■Revin

 「表現の自由」という概念がある。なるほど、誰しも自分の主義主張、感情や思いを口にし、文章にし、人に伝える権利を、我々は等しく保証されている。歴史を振り返れば様々な地域・時代で見つけることのできる差別的言論弾圧を現代は「過ち」とみなし、そのような「不当な」抑圧があってはならないという理念を礎に、民主主義的な現代に広く浸透しているものである。
 ところで、例えば「小学校に行って子供を殺してやる」というような怪文書がインターネット上の掲示板に書き込まれたとしたら、それは殺意という感情の「表現」でありながら、その自由は認められない。いくら表現が自由だとはいっても、それが社会的秩序を脅かすものであってはならない。また、「表現」という枠の境界も非常に曖昧であり、例えばスポーツをすることが自身の表現であると嘯く者が居ても違和感を持たない人が多いだろう。だが、テロ活動は自分の思想の表現であるという解釈は、同様の構造であるにも関わらず、自由を保証されない。ひとえに、それが大きな社会的不都合を呼ぶ(と考えられている)からである。だから「殺してやる」という表現をした者は法によって罰せられることになるのであるが、こうした「表現の自由」という言葉や概念がいかに穴だらけであるか、あるいは「誇大広告」であるかを、ここで殊更に示したいわけではない。むしろ我々が問題視するべきは「くだらないものに保証される表現の自由」である。

 例えば一つの小説があったとする。これを「面白い」と思った人がいて、その面白さがいったいどういう理由で生まれたものであるかについて噛み砕いた解説を書いたり、あるいはその作品に登場する人物や舞台についての分析、歴史的背景に照らした様々な考察を発表したとしよう。これらの分析や考察は、その小説を読んだ他の多くの人が気づかなかった新しい事実や考え方を示すものであり、その内容が高度であれば「面白いもの」になりうる。
 だがその小説を嫌いな人がいて、「面白くなかった」とだけ表現したとしても、それは別段、新しい発見を生むものではない。「この小説はくだらない。文章が下手だし、展開がありきたり。子供っぽい」という誰にでも言える「感想」に終始していたのでは、読む者にとって何の面白みもない。逆に面白くない」という思いに対する分析、考察が深く、見る者にとって楽しさや得心を与えてくれるものであれば、それは十分に「面白いもの」である。ただ単に「面白い」「面白くない」とだけ述べられる低度の「感想」群が、世の中にどれだけあふれていることか。
 「表現の自由」を大っぴらに掲げて、あるいは暗黙のものとして発言されるこうした「くだらないもの」の数々に、いい加減うんざりしている人は多かろう。「表現する」という概念を深く理解し、読む者の関心・支持を集めることを意図した聡明な言葉の数々に比べ、ただ「自分の感じたことを無神経にも人へ伝えたい」、あわよくば「自分の意見に同調させたい」、それどころか「自分の思っていることこそが正しいのだ」という考えのもとに無神経に放たれる「感想」のつまらなさ・くだらなさは、目を覆いたくなるほどの醜さを晒して我々の周りにはびこっている。

  • ブリーフ 2010-01-15 (金) 04:39:59
    虚構(Fiction)について考察しよう。世界的ベストセラー本は聖書である。西洋の国々では地球はGodの手によって七日間で創造されたという概念がある。創世記が彼らの世界観である。アダムとイブの駆け落ち物語を人類の出発点と信じて疑わない。ところが一神教に染まっていない東洋の普遍的観念から眺めれば聖書は性書と茶化せる程度の歪なバイブルとしか映らない。聖書が世界に意味を与える一方で、お釈迦様は「人生の意味は一体なんなのですか」などと問う弟子には静かに微笑した。ヴィトゲンシュタインの語りえぬものについては沈黙しなければならないを東洋は約二千年前に体現化してみせた。いわば東洋の知性の結晶であるが、これを以って西洋は東洋に劣っていると断じるのは痴呆性老人である。西洋の宗教は証明を欲し東洋の宗教は無常を欲した。証明は繰り返される考証によって否定されるが無常は無常が故に否定しようがないからだ。しかるに話を虚構に戻そう。この東洋に生まれ育った日本人として我々は誰しもが大小の差異あれど無常性を包括している。ならば、全人類の産物、あらゆる虚構についても虚構として受け止めるだけの知性を持つまで、我々は僅か10マイルの距離しか隔ててない筈だ。ブラックユーモアの雄スウィフトは『アイスランド貧民救済私案』で「金、食糧が足りないだと、ならば赤子を喰え!」といった。聖書ではキリストがパンをバイバインで殖やし貧民を救済した。どちらも単なる虚構だ。監獄は政府の虚構。大蔵省は官僚の虚構。新聞は大衆マスコミの虚構。人間が、欲求に応じて虚構を創造し、欲求に応じて虚構を利用するだけだ。虚構を見抜き、虚構を笑い飛ばし、虚構に振り廻されぬ為に、知性はあるのだ。
     

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Last-modified: 2010-08-24 (火) 18:41:24 (2976d)