ぷりっぷりのおしり

 
 男女間でなされる、互いの好意を確認し、互いを肉体的・精神的に行使・拘束しあうことを了承する儀礼的な口約束。

 世の多くの人々が、あの人と付き合いたい、この人と付き合っていたいと願っていることだろう。なるほど、「付き合うこと」を経ることで、途端に、股間を含めたさまざまななにかが緩くなる人も多くいるわけで、彼らを意のままに操るためには、確かに「付き合うこと」は有効かもしれない。それを思えば、意中の人と「付き合いたい」という願望を抱くのはごく自然な行為だ。また、好きになったら「付き合いたい」ということを妄信してしまうことも、貞操観念や社会的風潮の影響の大きさを考えれば、ごく普通のことだ。
 
 しかしながら、「付き合っている関係」の間でなされる交流のほとんどは、いわゆる「セックスフレンド」の間でも充分可能な交流であるというのもまた事実だ。このことに充分に留意し、目的に対して「付き合うこと」以外に考えられないような妄信的状態は避けるべきだ(例えば意中の相手とのセックスが主目的なのにもかかわらず、付き合うことを第一義として信じて疑わない姿を想像するとよい)。これらを理解せず、恋に落ちたとたんに「付き合いたい」と思い、それしか見えなくなることは、極めて名言的かつ宗教的な衝動である。

 以上を踏まえ、今私達は、「付き合う」という「儀式」はあくまで目的を達成するための道具的に存在する物だとする立場に立つ。抽象的に言えば「親密になること」、具体的に言えば、たくさん話すことや、どこかに一緒にでかけに行くこと、セックスすること、好きになってもらうこと、相手を束縛することが目的であって、「付き合うという儀式」はその手段でしかない。

 では、それを手段だと捉えられたとき、その目的と手段としての道具的価値との相関はどうなっているだろうか。
 一般に、どこかに一緒にでかけたり、話したりすることは、付き合っていなくてもできることであり、付き合うことより難易度が低い。したがって、付き合う事をこれらの目的達成の手段として考えることは不適切である。また、セックスをすることや好きになってもらうことは、付き合う事とほぼ同等の難易度である。同等の難易度ならば、手段として利用するには有効とはいえない。あるいは束縛することが目的の場合、相手が付き合っていることにより、思考や行動の制約がかかるならば有効である。ただ、その強制力の大きさは、相手にとっての自分の存在価値に大きく依存するので、結局のところ「付き合う事自体」による制約だとはいいがたい。もちろん、相手が「付き合っている事自体」によって制約を受けるような相手で、かつ付き合うことが可能であれば十分有効な道具として機能するだろう。

付き合う事の道具的価値と目的の難易度の相関をまとめると次のようになる。

1)付き合う事より難易度が低い目的の場合
付き合うことの価値は低い。

2)付き合う事と難易度が同等の目的の場合
付き合うことの価値はたいしたことない。

3)付き合う事より難易度が高い目的の場合
相手にとっての自分の存在価値に比べ、 付き合う事自体の価値が、相手にとって無視できない存在である場合のみ付き合うことの価値がある。

(ここでいう目的の難易度は、付き合う工程を抜かした場合の難易度を指す。)

 以上に示したような、付き合う事を道具として捉えるときのもっとも大きなメリットは、好きになったら「付き合わなければいけない」ような信仰的ななにかから、心の底から自由になれることだろう。 肝心なことは、相手と何がしたいのか、何をして欲しいのか、どうなって欲しいのか等、相手や相手との関係に対する満足の度合いである。付き合う事はそれを満たすための道具でしかない。付き合うこと自体を道具として捉えられないならば、苦しい道のりではあるが、それはそれで幸せだろう。しかし、やはりというべきか、「付き合いたい信仰」は、多くの道徳や倫理観と同様、不満発生装置としてもめざましい成果をあげているという現実もある。

 例えば、目的のために「付き合うこと」が必要ない(あるいは害悪になる)にもかかわらず、「付き合うこと」を望むがそれが叶わず、もがき苦しむ頭の不自由な方々の「恋愛相談」がまさにその状況である。根幹としての「付き合いたい」信仰だけでなく、「気持ちを伝えることが大切」や「失って初めて気づく」や「かわいい人にはもう彼氏がいる」等の名言が惜しげもなく語られるその状況は、まるで名言のガラパゴス諸島のようでもある。

