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(例1)
とある小学校の運動会で、5年生の赤組が同学年白組の倍の点数を取った。
「5年の赤組は強い」これは後述する理由で錯覚である。先生までもがそんなことを言った。

何故これが錯覚かは簡単な話で、
・クラス毎に赤組/白組を分けていた
・5年生は3クラスしかなく、赤組2クラス、白組1クラスに分けられた。

5年生の赤組の人間が運動会の得点力において特に優秀だったのではない。
人数が白組の倍だったから、当然点数も倍になったのである。

(例2)
成績でX/Y/Zクラス(実際は違う名称だったが)に分かれる塾があった。
定期試験の順位表上位は当然Xクラスがほとんどを占めたが、私の地元の分校ではYクラスでも順位表上位に載る生徒が私を含め数名居た。
「ウチのクラスは優秀だ」と担任が喜んでいた。
これは以下の事情により当前の結果だった。

・私の通っていた分校にはXクラスが無かった
・Xクラスがある分校は最も近いもので駅2つ離れていた
・当時私達はまだ10歳そこいらで、受験を意識する者はあまり居らず、わざわざ2つ離れた駅まで通う理由がなかった。

塾トータルの実績を考えれば、上位の生徒は完全に中学受験用のXクラスがある分校へ移させた方がいいのであって、
このような生徒を多く抱えてた私の地元は、優秀どころか士気が低かったとさえ言える。

(例3)
テレビ番組で、鬱に関する特集をやっていた。
「鬱が自殺に繋がる脅威」として、「自殺者の約7割が鬱傾向にある」と報じた。
十数分後に、「蔓延する鬱」として、「とある村で調査したところ、全体の7割弱が鬱傾向にあった」と報じた。

番組に「鬱病の人間自殺しやすい」という意は確かにあったのだが、
全体の7割弱を鬱と見なしては、自殺者の約7割が鬱でも何ら不思議はなく、
鬱と自殺の因果関係はほとんど無いと言えてしまう。

−−−−−

「Aの人は、Bだ」と因果関係があるかのように語る前に、まず以下のことを考慮しなければならない。

・Aの人がBである割合は、Aでない人がBである割合より多いのか(例1、例3)
・対象がBである所以は、A以外の要素によるものではないのか(例2)

身の回りのAの人間がBばかりだからとか、
ましてやAの傾向を持つ特定1人からBの現象が見られた(テレビでもしばしば見る手法)などから安易に判断するのは論外である。

  • ある人が、相関関係と因果関係を混同するか否かは、その人に知性があるか否かと、因果関係ではなく相関関係にあるらしい。 -- yu 2007-01-03 (水) 23:28:46
  • あの人は、へんしゅちゅしゃだ。 -- あ 2007-01-13 (土) 01:01:10
  • マンモスフルート 2008-09-07 (日) 07:06:44
    「5年の赤組は強い」の「5年の赤組」という言葉は紅組を構成する一個人とも赤組全体ともとれる。前者なら確かにAsの言うとおりだが、後者ならばこの発言は正しい。実際5年の赤組は白組の2倍の点数をとっているのだから。
     
  • はいはい 2008-09-18 (木) 03:49:41
    ゆめがあるね。
     
  • 2008-09-27 (土) 20:13:17
    あの人は天才だ。あの人・・・あの人・・・。
     

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Last-modified: 2010-08-24 (火) 18:39:52 (2888d)