■ヒトシンカ

 精神は物質よりも尊いものであり、卑俗な物理法則ではなく別のはるかに神秘的な法則で動いていると考える、強い衝動が伝統的に存在してきた。この衝動が、「科学では心を解明できない」「コンピュータが心を持つことなどありえない」などの信念に賛成票を集めさせている。デイヴィド・B・モリスは著書『痛みの文化史』の中で、痛みの研究をしていると話すと必ずといって良いほど「それは体の痛みですか、心の痛みですか」と聞かれるという体験を告白し、単純な二元論の誤りを指摘している。1995年のSFアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』では、兵器エヴァンゲリオンと操縦者の脳の連動を説明しようとした科学者が、友人に「心、でしょ」と穏やかに非難されるシーンがある。 なお「こころ」と平仮名表記すると、より感動的に受け取られ、またそれを意図して書かれることもある。

――の教育:

 1984〜87年の「臨教審」の第二次答申の提唱に始まるとされるが、97年に起こった神戸市須磨区の児童連続殺傷事件をきっかけに盛んに言われるようになった。事件を受けて同年八月、文部省は第16期中央教育審議会に「幼児期からの心の教育のあり方」を緊急に諮問。これに呼応し、各地の教育委員会でも「心の教育」をテーマに様々な取り組みが始まった。特に、震源地と言える兵庫県教委と神戸市教委は合同で、河合隼雄を座長に「心の教育緊急会議」を設けた。しかし、日本子どもを守る会『子ども白書‘99』は「心の教育大合唱」について「明治以来、日本の支配層は体制の矛盾や困難が激化するとそれを隠蔽するために、あるいは反動的に打開するために、教育政策を利用してきました。しかも、知育偏重から徳育強化という形で。今回の「心の教育」の強調もその系譜につながっていることは言を待ちません。」と否定的である。

知識偏重

――をなくした心理学:

 主に行動主義などの実験的手法を用いる心理学を非難する言葉。科学的心理学はある種の人々の不興を買っており、他にも「脳を切っても心は出てこない」という表現も使われる。

癒し人間を人間として扱う


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Last-modified: 2010-08-24 (火) 18:41:03 (2913d)