とつげき東北

 いかなる現象または主張Aに対しても、「Aである」ことが「100%」だとか「絶対確実」だとか言い切れることはない、という共通了解があるため、逆の「notAである可能性もゼロではない」ということも常に成り立つこととされる。

 理想を対置することによって現実的な何かを不当に低く評価したり、あるいは明らかな失敗を誤魔化す手法は一般的な大衆論法であって、具体的には、「絶対に正しいもの」という理想を置くことで科学の非-万能さを指摘したり、「決して失敗しない人間」を想定し、なおかつ当該概念を否定することで、あからさまな失策を隠したりする用法が挙げられる。
 各々において、話者の自己都合に応じて対象の価値を、(相対的に、ないしは印象的に)自由に下げたり上げたりできることに注意されたい。

 それにしても、この種の名言を放つ者たちは、ネズミやヒラメやカマキリが東京大学の入学試験を突破できる可能性もゼロではない、などと信じているのだろうか。そのような信念を持つことは滑稽であるのと同様、ほとんど実現される可能性がゼロに近いことが合理的に推察されるものに対して「ゼロではない!」と息巻く姿は、人間の尊厳を著しく損なうものである。

100%

  • kopei -- 2006-07-25 (火) 15:16:59
  • k -- 2006-07-25 (火) 15:17:18
  • ここまで読んだよ 2009-10-20 (火) 21:57:17
    >>ネズミやヒラメやカマキリが東京大学の入学試験を突破できる可能性(略)信じて
    命題の矛盾化が本当に好きだな、大衆でもそんなことをしないぞ
    あ、大衆じゃないからこういうことをするのか

    どこから鼠や鮃や蟷螂に入試資格が与えられるんだよ
    そんなことは大衆でも知っている
    いくらなんでも大衆を馬鹿にしすぎ
    名言の捏造のためか?
     

  • じぇっと 2009-10-27 (火) 23:05:06
    >ここまで読んだよ

    鯨構文って知ってる?
     

  • とつげき東北 2009-10-27 (火) 23:21:27
    >ここまで

    ネズミやカマキリと同程度(統計学的に誤差レベル)にしか東大受かる確率の低い受験生など世の中に死ぬほどいる。何の矛盾もない。あと、それを認めないなら、おれという一応君のある程度の能力を認める相手が語ってるんだから、「比喩」の可能性くらい考えてくれ。
     

  • ここまで読んだよ 2009-10-28 (水) 01:47:43
    ・・・・凸らしからぬ発言だな
    比喩に恣意が多分に含まれると、説明が総じて陳腐になるといいたいだけだよ
     
  • □□ 2009-10-28 (水) 02:58:19
    カマキリを漢字で書けるなんてすごい!
     
  • とつげき東北 2009-10-28 (水) 07:27:01
    私から見て、「ネズミやカマキリと同程度の数学力や思考力しか持たない人」は実在する。「ネズミやカマキリ」という語にはそういう悪意が入っている。

    「このキャベツ頭が」とか言うのと同じ。頭がキャベツである人間などいないが、「この愚図が」と単に言うより少し面白いと思う。どちらの言い方が陳腐かと感じるかは……さすがに読者任せだ。
     

  • チェリ 2009-10-28 (水) 20:38:08
    >ここまで読んだよ
    「比喩」にはある程度恣意的要素がはいらないか?
    いずれにせよ説明としてはしょぼくなったとしても、その代わりにエンターテイナメント性が向上するのならそっちの方が良い、と感じる人も居る。
     
  • ここまで読んだよ 2009-10-28 (水) 21:40:30
    ん〜、そんなもんなんかねぇ
    俺達の駄レスはともかく、掲題の説明はある程度の説得力が無いと、ただの「日記」に見えるんだよなぁ(←このあたりが凸の言う読者任せの部分ということ)

    まぁ、筆者が現状でいいと感じているのであれば、他の掲題のいくつかの俺の書き込みが糠に釘打ち状態で無駄になるはずなので、突っ込まずそのまま放置してくれれば良いです
     

  • 2009-11-05 (木) 23:22:40
    俺兆馬鹿だと思ってたけど上には上が居た。
    レベルの違いを思い知らされたね。
    日本人なのに日常会話にも支障を来たすレベル。
     
  • ごはん炊か騎士 2013-07-05 (金) 02:52:53
    >>ここまで読んだよ 2009−10−20 (火) 21:57:17
    >どこから鼠や鮃や蟷螂に入試資格が与えられるんだよ
    からのやり取りについて。


    >ネズミやヒラメやカマキリが東京大学の入学試験を突破できる可能性もゼロではない、などと信じているのだろうか。
     この文の段落は、2文目に展開されている通り、
    『カマキリなどが東大の入試を突破できるわけはないとは、流石に"この種の名言を放つ者たち"も解るであろう。とすれば、ほとんど実現される可能性がゼロに近いことが合理的に推察されるものに対して、(極論としてはゼロでないけれど)ゼロであると素直に扱うのが自然な場合があることは彼らにも納得される感覚のはずである。それなのに特定の文脈において"ゼロではない"と放つのは、幾分かの打算によって「自然な感覚」を意図的に無視した、悪意的な行為であろう』
    といった意味の文章だろう。

