とつげき東北

 何度もやって失敗してきた経験をあっさりと忘れ、この名言を垂れ流しながら目を輝かせる連中の猪突猛進ぶり、前後不覚ぶりには絶句するばかりだが、かと思えば、彼らの多くは大学受験において東京大学を始めとする一流大学を受けもしない(東京大学理科1類は「受験生の」4人に1人程度が合格するのだし、大阪大学工学部や東北大学理学部など、年によっては倍率が2倍にも満たないにもかかわらず)。

「やるだけ無駄」であることが存在し、彼らにしばしばその言葉がお似合いであるという容赦のない事実に対する自覚がないわけではないらしい。
 逆に、この種の言葉が発せられるかどうかで、彼らが当該行為に対して「やればひょっとすると成功するのかもしれない」と淡い期待を抱いているか否かがわかるわけである。

 この言葉は以下の機能を有する。
・失敗しても「やるだけやったのだから後悔はない」という欺瞞に浸れる
・結果よりも過程が重要であると信じられている平均的な世界において認められる
・つまり結局、彼らにとっての(場合によっては)唯一の成功又は最善の結果を手にできる
 だが何よりも、各種の品格の欠如をこそ、後悔すべきだろう(「今さら後悔しても遅い」のだが)。

自分で選んだ道

  • どう考えても越えられないハードルを前にしてこの言葉を使う人はいないでしょう。自分の能力で越えられるのか越えられないのか判断が難しい時に「当たって砕けろ」みたいな意味で使うんじゃないですか?やってだめならしょうがないし心残りもないしって考え方は、別に品格がないとは思わないけどなあ。 -- 月 2006-06-01 (木) 13:24:54
  • 「やらずに後悔するよりやって後悔した方が良い」は真なら、どう考えても超えられないハードルを前にしても飛んでみせる事が美徳なのでは? そうではなく、自分がひょっとしたら超えられるかもしれないというハードルに対してのみ、この言葉が多用されるという点が、この言葉を名言たらしめているのでは? -- M 2006-06-01 (木) 14:40:20
  • 「やらずに後悔するよりやって後悔した方が良い」って、「やらずに後悔」>「やって後悔」を示しているだけで、失敗した際「やるだけやったのだから後悔はない」という結論には至るのは、よく考えればおかしいですよね。 -- 蟻 2006-06-01 (木) 16:57:48
  • どう考えても超えられないハードル」が2メートルならともかく、90センチくらいだから、あえてこの言葉を使用することが名言になるんだよ。 -- とつげき東北 2006-06-02 (金) 00:43:12
  • で、90cmすらうまく跳べないw -- ro 2006-06-02 (金) 00:52:51
  • そしていっそ穴を掘って、周りを高く見せるわけだw -- M 2006-06-02 (金) 02:12:07
  • ああ、そうか。全然違う風に考えてた。<凸 流木落ちてくる滝に打たれてくる。つまり滝に打たれてくる。 λ................ -- M 2006-06-02 (金) 02:34:52
  • でもその人の身長が110cmだったら、それはそれでしょうがないじゃん・・・ってずれてるのかな(汗) -- 月 2006-06-02 (金) 08:22:55
  • う〜ん、 -- M 2006-06-03 (土) 08:27:26
  • それをフォローしているようでトドメ刺してるぞw<月 -- M 2006-06-03 (土) 08:27:54
  • それは、ねw -- M 2006-06-03 (土) 08:35:39
  • いや・・・とどめを刺してるつもりはないんですけどね(汗) -- 月 2006-06-03 (土) 23:22:26
  • 原田 2007-08-08 (水) 09:47:13
    『後悔先に立たず』という。しかし後悔が先に立たないんじゃない。もとい先に立たない悔やみ事を後悔と呼んだのである。だからこれは単なる字引の朗読に過ぎない。『朝勃ちは夜に勃たず』という文章と同類の意味重複を含んだ言説なのである。その意味でこれは親が子に勉強させるための『諺』改め『言技』であるとした方が適切だろう。どうせならもっと美しい技で掛かって来てもらいたいものである。
     
