変え用がありませんので、それ以上の進展は望めませんから。
    価値観の違い」の議論終結性は大衆でも理解していることであるが故に、困ったらこれに頼るのです。「俺とお前の意見の食い違いは価値観の違いによるものだ!だからもう議論したって無駄!はい終わり!」のように。


    >「価値観の違い」という言説を反論に困窮したために発した場合に大衆論法に当てはまる
    >「価値観の違い」という言説を発した場合に大衆論法に当てはまるかどうかは
    >反論に困窮しているかどうかに依存する
    >と理解したのですが、この理解で正しいのでしょうか?

    大衆論法を限定しすぎではないかと。各大衆論法のページにあるように、反論に困窮していなくとも、とりあえず「価値観の違い」などと言っておけば勝てると思い込んでいるのが大衆です。彼らは大抵自ら議論をふっかけその陳腐な自説を言い放ち、いざ論理的反論を受けると、無意味であったり当たり前である内容を持って反論します。全く反論になっていないことは露知らず。
    このページで凸氏がそのような屑論法で主張していないということは理解しているでしょうか?


    >P:価値観の違いから生じる前提条件の違い
    >Q:論理矛盾
    >R:意見の違い
    >とした場合にP→RとQ→Rの両方が成立すると私は考えています。
    >そしてRが発生した際にその原因としてPとQと両方(或いはそれ以外)考えられるのに
    >Pを認識しながらもRの原因にQしか考えないのは無理がないですか?という疑問です。

    価値観の違い→Rの状況も考えられはします。しかし上記のように、その状況においての議論は無駄です。論理矛盾や、どちらかの知識等の欠如による勘違いなどを追求することに議論の意味があります。
     

  • ナノニウム 2010-11-27 (土) 20:30:07
    修正:どちらかの知識等の欠如→どちらかの知識の欠如等
     
  • とよさき 2010-11-28 (日) 12:33:42
    >>ここまで読んだよさん
    ここまで読んだよさんのおっしゃりたい事を完璧に理解した訳ではないのですが
    多分何となく理解したと思います。どうも有難うございました。

    >>ナノニウムさん
    議論の意味については理解しました。有難うございます。
    そしてこのページの凸さんの主張が名言的に見えるかどうかは文脈に依存します。
    例えば「幸福量と金銭量の整合」が心の底から成り立つと信じる論敵ならば名言的に見えません。
    そして文脈の仮定が名言性を説明する為に必要ならば私のコメントは
    (反論テンプレート)他の用法の列挙」に該当するだけだと思います。
     

  • 2010-11-28 (日) 15:43:37
    頭が悪い高校生(センター2ヶ月前)が知性を鍛えるための、議論の要点をまとめる練習。
    ウィキ内の議論の中では難易度が低そうなので。

    ・掲題の要旨

    ○「『価値観の差があること』に気づかない奴らって頭悪い。」
    ×「価値観人それぞれだから、宝くじを買うのは頭悪くない。」
    (上記だと、「価値観の違い」が名言的用法になるから。)

    議論流れ

    とよさき氏 
    主張1 掲題は名言「価値観の違い」と似たような構造ではないか?

    ナノニウム氏 
    反論1 必ずしも「価値観の違い」は名言ではなく、この掲題においては名言に当てはまらない。

    とよさき氏
    主張2
    P 価値観の違いから来る前提条件の違い
    Q 論理矛盾
    R 意見の違い
    P→RもQ→Rも成り立つが、RのときにQのみを考えPを考えないのはおかしいのではないか?

    ここまで氏
    (チェリ氏・とよさき氏に対して)価値観の名言性は「ある一定の枠内での話題に関すること」ということを忘れている。
    ↑「」内≒「掲題が名言的であるのは、幸福度の観点から見た場合である」(自信が無い。)
    例示1、2(2に「悪趣味」(自分の解釈では『ここまで氏が意図的にテクストに誤りを加えて、それに対する各人の反応を見る』こと)あり。)

    とよさき氏
    疑問1 「価値観の違い」の名言性は、反論に窮した場合に使われたかどうかに依存するのか?

    (ここまで氏に対して)宝くじの例について質問

    ここまで氏
    質問に対して補足。
    悪趣味を仕掛けた点がバレていて悪趣味が暴発、ネタばらし。

    幸福度的観点に立つと掲題は名言であり、「そもそも寺銭を取られることに嫌悪を感じる」もまた名言でない。
    しかし、金銭的観点から考えると掲題も「そもそも〜感じる」も名言になり得る。(この辺り、またも自信が無い。)
    こういった観点ずらしを意図的に行われたことに気づかないと、議論では大変な目に遭うことがあるので気をつけるとよい。

    ナノニウム氏
    反論2
    前提は「価値観の違い」でなく、「価値観の違いの存在を認識すること」。
    議論は「意見の食い違い」が「価値観の違い」以外の場合(Q→Rの場合)に、
    意見の食い違いの理由(論理矛盾、知識の欠如など)を探ることが目的であり、
    価値観の違い」による場合(P→Rの場合)は議論が無駄でありそこで終結させるべき。

    質問に対する回答1
    「大衆論法」はウィキではもっと広義の定義で使用されている。
    価値観の違い」が反論に窮していなくとも、議論を優勢に進めるため(そのつもり)に使われた場合などが当てはまる。

    とよさき氏
    大方において理解、納得。
    議論終?

 

  • 2010-11-28 (日) 15:49:45
    なお、チェリ氏のレスについては、ナノニウム氏の具体例を挙げたものと解釈したため省略させて頂いた。

    ちなみに、高々これだけの文章を纏めるのに2時間かかってしまった。
    センター国語7割のレベル(現文は8割くらいだが)ではこれが限界のようだ。
    各人の主張については出来るだけ丁寧に纏めたつもりだが、誤りや抜けているところがあったら主張して欲しい。

    あと、この議論は相当綺麗にまとまっているので初心者向けのページとしてトップページに張り付けるのに最適ではないだろうかと思った。
     

  • ナノニウム 2010-11-28 (日) 21:44:07
    >>とよさき氏
    大体は納得したものと受け取ります。

    >そしてこのページの凸さんの主張が名言的に見えるかどうかは文脈に依存し>ます。
    >例えば「幸福量と金銭量の整合」が心の底から成り立つと信じる論敵ならば >名言的に見えません。