     したがって凸さんやじぇっとさんの「比喩である」という返答は正しい。けれど、適切ではないだろう。論理として不自然、実情に対して不正直な気がすると言ってもいい。ここはさらに読み取れば、カマキリなどは能力の低い人たちを例えた別呼称であるから、ここで言う「カマキリ」は能力の低い人たちと同様に受験資格はあるのであり、本物のカマキリではない(実態は能力の低い人たちを指している)と言っているように見える。
     比喩は今のような直喩的・比較的に言う場合は、ある対象を同じ事情を有する他のものに替えて考えて、そこに起こっていることの論理構造をより印象的に受け取りやすくするものだろう。したがって今の比喩における「カマキリ」が、全くもってまさしくつまり「能力の低い人たち」のことである(だから実態は人間であり受験資格なども持つ)とするのは、嘘のように思う。この文章はそのつもりで書かれていたのではないと思う。

     ここまでさんへの答えとしては、
    『今の"カマキリが東大を受験する"という発話において、考えているのは学力の部分であって、つまり"カマキリが東大入試の問題を問われたとき、正解できるだろうか"ということを考えているのであって、その他の東大受験に関わる諸々の手続きなどは問題としていない。だから今はカマキリに東大の問題に答えられる頭があるかどうかだけを考えればよいのである』
    のように答えるのが適切・本当であろう。誤解されていて、答えるべき箇所は、ここである。

    恐らく。
     

  • ここまで読んだよ 2013-07-06 (土) 17:06:38
    >>ごはん炊か騎士
    >この文の段落は、2文目に展開されている通り、(略)
    じぇっとと同じ間違いをしている
    2009−10−20 (火) 21:57:17 時点での俺の指摘の観点は「鼠・比目魚・蝙蝠に入試資格が与えられること自体が無い」ということ
    人じゃないからね
    後に凸が
    >私から見て、「ネズミやカマキリと同程度の数学力や思考力しか持たない人」は実在する。
    とフォローしているが、そんなことは最初からわかっていた
    まぁ、洟垂れ小僧程度を蝙蝠とする比喩の突飛性は今でも違和感があるのだが、読ませるという観点では蝙蝠でもミジンコでもラディオデュランスでも「じぇっと」でも「ごはん炊か騎士」でもなるほど同じなのかと最近は思うようになったな
     
  • ごはん炊か騎士 2013-07-07 (日) 00:56:18
    >>ここまでさん
     私もあなたの指摘は「鼠・比目魚・蝙蝠に入試資格が与えられること自体が無い」であったと思って、私は「入試資格など今は全く度外視して例えているから、私の予想の通りに書いていたとしたら、凸さんの記述は何ら問題ない」と答えたのですが。
     また、『洟垂れ小僧程度を蝙蝠とする比喩の突飛性』に私も違和感を感じて、「凸さんの答えは当時の考えを忘れたか真剣に思い出さなかったか、嘘・不正直であって、本当は隠喩的ではなく直喩的に比喩をしていたように読める」ということも述べています。

     能力の低い人たちをカマキリなどに例えていたのは、直喩的・比較的な比喩であった。つまり、最初にカマキリを持ち出した文では、それはまさしくカマキリのことであった。だから凸さんの返事は不正直なものであったと思う。
     「カマキリに東大の入試を突破できるわけはない」という言葉は、全く文字通りの意味ではなく、「カマキリは東大入試の問題を問われたとき、その正解を考え付けるだろうか」という意味の発言であった。その意味を、「カマキリに東大の入試を突破できるわけはない」という言葉で伝えたのである。(曖昧・非厳密な(日常的な)表現で語られる文章や問いは、その言わんとする真意を汲み取り、その意味として受け取るべきである。用いられた言葉自体はいかほども大切でない。またしたがって、必ずしも厳密に叙述し文章の見栄えや簡潔さやニュアンスを損なう必要はなく、日常的な、あるいは風情のある自由な叙述を可能とすることは知性の重大な発揮どころ・支えどころの一つである)だからここまでさんの「入試資格がうんぬん」という指摘は、的外れである。
     ――厳密に言えば、「カマキリに言語は通じ、解答を書く術はあったと仮定・夢想する」ということが行われていて、すなわち「カマキリの思考・精神が乗り移った人間がいたとする、あるいはカマキリの思考・精神を持った人間がいたとする」というようなことが行われていた。ただしこれは隠喩的に人をカマキリと呼んだということではなく、比喩・例え話をする上で状況の一部を理想化したり捨象して話をしたということである――

