Revin

 優秀な人に対するひがみとして放たれる言葉。

 例えば東大理気帽膤覆靴真佑気に入らなければ、恐らく居るであろうその人より入試で上の成績を取った東大生のことを指してこう言うだろうし、もしトップ合格していたなら、それでも後期合格した人のことを想像しながらこう言うかもしれず、あわや論敵が日本最高峰たる理靴任△辰燭覆蕁▲蓮璽弌璽病膤悗任癲宗宗宗あたかもそうした『神』の代弁者となったかのように、知りもしない『神』と相手を比較しながら掲題の語をもって気に入らない目の前のインテリを攻撃するのである。一通りそうして相手の権威を貶めた後は、お決まりの「バランスが大切」「〜〜が全てではない」などに向かうのがいつものパターンだ。

  • M 2007-03-01 (木) 22:15:31
    類語:盛者必衰の理 ランダムage〜
     
  • '''' 2007-03-02 (金) 13:08:02
    理一トップの合格点は理三平均より断然高いですし、後期よりも前期の方が優秀な人をとっているという根拠はありません。前期の方が広く浅いだけですし、後期を狙う大抵の人は前期も受けています。念のため。
     
  • '''' 2007-03-02 (金) 13:10:22
    前期よりも後期、ですね。どうでもいいですけどね。イメージ戦略から逃れるのも難しいですからね。
     
  • とつげき東北 2007-03-03 (土) 20:51:07
    東大理1の場合は、後期より前期に受かった方が平均的には学力が高いでしょうな。倍率等を加味した「受験する1個人から見た難易度」はともかく。

    進学者の半分近くが前期理1落ちを占めるので、残り半分の大半が仮に「東大理1前期なら合格できた」としても、いわばトントン。
    個別の学力では人それぞれだが、それはまた別の話。

    例えば合格者の偏差値では、あるデータでは、
       国語 数学 英語 理科 社会
    前期 69.4 73.3 74.8 71.9 67.7
    後期 65.6 71.1 72.7 69.8 62.7
    といった差がある。全科目、前期理1の方が高い。
    後期理1に課されない国語・社会の学力の差が特にでかい。

    これは前期で「強い国立医」を受けて後期は東大理1に回る人が多いというよりも、むしろ早稲田・慶応理工主軸狙いで、センター対策に手が回らなかった人や「センター失敗した人=平均で見ればセンターに失敗しがちな人=平均で見れば学力が低い人」がちょくちょく合格することが多いことを想像させる。
    (ttp://manabi.benesse.ne.jp/cm/g30_nyushi/nyushi/2005−nyushi/nyushi−kekka/kyouka/index−kijutu.html)
    一般の大学では後期は上位校からのすべり止めになり、前期よりハイレベルな入学者が集まることが多いが、東大に限っては、前文1→後文2などはあるものの、基本的に後期は「敗者復活戦」的な色合いが強い。

    その意味で、細かいことを言えば、Revinの記述は少し違う。論旨とは関係ないけど、そもそも相手が「おれは東大理1だ」と言った場合に、前期か後期かをもち出すことは稀だと思うので、削ったほうが良いかな。トップ合格部分も。理1トップは理3トップには負けるが、理3平均よりは勝つよ。通常の大学の医学部と理工系との差とは違って、東大は「青天井」なので。

 

  • '''' 2007-03-03 (土) 21:46:56
    補足ありがとうございます。10日の前期合格発表まで、敗者になるか否かの悶々とした日々が続いております。
     
  • 2007-07-29 (日) 14:55:31
    ハーバード大学卒業した奴に上には上がいるなんて誰もいわねーよ馬鹿
    東北とか中途半端な存在だから言われるんだろうが(笑)(笑)(笑)
     
  • [[丫戊个堂]] 2010-02-21 (日) 23:01:36
    返し例「だがお前自体はオレの上ではない!」
     
  • 2010-02-22 (月) 02:04:09
    「いつか、誰かが私を打ち負かすだろう。だがそれは今日ではないし、お前にでもない」
     
  • [[丫戊个堂]] 2010-02-22 (月) 09:53:32
    おお!それカッコいい(笑)
     
