毒と笑いととつげき東北


〜〜過去の日記〜〜
3)00/12/22〜00/12/29分
2)00/12/14〜00/12/21分
1)00/11/24〜00/12/13分

↑日記というのは書けば書くほどネタがなくなるもので、やっぱりこの上の3つくらいまでがおもろいかなあ(笑)



01/02/05

まずいメシやめい!

今思うと、うちのおかんは類い希なる料理下手であった。とにかくまずい。
そのまずさたるや筆舌に尽くし難く、母の料理を思い出すたびに「ドヘタ!」という憤りだけが残るのである。

例えば、我々にとって天ぷらとはなにか。
我々は今、天ぷらについて改めて問い直す時代に来ている。
とつにとって、天ぷらの定義は次のようなものであった。
「まずいが、それをガマンして食べる程度の価値はある、栄養分にとんだあぶらっこいベチャベチャのモノ。」
そう。普通の人にとって「天ぷらって美味しいよね」とかそうあるべきものが、おれにとっては、「薬」と同じ、「良薬は口に苦し」な対象だったのだ( ´Д`)
そもそも、美味しい、いや、好きじゃない、の対象ではなかったのだ(ノ_・、)

他にも例えば、ハンバーグ。
ハンバーグなど、小さな子供が最も喜ぶはずのメニューであるが、うちのおかんは、我が子がハンバーグではなく、その
横についているサラダのみを無限におかわりし続けていたことに何の疑問も持たなかったのだろうか? 「とつは、サラダが好きやねんねえ」・・・いや気付けや子供のアピールに!

そしてつらいのは、「残り物」の処理である。
例えばハンバーグが余るとする(需要と供給が全く一致していないのだから経済学的に言って余るのは必然である)。
そうすると次の日、「ハンバーグ入りポテトサラダ」なるモノが登場する。
強引である。
まずいのでそれ系を放っておくと大変なことになる。
2日後くらいに、
わけのわからん巨大な塊にまで姿を変え、ソレが食卓に出るわけだ。
夏休みの宿題を最後の日まで溜めてしまったような罪悪感と焦燥感が生ずる。
部分部分からニンジンだのタマネギだのの
突起物がはみ出しており、全体は黒ずんでいて見るにたえない。
ね〜ちゃんはこの
正体不明の存在を死ぬ覚悟で食っていたようだが、とつはこの恐怖から逃れる術を身に付けていた。
我が家には犬がいたからである ←
ただ、犬でさえもアレは食いきること能わざるわしく、犬が残してしまったのをおかんに見つかり
小遣いを減らされるというトラウマになりそうな事件を経験して以来、こっそり服の中に隠して2階へ持ち帰り、窓から遠くに投げ捨てるという処理法が技術化されたのであった。
(ちなみに最高記録では、道路を挟んだ反対側の家の屋根まで到達)

「食べ物を粗末にするな」? 
おかんに言ってくれ! あれは論理的に言って、食べ物ではない。

おれ、絶対お嫁さんは料理上手がいい( ≧∇≦)ブハハハ!



01/02/04

色々な意見など存在しない 少なくとも「NGワード」を含んだ意見は意見ではない。

おれが何か思想っぽいことを言うと、「それも一つの意見だが押し付けはよくない」だのと言われることがあるがクソ喰らえ。
なに「多様な価値観を認める」フリしとんねん。
大衆は大衆らしい常識やら道徳やらの中心地におり、あらゆるそれらと異なった意見を「押し付け」と見なし、「多様な価値観を認める」ことを強要する。
まともな知性を持っている人は、決して「押し付け」「迷惑」などという言葉を、真面目な発言や主張の最中に用いたりはしない。少しでも思想を勉強すれば、そんなアホなことはしないのだ。
ちょうど、少しでも算数を学べば「1/3+1/3=2/6」なんて間違いはしないのと同様にだ。

マジメに(ある程度原理的に)発言・主張をする時に、「絶対使ってはいけないダサイ語」がある(笑)。
例を挙げれば「自分に恥ずかしい」とか「生命の尊厳」とか「〜〜としての責任」とか「個人のモラル」とか「最低限のマナー」とか「バランス」とかだ。
他にもたくさんある。
要するに、「常識ではよく使われる語」であり、かつ「分析的には何の意味もない言葉」だ。
そういう言葉を真面目な場所で使った時点で、そいつがいかに物事を分析できていないか、いかに俗な常識に対して無批判であるかが即座に露呈されてしまうわけだ。
みんなが言っていることをそのまま言ってしまうということ、それが(能力的な意味で)「ださいこと」であるというセンスが、我々には必要である。