     私の先の文章をまとめれば、こういうことを言ったのです。
     

  • ここまで読んだよ 2013-07-07 (日) 12:35:14
    俺の悪趣味の副産物・・・・だな

    当時の・・・・という言葉を付して悪いのだが・・・・俺の発言趣旨は凸の文章の陳腐さの指摘にある
    2009−10−28 (水) 21:40:30に書いたとおり凸の読者任せという結論に落ち着けたはずのものが、改めて指摘し直されたからには新たな着眼点でもあったかと思って反応してみたのだが・・・・
    だから、ジェットと同じ間違いをしてるよと親切に教えているのだがな

    で、今までのごはん炊か騎士の反応の中に2009−10−28 (水) 01:47:43以降のやり取りが拾われていない
    >ただの「日記」に見えるんだよなぁ
    >「ネズミやカマキリ」という語にはそういう悪意が入っている。
    >いずれにせよ説明としてはしょぼくなったとしても、その代わりにエンターテイナメント性が向上するのならそっちの方が良い、と感じる人も居る。
    >掲題の説明はある程度の説得力が無いと、ただの「日記」に見えるんだよなぁ(←このあたりが凸の言う読者任せの部分ということ) 
    このあたりのやり取りで、(ベクトルこそ違え)それぞれの思惑は吐露されている
    俺がやっている「ミス(ここではそう称しておく)」は、
    本当に頭の良い人はわかりやすく書く
    の、2013−07−06 (土) 17:12:56のアリナミン宛の答えとほぼ同じものだから参考にするとよい
    で、現に今も意図的にこの「ミス」はごはん炊か騎士に対して続けている
    これが何を意味するか、考えるのもまた面白い
    ・・・・まぁ、受け手の激昂が最優先になると、凸も使うらしい「釣り」になるようだが
     

  • ここまで読んだよ 2013-07-07 (日) 12:38:05
    修文:上から6行目
    ジェット→じぇっと
    人名ミスは深くお詫びします
     
  • syslogd 2013-07-07 (日) 18:15:21
    俺も、ご飯炊か騎士氏と同様、凸氏も最初は「本物のカマキリ」のつもりで書いたのに、
    ここまで氏のツッコミに対応して「カマキリは比喩だ」とごまかした気がするな。
    4段落目は、無限の猿定理のパロディかと思ってた。

    これが「猿」なら、「猿並みの知性の持ち主」と読み替えるのは自然に感じるが、
    「カマキリ」と書いて「カマキリ並みの知性の持ち主」と読み替えるのは、少しひっかかるものを感じたな。ここは凸氏がごまかした…騎士氏の言葉を借りれば「不正直」に感じる。ごまかしたというか、そこまで厳密に考えてなかった(いや別に
    考えなくていいんだが)。

    まあ、3段落目までで掲題文の解説としての説得力は満たしており、4段落目は単なるおまけとしての皮肉なので、ここの厳密性をツツくのは、いかにも暇人の悪趣味だけどね。凸氏からすれば「お前らうるさいわ!(笑)」だろうが。

 

  • ごはん炊か騎士 2013-07-08 (月) 23:36:51
    >>ここまでさん

    >当時の・・・・という言葉を付して悪いのだが・・・・俺の発言趣旨は凸の文章の陳腐さの指摘にある
     ここまでさんは、あの指摘は凸さんの文章の稚拙さの指摘であった、また凸さんは能力の低い人たちのつもりでカマキリなどと言っていたということは理解していた、と言います。
     つまりここまでさんの指摘は、「能力の低い人たちのことを(隠喩的に)例えて言いたいのは解るが、カマキリなどは入試資格を持てないじゃないか。だから比喩のセレクトが間違っている、あるいはそのような構造の(比喩を用いた)語り方は今の場合に適していない、つまり文章が稚拙である」という、(ある解釈とその下の)意味だったということですね。
     私は「東大入試を突破できるかという例えは、東大の入試問題に対峙したときに答えられるかということを言っていて、入試資格(実際に東大入試を受験すること)の話などしていない」と言っているのです。カマキリは入試資格など持ち得ませんが、それは今関係ないので、この例えにおいてカマキリを用いた凸さんの記述は何も問題ありません。つまり稚拙ではありません。

     ここまでさんの上の引用部分は以下のように見えます。あなたの指摘の目的は、「入試資格を持つべき動物に例えるべきところで、そうでない動物を扱っているからだめだ」のような単なる非論理性の指摘ではなく、凸さんの文章の稚拙さの指摘であった。そのためにあの指摘をしたのであるから、問題ない、と答えようとしているのだと。
     しかし、上に示した通り、同じことではないですか?

