ぷりっぷりのおしり

 道義的な立場には認められない、他人を貶める遊び。

 いじめの悪やその抑圧方法についてしばしば語られるが、もしいじめが悪であるがゆえに禁止されるならば、いじめが悪であることを根拠としていじめる人間を貶めることも同様に禁止されなければならないだろう。これらの手合いの関係の間には、いじめる側:いじめられる側=いじめを非難する側:いじめる側というような式が成り立つからだ。
 特に、よってたかっていじめることを非難する者が多いが、コンビニのゴミ箱のあふれかえるクズのごとく存在する彼らもまた、いじめる者をよってたかっていじめていると言えるだろう。
 これらの事柄を指摘すると、恥じらいもなく当然のように彼らはこう言うだろう。
「いじめの発端の者こそが悪であり、我々はそれを防ごうとしているだけだ」
「いじめられている子がかわいそうだから、いじめる人間を許さないのだ」
なにかと理由をつけて、あるいは特に理由も無くサディスティックな欲求を満たすために他人を貶めたり攻撃することがいじめではなかったのか。それこそが悪ではなかったのか。これでは「ブスが気持ち悪くて周りに多大な不快感を与えるから、登校拒否ないし自殺に追い込むためにいじめた」といういじめっこと構造的になんら変わらないではないか。
 このように、いじめる者を非難すること、すなわち「恣意的に悪を設定し、攻撃すること」あるいは「感情的に敵を設定し、攻撃すること」は、「いじめ」と同様の快楽を味わおうとすることと、ほとんど同様の構造、というよりほぼ同値である。このことを以って、いじめる者を悪として糾弾し、その根絶を目指す者が存在する限り、いじめは未来永劫なくならないといえよう。

とつげき東北

最近の―は陰湿

 顕在的な「暴力」等によるいじめを規制すれば、そのように変化するのは当然である。1980年代に全国各地で頻発した「校内暴力」は、その後著しく減ったが、その理由は「生徒たちの心がどんどん美しくなったから」というわけではない。まさに社会全体が、いじめが陰湿になるように仕向け、それに成功したのだ。その結果、「いじめ」による自殺等は全国で一切ない、という「大本営発表」がなされることとなった。

 いじめの「手段」にどのような規制を用いたとしても、一部の人間にとって「いじめ」が「楽しい遊び」の一つであることは変わらない。いじめを根本的に減らすためには、いじめに代替できる「楽しみ」を数多く供給するよりないが、安直に「手段の規制」論を振りかざす者も多い。

助けてほしいというサイン

  • まほ公 2007-02-15 (木) 18:52:29
    急かされれば書かざるを得ない・・・凸クオンティティのなせる業なり
     
  • M 2007-02-15 (木) 20:05:27
    学校のいじめを無くしたいのなら、学校を無くせば良いのにね。
    いやまぁ、冗談だけど。
    っていうか、いじめの話をしていると、そこから『昔は良かった』に繋げる年寄り多すぎ。
    問題が表面化した途端、いじめに関する問題急増する、とかいう頭の悪い記事もなぁw
     
  • 藤花 2007-02-16 (金) 00:14:15
    そこに糾弾者と被糾弾者がいるという構造が共通ということを指摘するだけで、社会的承認の有無について目をつぶった浅薄な相対主義。予め定められたルールに則った処分や、公正な論評の範囲を越えて、特定人を糾弾することは、本来の意味での「いじめ」であるので、慎まれるべきなのは当然であり、本項目が指摘しようとしたものではなかろう。
     
  • '''' 2007-02-16 (金) 00:44:08
    なんとも破茶目茶な論理展開?で反駁する気も起こらんが、それでは素っ気ないのでとりあえず揚げ足取りをひとつだけ。

    社会的承認の有無

    社会的承認があればいいのかw
     

  • ぷりっぷりのおしり 2007-02-16 (金) 01:07:37
    演繹的にいってみようか。
    道徳は社会的承認を得ていて、ウィキ内ではともかく、社会一般においてはそれなりの権力を持っている(レイプしたり万引きしたりすると迷惑をかけた的な理由によりしかるべき処罰を受ける。)。
    このことを踏まえた上で質問。
    道徳主義者の無自覚な非道徳性の指摘は、道徳が持つ権力やその社会的承認を無視しているから浅薄?
     