  • 剛史 2007-08-09 (木) 00:33:56
    ある日、私は空手教室でイキがる、19歳の少年に喧嘩を売られた。理由はスパーリング中、彼の子分の金的を誤って蹴ってしまった為であった。私は只管に、本人に謝った。本人は許してくれたが、その19歳の少年はそうではなかった。私は自己の誤りに錯乱し、彼にも謝った。

    それが彼の目には「いいカモ」と映ったようであった。

    恫喝は凄まじく、金銭の要求までされた。彼は幼少期より空手を習っており、すでに黒帯、私は仕事の傍ら健康保持の為に習っている生半可な緑帯であった。

    しかし、師範は黙ってそれを見ていた。空手教室の学級崩壊であると感じた。狼狽した。学級崩壊の波は一介の空手教室にまで及んでいたのだ。たはは。

    全く以って信じられなかった。私はその時、24歳であった。しかし彼の恫喝する態度は私にとってあまりにも怖く、実際、山に連れ去られでもしたらたまらないので(その様な発言も示唆していた)、無視をする事にした。

    私は完膚なきまでにプライドを傷つけられた。言うまでも無く、「やらず」に後悔している。だが、「やって」後悔というのはすなわち、私か、もしかすると彼、および彼の側近が傷ついた事に他ならない。

    そう考えれば、「やらず」に良かったと言える上に、仮に私の憎悪を行使したところで、明らかに今後の人生に罪悪感、もしくは実際の罪悪を齎したであろうからである。

    尚、私はその半年後に、その後、一度もその教室に通うことなく、辞した。アホ臭くなったからである。それこそ、このwikiにある「言わせておけばいい」という状態すら超えた、アホくささと情けなさを痛感したからである。結局、師範に、私が辞する本意を言及をする事は、出来なかった。そして、それすら私には、「やらず」に良かったと言える。すでに本来、彼の立つべきであった、ヒエラルキーは崩壊していたのだから。

    情けない


     

  • 2007-08-09 (木) 00:47:50
    ワロタ
    おもしろいギャグだな(笑)
     
  • 2007-08-14 (火) 04:02:11
    おまえの存在のほうが面白いよ
     
  • '''' 2007-08-30 (木) 21:53:11
    >原田
    後悔先に立たず以外でも諺なんて全部そんなもんだろwこのウィキは諺の矛盾を楽しむもの。
     
  • 原田 2007-08-31 (金) 13:36:41
    それは違う。『彦』という字には美や徳の概念が含まれる。『彡』がそもそも美しさを表す象形文字だからだ。つまり諺とは過去から未来への知恵の運搬具であり、連綿と連なる時間の連続性に基づく一種の処方箋であると言える。だから『覆水盆に返らず』ならば諺であり、そこからは水をこぼした悲劇とその教訓が読み解けよう。『急いては事を仕損じる』という諺で補完すれば、水はこぼさぬようにゆっくりと運ぶべきだとの具体的な行動様式の在り方をも示唆してくれる。ちなみに英訳だと水がmilkに換わるのだがそこからは『ゝ軻をこぼすと床がベタつくので要注意家に土足であがるような国では水くらいまではこぼしても平気』というその土地柄に相応しい叡智を汲み取ることが出来るのである。
     
  • 2007-09-03 (月) 08:50:21
    なるほど。ケトウの家では水くらい平気ですね。
    日本人は畳とかあるから、水こぼすと染みになる。

    しかし本来の美しさが骨抜きされて、形骸化したのが諺の
    醍醐味だと思います。

    「働かざる者食うべからず」とか、おそらく天の恵みに対する
    畏敬の念から出てきたのではないでしょうかw
    いまはただのニート叩きの決め台詞に堕しましたが
     


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Last-modified: 2010-08-24 (火) 18:40:19 (2796d)