    >2009−10−28 (水) 21:40:30に書いたとおり凸の読者任せという結論に落ち着けたはずのものが、改めて指摘し直されたからには新たな着眼点でもあったかと思って反応してみたのだが・・・・
     私がレスしたのは
    「ここまでさんの入試資格うんぬんの指摘であるが、凸さんの例え話では入試資格などに関しては捨象されているから、的外れである」
    「凸さんはここまでさんの指摘に返信しているが、カマキリは隠喩であって能力の低い人たちのことであったというのは嘘であろう」
    という二点、及び加えれば、
    「ここまでさんの指摘に対する、正しい返答どころは"話は文字通りの意味とは限らず、理想化や捨象がありうる"という辺りであり、正しい返信は私が書いたようであろう(だから凸さんは返信どころから間違っていたし、皆さんは上の""の話を解っていただろうか?)」
    ということを述べようとしてのことです。

     「新たな着眼点」の意味はよく解りませんが、私のレスと解説で、ここまでさんの指摘に関するやり取りが、「隠喩であって実際は人だから入試資格は持ち、問題ない」という答えと「そういう比喩(隠喩)語りは陳腐だよ」「単純に述べるのと隠喩をして述べるののどちらが陳腐かは読者任せの話だよ」という締め括りになることのおかしさは、示されているのではないでしょうか。(>凸の読者任せという結論に落ち着けたはずのもの)

    >だから、ジェットと同じ間違いをしてるよと親切に教えているのだがな
     ここでいうじぇっとさんのしている間違いというのは、
    >俺の指摘の観点は「鼠・比目魚・蝙蝠に入試資格が与えられること自体が無い」ということ
    >人じゃないからね
    ということでした。それに対して、私はそれへの返信2013−07−07 (日) 00:56:18で「あなたの指摘の観点がそれであったとはばっちり捉えていましたし、その上でそれは入試資格など関係ないから的外れな指摘・観点です」と示したはずですが。

    >で、今までのごはん炊か騎士の反応の中に2009−10−28 (水) 01:47:43以降のやり取りが拾われていない
    >〜このあたりのやり取りで、(ベクトルこそ違え)それぞれの思惑は吐露されている
     一応私はそこら辺も読んで考慮してレスをしてきたつもりですが、ただしこの中の「恣意」という言葉とその周りは、ずっと意味が解らず読み流していました。そこを考え直して、この辺りのやり取りを読み直してみます。

    >比喩に恣意が多分に含まれると、説明が総じて陳腐になるといいたいだけだよ
     もしかしてこの「恣意」というのは、「例えるものの選択における自由さ・勝手さ」という意味でしょうか?するとそこ以下の凸さん、チェリさん、ここまでさんの3レスも全体が読めますね。
    >掲題の説明はある程度の説得力が無いと、ただの「日記」に見えるんだよなぁ(←このあたりが凸の言う読者任せの部分ということ)
     ここは、「比喩の例えるものがあまりに突拍子もない(勝手である)と、人に見せる文章ではなく日記であろう。ただしこの、ある比喩が上手と思うか下手と思うか、及び下手なときに許せるかどうかというのは、凸の言う読者任せの部分だが」という意味でしょう。

     これで全体読めたと思いますが、ここで吐露されている思惑とは何でしょう。
     ここまでさんは「凸さんの比喩選択は下手だと思う。下手な比喩は文章を陳腐にすると思う。コメント欄ではなくページ本文などの文章は陳腐であってはいけないと思う」というのが、凸さんは「あの比喩選択は自分にとって十分自然である。比喩のするしないのどちらを好むか、及びどんな比喩が上手いと感じるかは人それぞれだ」というのが、今のやり取りにおいて見るべき主な思いでしょうか。これがここまでさんの言う「それぞれの思惑」でしょうか。
     ここに改めて拾うべきところはあまりないように思います。全体として、私の指摘・その解説と、それをするための解釈は、ここまでで足りていることでしょう。

    >俺がやっている「ミス(ここではそう称しておく)」は、
    >>本当に頭の良い人はわかりやすく書く
    >の、2013−07−06 (土) 17:12:56のアリナミン宛の答えとほぼ同じものだから参考にするとよい
     そのレスを読みましたが、今のここでの議論に資する部分があるようには見えませんでした。ゆえにあなたが意図的にすることにしているらしい「ミス」が何なのかもよく解りません。けれど上記してきた流れを見ると、恐らくそことは無関係に、ここまでさんは確かに間違っていて、それを理解していないのだと思います。
     

  • ごはん炊か騎士 2013-07-08 (月) 23:37:32
    >>syslogdさん
     私たちがあの例えを下手と思うのは、人とカマキリには共通項がほとんどなく、あまり見かけない例え方だからでしょう。人を猿と例えるのは、猿が人に似ているし、またそれゆえにこの例え方を時々見掛けるから「自然」です。人の頭をキャベツ頭と例えるのも、キャベツが人の頭の大きさと似ているし、例えば緊張しないように人をカボチャやキャベツと慣用句があるから「自然」です。
     このような私の感覚から言うと、人をカマキリと隠喩的に例えるのは違和感を感じます。そしてそれは、恐らく私一人の勝手な感覚ではないのです。