  • Revin 2007-02-16 (金) 03:12:05
    殺人犯は死刑にしてもよくて、結果として犯人と被害者が両方死んでも、評価は正反対になる。「先にやったかやられたか」が全てだね。逆にその理屈で不利になっても「ケンカ両成敗」という保険がある。一発は一発とか。常に大衆は受動的。
     
  • '''' 2007-02-16 (金) 07:32:16
    罪には罰、不徳には道徳がしっぺ返しを行うと予告されている。にも関わらず「禁」を犯す者を「悪」として予告を実行する流れは、無自覚に行われている訳ではなさそうじゃないか?
     
  • 2007-02-16 (金) 09:01:23
    死刑に行き着くまでの流れに無自覚というより、
    死刑という行為に含まれる不徳性に無自覚ってことじゃないですか?

 

  • えこ 2007-02-16 (金) 10:23:46
    (1)自分よりも弱いものに対して一方的に、
    (2)身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、
    (3)相手が深刻な苦痛を感じている状態にあり、いじめが起こった場所は学校の内外を問わない

    見直し前の文部科学省による「いじめ」の定義です(2007年1月に見直し。そう大きくは変わっていません)。
    「弱いもの」であるかどうか、「一方的」であるかどうかはどのように判断するのでしょうか。
    とくに「心理的な攻撃」も含む以上、なかなか「一方的」といえる状況はないのではないかと思うのですが。
     

  • えこ 2007-02-16 (金) 10:36:17
    そうそう。たとえば「反抗的な目でにらみ返す」行為は「心理的」な意味では反撃、つまり、攻撃ですから、
    それをした時点で「一方的」ではなくなります。
     
  • 2007-02-16 (金) 10:47:01
    哲学はよく分からないが、凸のこの批評はちといきすぎかな。
    単に「AがBを責める」という共通点だけを抜き出して、だからこの2つは全く同じという論理は、「同じ形なんだから、バナナもウ○コも同じ」と言ってるようなものに見える。

    ,い犬瓩襦、 いじめられた側が傷つく。自殺などの深刻な問題を引き起こす
    △い犬瓩鯣麁颪垢襦、 いじめがなくなる方向へ向かう。
    行為と結果の関係だけでも、この2つは全く別物になるはず。
    もちろんこの仮定が正しければの話しだけれど。
    ,聾従として事実であり、△硫渉蠅正しくなるように工夫するべきで、それにより「同じ形でもバナナは食べていいけどウ○コは食べちゃいけないんだな」という当たり前の結論にいきつくはず。
    ご自身の出版物に関して、「批評に対する批評を受ける立場」が無意識にこういう考えを形成したのかな。
    凸本は好きだけど。
     

  • えー 2007-02-16 (金) 10:49:30
    >Revin
    >常に大衆は受動的

    反例を探してたんだが
    ボランティアはどのように説明する?
     

  • '''' 2007-02-16 (金) 12:03:03
    >芋 凸?
    >えー は?
     
  • 散切り頭 2007-02-16 (金) 15:04:32
    ↑凸はとつげき東北の略称。
     
  • チェリ 2007-02-16 (金) 16:17:46
    >△い犬瓩鯣麁颪垢襦、 いじめがなくなる方向へ向かう
    と同時に非難された人間は傷つく

    多分△両豺腓呂い犬瓩なくなるメリットが存在する分
    すぐれているとでも言いたいのだろうが・・・・
    タバコは健康に悪い のコメント欄でも参考にするのがよろしいかと
     

  • D 2007-02-16 (金) 16:23:45
    >芋
    これはぷりけつ氏が書いた項目ですよ。

    >,い犬瓩襦、 いじめられた側が傷つく。自殺などの深刻な問題を引き起こす
    >△い犬瓩鯣麁颪垢襦、 いじめがなくなる方向へ向かう。

    △砲弔い討任垢、マスコミなどがいじめによる自殺に関して大いに騒ぎ(いじめやそれが起きた学校の職員を「叩く」ことをしたり、自殺者を感動的に語ったりし)、その結果大衆までもが非難したりするようになり、ある自殺者が出た校長が自殺したことも記憶に新しいでしょう。
    このように「いじめる」ことと「いじめを非難する」ことは目的やその経緯は異なるにせよ同様の構造をもっています。

