とつげき東北

 言葉の言い換えによって、特段問題ないはずの行動に負のイメージを与える典型用語。「あいつは―ばかり考えている」「人間関係は―だけではない」などとして使われる。

 仮にこうしよう。
「損得勘定」を「損得計算」と言い換えてみよう。少しましになった。さらに、「リスクマネジメントを踏まえたソリューション」だのとすれば、多くのビジネスマンが身につけるべき「高尚な」概念へと変化する。

 この用語を使いたがる人は、ビジネスの場等のことを言っているのではない、人間関係友達関係などにおいて損得勘定で動くことを批判しているのだ、と叫ぶかもしれない。しかし人間の行動に「損得」以上の高尚な何かを求めるのはさすがに19世紀的すぎる。どんな行為も損得勘定の結果もたらされたものであるという事実を強く自覚した上で、あえて「損」になるかもしれない何かに賭けてみるという「冷たい熱さ」の中においてしか、現代人は生きることができないはずだ。

崇高な何かを信ずることがもたらす事態

 国家や人間等の行為主体が、損得以上の「崇高な何か」によって動いているという神話めいた仮定は、しばしば戦争等の正当化などに用いられる。アメリカは「恐怖からの自由」のためにイラクと戦ったそうだ。おっと、その前に準備していた「大量破壊兵器の危険の除去」という大儀は忘れてくれ。実際には大量破壊兵器がなかったのだから仕方あるまい。とにかく生存権、人々が安心して暮らせる世の中にするためには戦争が必要だったのである、とのことだ。そこには「石油利権やらアメリカの軍需産業における利権など一切からまなかった」のである。

 では、アメリカは、生存権が守られ、人々が安心して暮らせる国家になっているのか。
 2005年8月にメキシコ湾岸を襲った大規模ハリケーン「カトリーナ」について、FEMA(連邦緊急事態管理庁)は事前にその被害の甚大さを予測していた。堤防を強化しなければ、数万人規模の被災者が出ると試算していたのだ。だが、自国内での災害対策のための予算を大幅に削った結果、これには何の対策も打たれず、実際にハリケーンが上陸した際、ニューオーリンズ市では市の80%が水没した。堤防決壊前、災害によってレイプなどの暴力行為が多発するようになっても、FEMAは「すべての消防その他救急救援組織は、FEMAによって承認されない限り、独自の救急救援活動をしてはならない」という声明を発表しただけだった。すでに被災地では暴力・略奪が多発しているのに、である。避難勧告は出されていたものの、貧困層の多い当該地域では避難自体が不可能だった。ルイジアナ州知事はブッシュ大統領に緊急災害支援を申し出たものの、具体的な対応は何もなかったという。
 今、ニューオーリンズ市の土地は、アメリカの大好きな「自由競争」の名のもとに、市場原理に従って富裕層の手に渡り、まったく新しい土地として復興を始めている。他方、生き残りばらばらの各州に逃げ延びた被災者たちは土地を失い、救われることのない生活を続けているそうだ。
(岩波新書『貧困大国アメリカ』堤未果のルポより)
 これにより、アメリカは「国全体として」ますます力強くなるのだろう。何しろ犯罪率が高く、貧困層の多かった地域が「自由競争」の中で光り輝く都市群に生まれ変わるのだから。

 このような現実を見てなお、アメリカは「自由のため」「自国の安全のため」に戦い、兵士たちはアメリカという国のために命を賭していると言えるのだろうか。いや、違う。「兵隊派遣会社」の自由競争のおかげで、兵役以外にまっとうな職業に就けない貧困層が、「目の前のパンを求めて」軍隊に入隊し、他国の人々を虐殺する。兵役を終えた彼らはまた、PTSDに苦しみながら、あるいは戦争によって受けた負傷の治療費も手にできないまま、その日の食べ物を探し求める生活に帰ってゆく。

 一連の事態は、各々の立場の各人の損得勘定に基づいているが、「自由のため」といった「崇高さ」で包みさえすれば、何のことはない、アメリカはテロ国家と闘う正義の国、ということになるのだろう(アメリカこそがテロ国家である、という主張はなしだ)。
「損得勘定」を無視して何らかの「崇高なもの」を安易に信ずることは、このような現実から目を逸らすことを意味する。

  • 六7 2008-02-24 (日) 17:11:09
    ああ。
    原型を留めていない。
     
  • '''' 2008-02-24 (日) 18:56:59
    >冷たい熱さ
    とはなんだ。
    どのような理由で、このようなレトリックを使ったのか。
    分析してみよう。

    普通は、「冷たい」という形容詞は温度が低い(冷凍庫の中のような)状態
    そして感情が少ない人(他の連中が悲しんでいるが一人だけ平然としてる人)
    という比喩の意味もある。
    ここでは後者の比喩をさらに比喩化し
    その後に「熱さ」という言葉が使われていることに注目だ。

    現代人は「損」になるかもしれない何かに賭けてみることしかできない。
    とぶっちゃけて言うのではなく
    「損」になるかもしれない何かに賭けてみるという「冷たい熱さ」の中においてしか、現代人は生きることができないはずだ。
    と、わざわざ「」までつけて比喩を使うところに、議論の中にも比喩を使うという突撃東北の文学的センスを感じられる。

    ところで
    今とつげき東北の前に人があらわれて
    右手に一万円、左手にも一万円もっていたとする。
    そしてその人が右手の一万円、左手の一万円、どちらがほしい?
    と聞いたとする。
    どっちでもいいやと思って面倒だから右手のくださいといったら
    損得勘定ではなさそうだ!
     

  • 2008-03-05 (水) 04:46:50
    大衆は素直な心しか認めません。
    ブラックストマックでも表に出さなきゃおk。
     
  • 六7 2008-03-05 (水) 05:19:44
    ブラックストマックは口から出るのだろうか。
    それは絶対表に出したらNGだろうな。
     

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Last-modified: 2010-08-24 (火) 18:41:14 (2705d)