とつげき東北

 どんなに鬱陶しい先生でも、卒業し進学する頃には懐かしさとともに「思い出」になりゆく。「懐かしさ」とはどういった感情なのかという問いについてはここでは触れないけれども、その条件の一つとして、相互の権力的関係がなくなることが必要であることは指摘しておこう。
 緊張の緩みが一種の感動をもたらすという共通の傾向を利用した教育があるように、「懐かしさ」の感覚もまた、権力関係が弛緩する際にのみ生ずる。鬱陶しい相手から開放されることが保障された瞬間、その相手の嫌さも「許す」ように働く。

 これは漫画等において、殴りあった中学生同士が河原で認め合う風景の反復であろうか。無意味な対立をしないための遺伝的な何かがあるのだろうか。犬も叱ったあとになでると平素以上になつく。
 ここでは、「権力的な態度からの開放」時に格別の安心感が得られるという風に考えるのではなく、権力に対する防衛手段としての従順さが、敵から「身を守る」ための手段であって、その延長として相互に権力関係から開放された場合に互いに「なつきあう」現象が生じるのではないか、という仮定だけを示しておこう。
「あの人はいい人だよ」などと無意味な断りを入れつつ、酒の席でそれとなく当人に対する不満を発露する場面と同様に、従順であることは権力に対する一つの次善の=一般的には最善の抵抗なのである。


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Last-modified: 2010-08-24 (火) 18:39:56 (2798d)