     4段落目はおまけではなく必要な文ですし、当ページ本文はそれ自体としては十分厳密で問題のない文章であると思います。(当ページ本文は、「掲題名言自体は理論的に正しいこと」→「掲題名言は(正しいゆえに)このように使用されること」→「名言的文脈で使用される掲題名言は理論的に間違っていること」という順番で叙述しています)
     凸さんが問題なのは、コメント欄でここまでさんの指摘に対し、ずれた回答を不正直な内容で行ったことです。そして、凸さんはこのコメント欄で二回レスしていますが、一回目のレスで「隠喩であって人の意味である」と言った後、ここまでさんに「恣意性が過ぎる(無理のある)比喩である、そんな比喩はすべきでない」と突かれますが、それに対して二回目のレスで「悪意を込めた比喩だから無理ではない!」と、屁理屈をこねて意地を張るように主張を貫いています。凸さんの隠喩であったという主張が作り物であったという私たちの見地から見れば、これはとても大衆的な醜態です。これは、凸さんにとって「痛くも痒くもない」失態ではありません。

     ここを書くにあたって、ここまでさんと凸さんの二往復のやり取りをまとめました。それを載せて、さらに凸さんへの突っ込みを続けます。
    『ここまでさん:入試資格を持たない比喩だ。何だその比喩は。許せない。
     凸さん:隠喩である。ネズミやカマキリぐらい東大に受かる確率の低い人たちのことである。だから問題ない。
     ここまでさん:凸らしくない、察しの悪い返答だな。隠喩のつもりなのは解っていた。しかしネズミやカマキリに例えるのは突飛であって無理があるだろう。そんな例え方はすべきでない、文が陳腐だと言ったのだ。
     凸さん:私から見てネズミやカマキリ程度の思考力や数学力の者は存在する。ただの比喩ではなく、それぐらい低能だという「嘲り」を込めたのである。ただの比喩では多少突飛かもしれないが、特別に悪意を含ませた表現であるから問題ない。「この愚図が」と単に言うより「このキャベツ頭が」と言うのと同じである。どちらを陳腐と思うかは人それぞれだ。』
     二回目の凸さんのレスは、「特別に悪意を含ませた比喩であった」と言っていますが、その後に「愚図と単に言う代わり、キャベツ頭と言うのと同じ比喩である」と言っています。(「単に」)愚図と言う場合は比喩は皆無ですし、キャベツ頭と言う比喩自体もあまり突飛ではありません。これと同じと言っているということは、やはり本当はカマキリの例えは特別に悪意を含ませたりなどしていない、自然な比喩だったのではないでしょうか。
     凸さんの今回のミスは、小さくも確かな論理的ミス、あるいは非知的失態です。

     ただし、凸さんという一人間の振る舞いとして、このような些細な点に関するコメント欄におけるやり取りなど、適当に臨んだって構わないはずのところですので、これで凸さんが「非知的だ!」と言うのは、正しい行動ではありません。そのことを取り違うことのないように。
     しかし、またただし、気を抜いた凸さんも時に誤りをし、今回は皆の目に付くところでそのような非知的誤りをしたかもしれないというのは、一つの事実として認めるべきことです。
     流れで偉そうに言ってきたものの、全て私の凸さんの執筆の解釈があっていれば、ですが。
     

  • ごはん炊か騎士 2013-07-08 (月) 23:55:18
     ここまでさんへのレスの第一個目の返答部分、
    >あの指摘は凸さんの文章の稚拙さの指摘であった
    などにおける「稚拙」は「陳腐」に訂正します。

     syslogdさんへのレスの一段落目の最後は「人をカボチャやキャベツと思えという慣用句があるから」に訂正します。

     全てを述べようとするととても長くなってしまいますね。よければお読みください。
     

  • ここまで読んだよ 2013-07-09 (火) 00:32:23
    >>syslogd
    いや、まぁ、読者任せの云々をすでに考えに含めているのでいまさら蒸し返されてもね
    ごはん炊か騎士が俺の悪趣味のことを一切知らない前提で話題構築を続けているから、syslogdには奇妙に見えることもあろうかと
    ただ、
    >ここまで氏のツッコミに対応して「カマキリは比喩だ」とごまかした気がするな。
    これは、俺の最初の記述当初から違うと考えている(蟷螂は最初から比喩材料で使われている)
    俺の最初から(凸が言う)悪意の定義したものとみなしてやっている(そうでなきゃ凸を攻撃するためにであっても「大衆を馬鹿にしすぎ」なんていう悪意の悪意返しは使わない)

    >>ごはん炊か騎士
    暗喩という言葉が出たので・・・・

    後にどこかの掲題でその真意は吐露したが、暗喩にめっぽう弱い読み手の多いこと多いこと
    暗喩を読みきれない馬鹿共は、このサイトで俺と対峙したのを探せばかなり出てくる・・・・タバコあたりが面白かったか、今となっては覚えてないが
    そして、このサイトでは必ずしもレス記述(×掲題記述)が真意とは限らない(俺は真意を混ぜることは少ないほう)
    さて、俺は蟷螂を比喩の材料と知りつつ突飛であるとけちをつけたわけだが、その真意は本当に凸の文章力の指摘だけだったのだろうか