    →「このページの主張が名言的に見えるかどうかは(私にとって)文脈に依存すると考えている。例えば「幸福量と金銭量の整合」を妄信している論敵に対する主張ならば名言的には見えない」
    ということでしょうか。良く解らないので出来れば句読点等を補ってほしいです。
    文脈や相手に関係なく、「宝くじ購入の合理性を『幸福価値観の違い』の存在を無視し金銭収支のみで判断する愚行」を解説しているこのページの論拠は名言的ではありません。当初の疑問である『「価値観の違い」を論拠にすることはすべて名言的に見える』は晴れたとして宜しいでしょうか?「価値観の違い」がいつ名言性を持つかはもう書いたので省略。

    >そして文脈の仮定が名言性を説明する為に必要ならば私のコメントは
    >「(反論テンプレート)他の用法の列挙」に該当するだけだと思います。
    今回の場合、名言的用法でない言葉 について名言となる用法を列挙したことになりますかね(笑)誰がどんな状況でその言葉を発したか、という仮定は各項目において定義と共に設定されていますので適宜ご確認を。
    必ずしも名言性を持つとは限らないということを理解して頂いたのであればおkです。


    >>中さん
    大体良いかと。ここまで氏の悪趣味部分は関係ないから除いていいと思います

    >「大衆論法」はウィキではもっと広義の定義で使用されている。
    >「価値観の違い」が反論に窮していなくとも、議論を優勢に進めるため(そのつもり)に使われた場合などが当てはまる。
    根拠とならない反論がまさに大衆論法そのものですね。

    このウィキを読んでみようとする人ならば既存のおすすめページ議論記録でも充分読み応えがありますから、別にこの議論を取り上げる必要はないでしょうw
     

  • ナノニウム 2010-11-28 (日) 21:48:42
    うわ40分強もかけて推敲したのに改行ミスとかあるしorz

    必ずしも名言性を持つとは→必ずしもウィキ項目内の言葉が〜
     

  • とよさき 2010-11-29 (月) 18:22:40
    >>中さん
    私とナノニウムさんの主張に関しては問題ないと思います。
    ここまで読んだよさんの主張に関しては私も自信が持てないです。

    >>ナノニウムさん
    私の前の文章を読み返すと随分分かりにくいですね(笑)。
    ナノニウムさんの解釈で問題ないです。
    というより私が書くより上手くまとめられています(笑)。
     

  • ナノニウム 2010-11-29 (月) 18:39:54
    了解しましたー。
     
  • ぱんだ009 2010-12-28 (火) 20:52:33
    でも「期待値的に」不利なことは事実なわけで。
    そこに「幸福度」という客観的にはかれないものを盾にしたら
    全てのいわゆる期待値の低いとされるギャンブルも言いようによってプラスに
    なり得る。確かに、金銭の有無のみであらゆることを語ろうとする金銭至上主義者に対しては、それだけじゃないという反論はあるだろう。というか金銭的にはかれないものがあるだろうことは当然のことである。
    なので、それを買う買わないかは当人次第と言えば確かにその通りで
    なにも責められる理由はない。しかし、期待値という語は本来、ギャンブルにおいては賭けた額に対して純粋に戻ってくる額の割合を意味する。

    期待値という語を用いて、期待値が低いと示すのは非合理的とは言えず、正気の沙汰でないほどの期待値的に不利な勝負をしていることは「事実」なのではないか。
     

  • 777777 2010-12-28 (火) 21:07:25
    >中

     そう思われるのであれば、無事に大学受験が終わった後に、議論記録13として議論を編纂したら?
     

  • '''' 2010-12-29 (水) 10:30:59
    相変わらずの客寄せパンダ……。「タバコ」のときもそうだったが、誰に対して何を反論しているのか不明すぎる……。

    >期待値という語を用いて、期待値が低いと示すのは非合理的とは言えず、正気の沙汰でないほどの期待値的に不利な勝負をしていることは「事実」なのではないか

    誰か「正気の沙汰でないほどの期待値的に不利な勝負をしている」ギャンブルについて話題に出したのかなぁ……。また、宝くじがそれに該当するというのであれば、「正気の沙汰でないほど」かどうかはおいておくとしても、「宝くじは期待値的に有利である」という主張をした人っていたかなぁ……。


    パンダ論法:

    先行主張者「Aが好きな人に対して、『AはBである。ゆえにAをするのはバカである(やめるべきだ)』という批判がなされることがある。しかし、『AはBである』が正しくても、それをもってAを批判するのは正当でない」

    パンダ「でもAがBだというのは事実じゃないか」


    「周回遅れ」という表現がまさにぴったり。がんばれパンダ。君は今輝いているぞ。
     

  • ここまで読んだよ 2010-12-29 (水) 12:27:55
    周回遅れというより、ぱんだが(作為か無意識かは不明だが)隠した「(だから)A=BならAを批判するに十分(正当)である」等の主張を対峙している他人が見極めて無いだけでは?
    で、その隠された部分に対して正しい指摘を行えないがために泥沼になっているだけでは?

    暗喩に対してめっぽう弱い人が多いと以前にも書いたが、暗喩を含めてそういう推察をせずに表記上の額面だけを捉えていては先に進まん
    瞬間的に発言内容が消える対話ならともかく、ココは双方の発言内容が記録になってるんだから、十分に推察・検討をしなきゃね
     

  • '''' 2010-12-29 (水) 13:46:43
    >ぱんだが(作為か無意識かは不明だが)隠した「(だから)A=BならAを批判するに十分(正当)である」等の主張を対峙している他人が見極めて無いだけでは?

    いや、パンダが「でもAがBだというのは事実じゃないか」と「指摘」wすることで、先行主張者に対して「反論」wしようとしているのはなんとなくわかる。
    ここで問題なのは、いつも誰一人として「AはBではない」と主張していないことと、「『AはBである』が正しくても、それをもってAを批判するのは正当でない」がわかってないことね。

    ただ、今回の例ではさらに混乱している。パンダは「金銭的にはかれないものがあるだろうことは当然のことである」と言っている。つまり、「『AはBである』が正しくても、それをもってAを批判するのは正当でない」と認めている。その上で、改めて「でも宝くじが期待値的に不利なのは事実だ」と表明する(=「AはBである」の確認)。ここからいえることは、パンダは「AはBである」をもって「A=BならAを批判するに十分(正当)である」と主張しようとしているわけではないということ。
    だから、「AはBである」自体が何らかへの反論であると見なすべきなのだ。ところが、「AはBではない」と主張した人はどこにも見当たらない。パンダは幻に向かって反論を叫んでいるというわけだね。面白いだろ?
     

  • ここまで読んだよ 2010-12-29 (水) 14:28:52
    あぁごめん、今回のは特定の名無し宛というわけではなく、広く多数に言っている
    誤解させてすまない

    で、本題だが
    >「金銭的にはかれないもの(略)」
    これを限定視野的にAと置くなら
    >「(でも)宝くじ(略)」
    は「A」ではなく「Aの否定」ではないの?

