とつげき東北

 議論の際に、あまりにも相手の語彙・発想が貧困であり、名言の羅列でしかないような際に、その旨指摘した場合において、「じゃあお前はすべてを―」といった形で使用される定型的な大衆論法としての反論。

 誰もゼロから100を生み出すことを要求してはいない。過去の偉人や偉人でない種々の人々によって編み上げられた100の知識に基づいて、101や102を再構成することこそが現代における「知」のあり方である。
 確かに初等教育さえ受けていない人が、「三平方の定理」を自分だけの力で発見したなら、それは偉大なことだ。だが、それは閉じた偉大さでしかない。大昔ならそれだけで充分だったろうが、現代では違う。既存の知識を充分に蓄え、何が問題となっており、どのような知識を組み合わせて問題を解決するかといった能力が問われるのである。現代では、「ゼロから10を生み出す」ことが可能な1人の「天才」の手によっては、知識なしでは10までしか生み出すことができず、それは世界全体の知である100には遠く及び得ない程度に、各種分野の知識が細分化されているからである。

 ところが、掲題語句を上述の場面で放つような名言家は、100から100以下しか生むことができない。過去の偉人の権威にすがったり、既存の愚昧な「名言」を流用することでしか語ることができないのである。「自分で考える」ことは大半の人間にとって無駄なことであることは確かだが、100より少しでも多くを創造しようとしない者は、必然的に凡庸たらざるを得ない。

  • 2008-02-10 (日) 17:28:00
    麻雀研究においてなら1は確実進んでるな
    まぁ人力は東北の代で終わりそうだ
    30年後のPCの処理能力なら人間ごときには負けないだろうな
    今ですらR1700ぐらい保てるんだし。
    守備型攻撃型2対2ぐらいで戦わせたら面白そう
    どっちのスタンスの方が強いんだろうな
     

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Last-modified: 2010-08-24 (火) 18:40:25 (2883d)