    (暗喩にめっぽう弱いと)踊って見せて、他人の反応を見るのは俺の悪趣味の常套手段ではある
    それをほのめかすためにわざわざ前回の書き込みにも「凸も使うらしい「釣り」」という名言への自動アンカーも残しておいた

    それと・・・・
    凸のキャベツ頭の行は、俺がカマキリのたとえに気づいていないと仮定して鼠やカマキリを親切に解説したもの
    上記では「俺が」と書いたが、実際は俺ではなく読み手の「誰某が」に向けたものだろうけどな
    ごはん炊か騎士やsyslogdはこのあたりの暗喩(暗喩と呼べるほどのものでもないが)にもかなり弱いんではないか?
     

  • ここまで読んだよ 2013-07-09 (火) 00:39:17
    ごめん、またもや修文

    悪意の悪意返し→悪意の恣意(悪意)返し

    修文の目的は過去の自己の記述に合わせることによる過去の記述の意味との同一性の確保であり、今回の記述の意味そのものに変化はないです
     

  • ごはん炊か騎士 2013-07-09 (火) 02:53:43
    >>ここまでさん
     私としては、あなたと公園で遊んでいるとき、あなたに一人で色々な設定をこしらえられて、何か良いこととされたらしい木の上にのぼられて、満足されてしまいたくありません。私はその設定についていけませんし、一人地上に残されてしまって、ただあなたを見上げていることしかできないのです。
     いや、素直な本音を伝えねば解ってもらえないかもしれません。現実の言葉で、本音を伝えます。私やsyslogdさんが暗喩に弱いかは解りませんが、あなたは論理に弱いのではないですか?まずは、論理を正しくすることに努めてほしいです。それでないと、議論ややり取りが成立しません。

     あなたがいかな意図を裏に込めていようとも、表出された言葉たちについて、論理的でないかそうでないかは判定できることです。だから私のこれまでのレスは全て意味のあるもののはずであり、あなたが実際のやり取り上幾つかの誤謬をしてきたことは確かなはずです。
     あなたがどのような意図を持って普段振る舞っているかや、私やsyslogdさんが暗喩に弱いかはどうでもいいです。私は「ここまでさんの"カマキリは入試資格を持たないからいけない"という指摘は的外れだった」と主張しています。それについて返信してください。
     

  • ごはん炊か騎士 2013-07-09 (火) 02:59:46
    >>ここまでさん
     私としては、あなたと公園で遊んでいるとき、あなたに一人で色々な設定をこしらえられて、何か良いこととされたらしい木の上にのぼられて、満足されてしまいたくありません。私はその設定についていけませんし、一人地上に残されてしまって、ただあなたを見上げていることしかできないのです。
     いや、素直な本音を伝えねば解ってもらえないかもしれません。現実の言葉で、本音を伝えます。私やsyslogdさんが暗喩に弱いかは解りませんが、あなたは論理に弱いのではないですか?まずは、論理を正しくすることに努めてほしいです。それでないと、議論ややり取りが成立しません。

     あなたがいかな意図を裏に込めていようとも、表出された言葉たちについて、論理的でないかそうでないかは判定できることです。だから私のこれまでのレスは全て意味のあるもののはずであり、あなたが実際のやり取り上幾つかの誤謬をしてきたことは確かなはずです。
     あなたがどのような意図を持って普段振る舞っているかや、私やsyslogdさんが暗喩に弱いかはどうでもいいです。私は「ここまでさんの"カマキリは入試資格を持たないからいけない"という指摘は的外れだった」と主張しています。それについて返信してください。
     

  • ごはん炊か騎士 2013-07-09 (火) 03:01:11
    すいません、投稿した後ページを更新したら、再度投稿されてしまいました。
    二つのレスに内容の違いはありません。
     
  • ここまで読んだよ 2013-07-09 (火) 23:34:14
    >誤謬をしてきたことは確かなはずです。
    もともと誤謬を植え込んだのがご自身だということには気づいてらっしゃらないのか?
    カマキリの比喩が突飛かどうかについてを含めて、凸の悪意示唆と読者任せの吐露、その後の俺の日記云々(読者任せへの同意)で決着させた上で、修文判断を凸に任せている
    この時点で俺も凸もカマキリという誤が比喩で使われているという点において一致した認識を持っているし、話題は決着している
    俺と凸のやり取りは、カマキリに始まる「(凸の言う)読者任せ」の論であり、カマキリが比喩として適切かどうかについては取っ掛かりでしかない
    で、少なくとも俺と凸の間では(本位か不本意か放置かはともかく)「読者任せ」という本題に対して双方が結論を記載した
    そこへ「ここまでさんの"カマキリは入試資格を持たないからいけない"という指摘は的外れだった」といわれても、本筋である凸との会話は滞りなく進んでいるのに何を以って的外れとしたのか