ところで、常識や道徳というのは「その時代・場所において大衆に広く支持されている思考の傾向」である。
時代や場所によって大きく変化するということは、そこに一貫したロジックや理屈が存在しないことを示す。
また、そうであるにも関わらず支持されるということは、それらが彼らにとって都合の良いものであることを示す。
(例:「お金より人間性」──必ずしも正しくないにも関わらず、多くの人にとって便利で都合の良い言葉に違いない)
それと逆の性質を持つのが「ロジック」であったり「科学的分析」である(文脈とかパラダイムがどうとかの話は取りあえずおいといてね。そんな微細な差以前の大きな差があるのだから)。
分析的に物事を考えるということは、ほとんど必ず、「常識」とは全く異なった結論へと我々を導くものだ。
徹底してロジカルに考えられた結論というのは、しばしば「常識」とは限りなくほど遠く、凡庸な常識人に「非常識だ」「バカバカしい」と一蹴されるような性質のものであり、しかし、それにもかかわらず、同じように論理的に思考する人間と、結果が完全に一致するのだ。
この快楽は、なかなか普通には得られないものだろうと思う。
「芸術の価値? そんなものはないよ」と笑って発言できるということ、浜崎あゆみだかの歌の歌詞に対して「うわあ、すっげ〜アホや〜」と理屈付きで言えるということ、どの思想家の発言が賢くどの思想家が耄碌したかが一目でわかるということ、そしてそれらが、単なる自分勝手な決めつけではなくて他の「賢い人間」によっても独立に発見された着想であるということ。明晰なロジックは、大衆が「常識」にくるまって意見が一致するのとは全く異なった部分で、思想の共有現象をもたらすのである。

「色々な意見がある」などという発言は、大部分間違っている。理由は以下の通りだ。
・ロジカルに思考すれば、世の中のかなりの問題に対して、同じ結論が独立に導かれることができる。
・狭っくるしい「常識教条主義」の凡人どもの意見は全く「多様」ではない。ありきたりな上、必ず間違っている。
色々な意見はない。あるのは、大衆の似たり寄ったりな根拠不明の共同幻想だけなのだ。


おれは初めて知り合った人と、ものの5分間でもマジメに話をすると、そいつが思想的な意味で「バカ」かどうかわかる。これは誇張でも何でもない。明確にわかる。賢い人間は1時間しゃべっても2時間しゃべっても「それおかしいやろ」とつっこめるような発言を決してしない。逆に、わかってない人間は、たった5分の会話にも、いや、たった1つの意見の中にも、必ず「間違った常識」や「無根拠な思い込み」をさらけ出してしまうのだ。
全ての言語をロジックとして処理するクセがついている人間は、絶対に、ださい発言をしないのだ。

発言には気を付けたまえ。
思想を知っていてよくわかっている者、ロジカルな思考ができる者は「NGワード」を持っている。
そして「NGワード」は、実にしばしば「大衆が好きこのんで使う語」と一致する。
だから、彼らが無思慮にしゃべると、そこで彼らの愚昧さが露呈することになるのだ。
おれが黒とつの紹介文で言った旨をよく覚えておくと良いだろう。
「ここに書いてあることが当然の前提となった時、初めて君は現代において物事を「考える」ことが許されるのだ。
  それができない者は、ただただ黙しているとよい! 君には、いかなる知的作業も不可能だからだ!」
と。



01/02/03

とつげき東北は温厚ですが嫌いなタイプがいます

青文字でHP見ましたとかよく来るねんけど、なんか、変にへりくだられると困るんですが(笑)
おれは気に入った人には優しく、気にいらない人には毒を吐くタイプなんでね。
別に、普通に接してくれれば普通の友達になれるよ(笑)。
何より、おれは温厚ですからね(笑) いやまじで。ここ5年間くらい、本気で腹たてたことないよ〜
「怒り」は、それそのものというより、「怒っている自分を見せつける効果」によって成り立つ部分も多いと思うわ。
もちろん、恋人が殺されたとかやったらさすがにおれも怒るけどさ。
変な「道徳」背負い込んで、いちいち他人の一挙一動に「思いやりがない」とかイライラしてる人とは違うからね( ´ー`)y-゚゚

