とつげき東北

 掲題語が使用される状況には、特段問題なく「妥当」としてよい状況と、妥当であることが自明ではないのに「妥当性」を強弁する状況とがある。前者的意味での利用の「権威性」にかこつけて、後者的な使われ方がされる場合に、これは名言となる。

 あるものが妥当か否かは、それを妥当かどうかを決定する決定権者に委ねられる。たとえば司法の場において、「妥当性」は司法権者によって決定される。ではまさにその「妥当性」を巡って議論が行われているとき、「妥当である」と決定する権利を誰が持つのか?
 掲題語を名言的に利用する者が、非常によく「多くの人の考え」や「一般人の感覚」などに基づき、彼らの判断を「妥当である」としようとするのは、ロジカルには否定しがたい不都合な判断を、「妥当ではない」と見なしたいためだ。衆愚の衆愚による衆愚のための判断がお好みなのである。

投稿日時:2007-09-18 (火) 01:00:00


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Last-modified: 2010-08-24 (火) 18:41:14 (2704d)