    ・・・・興味があったw

    何も考えずストレートに書くのであれば、「ごはん炊か騎士は脈を捉えられない馬鹿だな」で終わり
    いや、それも書かずに晒し上げかなw

    結論を書けば、誤謬は2013−07−05 (金) 02:52:53のあなたの記述すべて
     

  • ここまで読んだよ 2013-07-09 (火) 23:36:33
    うわ、誤字多しw
    面倒なので適宜読み替えよろしく
     
  • ごはん炊か騎士 2013-07-10 (水) 21:16:25
    >>ここまでさん

    >カマキリの比喩が突飛かどうかについてを含めて、凸の悪意示唆と読者任せの吐露、その後の俺の日記云々(読者任せへの同意)で決着させた上で、修文判断を凸に任せている
    >この時点で俺も凸もカマキリという誤が比喩で使われているという点において一致した認識を持っているし、話題は決着している
    >俺と凸のやり取りは、カマキリに始まる「(凸の言う)読者任せ」の論であり、カマキリが比喩として適切かどうかについては取っ掛かりでしかない
    >で、少なくとも俺と凸の間では(本位か不本意か放置かはともかく)「読者任せ」という本題に対して双方が結論を記載した

     ここを読みます。
    『このやり取りは「読者任せ」についての話であり、「カマキリという比喩は下手であったかどうか」についての話ではない(それは取っ掛かりであった)。ここまでさんと凸さんは「読者任せ」についての結論をそれぞれ出しており、それがこのやり取りの決着である。つまり、「>凸の悪意示唆と読者任せの吐露、その後の俺の日記云々(読者任せへの同意)」によって、カマキリの比喩が突飛かどうかについてを含めてこのやり取りは決着している。(最後に「結局は凸がどんな比喩を下手と思うか次第だけどね」というこの論題の本質的な無意味性・凸さん次第性を確認して終わっている。)』
     この読み方でよいでしょう。
     ――ここでいくつか確認しておきます。「下手な比喩を使う文章は陳腐であるか否か」や「比喩を使う文章は陳腐であるか否か」は論題ではありません。ところで、凸さんは二度目のレスで「比喩を使う文章が陳腐であるか否かは読者任せだ」と言っていますが、論題はそこではなく「どんな比喩が下手(恣意的)か」であり、それの読者任せ性を語るべきでしょう。ただし好意的に捉えて、凸さんは「どんな比喩が下手(恣意的)かは読者任せだ」と言っていたことにします。――

     「読者任せ」についての話というのは、考えるに「どんな比喩が下手(恣意的)か」についての話でしょう。二人は「どんな比喩が下手(恣意的)か」について話をしていたということです。
     ――確かめると、ここまでさんの最初からの一貫した主張は、「>比喩に恣意が多分に含まれると、説明が総じて陳腐になるといいたいだけだよ」でした。またこれは、「こんな比喩は恣意的だと思う」という、読者任せ性(どんな比喩が下手(恣意的)か)についての一言でもあります。確かに「どんな比喩が下手(恣意的)か」についての話をしています。――

     「>凸の悪意示唆と読者任せの吐露、その後の俺の日記云々(読者任せへの同意)」について確認します。これらが二人の「どんな比喩が下手(恣意的)か」についての結論であったと言います。
     凸さんの"悪意示唆"とは「あの隠喩には悪意を込めていた(から表現として問題ない・無理でない)」という言葉、"読者任せの吐露"とは「どんな比喩が下手(恣意的)かは読者任せだ」という言葉でした。ここまでさんの"日記云々(読者任せへの同意)"とは「やっぱりあの比喩は下手・恣意的に思える。コメント欄はともかくページ本文などは、下手・恣意的な比喩を使うと人に見せる文章でなく日記に見える。あの比喩が下手かどうか、当ページ本文が日記的と思うかどうかは読者任せの部分だが」という言葉でした。
     すなわち、凸さんの「どんな比喩が下手(恣意的)か」についての結論は「私はあの比喩は下手ではないつもりだが、読者がどう思うかは読者任せだ」であり、ここまでさんの結論は「私はあの比喩は下手に思えるが、実際は書き手の凸さん任せだから、凸さんが下手でないと言うなら話は終わりだね」であるということでしょう。


     以上、ここまでさんの言ったことを解釈してきました。改めてまとめましょう。
     つまりここまでさんの今回の返信は、「凸さんとのやり取りは『どんな比喩が下手(恣意的)か』についての話であり、このやり取りにおいてカマキリという比喩が下手だったかは瑣末なことであったから、そこに突っかかるごはん炊か騎士はお門違いである」という内容でした。