    本来議論にすべき「A」は
    >「幸福の量」と「オカネの量」との非線形な関係
    であり、A’の「金銭的にはかれないもの」も、A’否定の「宝くじ」も同じ話題の位置になくてはならないはず
    だが、ぱんだはAを「金銭的にはかれないもの」と限定してA’に置き換えて排除し、それに周囲が反応してA’否定を論じてしまって、Aそのものを両者で分断した結果が今の状況と見てるけど

    どちらの側も、「A’」(自分から見た相手側の主張が「A’否定」)が「A」として語っている(「A’∈A」&「A’否定∈A」であるはずが捻じ曲がっている)からこの状況が生まれている
    面白いというなれば、そのあたりが要因と見ているのだが、どう?
     

  • '''' 2010-12-29 (水) 15:18:58
    >今回のは特定の名無し宛というわけではなく、広く多数に言っている

    んぃ。

    >A
    >B

    パニックに拍車をかけかねないのでここらで明確にしとく。
    今回は
    ・A=宝くじを買うこと
    ・B=期待値的に不利であること
    のつもり。

    したがって、「金銭的にはかれないものがあるだろうことは当然のことである」という表明は、直接ABには関わらない。これは単に、パンダが「『宝くじを買うことは期待値的に不利である』が正しくても、『宝くじを買うこと』の批判の論拠としては正当でない」(=「『AはBである』が正しくても、それをもってAを批判するのは正当でない」)を認めているということね。あとは適宜読み替えてほしい。

    こっちが最初に使ったABは「Aが好きな人に対して〜」の部分。Aは「宝くじを買うこと」とか「喫煙」とかを考えていた(「喫煙」の場合、Bは「健康に悪い」)。Aを「『幸福の量』と『オカネの量』との非線形な関係」と置いてしまうとちょいと意味が通らなくなる(だから「本来議論にすべき『A』は〜」以下は意味がよくわからない。ごめん)。
    ABとかは無視して、こちらとは別の見方があるならばそれはそれでいいと思うので、わかりやすく言い直してくれると嬉しい。
     

  • ぱんだ009 2010-12-29 (水) 18:36:05
    期待値という語は(ギャンブルにおいて)掛け金に対し戻ってくる
    「金銭」の平均の割合のことである。他の幸福度などはこれにおいて
    そもそも考慮されない。

    ゆえに「期待値」という語を使いながら期待値的に不利とはいえないというのは間違いである。例えば経済学で測れないものは多々あるだろう。
    だからといって愚昧な学者は経済学などという単純な指標だけを使い
    世界を均質化したがる なんて言う人はほとんどいない。
    経済学がなんでもありでなく、ある一定のルールに従った学問であると
    認識されているからである。

    だから単に宝くじを買う人を批判するのはおかしい、宝くじを買うのは不利と単純に言うのはおかしい とでも言っておけば
    良かったんじゃない?
    それなら「ああ、うん。そうだね。」ってなる。
    喫煙の例でもそれだけのこと。変に自由(至上)主義的な考えまで追加して
    持ち出すから、じゃあ麻薬もOK?人体実験は?ってなるのは当たり前
    それも自由にすべきだ、契約は契約だって言うのであればそれはそれで良い。
    俺はそういう共同体は嫌だけど。

 

  • ぱんだ009 2010-12-29 (水) 19:39:49
    あとそれをもって批判できない〜みたいな反論があったが
    題の宝くじを買うのは期待値的に不利、は、それをもって宝くじを買う人物を批判してるかどうかなどわからない。

    宝くじを買うのは期待値的に不利→だから、やめるべきだ!という語が続いたら買ってる当人からすれば余計なお世話だ!、となるだろう。

    しかし単に題そのものなら「期待値的」には不利だよと事実を言ったまでである。他人が宝くじを買うことをやめるべきだと言ったわけではない。

 

  • ナノニウム 2010-12-29 (水) 20:16:12
    記事が上がるというwiki活性化効果においては、当たり前のことコメするのも別にいいんじゃないでしょうかね。無意味な文字記号の陳列くらいがNGだったような。
    wiki常連からすれば「ああ、うん。そうだね。」と返す他ない議論の種にもならないものだから、あまり歓迎されるものではないだろうですけど。
     
  • '''' 2010-12-29 (水) 22:35:44
    >「期待値」という語を使いながら期待値的に不利とはいえないというのは間違いである

    だから、「期待値的に不利とはいえない」って誰の主張のどの部分か明確にしてくれんか。パンダはいったい何に対して反論しているんだ。面白すぎるぞ。

    >単に宝くじを買う人を批判するのはおかしい、宝くじを買うのは不利と単純に言うのはおかしい とでも言っておけば
    >良かったんじゃない?

    自ら大衆に迎合して「わかりやすいように」するならそれもありだね。

    >題の宝くじを買うのは期待値的に不利、は、それをもって宝くじを買う人物を批判してるかどうかなどわからない

    批判している。なぜなら、このwikiは「名言と愚行に関するwiki」だから。ここに挙げられた項目は「その正しさや妥当性が、そうでないものに対して劣っている、ないし優れていることが合理的に推測できないにもかかわらず、何らかの事情によってそれと意識されることなく繰り返される言葉や行動等」。「宝くじを買うのは期待値的に不利」という言説は、それ自体としては名言の定義に当てはまらない。


    >記事が上がるというwiki活性化効果においては、当たり前のことコメするのも別にいいんじゃないでしょうかね
    >wiki常連からすれば「ああ、うん。そうだね。」と返す他ない議論の種にもならないものだから、あまり歓迎されるものではないだろうですけど

    多分誤読している。
    >だから単に宝くじを買う人を批判するのはおかしい、宝くじを買うのは不利と単純に言うのはおかしい とでも言っておけば
    >良かったんじゃない?
    >それなら「ああ、うん。そうだね。」ってなる
    において、パンダが「宝くじを買う人を批判するのはおかしい、宝くじを買うのは不利と単純に言うのはおかしいと言っておけばよかった」とする対象は先行主張者(=とつげき東北)。よって、「ああ、うん。そうだね。」と言うのはパンダ。
    パンダはこれくらいのレベルの言説をご所望のようだ。もっとも、「客寄せ」としてはこの程度がふさわしいのかもしれない。
     

  • ぱんだ009 2010-12-30 (木) 00:09:52
    >>だから、「期待値的に不利とはいえない」って誰の主張のどの部分か明確にしてくれんか

    え?題語とその内容についてですけど。宝くじは期待値的に不利というのは
    おかしいよね?というところから出発しているのではないのですか?そういうことだと思ってたのですが。

