とつげき東北

 日本人という大括りの人々が、特定の特徴を持つと思い込んだ際あるいはそうであって欲しい際、そうであると決め付ける際の言葉。副次的に、「傾向がある」事柄を、「全員がそうである」と誤認させる作用もある。

 もちろん、「日本人は黄色人種である」といった(帰化人を除いて)恒真命題もあるし、「日本人は欧米人に比べてディベートが苦手である」という、確かに諸国の教育制度や文化的な差異に基づく傾向が見られるだろう発言もある。だが、この言葉を悪用すると、「日本人は諸外国の人々と比べてコミュニケーションが苦手で、人間関係を得意としない」といった、実情とは全く逆の思い込みの命題をも、聞き手側に「そうなのか」とイメージ付けることができる(1985年から94年にかけて、文部科学省の統計数理研究所が行った、国際的な国民性に関する比較調査(7カ国国際比較調査)によると、日本人のもっとも顕著な特徴として「人間関係を重視する」傾向が見られている)。

 なぜ掲題による欺罔が成功するかと言うと、多くの人は、実際の諸外国人の特徴と、日本人の特徴の統計的差異について、さほど敏感ではないことが原因と言えよう。日本人はセックスをする頻度が諸外国に比してかなり少ない傾向にあるが、この事実を知っている大衆が特に多いわけでもない。そういった「正しい」命題に紛れ込ませれば、そんなものなのか、と思わせることができるのである。

 同様に「アメリカ人は〜」「欧米人は〜」といったような一般化が図られることがあるが、往々にして、発話者はアメリカや欧米人のことを充分に知っているわけではない。例えば日本では、「フランス人はフランス語に誇りを持っている」という誤った言説が、あたかも常識であるかのように流通している。そこには、フランス語の純化政策と共に、地方語を奪われた歴史を持つ数多くのフランス人の複雑な思いは、一切反映されていない。


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Last-modified: 2017-03-27 (月) 19:45:02 (260d)