とつげき東北

 言われるのを止めたいが止める権力がない、という事実から心理的に逃げるための定型的な名言的表現。「言わせておく」と表現することで、あたかも「言われる状態」が、自らのコントロール下にあるかのように、認識上の錯覚を持つことができる。

 あなたが悪漢に囲まれて殴られているとして、周囲に助けも求められず、対処方法がないとしよう。それを「殴らせておく」と表現するだろうか。また、殴らせておけば良いのだろうか。違う。やはりそれは、殴られていてどうしようもないのである。
 同様に、「言わせておけばいい」のではなく、「言われている」のである。

※言葉にすることで認識上のゆがみを生じさせるのは、多くの名言にとって非常に重要な効能である。事実を適切に変化させることができない者が救われるためには、認識を変更するしかないからである。名言の、認識上の錯覚をもたらす効能は、「他人を上手にコントロールする」という明示的目的をもって悪用されるというよりも、むしろ盲目的に用いられる。つまり名言の利用者は、名言の機能・構造には完全に無自覚であり、その使用が彼らにもたらす利便性に単純におぼれており、知らず知らずのうちに中毒になっているのだ。

やめた

  • Bobis 2007-02-23 (金) 19:36:44
    客観的な事実のみをみるのであれば、「言われている」が正しいかもしれませんが、「言わせておけばいい」と言えるのは、言われているという現実を冷静に見ることができているからであり、殴られている間でも、「証拠をつかんで後程訴えよう」(制度的にこれができなかったとしても、仕返しなどの方法で)という冷静さがあれば「殴らせておく」と表現することも当然可能だと思います。ただ、そこまで冷静でいられないだけであって、人間の行動の愚かさ(主観が入って申し訳ないです)を冷静に見られない者にとっては「言わせておく」などとはなかなか表現できず、この時も「言われている」と表現すると思います。
    「言わせておけばいい」のではなく、「言われている」は正しいと思いますが、「殴らせておく」ということも十分可能だと思います。加えて、仕返し等を特に考えていなかったとしても、この場面であっても考え方一つで認識上の錯覚をもたらすことも可能だと思います。
     
  • 散切り頭 2007-02-23 (金) 21:13:13
    >>Bobis
    「殴られた」という決定的な証拠があれば法的な処置や他の方法でも復讐は可能でしょう。
    しかし単に悪口を言われただけでは法的処置は難しいですし、
    その場で他に言い返せないからこそ苦し紛れに「言わせておけばいい」と発言したのであって、
    例えその後相手の間違いや弱みを見つけて反撃したとしても
    その時点で反撃の術を持たなかった事は事実で「言わせておくしかなかった」事も事実でしょう。
     
  • fuegos 2007-02-25 (日) 12:55:21
    本文冒頭「言われるのをやめさせたいが」は、
    「発言をやめさせたいが」の方が分かり易くありませんか。

 

  • '''' 2007-02-25 (日) 14:10:53
    >fuegos 瑣末な上に、文章の構成として貴方の提案より現状が好ましい。
     
  • 散切り頭 2007-02-25 (日) 16:06:45
    >>「殴られた」という決定的な証拠があれば法的な処置や他の方法でも復讐は可能でしょう。
    は取り消してもよろしいでしょうか。
    後に反撃が可能であってもその時はやはり「殴る事を止められなかった→殴られていた」の構図が成り立ちますね。
     
  • とつげき東北 2007-02-25 (日) 18:57:41
    やめさせたいが→止めたいが (とめたいが)
    やめさせる→止める (とめる)
    に文言修正しました。

    >「言わせておけばいい」と言えるのは、言われているという現実を冷静に
    >見ることができているからであり

    これはこの限りではない。
    冷静に見たくないからこそ、「言わせておけばいい」という名言を打ち放っておく、という用例が多く見られる(先日一人で焼肉を食っているときにもまさにこの名言を目撃した)。
    そのような名言的用法がある限り、本ウィキの項目対象となる。
    (反論テンプレート)他の用法の列挙
    ※Bobis氏の提言は考察の対象となり得るし、こういった書き込みを禁止するつもりではない。

    車の前に飛び出してはねられて金を請求する、という手口が、最近はあまり報道されないが一時期流行ったかと思う。
    最初から金品を要求することを目的として殴らせたり言わせるというのならば合目的的だが、実質、最初「殴られる」「言われる」ところから始まる場合は多いと想像できる。
     

  • Bobis 2007-02-25 (日) 20:11:48
    そうだったのですか。。冷静に見たくないからこそ「言わせておけばいい」という用例が多いのですか。。参考になりました。私がこの表現を使いたくなるときというのは、何を言っても無駄だ。分からない者には分からない。と思うときですので、ついつい「殴らせておけばいい」という場合も特に区別する必要があるのかなと思った次第です。
    加えて、殴られたからといって傷等が直ちに証拠とはならないと思います。確かに言葉による場合と比べると、目に見えるという意味では証拠としてはより強いと思いますが、「名言のもたらす利便性に単純におぼれている」という心理状態について語るのであれば、私は両者の質的な違いは特に問題ではないと考えている次第です。例えば、どちらの場面だとこれにおぼれやすいかどうか、についてなら質的な違いは大きく影響すると思うわけです。
     
  • M 2007-02-26 (月) 23:39:24
    決定的証拠を掴む為の『言わせておけばいい(殴らせておけば良い)』はあるだろうし、何ら名言的面は無いだろう。
    良く刑事ドラマ等で言う所の『(犯人を)泳がせておけ』くらいの用方で用いる事に異存はない。

    明らかに自らの制御下に置かれていない状況で放たれたならば、単なるルサンチマンであり、従って両者の区別(名言的か否か)はやられている人間の目的(前提、或いは質的差異と読み替えても良い)に依存しているだろう。
     

  • 2007-07-29 (日) 15:25:36
    あー俺が荒らししてると周りの馬鹿がよく言うよなコレwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
     

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Last-modified: 2010-08-24 (火) 18:40:45 (2954d)