    >>自ら大衆に迎合して「わかりやすいように」するならそれもありだね。

    別に疑問点が生じなければなければいいけど、例えば喫煙の例では自由主義の話を持ち出したために、?ってなった。自由主義というのはSMもOK、ゲイもOK
    オタクっぽい本を読むのもOKと言っておきながら、なぜ麻薬も臓器売買もOKとは言わなかったのか。だから真意を聞いてみたくなった。で、

    >>麻薬が麻薬たる所以は他の生きてる理由の全てを吹き飛ばす強烈な体験。
    その強烈さは、マトモに生きていくのが馬鹿馬鹿しくなる程素晴らしいそうだ。
    …健康にいいか悪いかは度外視して、
    その他の生産的で些細な幸福を求めて生きる気はしなくなる。
    働いたり幸せな家庭築いたり子孫繁栄したりとかちっぽけな事に見えるんだろう。
    YESとするかNOとするかは国の判断だけどな


    というまあ書いた人は蛇足って書いてるけど反論みたいに言われた。
    だったら、そういった理由であればタバコは規制されてもいいのかな?
    健康に著しく悪いから規制しますは自由主義の観点においてだめで(タバコが「規制」されてるとは特に感じないけど)上の理由だったら自由主義の観点においても規制するに足る理由になることがわからない。


    >>批判している。なぜなら、このwikiは「名言と愚行に関するwiki」だから。ここに挙げられた項目は「その正しさや妥当性が、そうでないものに対して劣っている、ないし優れていることが合理的に推測できないにもかかわらず、何らかの事情によってそれと意識されることなく繰り返される言葉や行動等」。「宝くじを買うのは期待値的に不利」という言説は、それ自体としては名言の定義に当てはまらない。

    このへんがよくわからない。このサイトでは題として挙げられた語は
    相手が自分をその語を使うことによって批判してきた。 ということが前提ということ?
    「宝くじを買う奴は馬鹿」や
    「親のいるギャンブルをやるやつはドブに金捨ててるようなもの」だったらそれを発した側がおかしいとはわかるが。

    そりゃ確かに期待値という語を使うことで統計的に考察するわけでもなく
    無意識に発することで相手をとぼすのはますいであろう。



 

  • ここまで読んだよ 2010-12-30 (木) 03:24:35
    >このサイトでは題として挙げられた語は相手が自分をその語を使うことによって批判してきた。 ということが前提ということ?
    ほとんどの掲題でだけど、名言的に使われるときは真意に対して盲目的に複製して使われている
    掲題の「意味」がそれぞれ10のスケールがあったとして、名言的に使われるときは便利な部分であり表面的な1や2程度しか使われていない
    だから、誰が誰にという限定的な話ではない
    だが、凸的に分析をすると、名言的に使う人たちを「大衆」という言葉で括ることができ、それは凸を含む頭の良い人々とは一線を画した低レベルにあるとしているわけ

    当然、凸崇拝者や凸とベクトルが似ている面々は迎合し、アンチ凸や大衆と称された面々(凸とベクトルが違う人)・一部の麻雀プロ等は沈黙するか極諫することになる
     

  • '''' 2010-12-30 (木) 11:49:54
    >宝くじは期待値的に不利というのは
    >おかしいよね?というところから出発しているのではないのですか?

    本文よく読もうね。
    >宝くじを購入する行為は、確かに「平均的な金銭収支」という意味ではマイナスである
    自分が反論しようとしている文章くらいは目を通す習慣つけないと、無様さ・哀れさ・滑稽さの三重奏が見事に響き渡るだけだから気をつけような。

    >タバコ

    スレ違いなのでここでは深く突っ込まない。ただ、これだけ引用しとく。2007−09−01 (土)20:36:00と2007−09−02 (日)の05:28:58のとつげき東北の発言より。
    >「(自分の)健康に悪い」ということをわかっていながら、行為者に選択的になされる「他人に迷惑がかからない」行為について、当該行為を強制的に禁止することは、「共同体(他人)に迷惑がかからない範囲で、全てを個人の意思で決定する」という「自由主義」の理念に反する
    >私の主張によると、「発がん性があるとわかっている食料をあえて食べる個人の権利」を不当に奪ってはならないが、「発がん性があるか否かを明示しないことによって、発がん性があることを暗に隠した状態で輸出等すること」は当然規制されるべきである、となる
    あとは「タバコは健康に悪い」か「(議論記録7)」でとよさきおよび名無しに反論するかなんかしてくれ。

    >このサイトでは題として挙げられた語は相手が自分をその語を使うことによって批判してきた
    >ということが前提ということ?

    とつげき東北自身が批判されたかどうかは問題でない。また、各項目が批判に用いられるとは限らない。こちらの引用した名言の定義から、どうしてそのような解釈が出てくるのか……。
    この項目の言説は、それ単体では何ら名言的ではない。「事実」だ。それが批判の論拠に用いられる場合に名言性が生じる。つまり
    「Aが好きな人に対して、『AはBである。ゆえにAをするのはバカである(やめるべきだ)』という批判がなされることがある。しかし、『AはBである』が正しくても、それをもってAを批判するのは正当でない」
    という構造が指摘される場合に名言になる。
    今回は「批判に用いられる場合」だが、「きっともっといい人が見つかる」や「再生紙を使用しています」などは批判には用いられにくいだろう。しかし定義に照らして、これらが名言となる場合は確かにあるわけだね。


    余談
    >そりゃ確かに期待値という語を使うことで統計的に考察するわけでもなく無意識に発することで相手をとぼすのはますいであろう
    日本語でおk。取りあえず「とぼす」て何ぞやと思い、グーグル・サジェスト使ってみたら「とぼす 貶す」と出た。で、その検索で一番上にきたのが「コトノハ − 「貶す」を「とぼす」と読んでいた」。なんか流行ってたりするのかこの誤読。スラングの一種?
     