    つまり、
    自殺=深刻な問題」「いじめがなくなる=問題の解決」と、
    「嫌なやつが存在する=深刻な問題」「自殺させるまでいじめる=問題の解決」は、
    同じですよね。
     

  • 藤花 2007-02-16 (金) 17:08:09
    ''''氏>
    社会的承認があればいいのかw
     評価として違って当然なのは間違いない。
     ちなみにこの指摘は揚げ足取りではないと思う。

    ぷりっぷりのおしり氏>
     質問の意味がよくわからなかった。あほでゴメン。
    社会的承認の有無などという大衆的な基準を除けば、行為としては同じであり、前提条件についてのツッコミは筋違いだ」という反論はありえると思う。ただ、異性体に対して「分子式は同じだ」という指摘が意味がないのと同様に、意味はないのではないかと思う。社会的承認があっても行為としては人を傷つけることなのだから禁止されるべき、というのであればボクシングも廃止ということになろう。むしろ、じゃあ社会的承認ってなにさ、という分析に持っていくほうがおもしろいのかもしれない。
     

  • M 2007-02-16 (金) 21:09:50
    >芋
    >,い犬瓩襦、 いじめられた側が傷つく。自殺などの深刻な問題を引き起こす
    △い犬瓩鯣麁颪垢襦、 いじめがなくなる方向へ向かう。

    自殺が深刻な問題なら、企業が倒産し、責任者が自殺するのは、深刻な問題かな?
    鳥インフルエンザが取り沙汰されていた時、自社の鳥が鳥インフルエンザで死んだ事を隠蔽した責任者は自殺したが、これはいじめではないのか?

    また、いじめを批難、批判すれば、いじめがなくなるという△療験は事実か?
    喫煙を批判、批難し、法的に禁止すれば、喫煙が無くなると思うかい?
    嘗て、ドン・アルカポネはそれで大儲けしたわけだがw

    >藤花 
    >むしろ、じゃあ社会的承認ってなにさ、という分析に持っていくほうがおもしろいのかもしれない。

    社会的承認とは、すなわち権力の事だ。これは百年以上も前に既にニーチェが分析している。

    籐花の論理に従えば、

    道徳者がその権力に無自覚なまま、非道徳的行為を指摘するのは浅薄である、が成り立つ。

    この時、対偶も真であるから、

    非道徳者が道徳の権力に対して自覚的に道徳的行為を指摘するのは浅薄ではない、が成り立つ。

    君の指摘通りならば、ぷりっぷりのおしりが道徳の権力に対して無自覚でなければならない<藤花 2007−02−16 (金) 00:14:15から

    しかし、ぷりっぷりのおしりは、無自覚ではない、って事が一点。

    二点目
    >予め定められたルールに則った処分や、公正な論評の範囲を越えて、特定人を糾弾することは、本来の意味での「いじめ」であるので、慎まれるべきなのは当然であり、本項目が指摘しようとしたものではなかろう。

    『予め定められたルール』『公正な論評』『本来の意味での「いじめ」』
    これらが存在するかな?考えてみてw
     

  • '''' 2007-02-16 (金) 21:39:56
    ところでこのウィキの中ではニーチェしか思想家がいないんですかね(笑)

    >『予め定められたルール』『公正な論評』『本来の意味での「いじめ」』
    これらが存在するかな?

    それをある程度認めた上で生まれる、実践的な知もあるでしょう。
    凸をなぞる以外のことは出来ないのですか?
     

  • アエスラ 2007-02-16 (金) 21:49:12
    >21:39:56
    悪い事は言わん、今のうちに謝っておけ。
    殺されるぞ。
     
  • M 2007-02-16 (金) 22:23:01
    >''''

    あるよ。でもね、俺には興味が無い。解らないかな?
    これが俺にとってもっとも重要な事なんだよw
    君は何故ここに居るんだい?何故、勉強する?何故、議論する?何故、生きる?
    こんな掲示板の議論くらいで、いじめが無くなったり、いじめが減ったり、増えたりするなんて考えるのはおこがましい事だ。

    実践的な知とやらを見せてみたまえw
    俺が思想の本質について死ぬほど語ってやろうw
     

  • 藤花 2007-02-16 (金) 22:29:21
    >M氏
    >籐花の論理に従えば、
    道徳者がその権力に無自覚なまま、非道徳的行為を指摘するのは浅薄である、が成り立つ。

