とつげき東北

〜〜をして○○ができるなら―:

 〜〜には「確率」「科学」「論理」等の、レベルの高くない層にとっては「むずかしい」概念が埋め込まれる。「確率」等に頼った記述・発言等をけなすための常套句。とりわけ、人間の心理や思考といった「複雑だと信じ込まれているもの」「経験的にしか把握できないとされるもの」に関するものに使われる。

 しかし○○ができない、すなわち「苦労する」のは、単に確率や科学理解できないからであるという可能性については言及されない。例えば筆者の書籍「科学する麻雀」に対して、「内容は難しくてわからなかった。確率で強くなれるなら苦労しない」などと書評を寄せる者は少なくないが、筆者は麻雀において一定の成績を挙げているし、筆者の書籍によって実力が向上したと喜ぶ読者もまた少なくないわけである。この場合、彼らは単に、確率等がわからないから苦労しているだけなのである。同じ参考書を与えても、苦労して身につかない生徒と、労せず身につく生徒とがいるのと同じ原理である。

 一方で、「対人関係の心理学」「部下を育てる教育」といったような本がベストセラーになることも多い。「科学のできそこない」と言われてもいたしかたない、心理学的権威付けのみに頼った書籍に関しては、「その程度で対人関係がうまくいくなら苦労しない」という批判はあまり生まれない。
 すなわちこの名言は、自分になんとなく理解できそうな「効果」を謳う対象には向けられることが少ない。逆に明らかに自分の知的範疇から離れた概念でもって何か自分の経験が否定されたり解明されることを極度に恐れる者たちによって口にされがちなのである。その意味では広義の経験主義ともとれる。

経験


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Last-modified: 2010-08-24 (火) 18:41:16 (2799d)