とつげき東北

 そもそもの「定義が違う」ためとか、「価値観の違い」のせいだとか色々な屁理屈とともに、相手との理性的対話の不可能性を強調し(特に相手側の思弁能力の低劣さを印象づけつつ)、ある種の議論を「なかったこと」にするための大衆論法。

 定義にズレが生じ始めれば議論の最中に確かめ合うべきだし、もとより、価値観の違いを論ずるのが議論である。しかし一般的なレベルでの「議論」においては、とにかく言いたいことを言い、危なくなったら掲題の語を放つことで無効とする「高度な戦略」がよく使われる。ようするに、自分にとってわけがわからなくなったなら、こう言っておけば按配が良いのである。
 もしも当該議論が何らかの新しい知見を発見するためになされていたのであれば、「議論にならないこと」を続けていたという無能さが明るみに出るし、逆に単純にエンターテイメント等を目的として行われていたとすれば失敗である。

 筆者は超愚かな人間とも議論できるし、仮にそれ自体が「議論」として成り立たずとも、それをエンターテイメントとして提供するくらいの技術を、つまり掲題名言を放たないでも済む程度の技術を持っている。そのような能力を身につけ損なうような人材においてのみ、この「いかにもダサい」名言が吐かれるのである。

  • 2008-02-10 (日) 15:23:48
    概念が違うとか言い出された時には失笑したな
    馬鹿同士の議論だと堂々巡りで完結するわ
    スタミナ切れた方が負け見たいな。
     
  • ここまで読んだよ 2009-10-17 (土) 17:25:50
    そそ、ロジックが美だとかそういう感情論は、そもそも議論になっていない
     

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Last-modified: 2010-08-24 (火) 18:40:40 (2802d)