ほれ、
とつげ東北 というニセモノが現れたけど、あいつしゃべってておもろいし、掲示板とかでもレス書いてくれたりして、しかもセンス抜群で笑える。
「ニセ作るな!」とか言う気など全くなし。少々それでおれの「評判」が下がろうとも、楽しければおっけーやねん。

おれが嫌いなタイプは、凡庸なやつね。
誰でも言えるような「数字が絶対じゃない」とかそういう凡庸セリフ吐いて逃げるような連中(笑)。
誰でもできることしかできないというのは普通のことやけど、それがおれの敵になると嫌いやなあ。
おれの敵になるなら、今まで誰にもできなかったことをして欲しい。
おれを完全に論破するのでもええし、第一最上で5000試合安定R2100に到達して「とつげきはドヘタ!」て言うてくれるのでもいい。別にそこまで頑張らなくても、掲示板でおれに絡むにしてもギャグセンスで笑わせてくれるとか、あるいは、とつげき叩きHPを作ってHIT数でうちを抜くとかね。
そういう面白いことができるやつは、例え敵であろうとおれは好きやわ。「参りました」て言えるわ。

言えへんねや。
妄想や根拠なしの願望垂れ流しで「とつげきは多重」とか「麻雀下手だった」とか「たいしたことない」とか。
それ、誰にでも言えることやん
青文字で「バカ」て送るとか、待ちばらしするとか、アンチ連中で勝手に妄想に浸るとか。
それ、誰にでもできることやん
雑魚という言葉がこれほどお似合いな相手はおらんわ。まさに雑な魚。

批判の内容も考えよう。
「とつげきの学歴は最高ではない」「とつげきは麻雀が最強ではない」「数字が全てではない」とかさ、
言い易いねん
おれへの批判じゃなくて、誰に対してもそれらの言葉は使えるやん(笑)。だって全部「あたりまえ」やろが(笑)。
もっと反論しがいのあること、「なぜ学歴が最高でないことがとつげき東北を否定する根拠になるのか」とか、「とつげき東北の論文のどの部分がどうダメなのか」とかまでをちゃんと(妄想抜きで)言えよ。
そしたらそこで初めておれが「反論」せざるを得なくなるわけやろ?
もしおれが「とつげきは麻雀最強ではない」でダメージ受けるなら、わざわざ安定R2000の成績とか牌譜など、HPで公開せんわい(笑)。偽造するがな。

相手してあげる気にもならんような当たり前のこととか誰にでもできることをするな(笑)。



01/02/02

感動による知性の乱れ

感動という最も俗な心理的状態は、なぜかしばしば大衆によって「良いもの」とされるらしい。
彼らは感動を追い求めすぎるあまり、何事も冷静に分析できず、何事も高度に処理しない。
「結果が全てではない」という言葉が障害者のがんばっている姿を飾り立てる時、結果を出せることの価値は相対化される。
「考えていても始まらない」という言葉で、人々は勝算のない何事かに向かって一目散に(動物のように)駆け出すだろう。
前に日記に書いたが、「いのちの大切さ」を実感するために自力出産した話なども典型的である。感動のために「いのち」そのものを危険にさらした上「いのちの大切さが実感できた」などと言っている。バカである。
「自分探し」などの恥ずかしすぎる発言が、一体「個性がだいじ」=「勉強できることが全てではない」という逃げ以外の目的で使われたことがあろうか?

彼らの「悩み」を聞いてみるといい。
最もどうでもよい友達関係やらで悩んでいる。
悩み方もださいの一言。
「どうすれば許してもらえるだろうか」 ←謝れ。そして許してもらえないなら諦めろ。
なに許してもらう方法自体を探すのではなくて、「悩んでいる自分」に酔ってるねん。
そして「他人がどう思うかとかじゃなくて、自分自身の納得できるように行動すればいいよ」などの
超ださいドラマ凡言で彼らは納得し、あらぬ方向へと走って行く。
待て! 今全てが蒙昧やったよ!! なんでそれで納得できる程度のもので詰まってたん? 君?
そんな凡庸ででたらめな言葉で解決する全ての悩みには意味がない。
感動のために悩んだふりするのやめい! 悩んでいる自分に酔うのやめい!
例えば「自殺は悪か?」な〜んてくだらん問題で「難しい問題ですね」とか深刻そうに発言するな!
なんでそんな簡単な問題で悩む? 低能の証明してどうする?