     申し訳ないが私の発言をどう論理操作すればこういう命題になるのかがよくわからん。その後の論理流れに異議はないし、ぷりっぷりのおしり氏が無自覚ではない点についても異論はない(だからこそ、私は最初の発言で「目をつぶった」と表現した)。

    >『予め定められたルール』『公正な論評』『本来の意味での「いじめ」』
    これらが存在するかな?考えてみてw

     山形マット簀巻き事件では、「予め定められたルール」に則って、いじめっこと疑われた児童たちに対して補導、調査が行われましたね。「公正な論評」も「本来の意味でのいじめ」も適当に定義できるでしょ。ソクラテスよろしく定義を責めるおつもりかしらん。

 

  • M 2007-02-16 (金) 22:34:50
    >アエスラ

    死にはしないよw大体、どんな展開になるかは想像できるけど。
    ここで、「Mは無いと言ってたじゃないか?」と''''が言うなら、議論以前だけどw
     

  • M 2007-02-16 (金) 22:44:40
    >藤花

    うん?本気か?

    社会的承認の有無について目をつぶった浅薄な相対主義。

    社会的承認の有無=権力の有無ならば、ぷりっぷりのおしりはこれに目をつぶっている(無自覚)という意味になる。
    目をつぶっている、の定義はこの際、どうでも良いが、だったら、藤花はぷりっぷりのおしりの何を批判したかったんだ?

    >ソクラテスよろしく定義を責めるおつもりかしらん。

    まさかw
    『予め定められたルール』『公正な論評』『本来の意味での「いじめ」』
    これらの無意味性について語ろうと思った次第だよ。
    まぁ一種の趣味嗜好って奴だ。
    俺が藤花に勝とうと思ってる、何て考えていると思う?

    とりあえず、今から出かけてくるよん。帰ってくる間に纏めておいてねん♪
     

  • 藤花 2007-02-16 (金) 23:04:51
    >M
     社会的承認の有無こそが性質を分ける事象について、社会的承認の有無を取り払えば同じだよね、と主張することは無意味である。そして、権力性について自覚的であっても、しょせん表層的な相対主義にすぎず、ことさらにそれを指摘するのは浅薄な態度である、ということ。
     なお、「死刑も人殺しだよね(権力を顧慮しない)」と「いや法律だし(権力に価値を認める)」とでは永遠に平行線をたどるのではないかと思う次第。
     権力の無意味性についての論証には興味があるのでぜひ。
     
  • Revin 2007-02-16 (金) 23:34:57
    >えー
    ボランティアというと能動的なイメージがあるけども、ある調査を見ると「〜〜を活かす場が欲しかった」とか「仲間づくりになると思った」などの動機が多い。案外受動的なもんですよ。
    それでも「常に」は言いすぎかもしれんね(笑)。このいじめのことにしても(いじめという問題が起きたから騒ぐ)、不祥事→批判の流れにしても(不祥事が起きたから騒ぐ)、基本的に大衆の声が聞こえてくる時は受動性が見えるのだが、俺はそれを全ての事柄に適用したいわけではないのでその点訂正しておきます。
     
  • M 2007-02-17 (土) 03:27:07
    ただいまwほいほい、行ってみようかw

    >藤花
    社会的承認の有無こそが性質を分ける事象について、社会的承認の有無を取り払えば同じだよね、と主張することは無意味である。

    いや、未だ社会的承認に無自覚な多くの常識人にとっては、無意味では無い。無意味である、というのは、藤花の声のみであって、ぷりっぷりのおしりは、特に藤花には書いていないだろうね。

    表層的な相対主義とやらは解らん。本質的な相対主義があるのかな?

    >権力の無意味性についての論証には興味があるのでぜひ。

    表層的な相対主義とやらの説明次第で、幾つか考えてあげよう。
    カードを切る前にルールの説明をするのは、フェアな態度だと思うけど?w
     

  • '''' 2007-02-17 (土) 03:39:55
    元いじめられっ子としては藤花を応援したいが、残念ながらレベルが違うだろう。
     
  • '''' 2007-02-17 (土) 03:41:34
    元いじめられっ子としては藤花を応援したいが、残念ながらレベルが違うだろう。
     
  • M 2007-02-17 (土) 03:47:47
    >''''