  • ナノニウム 2010-12-30 (木) 17:57:56
    >名無し氏
    確かに読み足りなかったですね。
    パンダ氏が誤読に基づき主張しているのがわかりました。
    うちのコメはfur氏のいるところにでも投下しとけばよかったですね。


    みなさん良いお年を。
     
  • ぱんだ009 2010-12-30 (木) 19:11:11
    >>宝くじを購入する行為は、確かに「平均的な金銭収支」という意味ではマイナスである
    自分が反論しようとしている文章くらいは目を通す習慣つけないと、無様さ・哀れさ・滑稽さの三重奏が見事に響き渡るだけだから気をつけような。

    そんなのは読んだよ。でも例えば経済学に対して、確かに経済学的な金銭収支という意味ではマイナスである。だからといって〜という文章が続いたとしても経済学そのものを否定することにはならない。経済学はもともと心情などのものをあらかじめはぶいてる土台があるから。ってそのときは思ったから。

    >>私の主張によると、「発がん性があるとわかっている食料をあえて食べる個人の権利」を不当に奪ってはならないが、〜

    この自由主義の定義はもう理解してるよ。でも例えば自殺という平凡な例においても、個々人の自由とすると、その現場にいても止められなくなる。しかし、そもそも私に関係ないのだし、死ぬのは彼の自由だから止めることはできないと強がる向きもあろう。だが、例え警察官が目撃していても自殺を止めては「いけない」ということになるとどうだろうか。発がん性のある物質を個人の自由で食べるのは尊重されなくてはならないから止めてはいけないを例に出すなら自殺の例もあっていいはずである。スレ違いぽいのでこのへんで止めるが

    >>ほとんどの掲題でだけど、名言的に使われるときは真意に対して盲目的に複製して使われている
    掲題の「意味」がそれぞれ10のスケールがあったとして、名言的に使われるときは便利な部分であり表面的な1や2程度しか使われていない
    だから、誰が誰にという限定的な話ではない


    周りが無自覚に使ってくる語、信じてる語の批判てことはわかったけど
    今まで私の周りでギャンブルする人を否定する奴が、
    単純に損だ、馬鹿だということを根拠にしていたから
    期待値という語を使って批判してたのをほとんど聞いてないってのもあって(期待値や控除率などの語が使われる例は大方、谷岡一郎などの学者のギャンブル統計や経済においての分析においてだったから)ちょっと周りが頻繁に言うというリアリテイを感じないということもあったのかもしれない。
     

  • '''' 2010-12-31 (金) 00:47:58
    >経済学に対して、確かに経済学的な金銭収支という意味ではマイナスである
    >だからといって〜という文章が続いたとしても経済学そのものを否定することにはならない
    >経済学はもともと心情などのものをあらかじめはぶいてる土台があるから

    ?意味がよくわからない。結局本文のどこから「宝くじは期待値的に不利というのはおかしいよね?」という主張を読み取ったのか?上記引用部からは、「とつげき東北の主張は、期待値的な考え方そのものを否定することにはならない」という説明しか出てこない。とつげき東北は、期待値的な考え方によれば「マイナス」「不利」になることを否定していない。パンダの主張は、本文に「マイナスである」とあることを踏まえた上で、「期待値的に不利であるということを否定している」。その根拠は?
     

  • ここまで読んだよ 2010-12-31 (金) 05:11:35
    >(略)ちょっと周りが頻繁に言うというリアリテイを感じないということもあったのかもしれない。
    俺としては、俺へのレスのこの続きが気になる
    「〜だけど、〜かもしれない」は、何も言っていないのと同じ

    >日本語でおk。取りあえず「とぼす」て何ぞやと思い、
    →「(議論テク)大衆論法:論点ずらし
    余談とはいえ、少々見苦しい
     

  • '''' 2010-12-31 (金) 05:23:48
    >→「(議論テク)大衆論法:論点ずらし
    >余談とはいえ、少々見苦しい

    パンダが食いついていないので「ずれて」いない。問題なし。
    まあ、見苦しかったと感じる人もいる、ということであれば、その者に対しては「失礼w」とだけ言っとく。
     

  • ここまで読んだよ 2010-12-31 (金) 09:58:46
    あらら、ちょっとレスが早かったか(苦笑
    ただ、ずれてるのは否定しない
    ぱんだが食いついたかどうかに関わらず、議論の中心とは別の次元の話題で印象付けを行う行為だからね、文体が

    論点ずらしでアンカー付けたけど、「(議論テク)大衆論法:イメージ低下用語の濫用」でも当てはまる(このスレでは少ないようだが、全体を通してみるとわんさか・名無し全部を同一人物と見立ててはいるが)
    誤植とか、ただの勘違いとかは軽く指摘するにとどめた方がいい
    特に、本題を継続しながらも別件で大衆論法を使うやり方は、某掲示板での披露目の事実上の再現にしかならないと思うが、どう考える?

    ・・・・とまぁここ最近音沙汰の無い凸が凍死していないことを祈りつつ、今年は馬路で「ここまで」
     

  • '''' 2010-12-31 (金) 10:24:29
    暇人乙
     
  • '''' 2010-12-31 (金) 11:55:32
    んー「宝くじを買うのは期待値的に不利」がそれ単体で名言になるわけではないのと同様、本題とは別次元の話題を出すことそのものが大衆論法に該当するわけではないと考えるね。

    (議論テク)大衆論法:論点ずらし」との指摘については、これによって主要論点での議論をうやむやにする意図があるもしくは実際になってしまった場合でなければ、「大衆論法」とはいいがたいように思われる。「余談」を書き込んだ時点での「真意」は示しようがないため、「実際に論点がずれていないので大衆論法ではない」とした。また後づけ状況証拠でよければ、パンダが反応しなかった後に「この指摘に対して説明がないようだが」など食い下がっておらず、本題へのレスのみを優先している。「余談にしてはくどい」という「感想」であるならば「失礼w」と。

    (議論テク)大衆論法:イメージ低下用語の濫用」との指摘については、まあもちろん「イメージ低下」の意図があったことは否定しないwしかし、当該項目の説明によれば
    >この種のイメージ低下用語が「必要以上に」使用されるのはなぜだろうか
    >濫用の原因は、彼らが構造的に、イメージを低下させる以外の戦略を使えない環境にあることにある
    とある。まともに批判に取り組まず、イメージ低下用語のみを乱発する場合に「大衆的」とよばれうるわけだ。今回の議論においてはどうだったか。大衆的にイメージ低下用語のみを乱発していただろうか。

    「誤植とか、ただの勘違いとかは軽く指摘するにとどめた方がいい」という提言についてはありがたく。ただ、議論当事者含め本題を見失う恐れが強い場合でなければ、脇道でがちゃがちゃやるのもありなのかなと思う。

    「大衆論法」という名前自体にとらわれすぎてないか?「Aは大衆論法だ」と「言い換える」だけなのはあんまり面白くない。その論法が使われたことによって何がどうダメになってるのかを突き詰めてってほしいな。その意味では、「大衆論法である」という「結論」なんてなくてもいい。本来は「大衆論法」なる何かが先にあるわけではないからね。つまりは「精子を卵子のもとに届かせることそのものが快楽をもたらすのではない、美しい女性の体内に精子をぶちまけるための行為ないし擬似的体験と、その際に生ずる精神的高揚等が伴って、初めて我々は幸福を約束されるのである」ということかな。

    では、パンダさんがタイヤ乗りを披露してくれる瞬間を待ちつつよい貶(おとし)をノシ
     

  • ぱんだ009 2011-01-01 (土) 03:22:42
    >>ここまで
    は?じゃあ
    ちょっと周りが頻繁に言うというリアリテイを感じない
    だったら良かったの?

