とつげき東北

 ごく基本的なことを除いて、当該語で表される何かが、所属する企業・部署等に応じて千差万別であるにもかかわらず、大上段に「根拠」として使われる名言。単純に教育の効率化を目的として利用する場合は名言的用法ではないが、しばしば、自らのいびつな考えを押し付けるために悪用される。

 例えば、googleなど先進的な企業等では、スーツ等を着用する義務がない部署が存在する。他方で、「身だしなみは社会人として常識」という根拠をもって、少し派手なスーツ等を批判する上司等が世の中に存在することは想像に難くない。とすれば、Googleは、「社会人としての常識」が欠落した者どもの寄せ集め集団なのだろうか。むろん違う。確かにボロボロのシャツで出社することは、少なくない企業ではまかり通らないだろうが、そうでもない企業文化もある(この程度の理解は社会人として常識だろう)。本来、明確に注意したければ、社内規定を出せば充分のはずだ。
 別の例。出版業界には極めていい加減な風習が残っており、書籍や記事の執筆依頼の際に、印税率や原稿料の取り決めを行わなかったり、契約書を交わさないことも多い。ただ、それがいくら「社会人としての常識」と異なっているとしても、特段不都合がなければそれで良いであろう。

 筆者は公務員として多数の部局を異動してきたが、仕事の作法を含む文化あるいは「常識」は各々でまるで異なり、異動直後には必ず「その課における『常識』」を1つずつ確認するということに慣れた。ある部署では、どんなつまらぬことでも上司に常時報告することが「社会人としての常識」とされていたし、別の部署では、大抵のことは係員が独自の判断で進め、上司の手を煩わせないことが「社会人としての常識」となっていた。
「社会人としての常識」という、原理的には何事をも表し得る概念の集合が、自分の所属した部署においては具体的にいかなるものとして実体化されているかを異動直後から可及的速やかに確認することは、仕事をスムーズに進める上で効果的である。

 さて、筆者の身近な体験で言えば、「社会人としての常識」を細かく掲げる部署ほど、職員における高卒時点就業比率が高く、また、仕事がなまぬるい傾向が強いように思われる。これが事実であるとすれば、次のような背景からであろう。
 高校卒業直後に職員となった新人の多くは社会経験が浅いため、基本的な挨拶や敬語が使えない、上司への報告や連絡ができない、独断で物事を判断してしまう、といった場合が多く、それらを注意するために「Xすることは社会人としての常識」という教え方は好都合なのだ。「君たちは未だ知らないが、常識であるもの」を仮定すれば、反論の余地を与えず、楽に相手を説得できる。高校卒業段階で採用職員が多い部署に、重要な法律改正案件が生ずるようなことは少なく、従って業務も多忙になりにくい(タクシー帰りが連日のように続くことは少ない)。そして、多忙ではない部署においては、(上司もヒマを持て余しており)極めてどうでもよいことを「改善」してゆくことが求められがちなのである。

 掲題語によって他人を教育・指導する快感を覚えた大衆が、次第にその「常識」とやらを悪用し、他人を攻撃する口実にし始める場合がある。
 筆者は公務員になってからこれまで、いかなる部署においても年中ノーネクタイであった(ネクタイをしめる時間が無駄であること、機能性が低いこと、暑いことによる)。外部の方との会議等でも同様であった。
 ただ、かつて所属していた部署で、掲題の言葉と併せて「注意」されたことがたった一度だけある。さりとて、当然のことだが国家公務員法等にはネクタイ着用の義務規定は存在せぬし、むろん同法第105条の規定からして、職務命令になりえぬそのような個人的嗜好に筆者があわせる必要もない。何より、頭の悪い「注意」をされれば、あえてよりいっそう逆のことをしたくなるに決まっている。
「ネクタイしないのは、社会人としての常識がないし、そもそも信用失墜行為にあたるのではないか」
といった旨の指摘に対して、筆者は(筆者の方が、年次上は先輩である当該人物よりも先に出世することを確認したうえで)わざとヘラヘラと笑いながらこう返した。「そうすると、私が所属してきたこれまでの部署の課長等を含む全ての上司が、部下の信用失墜行為を注意せず黙認していたことになりますが……」。官房秘書課長クラスの責任問題に繋がりかねない大問題を前にして、相手は黙した。正確には、「みんな言ってるよ……」と捨てゼリフを残していったが、最大限好意的に解釈しても、それは「みんな」の頭が悪いことだけを意味する。

「社会人としての常識」という言葉がやたら飛び交う、その当時の部署の職務風景についてもう少し語ろう。先に挙げた例のように、国家公務員法等の各種規定について、職員が不勉強な程度は(国家公務員の常識としてどうかとは思うが)許そう。他のあらゆる部署ではとうの昔に電子化等により効率化されている、非効率な風習が数多残されていたことにも目を瞑ろう。だが、「電話はワンコールで取る」という、かなり一般的・基本的なルールが、当該部署においてまったく浸透しておらず、なんと他人の電話のコールを完全に放置していたのには唖然とした。ふと、心の中で「社会人としての常識が欠落した部署だ……」と唸ったものだ。

 ところで、筆者が好んで視聴しているニコニコ動画におけるゲーム実況(※)において、RPGで出てきたモンスターが「とつぜんおそいかかってきた」際、実況主が「初めて会った相手に挨拶もないって……社会人として常識でしょ……?」の旨突っ込んでいたのが印象的であった。
 名言とは、かくのごとく相対化して用いられるべき何物かであり、それは極めて健康的である。

(※)http://www.nicovideo.jp/mylist/9226118
 「駄菓子屋」氏のゲーム実況。うち、「ウィザードリィ#3」の中盤において、当該発言が見られる。


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Last-modified: 2010-08-24 (火) 18:40:59 (3006d)