  • 項目になったんですね。おめでとう御座います。 -- 必死… 2006-12-26 (火) 11:32:07
  • 「付き合うってなんだろう?」という愉快な恋愛相談を受ける機会が割とあるが、常に「自分で決めれば?」と言っている。「付き合う」「人生」「友達」「家族」等に対して、一般的な定義以上に(感動的な)「意味」を求める行為は、常に滑稽で悲惨である。とつげき東北氏曰く、「相対化からやり直してきてね」  -- ret 2006-12-26 (火) 13:08:46
  • >「肝心なことは、相手と何がしたいのか、何をして欲しいのか、どうなって欲しいのか等、相手や相手との関係に対する満足の度合いである」 そう、この肝心なことが腹に落ちていないと不幸を招く。ただし、「恋愛」では「相思相愛」が望みとなる点に注意が必要。つまり、「二人のありよう」(相手や環境に対する要求だけでなく自分自身の変化も含めた、あらゆる作用やはからいによって達成される状態)に対する満足の度合いが問題となる。これに対して、「付き合うこと」は一種の契約関係なので、次元の異なる概念である。ぷりけつは、これを目的と手段という表現で指摘した。「恋愛」と「付き合うこと」を混同してしまうこともまた不幸を招く。付記:不幸はあまり笑えない。凸の母ちゃんは不幸でないから笑えるのだと思う。 -- うまい 2006-12-28 (木) 06:35:52
  • 付き合いたいと思う動機の一つとして、「付き合ってる」という第三者に対するブランド的効果についてはどうでしょう?どちらかと言うと「別れたくない」動機なんかな。女友達でそゆ事言うてた奴がおったのでちょっと投下。 -- 鍵の字 2007-01-04 (木) 05:27:01
  • >鍵の字 「付き合うこと」のブランド的効果については、ぷりけつが「相手を束縛すること」をその目的の1つとして挙げていることに含まれると思う。ブランド的効果のために「相手への影響力を第三者に誇示する手段」として「付き合うこと」は有効だろう。ただし、第三者に対するブランド的効果は、本人が期待するほど大きくはないような気がする・・。(例:アイツが彼女と付き合うなんて何かの間違いだ。) -- うまい 2007-01-04 (木) 22:47:36
  • >うまいさん すいません。書き方がヘタクソでした。「恋人が居ない状態」がダメと評される風潮があると思うので、それに対する「恋人が居る状態=付き合ってる」という事実そのものが第三者に対して一種のステータスとして働くんじゃないかと思ったんで、それも動機になりうるんじゃないかと。ブランド的効果だとうまいさんの解釈が当てはまりそうですね。イメージで不適当な言葉を使ってすいません。 -- 鍵の字 2007-01-04 (木) 23:40:56
  • >鍵の字 「第三者に対する効果」ということならブランド的効果とほぼ同じような気がします。「第三者に対する効果」を考慮せず自己評価のみを問題にする場合、「恋人が居ないとダメと評される風潮」に流されるなら、ダメと自己評価しないために付き合う事は「2)付き合う事と難易度が同等の目的の場合」または「3)付き合う事より難易度が高い目的の場合」に相当する。流されないなら、目的(ダメと自己評価しない)に対する手段(付き合う事)の価値は低下する。と思います。 -- うまい 2007-01-05 (金) 01:55:22
  • 【異性に対して】「恋人がいない状態」の方が有利でしょう。むしろ付き合うことのデメリットとして、同時に別の人への目的が果たしにくくなる事があげられるくらいです。【同性に対して】そんな風潮に流されて低評価を下す様なアホから高い評価をいただくために付き合うなんてそれこそアホでしょう。 -- ここ一 2007-01-05 (金) 02:32:50
  • >うまいさん 今一つ分かりかねます。うまいさんの解釈によれば、(第三者に対する)ブランド的効果は相手への影響力の誇示のはずで、恋人が居る事を自慢するようなものでは無いのでは?何か希少な品物を手に入れたとして、「これは俺んのだぞ!」って言うのと、「俺はこんなに良い物を持ってるぞ!」って言うのとは違いますよね。自己評価については考慮外でした。そういう風潮に流されると言うからには自分でもそう思い込む事はありますね。ボケてました。そこはうまいさんのコメントに賛同します。 -- 鍵の字 2007-01-05 (金) 03:46:03
  • >ここ一さん もしぷりっぷりのおしりさんに加筆して貰えるなら、そのコメントも参考にして貰えば良いかと。私はそんな意味分からん風潮で動機を持ちませんが、大衆の「付き合いたい信仰」の源泉の一部にそういうものもあるように思ったので、コメントさせて貰った次第です。それに類する表現はなされてなかったはず・・・意味分からん風潮が動機になるとか、いかにも大衆的な例示としては良いかなぁと思ったんですが。 -- 鍵の字 2007-01-05 (金) 04:08:40
  • >鍵の字 自慢[の目的]から自己評価(自己満足)要素を取り除くとブランド的効果しか残らない、と考えていますが、賛同できますか? -- うまい 2007-01-06 (土) 02:22:22
  • >うまいさん 私が最初にコメントした時のブランド的効果の私的な解釈としては「第三者に対する自慢」という事で、賛同する形になるんですが、うまいさんのブランド的効果の解釈は「相手を束縛する要素の一つ」だったはずなので、その二つはイコールで結ばれないでしょうし(2007-01-05 (金) 03:46:03のコメント参照)今一つ違うように思います。蛇足ですが、ブランド的効果という表現は、うまいさんの解釈の方が的確だと思っています。 -- 鍵の字 2007-01-06 (土) 09:45:50
  • ぷりけつの気になってる事は (解説)付き合うこと かそうかモテナイのか可哀想に・・・ -- あ 2007-01-13 (土) 00:00:07

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Last-modified: 2010-08-24 (火) 18:39:42 (2826d)