    あとコテ名ついてない奴はコテ名つくまで今後無視する。
     

  • 2011-01-01 (土) 07:39:07
    貶す(けなす)が読めなかったカス野郎がここにも1人。
    これを読めない日本人が何%いるのか判らないが、少なくとも私の頭が悪いことは証明されてしまったw

    >ぱんだ氏
    主張をもう少し練り纏めた上で出直したほうが良いように思う。
    貴方の文章からは明確な主張らしきものを発見することが出来なかった。

    以下を今までの議論ですでに皆に共有されている前提として、大体正しい(らしい)私の議論まとめから抜粋する。

    幸福度的観点に立つと掲題は名言であり、しかし、金銭的観点から考えると掲題も名言になり得る。
    ・掲題の要旨 
    ○「『価値観の差があること』に気づかない奴らって頭悪い。」
    ×「価値観人それぞれだから、宝くじを買うのは頭悪くない。」
    (上記だと、「価値観の違い」が名言的用法になるから。)

    >でも例えば経済学に対して、 〜〜〜〜〜〜 土台があるから。ってそのときは思ったから。
    ・「経済学」がどこから出てきたのか
    ・「そのときは思った」として現在はどうなのか
    などは置いておくこととする。
    「経済学」≒「期待値的観点」とするなら、「『経済学』が幸福度的観点を無視していること」は、
    すでに皆が共有する自明な前提とされているはず。

    >周りが無自覚に使ってくる語 〜〜〜〜〜〜 あったのかもしれない。
    ・「かもしれない」では議論において意味を成さないこと
    を既にここまで氏が指摘している。
    しかし、仮に貴方が「かもしれない」を取り除いたところで、
    このままでは貴方がこの掲題について抱いた「感想」でしかなく「主張」としては何の役割も果たさない。

    >名無し氏
    すでにぱんだ氏と議論をされているようだが、私は別の観点から行わせて頂きたい。
    あと、ぱんだ氏が仰るように私からも一時的なものでもコテハンを付けることを希望する。

    >ここまで氏
    名無し氏の発言はこの程度であれば特段問題無いように思う。
    このウィキでは「議論」に対して真摯であることと同様に、エンターテイメント性は大切なので。
    あと、「おまえが言うな」的感情が少なからずあることは隠さずにおくw
     

  • 大狐 2011-01-01 (土) 09:11:03
    ほい名前つけた。

    >経済学に対して、確かに経済学的な金銭収支という意味ではマイナスである
    >だからといって〜という文章が続いたとしても経済学そのものを否定することにはならない
    >経済学はもともと心情などのものをあらかじめはぶいてる土台があるから

    ?意味がよくわからない。結局本文のどこから「宝くじは期待値的に不利というのはおかしいよね?」という主張を読み取ったのか?上記引用部からは、「とつげき東北の主張は、期待値的な考え方そのものを否定することにはならない」という説明しか出てこない。とつげき東北は、期待値的な考え方によれば「マイナス」「不利」になることを否定していない。パンダの主張は、本文に「マイナスである」とあることを踏まえた上で、「期待値的に不利であるということを否定している」。その根拠は?

    「名前がないやつの反論は認めない」はちょっと新しかったなw次はどうするの?


    >すでにぱんだ氏と議論をされているようだが、私は別の観点から行わせて頂きたい

    がんばれっ!

    >あと、「おまえが言うな」的感情が少なからずあることは隠さずにおくw

    「大衆論法」との指摘に対し「大衆論法ではない」と反論するこの一連の流れが既に「本題から外れて」たわけではあるんだけどねw
    しかしパンダさんが無事復活してくれたので万事おk。着々と人々が集まっているようでさらにおkおk。
     

  • ここまで読んだよ 2011-01-01 (土) 15:36:53
    ぱんだ
    >>>ここまで
    >は?じゃあ
    もう一度読み直すことを勧める
    なお、直上の大狐は直前の名無しとかなりの高確率で同一と思われるので附促しておく
    追加でもうひとつ、俺は答えをそのスレに書くとは限らないし、全部書くとも限らない

    >>中
    トップページに有るリンク先の掲示板を見てみると何が言いたいかは判る
    二の舞にならぬうちに本人にはわかるように牽制球を放ったまで、俺の発言そのものの議論内容は問題にしていない
    後、その牽制を使うかどうかは本人次第であり、結果はご覧のとおり
    そして、俺の牽制を端に発したかどうかはともかく、目的はすでに達成されている
    以後は特段指名されない限り静観する予定、予定は予定であり未定だが(笑

    >>子狐
    >「大衆論法」との指摘に対し「大衆論法ではない」と反論するこの一連の流れが既に「本題から外れて」たわけではあるんだけどねw
    まったくそのとおりではある
    指しあたっての見苦しい云々の俺の発言は要らぬ横槍であることは否定しない
    この横槍をうまく使うかどうかは>>中にも示したとおりなので、現在の感想を含めて省略
     

  • ぱんだ009 2011-01-02 (日) 23:10:19
    >>?意味がよくわからない。結局本文のどこから「宝くじは期待値的に不利というのはおかしいよね?」〜

    だから期待値的に不利という言葉が使われるのは
    学者(など)が一定の立場で話す場合、に使われると私は感じていたので
    大衆が期待値という語をもって→ギャンブラーを批判する意味では使われない
    (と書き込んだときは思った)って書いただろ。
    いいえ、大衆はこの言葉を無自覚に使いますってならそれでいいよ。

    タバコのところでいらぬ「善意」を受けたので義務的に反応はするが
    これ以上は不毛だ。

    タバコの名無しとここの大狐が同一人物ではないかとも思ったが



 

  • ここまで読んだよ 2011-01-03 (月) 02:10:48
    >いらぬ「善意」
    俺?
    正しいなら断っておくが、俺は議論の遂行に邪魔なものを排除したかっただけ
    少なくとも、俺はパンダ寄りでも子狐寄りでも無い

    >タバコの名無しとここの大狐が同一人物ではないかとも思ったが
    口調まで似せた別人という考えは可能性が「ゼロではない」、とだけ
    俺があえてアンカーの付く言葉を使う意味も考えてな
     

