とつげき東北

 他人の価値観を許容するのが「人間性」の高い人物ではなかったのか?
 大衆は、自分の気に食わない性質の他人を、いとも簡単に「人間としてダメ」などと形容する。

 先日中華料理屋で夕食をとっていたとき、隣のテーブルに座った男女の会話が耳に入った。病気で入院した同僚に、会社の人が見舞いに行った際に、当該入院患者が冷たい対応をしたことについて、女性が文句を言っている場面である。

女「でね、その人は、『なんで仲が悪いあなたが来るの』って態度してるの」
男「ってかそれもう……人間としてダメだろ」(※1)
女「ねぇ」
男「仕事ができてもさ、そんな人はダメだよ」(※2)
女「その人、仕事もできないの」
男「だろ? そういう人は仕事もできないんだよ」(※3)
女「ある意味かわいそうな人と思うわぁ」

 賢明なる本ウィキの読者諸氏は、この手の救いがたい水準の会話を、ぜひ目に焼き付けておいてもらいたい。
(※1)において、男は、まず「人間性」の低さを確認した。これ以上にない凡庸な言葉を用いて。
 そして(※2)において、さっそく、他人の「能力の高さ」を「人間性の低さ」によって塗りつぶす作業にとりかかる。彼らお得意のパターンである。
 だが、女性側の反応をみて、(※3)の発言に至る。男が露呈した愚鈍さは、「人間性の低い人物は、能力も低い」というありふれた形式による醜い道徳的奴隷一揆への意志の発現だけではない。
(※2)において「(当該入院患者は)仕事ができる」と想定したにもかかわらず、その想定が明確に間違っていたことを認めず、(※3)において「仕事もできないんだよ」という名言的「真理」を語り、「何もかもわかった側の人間」を演じていることがまた赤面ものである。
(※3)が成立するならば、(※2)の発言など最初から不要だったはずなのだ。「人間としてダメだから、仕事もできないだろう」で済んだのだ。だが彼は「仕事ができても」と言ってしまった。その上、そのことに無自覚なのである。つまり彼はもう、どうにもならないほど愚昧なのだ。

 わざわざ中華料理を食べながら、病気で精神的に参り、イライラしているはずの同僚の、ささいな行為に、「人間性の低さ」と「仕事のできなさ」を見出して(「人間的にダメ」なだけでできなくなる「仕事」とは、よほど知的能力を必要としない仕事なのだろうが)嬉々として語る彼らが、そうする権利を有するほど「人間性の高い」人物だとは、筆者にはどうしても思えないのだ。

人間性

  • age 2007-09-18 (火) 03:32:08
    ランダム
     
  • ここまで読んだよ 2009-10-19 (月) 00:21:24
    ウィキの〆が「思う」とかだと締まりが無いよなぁ
    なんかこう、説得力に欠けるというか、論説自体を最後の最後でおぼろげにして自信の無さを露呈するというか
     
  • '''' 2015-03-13 (金) 01:07:27
    このここまでって人のボケが5年間放置されるのも分かるというか…ツッコミづらいな…
     

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Last-modified: 2015-03-13 (金) 01:07:27 (1043d)