とつげき東北

食べ物を残すと―

 もうおなかがいっぱいでこれ以上食べたくない場合にも、「食べ物を残すのはもったいない」が無条件に成立すると信じている人は多い。
 確かに、食費を無駄に使うことはもったいない。だが、食費を無駄に使った上苦しい思いをするよりは、食費を無駄に使うだけの方が良いことは誰にでもわかることだ。偽りの名言を信じるが故に無意味な苦痛を受けるのは「もったいない」。

 ところで筆者の母親は料理が下手であり、筆者はよく食べきれずに残したものだった。例えば母親がパンを焼くことがあったが、イースト(酵母菌)を入れるという基本を何度も忘れ、固い小麦粉の塊になることがしょっちゅうあった。母親は「もったいないから食べなさい」と強要してきたものだが、せっかくの食材をみすみすこのような醜い物体に変化させてしまうことこそが、何よりもったいないのである。
 単純な快楽主義を忘れた現代人が、自らの「幸福」を捨ててまで「金のことしか考えない」のは、愚かであるというばかりでなく、不徳でも不憫でもある。

お百姓さんが一生懸命作ったお米

  • カエルから鷹産まれちゃったかコレ(笑) -- あ 2006-05-30 (火) 02:40:26
  • 不味い料理をその名言で無理矢理食べさせられて、他の美味しい料理を食べられなくなるのが勿体無い。 -- 久遠 2006-05-31 (水) 00:27:00
  • とおりすがり 2008-10-16 (木) 08:38:37
    ↑飲食店でまずい料理を食わされ、
    「金はいいから俺の空腹を返せ!」
    と叫んだ友人を思い出しましたw
     
  • てんどん 2015-03-11 (水) 23:08:15
    >「食べ物を残すのはもったいない」が無条件に成立すると信じている人は多い。
    俺はそう信じている。道徳というより、宗教的な理由だ。米粒に7人の神が宿るというように、いわゆる神道においてはモノに人格を認めるが、これは日本人に広く見られるメンタリティだ。だからこそモノをより大切にすることができ、したがって長く使うことができ、経済的に合理的であるとともに、愛着を持つという意味でも精神的な充足が得られるのだ。
    食料についても同様だ。食いものを残すのはもったいない。従って残さずに済むように日々の行動を選ぶ。それにはもちろん、食材を買いすぎない、一度に作りすぎない、うまいものを作る、などが含まれる。これに失敗すると、結果的に苦しい思いをするほどの量、吐き気がするほど不味いものを食うことになる。しかし残さない。これは自らへの戒めだ。失敗した自分が悪いのだ。次に失敗しないよう、気をつけなければならないのだ。「残せばいいや」などと考えていては、いつまで経っても失敗を繰り返すことになる。その積み重ねで俺はあらゆる食材を目分量で適切に量り、かつ味のよい料理を作ることができるようになったのである。
    凸の母君の料理音痴ぶりには同情するにしろ、自分でうまい料理を作るという選択肢を取らなかった、または取れなかったことには、もったいなさを感じてよい。
     
  • ここまで読んだよ 2015-03-12 (木) 22:44:54
    >自分でうまい料理を作るという選択肢を取らなかった、または取れなかったこと
    やはり何かを勘違いしているようである
    話の全体像を見ずに局所的に感想を述べていた中傷板の顔文字と同じことをしている
    「小麦粉などの材料に熱を加えて」イースト抜きコンクリートもどきに仕上げた凸の母の供給に対して、凸は「小麦粉などの材料に熱を加えて」(食することが可能な)イースト発酵させたパンを生産することを需要としていただろうか

    「もったいなさを感じる前」を「もったいなさを感じること」に昇華させている要因を検証することを薦める
     

  • てんどん 2015-03-13 (金) 01:44:03
    そうそう、食べ物を「食べるためのもの」と定義した場合、もったいないの定義上、「食べ物を食べずに残すことはもったいない」は常に成立する。
    それと、明示し忘れたが、「もったいない」はそもそも金銭のみに絡む語ではない。
     

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Last-modified: 2015-03-13 (金) 01:44:03 (1165d)