  • ぱんだ009 2011-01-03 (月) 02:30:53
    >>ここまで氏

    いや、タバコ問題の「名無し」について

    だから名無しにはコテ名つけて欲しい。
    責任うんぬん以前に単発の発言なのか、連続してつながってる
    発言なのか見分けがつかない。
     

  • ここまで読んだよ 2011-01-03 (月) 02:42:14
    >>ぱんだ
    やはりその懸念が付きまとうんだよな、匿名は・・・・
    本当に数人の匿名にかかられた過去(一昨年の10月ごろ?)はさすがに俺もどれが誰か迷ったが、普段は名無しでも口調や句読点の使い方とかで誰(名無しA・名無しB・・・・的分類)かはわかるものなのだが

    よほどのことが無い限り、匿名は1人くらいしか同時には居ない、そう思っていてOK
    むしろ、匿名は何人でも一括りで同一人物・多重人格者(道化人)と思うくらいでちょうどいい(笑
    そのあたりはぱんだ自身も閲覧済みの某掲示板の俺の記述内容のとおり、むやみに名無しというだけで感情を高ぶらせるのは得策じゃないね
     

  • '''' 2011-01-03 (月) 15:21:03
    >だから期待値的に不利という言葉が使われるのは学者(など)が一定の立場で話す場合、に使われると私は感じていたので大衆が期待値という語をもって→ギャンブラーを批判する意味では使われない(と書き込んだときは思った)って書いただろ
    >いいえ、大衆はこの言葉を無自覚に使いますってならそれでいいよ

    「って書いただろ」といわれても。より混乱が深まっているのは面白いが、議論当事者的にはこれ以上壊れられると論旨を追うのが難しくなる。
    つまり、「期待値的に不利」というのは「学者(など)が一定の立場で話す場合」にしか使われないだろう、という限定はパンダが勝手につけたものであり、本文中にはそんなのは出てこない。結局、本文のどこからも「宝くじは期待値的に不利というのはおかしいよね?」と主張していると考えられる根拠は見つけられなかった、ということでいいのかな? 
    なら、ここへ至り、パンダが主張していた「とつげき東北は、宝くじは期待値的に不利であるということを否定している」は完全に崩壊したわけだね。

    では、壊れたおもちゃを振り回すパンダさんなど誰も見たくはないだろうという誠実さにより、このあたりで終わりとしようかな。まあ、「幻に向かって叫ぶ」芸はそれなりに客寄せとして機能するから、今後もときおり使ってくれると嬉しいなっ。


    >名無し全部を同一人物と見立ててはいる

    ついでに。これはこれで「一つの立場」だからあり。「選挙権の行使」の「子狐」氏と同一人物だとされているが、ここで肯定しようと否定しようと本当にそうなのかどうかは誰にもわからないし、そうだったもしくは違ったからといって何がどうなるわけでもない。
    例えば、「あの項目ではこう言っていたのにここでの発言は矛盾しているじゃないか」とか言い出したらそれはバカだが、「区別しなきゃならんのがめんどいので名無しは全部同一人物で多重人格者。名無しの発言は全部連続していると見なす。違ってたら言ってくれ」という態度を取るのは「戦略的な知の行使」手段としては特に問題ない。むしろ「本題外」の余計な手間を増やす名無し側の方が「不誠実」という見方もできる。そして経験から「よほどのことが無い限り、匿名は1人くらいしか同時には居ない、そう思っていてOK」と結論したのなら、確立した「理論」として扱われてよいと思う。

    ……などと嘯きつつ再び名無しに戻る←
    いずれまたノシ
     

  • ぱんだ009 2011-01-03 (月) 16:10:59
    だからさ、何度も言ってるけど
    「期待値的に」不利→期待値だけじゃ量れないものがある
    「経済学的に」不利→経済学じゃ量れないものがある
    「法的には」間違っている→確かに法はそうだ。だが法律で決まってれば全て真に正しいのか?
    その手でベッドするのは「確率的に」不利ですよ→確かに確率的に不利かもしれないが、この手がフラッシュになるかもしれないという夢を追っているのだ


    言おうと思えばこんな例はいくらでも言えるし、「それだけでは決まらない」なんてことは周知の事実だろ(普通は)
    期待値という語を発する場合、「期待値」とくくってることで
    その土俵で話していることは(まず)明確であって、期待値だけでは量れないものがある、なんてことはわかりきって話してるんだよ(普通は)。

 

  • 大狐 2011-01-04 (火) 19:48:54
    まだ叫ぶの?いいけど喉の具合がそろそろ心配になってきたよ?

    >言おうと思えばこんな例はいくらでも言えるし、「それだけでは決まらない」なんてことは周知の事実だろ(普通は)
    >期待値という語を発する場合、「期待値」とくくってることでその土俵で話していることは(まず)明確であって、期待値だけでは量れないものがある、なんてことはわかりきって話してるんだよ(普通は)

    わかったから、誰の主張のどこに反論しているのか明確にしてくれないかな。上記引用部の叫びを「反論」であると考えると、誰かが
    「宝くじを買うか買わないかは期待値的に不利かどうかだけで決まる」
    と主張していなければならない。誰の主張のどの部分?


    パンダさんは、とつげき東北が「宝くじは期待値的に不利というのはおかしいよね?」と明らかに誤った主張をしている幻覚を見た。明らかに誤った主張がまかり通るのは、許されることではない。自分の五感および啓蒙者的誠実さに常に最大限の敬意を払うパンダさんは、皮肉にも「でも宝くじが期待値的に不利だというのは事実じゃないか!」と「反論」せざるをえなかった。しかし、我に返ってよく見てみたら、とつげき東北は別にそんなことをいっていなかった。それどころか、誰もそんな主張はしておらず、自分は自らが作り出した架空の「論敵」に向かって叫び続けていたことが明らかになってしまった。パンダさんはちょっと恥ずかしくなった。
    次にパンダさんは、何者かが「宝くじを買うか買わないかは期待値的に不利かどうかだけで決まる!」と主張する幻聴を聞いた。もちろん、パンダさんは自分の感覚に常に最大限の敬意を払うのだ。たとえそれが幻聴であったとしても、パンダさんは、そいつの誤りを正すために「反論」せざるをえない。
    こうしてパンダさんは、鬼気迫る雄叫びを今日も無償で私たちに聞かせてくれるのである。私たちはパンダさんのがんばりに感謝しなければならない。
     

  • ぱんだ009 2011-01-04 (火) 20:46:49
    うわお前マジで意味わからんのだけど

    掲題が愚言として使われるためには、宝くじは期待値的に不利と言った者が、
    「ギャンブルは全て期待値次第」「期待値の低い宝くじなんてものをやる奴は総じてアホ」といったことを暗に感じていながら発せられた言葉である必要がある。