     さて、私の返信を始めます。
     「読者任せ」についての話というものの解釈は、あっているでしょうか。
     あっているとすれば、つまり「どんな比喩が下手(恣意的)か」が論題であり、するとここまでさんはやはり「カマキリは入試資格を持たないから下手だと思う」という主張がメインだったこととなります。「色々返事されてきたけど、やっぱりカマキリは下手だと思う」がここまでさんの結論です。つまり、「カマキリは入試資格を持たないから下手だと思う」はお二人のやり取りの本筋に関係ない瑣末なところ(多少の間違いがあっても構わないところ)ではありません。したがって、私がここにコメントを寄せることは構わないことであり、「いやいやそんなのはどうでもいいところだったから、ほっといていいじゃん」と言われることではありません。

     「カマキリは入試資格を持たないから下手だと思う」ということをここまでさんは主張したのです。それは、"話は文字通りの意味とは限らず、理想化や捨象がありうる"という構造を認識していなかった、失敗した言動であって、今は入試資格については捨象されているから、あなたの指摘は的外れであり、カマキリの比喩選択は全く問題なかったのではないでしょうか。
     

  • ここまで読んだよ 2013-08-02 (金) 03:20:21
    >それは、"話は文字通りの意味とは限らず、理想化や捨象がありうる"という構造を認識していなかった
    0か1に振ろうとするのがお好きなようで
    「理想化や捨象がありうる」ことを失念したのではなく、「理想化や捨象」の失敗作(実践しているが駄作)だと指摘しているという可能性すら考慮しないんだな
    否定の係る先を勘違いするさまは、「だっしゅだっしゅで囲む」のあいまい表現に通じるものがあるな(→「〜がなかったら〜はなかったかもしれない」)
    俺は自分が表現に長けてるというつもりはない
    だが、だがごはん炊か騎士は、いや、それ以外の俺に突っかかって来た連中もそうだが、「自分が表現したものは自分が思ったとおりに確実に相手に伝わっている」以外はありえない・・・・とか思っていそうだ
     
  • ここまで読んだよ 2013-08-02 (金) 03:50:40
    ちょっとだけ記載を追加
    >――ここでいくつか確認しておきます。「下手な比喩を使う文章は陳腐であるか否か」や「比喩を使う文章は陳腐であるか否か」は論題ではありません。ところで、凸さんは二度目のレスで「比喩を使う文章が陳腐であるか否かは読者任せだ」と言っていますが、論題はそこではなく「どんな比喩が下手(恣意的)か」であり、それの読者任せ性を語るべきでしょう。ただし好意的に捉えて、凸さんは「どんな比喩が下手(恣意的)かは読者任せだ」と言っていたことにします。――
    上記に「「理想化や捨象」の失敗作」に触れていることを見落としたため

    >ここでいくつか確認しておきます。「下手な比喩を使う文章は陳腐であるか否か」や「比喩を使う文章は陳腐であるか否か」は論題ではありません。
    なんか難癖をつけられてるな
    俺と凸の間はカマキリを比喩対象に使うかどうかが適切かどうかという点
    蟷螂に入試資格の付与がありえないという俺の発言は転じて蟷螂意外に適切な対象があるだろという意味を含んだもの
    対して凸は当初比喩の可能性を見落としていると俺に指摘しているが、後に転じて蟷螂の比喩の適切性を俺に説いている
    つまり、俺が蟷螂に入試資格がないという発言に対して蟷螂が(比喩として)例示に沿うものかどうかを話題にし、迎合はないものの焦点の認識は一致して終了している

    さて、本題にいきますか

    >つまりここまでさんの今回の返信は、「凸さんとのやり取りは『どんな比喩が下手(恣意的)か』についての話であり、このやり取りにおいてカマキリという比喩が下手だったかは瑣末なことであったから、そこに突っかかるごはん炊か騎士はお門違いである」
    について、
    >したがって今の比喩における’’「カマキリ」が、全くもってまさしくつまり「能力の低い人たち」のことである(だから実態は人間であり受験資格なども持つ)とするのは、嘘のように思う’’。この文章はそのつもりで書かれていたのではないと思う。
    という2013−07−05 (金) 02:52:53のご自身の発言との矛盾について説明してくれ

    直前のご自身のレスは
    >「カマキリは入試資格を持たないから下手だと思う」ということをここまでさんは主張したのです。それは、"話は文字通りの意味とは限らず、理想化や捨象がありうる"という構造を認識していなかった、失敗した言動であって、今は入試資格については捨象されているから、あなたの指摘は的外れであり、カマキリの比喩選択は全く問題なかったのではないでしょうか。
    つまり、当初蟷螂の「(比喩だとするのは)嘘のように思う」から手のひらを返し、「(俺が)理想化や捨象がありうる"という構造を認識していなかった」と凸の記述の蟷螂の比喩を比喩と追認した上で比喩について見解の違う俺に言いがかりをつけたということになります
    →「(議論テク)大衆論法:論点ずらし
     


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Last-modified: 2013-08-02 (金) 03:50:40 (1810d)