  • madmax 2010-06-21 (月) 14:38:26
    あなたの意見は正鵠を射てるとは思います(文章の前半はちと分かりずらいが)。どうしても、頭のいい人は存在するので、彼らが束になったら私ら庶民は太刀打ちできない。が、歴史的には、革命という手段で頭にいい人が作り上げたエスタブリッシュメントを覆すことに成功した(西欧先進国とアジアの数国だけだが)。結局頭がいい人が作った社会も完全にはうまく行かないわけだ。
    しかし実際にはエリートが頂点にいて、庶民がそれをある程度支持する社会でないと、国際的な競争力を持てない。結局のところ、「バランス」が重要であることは間違いないと思う。
    しかしながら、個人的な領域に置いては、頭のいいやつというのはいる。問題は彼らがちゃんと社会で生きていけるかである。嫉妬というはどの社会にもあって、それを買うと生きるのに苦労する。さて、そんな人に家族は養えるのか?女性は現実的だから、そんな人の子供、子孫を残そうとするだろうか?
    一般に我々が知る天才的な人は、頭のいい人のなかでも数えるくらいにしかいない稀な存在で、彼らが社会的、家族的な成功を得ていたとしても、それは別の話としといた方が良さそうに思う。
    すると、結局問題は・・・・何を「成功」と定義するかで「頭の良さ」の定義も変わってしまうのだ。
    あなた自身がいわゆる学業の部分での成功が、頭の良さの物差しと考えるなら、最高峰はハーバードという答えが出る。一方、子孫繁栄という点でいうなら学歴は関係ない。金を持ってる人はどんな手段を使っても学歴は手に入れてしまう。なぜロックフェラー一族やらロスチャイルド一族やらが長いこと繁栄し、しかも学歴が高いか?遺伝学的には、能力の差は世代ごとにバランスが取れていってしまうにもかかわらず。
    私が思うには、いろんな能力を満遍なくもっている(バランスのある)個人、もしくは社会が、どんな物差しを用意されても「優」となるためには必要だと思う。だから例えば歴史上、いわゆる多民族社会が優位を得てきたのではないかと思う(イギリスも実は複数民族の連合である)。それは個人にも言える。社会は流動的に、その都度成功のための物差しは変わるので、それに合わせて生きていける人間がやっぱり優秀であり、子孫も残していけるのではないか?
    ・・・あまり説得できでないが、どうでしょう?
     
  • sho 2010-06-30 (水) 15:59:49
    歴史的には、革命という手段で頭にいい人が作り上げたエスタブリッシュメントを覆すことに成功した(西欧先進国とアジアの数国だけだが)。結局頭がいい人が作った社会も完全にはうまく行かないわけだ。

    革命という手段についてだが、革命=政体の転覆であるならばバカでもできる。しかし、その後の政体の再構築は頭のいい人のみが成し遂げているという事実を考えたほうがよろしいかと。

    >しかし実際にはエリートが頂点にいて、庶民がそれをある程度支持する社会でないと、国際的な競争力を持てない。結局のところ、「バランス」が重要であることは間違いないと思う。

    所謂民主的な政体をもつ国であるならば、庶民の支持はその権力のキープのために必要なものではある。しかし国を動かしていくレベルの人々にとって庶民の支持はそれ以上のものには成り得ない。
    庶民の支持を持っている国の政府に国際競争力がない場合などいくらでも言えるし(ヨーロッパ諸国は一つ一つでは競争力がないが故にEUなるものを作らざるを得なかった事実)、逆に庶民の支持の無い国の政府に国際競争力があったりする場合も存在する。つまり庶民の支持と国際競争力の高さには関係性はない。関係性があると認められるのは政治の安定性、国の持ってる力の無駄のない活用、軍事力の3点。
    政治の安定性が国際競争力に関係している根拠は歴史を見ればいくらでも明らかになるであろう。政治的に安定していない国家が国際競争力を手にするということはない。政治的に安定していた国際競争力を持った国家が安定を失うということはあるが。その場合の迷惑はここでは語らない。
    国の持っている力の無駄のない活用とは、日本の庶民レベルで言えばニートに、つまり国民一般に、働いたほうがトクだと思わせる制度の制定であろう。潜在的労働力を引き出すことが出来ればその分国の生産性は上がるであろう。
    国際競争力がある国家が軍事力を持っているということについては自明。
    国際競争力を手にする国家は政治的に安定していて、国の持っている力を無駄なく活用していて、軍事力を持っている国家である。