    いや、俺もかつてはそうだったよ。っていうか俺の場合、いじられっ子からいじめっ子に変質し、傍観者にまでなった。でも処理したし、出来る。

    俺はなるべく、そういった感情を廃して語りたいと思ってるし、ぷりっぷりのおしりの説明は理解出来る。彼を応援する事は、俺の中で未だべったりと張り付いているどす黒い感情を処理する事に繋がるのだw

    それが、俺がいじめ擁護する個人的理由。
     

  • 藤花 2007-02-17 (土) 08:52:33
    >M
     啓蒙目的ならば言うことは何もない。その限度において浅薄ではないと訂正して引き下がるよノシ

    >ルールの説明
     そこまでしてご高説たまわろうとは思わんよw
     

  • 21:39:56 2007-02-17 (土) 11:12:29
    とつが死ぬほど語り尽くした「思想の本質」とやらはもうお腹いっぱいです。
    凸により正当性を帯びた公式を当てはめていく様を見るのも、そろそろ食傷気味です。
    ウィキ読者自身が新しい公式を生み出すことは出来ないのですかね。

    実践的な知は(ウィキとしては相応しくないが)法学等に見ることができるが、まぁ脱−とつの一例ですのでどうでもいいです。
     

  • とつげき東北 2007-02-17 (土) 11:21:17
    藤花氏らの指摘を封殺しちゃいかんよ。

    ウィキペディアなりなんなり、専門的記述や歴史的記述を含めたモノがいくらでもある中で、このウィキの存在意義が問われるなら、「『名言』という切り口からの分析」に始まり、最終的に「知的笑いの供給」をすることに尽きる。

    いじめに係る一般的な諸問題をうんぬんする場所ではないので、項目としてそういう方向に持って行くのは変だと思うが、レス部分での考察等を放棄して「ハイ、相対化しました、オシマイ」ではまずかろうに。>M
     

  • とつげき東北 2007-02-17 (土) 11:24:26
    ん、かぶったな。
    たぶん言いたいことは同じだわ>21:39:56
    もちろん、このウィキの項目で、たとえば「タバコ……」について、医学的にどんな影響があって、法解釈上「公共の福祉」がどう位置づけられて、などとやるのは大間違いだと思うがね。
     
  • えー 2007-02-17 (土) 13:45:57
    >Revin
     いや「先にやったかやられたか」を重要視してる社会通念から「大衆は受動的」は上手い表現だ。と思ったから一般化できないか?と精度を高めるために反例を考えただけです。何となくもったいないな。
     
  • '''' 2007-02-17 (土) 14:14:28
    凸の登場と、Mへの批判によってMの意見がガラリと変わるのかどうか非常に楽しみ。
    いまや凸はこのwikiにおいて「神」になってしまったねぇ。
     
  • '''' 2007-02-17 (土) 14:30:41
    管理人が隅に追いやられてたら面白いのに
     
  • えこ 2007-02-17 (土) 14:49:18
    なるほど。とつげき東北「最近のいじめは陰湿」は、
    藤花氏が言うところの「社会的承認」――ここでは「安直な「手段の規制」論」、
    いじめを減らすための手段としての、のもつ名言性の検出ですね。
    指摘されている内容は、まさにそのとおりだと思います。

    同じようにいじめを減らすことを目的として用いられる「いじめかっこわるい」という言葉もすごいですよね。
    「正気か!」と思ってしまいます。
    いじめられて死ぬ奴のほうがよっぽどかっこわるいと思うのですが。
     

  • M 2007-02-17 (土) 17:00:51
    >21:39:56

    したいんだが、出来ないのが現状。これが中々難しいw
    まぁ実力不足だわさw

    >凸

    封殺どころかむしろ引き出したかったんだが、結果的にそうなったね。
    議論に勝って勝負に負けてりゃ世話ないわw
    今回はマッチポンプだったな。反省。

    結論を先延ばしにして、少しずつ小出しにしてみるか。
     

  • とつげき東北 2007-02-17 (土) 21:19:19
    神に仕立て上げないようお願いしますよ。
    まぁ自分の好きなように「知的」を定義できるというずるいシステムだが!