    しかし、「期待値」という語が使われるのは、ほとんどが例えば、
    統計学者がギャンブルの本を書いたとする。そこにはギャンブル期待値表が
    掲げられていて、宝くじは期待値的に著しく不利となっていた。
    しかしそれをもって読者が著者に「確かに期待値的には不利だが〜」と述べることにどれほどの意味があろうか。
    統計学者はあくまで「期待値」という枠の中で分析したのであって
    (どこかで区切って分析をしないと別の本になってしまう)
    期待値だけで決まらない〜はハナから理解している(はず)のである。
    その単なる一つの基準の中で語ってるのであり、その中で語る以上一歩もその枠を出ない(出てはいけない)のである。
    幸福さその他まで金銭価値に置き換えて考えてるわけではない。

    もちろん単なる手段と重要な目的を履き違えた金が全てと考えるような金銭至上主義者や経済学で全てがわかると勘違いしている経済学学者にとっては有効であろうというということは述べた。もちろん期待値ということの認識なしに
    宝くじ購入者を叩く大衆にもいるとすればその者に対しても有効であろうということも述べた。

    大丈夫か?理解できたか?ん?ん?
     

  • 大狐 2011-01-04 (火) 21:18:58
    言い直そうか。
    誰の主張のどの部分に反論したのか、引用してくれないかな。「おまえの発言について」とかだととてもわかりにくいので、範囲を限定してもらえると嬉しい。
     
  • ぱんだ009 2011-01-04 (火) 22:02:47
    ?質問の意図がよくわからんが
    掲題全体としておくわ。ああめんどくせ
    で、
    掲題が愚言として使われるためには、宝くじは期待値的に不利と言った者が、
    「ギャンブルは全て期待値次第」「期待値の低い宝くじなんてものをやる奴は総じてアホ」といったことを暗に感じていながら発せられた言葉である必要がある。
    ということは共有でいいんかな。

 

  • 大狐 2011-01-05 (水) 00:21:59
    >質問の意図

    「だからさ〜」以降は大狐に対する反論であると受け取ったため、大狐含め誰も「宝くじを買うか買わないかは期待値的に不利かどうかだけで決まる」旨主張していないので、「誰に対する反論なのか」と質問した。

    ああつまり、「宝くじを買うのは期待値的に不利」の名言性そのものに対する批判か。
    それならこれ
    (反論テンプレート)他の用法の列挙
    読んどけばいい。名言として成立しない場合がある、という事実の提示は、名言として成立する場合があることを否定するには至らない。この場は後者を集めたwikiだから。あと参考程度に、「宝くじ 期待値 不利」でググると、「専門家」でも何でもないような人間がわんさか発言しているのを目にできるはずだ(ざっと10,400 件くらい)。

    「だからさ〜事実だろ〜わかりきって話してるんだよ」自体には特に何の反論もない。「掲題が愚言として使われるためには、宝くじは期待値的に不利と言った者が、『ギャンブルは全て期待値次第』『期待値の低い宝くじなんてものをやる奴は総じてアホ』といったことを暗に感じていながら発せられた言葉である必要がある」は、改めて主張されるまでもなく、ここまで読んだよや中を含む誰もが共有している了解事項だ。
    で、「いいえ、大衆はこの言葉を無自覚に使いますってならそれでいいよ」とのことなので、ようやくこれにて終了か。ゆっくり喉を休めたまえ。
     

  • '''' 2011-01-05 (水) 11:25:48
    この掲題が発話される状況を考えてみよ。
    掲題の発話が計算や統計学の研究や計算に用いられる事より、
    もっと卑近に宝くじの購入者に対して非購入者が用いる場合が多いだろう。

    上記の様なシチュエーションではこの発話の名言的要素は
    「見当違いで無意味な事実を無意味に列挙した」という点である。

    当然宝くじの購入は期待値的に有利だと考えている者に対して、
    掲題の発話と数字の提出をもって反論とすることは名言的ではない。

 

  • ちょいとツッコミ 2011-01-05 (水) 23:57:39
    >中氏
    余計なお世話だが、直接的な勉強をせずに、ここに書き込んだり閲覧したりすることはセンターの得点の期待値には不利かもね。
     
  • 2011-01-06 (木) 13:14:17
    >大狐氏・ぱんだ氏
    どうやら「前提の違い」で議論は収束に向かっているようなので、これ以上私から言うところは無い。

    >大狐氏
    ぱんだ氏が主張を持つことからくる矛盾を導くスタンスだったようだが、
    私は「ぱんだ氏は「印象・感想」に基づく曖昧な主張を持つ」ことを示そうとしていた。
    しかし私の技量ではそのような方向に導くことができず、発言することがないままここまで過ぎてしまったw
    どういった風にすれば誘導できたか、もし思いつくようだったらお教えいただきたいw

    >ぱんだ氏
    ここからは議論本題とは無関係の話になるが、
    貴方の主張には、「主張になっていなく、印象・感想を述べただけのもの」が多く見られる。(この掲題だけのことではない。)
    「〜 ってそのときは思ったから。」「〜 もあったのかもしれない。」などの表現からも明らか。
    それができていないから、前提条件の違いを見つけるまでにこれほど時間がかかってしまう。
    議論において自分の主張を明確にすることは絶対に必要。(これができない場合は議論が成り立たない。)
    また、主張を簡潔に纏められることも絶対ではないが重要。
    (「貴方の『感想・印象』からなる曖昧な主張を推測すること」は議論相手にとって大きな負担となる。)
    議論になっていない場合も多く、またそれでは議論相手に対して不誠実なので、発言する際はもう少し推敲したほうが良いかと。

    また議論に関しては、ナノニウム氏が少し前に他の掲題で重要なことを纏めているので探してみるといいように思う。

    >ちょいとツッコミ氏
    いくらなんでもそれが分からないレベルでは無いw
    それに「期待値的に不利」でも、今後の人生において役にたつかもしれないだろw
    まあ、その・・・・・・つまりだな・・・・・・察してくれw
     

  • '''' 2011-01-09 (日) 17:08:50
    >・20歳の時に5億円もらえることと、80歳になって500億円もらえることのどちらが幸福か。

    カネを貰うのが自分ではなく、自分の親がという話であり、
    また表示の年齢についても同様に自分の親がという話であっても
    必ずしも後者が幸福であるとも言いづらいのがまた面白いところだな。

    前者でも後者でもカネの量が幸福に繋がらない高齢、いや好例だろう。
     


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Last-modified: 2011-01-09 (日) 17:08:50 (2723d)