もっとさっぱり行動しようよ。
一つ一つの言葉を、態度を、思考を、感動で塗り固めるのやめようよ。
感動にまみれた見苦しい姿で「どう? おれって感動的?」と迫るのやめようよ(女性ならおっけい)。
厚化粧すぎて気持ち悪いだけやねん。
おれが誰かの悪口を言ったとき、「とつはその人のことが心配だからそう言うんだ」「相手のことを考えてわざと厳しく言ってるんだね」とか考えるのやめい(笑)。
おれは虫酸が走るような善意に満ちあふれてない。おれの気に障ったから文句言うただけじゃ。
もちろん、おれの言ってることが間違ってるなら、逆におれが批判されるだけやねん。おれが正しいなら、それでええねん。
いちいち正しいことを言うたびに、その発言の道徳性まで高めるつもりはないわ。
道徳性で塗り固める必要があるほどには、おれの発言は間違っていないの。そこらによくいるバカと違ってな。
(ほら他人のことを多重呼ばわりしたことあったでしょ? 確証もないのに多重呼ばわりすることは「道徳的に」良くないけどね、おれはちゃんとデータを出してるわけよ。そしてそれで充分。「道徳性」にしばられておれを批判することほど見当はずれなことはない。なぜならおれはそんなものとっくに放棄しているからだ)

「信頼」とか「友情」とか「思いやり」の方向に全てを持っていくのやめよう。
おれはどんなに仲良い他人でも、その能力以外で「信頼」など絶対しないし、「友情」幻想など持たない。「思いやり」? プ。
友情って、「その人が自分にとって必要」である時に感じる支配欲と願望の一形式で、「思いやり」はその発露でしょ?
なんでそういう当たり前の認識が欠落するの? ドバカ。

とつ仮説:
彼らの知的活動があまりにも浅いために、「感動」なしでは余りにも毎日が退屈なのだろうか?



01/02/01

IT革命? そんなものはない。

「東北大学大学院情報科学研究科」。ここに、なんら情報科学のできないただの凡人がいる。
情報科学研究科には、いわゆる「理系的領域」の専攻の他に、「文系的領域」の専攻がある。
「知識と社会の関わり」とか、文系の多くの領域と同様、適当なことを適当に語るだけの分野があるのだ。
そこの教授で、「私は未だにインターネットをやらないんですよ」と豪語しているオバカがおるわけだ。
仮にも独立大学院の、情報科学研究科やぞ?(笑)
彼がインターネット嫌いな理由がまたすばらしい。
「手書きの手紙のような心の交流が大事。文化が大事。」
超うるさいわカス! 大衆そのまんまやないかおまえ。
電子メールでは心の交流ができないという、単に電子メールについていけない人がルサンチマンからでっちあげただけの俗説に未だにすがっているクズ。日本という狭い世界の狭い時期の通信手段だけを文化と考える19世紀的イデオロギー。ださい。
電子メールでは心の交流ができない程度の心しか持っていない人は、手書きの手紙を書いても心通じあわない。
もっと昔の、石を並べて意志の疎通をはかっていた文化は大事にしないの? なんで手紙なの?
お前が(能力的に)できることだけを絶対のものにするなって。せめてもっとうまくごまかせって。

あのバカどもの巣くう「文学」の領域でさえ、ようやく最近「ブンガク」などと名乗り、自分を相対化しはじめたんやよ。
まあ音楽界とか、大衆に近い分野はまだまだ99.9%がただのアホだが、学問の先端でこんなカスがおってどうするねん。
なんで50年以上前に他人が気付いたことに、未だキャッチアップできないわけ? 愚昧。