    今回の藤花氏、時間氏含めて、色々考えてくれる人が参加してくれてるので、楽しいです。

    Mへのアドバイスだけど、相手をバカにすること(または黒い発言をすること)は、エンターテイメントの議論に必須の要素だけども、もうちょっと相手を見てから、さらに、言葉を選んでやろう。
    バカにしないと、と急ぎすぎだよ(笑)
     

  • M 2007-02-17 (土) 22:43:15
    あいさぁ!気を付けます!忠告に感謝w

    ゴメンよ藤花。精進します。
     

  • 亡国 2007-02-17 (土) 23:38:17
    だめだよM、そんなにあっさり伝家の宝刀に屈服して悪しき前例を作っちゃあ。
    ここは有望な後進の芽を摘まないためにも一矢報いなきゃ。

 

  • Revin 2007-02-17 (土) 23:38:32
    >えー
    表現の問題によって不本意な点を争う議論になりそうなのを防ぐ予防線を張ったんだぜっ・・・!

    「脱−凸」は必要だろうが難しいな。
     

  • M 2007-02-18 (日) 00:03:13
    >亡国

    一矢報いるも何もw俺ばっかり攻撃しても仕方ないもの。
    議論としては俺の勝ちだけど、エンターティメントとしては失敗したってだけの話だよ。

    間違った前提に立って総攻撃食らうのも願い下げだしなw←経験済み

    有望な後進に関しては亡国に一任するよ。俺は前線で戦いまくるからw
     

  • 亡国 2007-02-18 (日) 00:38:20
    >M
    貴君の意気や潔し。骨は私が拾え・・・ないか。
     
  • ぷりっぷりのおしり 2007-02-19 (月) 14:26:12
    脱凸かつ名言的切口でおもしろい分析・議論ってきんたまついてない男みたいだな。
    ちょっと考えてみよう。
     
  • oho 2007-02-19 (月) 15:01:12
    イルカは人間顔負けのいじめをやるそうだ。
    http://diary.jp.aol.com/zsf4wxzva7/301.html
     
  • '''' 2007-02-19 (月) 18:39:00
    >>M 2007−02−16 (金) 22:23:01 
    自分に酔いすぎww
     
  • M 2007-02-19 (月) 23:07:19
    俺はバッカスの祝福を受けて投稿してるからねw
    それくらいは朝飯前っさ!
     
  • マネ 2007-02-20 (火) 01:12:44
    一般社会において「道徳」等を前提にした数々の名言が繰り返されているように、このウィキにおいても「ウィキの定義」を前提にした数々の“名言”が繰り返されている。

    このウィキで定義されている「知的」態度の核心が「凡庸さに反する意思」にある以上、ウィキの内部で「知的」たらんと欲すれば、必然的に「ウィキの外部」を志向し、ウィキをディコンストラクトする方向に向かう。

    とつげき東北とrevinは間違いなく「神」だが、この神は自らの偶像化を拒否する神である。
    一神教と聖書がその内部に自らをディコンストラクトする契機を含んでいるように、このウィキもまたウィキ自体をディコンストラクトする契機を含んでいる。


    「脱−凸的」かつ「知的」な語りってこういう方向性かな?
    面白くするにはMや俺のような取り巻きを笑う方向にもっていけばいいだろう。
     

  • ぷりっぷりのおしり 2007-02-21 (水) 00:56:53
    おらもおらも。
    新しい方針的なものの提案。
    使いまわされた凸公式に食傷気味の読者を救うことが目的ならば、wiki独自のルール的なものにそいながら新鮮ななにか(凸公式のうち、使い古されていないものを含む)が提供できていれば、「脱凸」にこだわる必要はないだろという立場からの提案。ルールにこだわるのは、そのルールの下にマニアックな趣向を持つ人たちが集まるからであり、凸の言うように総合的なウィキになってしまっては魅力が半減するからだ。

    テーマとしては「名言でボケよ」といった感じか。

    現状のウィキは、たまに項目のオチで名言による<ボケ>的なものが入ることもあるが、名言に対する<ツッコミ>を中心に議論や分析がなされている。名言を吐きつつ怒ったり感動したりする大衆に、名言的側面からツッコミ的分析をして笑うということを中心にウィキが回っている。そして、その形式が一部読者の間で飽きられつつある。
    これに対して、今回私が提案するのは名言的「ボケ」への意志・行為・発言だ。馬鹿を笑い飛ばすだけでなく、自ら名言をボケ的に使用し、名言をもっと積極的に弄ぶ方向性である。

