とつげき東北

「やめる」という表現は文字通り解釈すれば、当該行為者の意思によるものであり、ある対象を「やめる」かどうかの決定権は、当該行為者に依然として帰属していることになる。だが、実情は必ずしもそうではないところに、この語の名言性がある。

 筆者の知人には、「国立大学の受験はやめて早慶に絞った」人や、「司法試験を受験するのはやめた」人が大勢いた。国立大学の受験をやめなかった筆者が早稲田大学や慶應大学にも合格したのとは対照的に、国立大学の受験をやめてまで早慶に絞った者たちが、法政大学や立命館大学、あるいはさらに知名度の低い大学に進学したのは皮肉な結末である。
 彼らはやはり、早慶に進学することもやめたのだろうか。あるいは、各種要因によって「やめさせられた」のだろうか。筆者が彼らに対してできることは、「やらずに後悔するよりはやって後悔する方が良い」という名言を教えてあげることだけである。

 同様の用法として「言わせておけばいい」がある。

飽きた
言わせておけばいい

  • 堕ちたもの 2009-12-21 (月) 14:16:15
    科目負担の減少は、劣等性の最後の希望。
     

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Last-modified: 2010-08-24 (火) 18:40:19 (2949d)