    >しかしながら、個人的な領域に置いては、頭のいいやつというのはいる。問題は彼らがちゃんと社会で生きていけるかである。嫉妬というはどの社会にもあって、それを買うと生きるのに苦労する。さて、そんな人に家族は養えるのか?女性は現実的だから、そんな人の子供、子孫を残そうとするだろうか?

    頭のいいやつがどういう人を規定しているのかよく分からんが、文章的にある一分野において優れた能力を発揮する人ということでいいかい?そういう人ができない人から受ける眼差しは嫉妬ではなく羨望であるという事実はおいておくとして、嫉妬自体を滑稽なもの、醜いものとして笑い飛ばす人々を頭のいい人としているのがこのwikiにおける頭のいい人。あなたの頭のいい人とは定義が違います。あと一つ付け加えるなら、嫉妬される程優れた能力を発揮している人なら同じ、もしくはそれ以上に評価もされているという事実、それによって女にモテないワケがないという事実も付け加えておきます。

    >一般に我々が知る天才的な人は、頭のいい人のなかでも数えるくらいにしかいない稀な存在で、彼らが社会的、家族的な成功を得ていたとしても、それは別の話としといた方が良さそうに思う。

    天才的な人々を一般化することなどできません。一般からはずれた存在こそが天才なのだから。

    >すると、結局問題は・・・・何を「成功」と定義するかで頭の良さ」の定義も変わってしまうのだ。

    何を成功とするかで頭の良さの定義が変わるとおっしゃっています。そのとおりだと思います。しかしここでは「上には上がいる」の発言者自身でその定義を決めています。上の例でしたら、発言者自身が頭の良さを「大学のレベル」と決定しています。なので定義の問題ではない。

    >あなた自身がいわゆる学業の部分での成功が、頭の良さの物差しと考えるなら、最高峰はハーバードという答えが出る。一方、子孫繁栄という点でいうなら学歴は関係ない。金を持ってる人はどんな手段を使っても学歴は手に入れてしまう。なぜロックフェラー一族やらロスチャイルド一族やらが長いこと繁栄し、しかも学歴が高いか?遺伝学的には、能力の差は世代ごとにバランスが取れていってしまうにもかかわらず。

    定義の話は上の通りなので無意味なものでありますが、それでも反証を述べるならば金を手にすることに成功した一族は教育に関してノウハウを持っているということを言っておきましょう。その教育法がどういったものかまでは勉強不足なので知りませんが、頭のいい教師が力をかけて行う教育を幼いころから受けた人と、普通の学校で普通の教師が大して力もかけずに行ってきた教育を受けた人。差が出るのは当たり前でしょう。

    >私が思うには、いろんな能力を満遍なくもっている(バランスのある)個人、もしくは社会が、どんな物差しを用意されても「優」となるためには必要だと思う。だから例えば歴史上、いわゆる多民族社会が優位を得てきたのではないかと思う(イギリスも実は複数民族の連合である)。それは個人にも言える。社会は流動的に、その都度成功のための物差しは変わるので、それに合わせて生きていける人間がやっぱり優秀であり、子孫も残していけるのではないか?

    どんな物差しを用意されても「優」となる人などいません。
    多民族社会が優位を得てきたとのことですが、多民族社会でなかった社会が世に存在したことがあったでしょうか。割合の差異、扱いの差はどうあれ社会という集合体はそもそも多民族です。
    社会にあわせて成功の物差しが変わるというのは、よくわかりませんが成功にはいろんな尺度があるからそれでいいんだ!ってことでしょうか。それでいいと思いますから、こちらの成功に変な愚痴を挟まないでくださいな。そんなことをするよりはそちらさまの成功に向けて頑張ったら?と言ってやるのが怒らせるにはいいのかな、なんて。
     


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Last-modified: 2010-08-24 (火) 18:41:02 (2861d)