    具体例としては、次のようなものがあげられるだろう。

    ・ネタボケライフ第366回4位
    ・ネタボケライフ第376回9位
    ・ネタボケライフ第463回3位

    このような発言は、その名言の相対化の直感的な把握を促すものであり、また名言の名言性を示す最も端的な表現の形式であり、なにより笑いを提供するものである。
    笑いによって敷居が下がることで、参加者の増加も副次的に期待できるだろう。


    参考
    毒と笑いととつげき東北
    01/03/02
    笑いの精神
    (リンクはろうとすると全角になってまじうんこ)

    ちなみに、手本を見せろという振りは受け付けない。
    ネタボケライフにおける私の極めて凡庸な成績を見てからいえ。
    そのような振りは許されない
    圧倒的に許されないのだ。
     

  • えこ 2007-02-21 (水) 06:56:27
    「脱凸」とは「凸的であることにおいて凸を超えよ」ということではないですかね。

    慎まれるべきは「このウィキの定義」の名言的利用。
    逆に、あらゆる参加者の(とつさん・Revinさんを含む)あらゆる発言(「ウィキの定義」を含む)から名言性を検出しようという姿勢を徹底せよ。

    >面白くするにはMや俺のような取り巻きを笑う方向にもっていけばいいだろう。(マネ)

    ですね。
    本項目レス部分の展開はおもしろかったですよ。

    藤花さん、ナイス!(笑)
     

  • M 2007-02-21 (水) 21:42:56
    敵が増えるのは歓迎するし、思想としては面白いけど、エンターティメントの方向性として、脱構築した要素を更に脱構築するのはマイナスだな。

    ウィキ読者の中でもマニアックな一部の読者(古参や常連や作者自身)にしか受けないだろうし、それに難しい。

    何しろ、凸が脱構築した要素を更に脱構築するわけだから、凸を論破するより難しいw勿論、思想家として、凸より上位にランク付けされるだろうけど。

    そうするくらいなら、一度白紙に戻して、自分で脱構築した要素を凸ウィキにぶつける方が面白いかもしれない。
    もっとも、これも並大抵の事じゃないけど。
     

  • そこで 2007-02-22 (木) 01:40:30
    凸の劣化コピー、エピゴーネンから脱構築していくべきであろうw
     
  • 藤花 2007-02-22 (木) 17:45:18
    まあ議論をエンタメとして継続提供していくってのは難しそうだわな。
     
  • 名無し 2007-02-22 (木) 17:59:53
    Mさんおもしろい!もっとがんばって!
     
  • M 2007-02-22 (木) 20:30:07
    【そこで?】【それでも】の間違いだろ。

    凸が脱構築化した概念を更に脱構築化し、それを一般化した上で更に取り巻きを笑い者に仕立てる。

    こんな離れ業を、示された道すら歩けないよちよち歩き未満の赤ん坊が出来る、と言うのならやってみれば良い。

    俺がおしゃぶりを取り上げて、ぎゃあぎゃあ泣き喚くお口に優しくfackしてあげよう。
     

  • 21:39:56 2007-02-23 (金) 13:40:59
    (fuckの間違い?)

    まぁ完全に脱しなくても、新たな公式を見つければいいのだが。
    凸の部分集合からの巣立ちですね。
    とつ自身も新たな笑うべき構造を日々発見・提供してくれているので、まだまだ余地はあるかと。
    飽きて脱−中心化するのはまだ時期尚早かなと。
     

  • M 2007-02-24 (土) 19:37:30
    fuckの間違いwダサッw

    まぁコンテンツの見限り自体は個々人の判断ですれば良い問題であって、わざわざ著作側が合わせる様な問題じゃない。

    新規ユーザーは後から幾らだって来るし、マンネリって言うのは、あくまで
    受信側の問題だしね。
     

  • 亡国 2007-02-27 (火) 01:20:06
    現在休止中のあるHPの「いじめ」に関する議論コーナーで、凸と見まがうばかりの御仁に遭遇した。彼は若き日の凸に違いない・・と思う。
    それとも、知る人ぞ知るで、緘口令が敷かれているのかも。
     
  • 原田 2007-07-09 (月) 18:45:22
    俺は小学生の頃今住む場所に転校して来たのだが、少し訛りがあったせいで周りにからかわれていた。そんなある時皆で駅のホームにいたのだが、その内の一人が線路にガムやツバを吐いて遊び始めた。周りもそれを真似し出し『お前もやれよ』と言われた俺は、ここしかないとばかりに特急列車にメロンソーダをぶっ掛けてやった。その行動に全員が驚愕し、慌て、走って来る駅員から懸命に逃げた。今考えても俺はその時から周りに認められるようになったと言っても過言ではない。いじめられたくなければ周りを認めさせるしかないだろう。そのためには自分が輝ける場所を探すほかない。
     
  • 2007-07-29 (日) 12:07:04
    いじめ、カッコイイ
    雑魚をいじめてストレス発散の何が悪い
    頭が悪い奴俺達は本能に従うまでだ
     
  • ここまで読んだよ 2009-10-17 (土) 17:34:09
    焼肉定職な世の中でこれがなくなることはない
    既に凸が俺に対してやっている(笑
    最近のいじめは陰湿だわ・・・・・
     
  • バルバトス 2009-11-10 (火) 10:12:08
    俺の本能が叫ぶのさ、、、貴様らを殺せと!!!!
    TOD
     
  • とつげき東北 2009-11-10 (火) 13:24:05
    >ここまで入れる

    失礼だな。
    いじめと区別は違う。

    なお、差別とキャベツは完全に同じだから覚えておこう。
     

  • ここまで読んだよ 2009-11-10 (火) 15:00:43
    差別と液キャベが親戚なのも同じ理由だな

    当時の陽動をいまさら取り上げられるのはこっぱずかしいな
    まだたくさん仕込んでいたはずだから、これからもいじめは続くだろう
    心して待ってるよ
     

  • syslogd 2011-10-03 (月) 15:22:55
    藤花さん

    >>道徳主義者の無自覚な非道徳性の指摘は、道徳が持つ権力やその社会的承認を無視しているから浅薄?

    >質問の意味がよくわからなかった。あほでゴメン。

    あなたの指摘する通り、世間のいじめ批判は社会的承認を必要条件として容認されるものだが、大衆はその「社会的承認」という条件に無自覚なまま、いじめ批判をしている。その無自覚さに対して、「形式同じじゃん」という皮肉を放っているのだと思います。

    例えば、大衆に「いじめ批判はいじめと同じ形式を持つけど、それって矛盾だよね?」と指摘すると、大衆は「いじめが悪いのは当たり前だ!」と言い、いかにいじめが悪いかを外延的に語るでしょう。藤花さんのように、内包的に反論する人は、おそらく皆無かと。

    なので、その無自覚さを笑うという趣旨からして、本文の相対主義は本wiki的に正しいと思います。

    4年前のコメントにレスするのもなんですが。
     

  • syslogd 2011-10-03 (月) 17:21:22
    社会的承認って、トートロジーの気がしてきた。

    まず、社会的多数が「いじめは悪い」と考える。その数を持ってして、「いじめは悪い」という社会的合意が形成される。結果的に、個人レヴェルでの「いじめは悪い」は、社会的合意に一致する。

    「いじめ批判はいじめと同形式だ」という指摘がマジレスであれば、社会的合意という要素を除けば確かに形式は一致するが、それは無意味な相対主義である…というのが藤花さんの指摘。

    で、個人レヴェルにおける「いじめは悪い」という見解は、たまたま社会的合意と一致するから「正しく」見えるのであって、そうした正当性が付与される過程に無自覚なまま「いじめが悪いのは当然です!」と愚直に語るのは滑稽である。というのが本wikiの趣旨かなと。

    この場合、藤花さんの指摘は、当該の過程を自覚したいじめ批判者の擁護とはなり得るけど、そのようないじめ批判者はほぼ皆無なので、大多数の無自覚ないじめ批判者をターゲットにした本文は、本wiki的に正しいかなと。
     

  • syslogd 2011-10-03 (月) 17:50:41
    本文にもちゃんと書いてあったな。

    >もしいじめが悪であるがゆえに禁止されるならば

    (大衆が言うように)悪であるがゆえに禁止されるならば、…という矛盾が発生する。悪であるがゆえではなく、それが社会的合意だから「正しい」とされるのだ(という事実に大衆は無自覚である)。

    ってことか。
     

  • '''' 2011-10-05 (水) 15:06:10
    >4年前のコメントにレスするのもなんですが

    歴史にifは禁物といわれるが
     

  • '''' 2015-03-10 (火) 20:56:43
    原田おもしろすぎる
     

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Last-modified: 2015-03-10 (火) 20:56:43 (1196d)