そういえば最近の音楽の歌詞を聞くことがあるが(あるいはたまたまドラマや討論番組を目にするが)、
相変わらずだね、彼ら
あそこまで向上心のない形式が他にあるだろうか?
「汚れた社会」だの「歪んだ少年の心」だの「愛が全て」だの、ウソばっかりやろうが。
何の勉強もしてない作詞家風情が何か「語れる」とか思い上がるな。
ルサンチマンと「自分の手の届く範囲を絶対としたい」願望の垂れ流し。ああレベル低い。
全て間違っている。
そしてその形式は例えば、「とつげき東北批判」の形式でもあるし、あらゆる「自分には手の届かない、うらやましいもの」に対する大衆の視線の形式でもある(知識人・科学者・官僚・お金持ち・芸能人・・・etc.)。



01/01/29

「道徳的贈与の一撃」に関して 「私障害者だが.」はやめよう

弱みを見せた者に対して「必要以上の」攻撃を加えることに対して、人間は、恐らく大部分本能的な嫌悪感を生ずる。
掲示板での「論争」などにおいても、相手がいきっているうちには攻撃は楽しまれるが、相手が既に戦意を喪失して「腹を見せている」にも関わらずそこに攻撃を加えると「ギャグ」として通用しにくくなる側面をもつ。
ある会社・人間が何らかの「失敗」をしでかした時に、マスコミがあまりにもその会社・人間を叩きすぎると、逆に同情を買って支持者が出てくるものだ。

この傾向は、従って、ある種の失敗をした場合に、その「責任」を薄めるという目的のために、利用されることが可能である。
ところがこの構造を良く理解した者に対しては、この「弱者であることを武器にする」手法は、必ずしも本来の効果を発揮しないことがあるだろう。
「私は身体障害者なんです」的な発言は、一般に多く同情を買うだろうが、その発言が必要とも思われない場面でそうした発言がなされると、むかついてきてしまう(笑)。「うわ、自分の無能を武器にしてるで」と気付いてしまうからである。
我々が「弱者であることを武器にする」局面と違って、多くの場合は、そうした「武器」の構造が理解されておらず、単に自分が弱者であることとそれをアピールすることによるM的快楽のみが追求されていて極めて醜いわけだ。

では、この「理屈」をネットの世界に適用すると、どうだろうか。

例えばネットで何らかの問題が起こった時に、この「弱者であることを武器にする」行動はしばしば見られる。
ある人が他人に迷惑をかけた時に、しっかり償ったり謝ったり理解し合うという過程を省いて、さっさと「ネット引退します」などと感動的にやるのは、嫌いだ(これは別に、その行動の道徳的問題とか、責任の取り方の「理想」に対してではない。単に、「私障害者だが.」というその汚らしく傲慢な方法が醜いということだ)。
一体、「ネット引退します」発言をしたうちの誰が、実際にネットをやめたのか?
即ち「私弱者です」という言葉は、実際の「弱さ」以上の「弱さ」を演出しているに過ぎないのだ。
だからこそその発言は単なる感動的で自分勝手なコードでしかないし、見ていて見苦しいわけだ。
少なくとも、何度も「引退」宣言をして、また帰ってきているような人物の「引退」宣言は、おれには茶番にしか見えない。

では、そいつがネットを本当にやめたら良いのか? ということだが、そんなことは全然ない。
ちょっとした問題が発生し、人間関係が歪むとする。
そこでお互いが恐らく望むことは「元の関係に戻る」ことだ。
仮におれがそのような状況になったら、元の関係に戻ることを志向して色々試みるし、どうしてもそれが達成できなければ、新しい、次善の関係を築くことを目指すだろう(最近ある人がシスマをやめた時、おれの対処はこうだった)。
「迷惑をかけたからネットやめます」と言うのは簡単だが、これは「武器」であることを忘れてはならない。
その発言によって、「相手が許してくれ→元の関係に戻る」ことを期待するのが本来の形であって、それが達成されないなら、その発言の効果は全くない。
実際にネットをやめてしまうのは、あらゆる意味で本末転倒である。愚かだとしか言えない。
「目的を達成する」かわりに「感動を生む」だけに終わるのはこの世で最もださいことの一つである(例えば誰かに多重をされて迷惑した。「多重をやめさせる」という具体的な目的を達成するかわりに「多重は汚い」とか「麻雀に対する姿勢がどうの」と語るのは最もださい)。

ネット上の人間関係は、確かに「リセットが効く」のだ。だから「ネットやめます」が武器になる。
「会社やめます」よりも容易に、簡単に、相手に道徳的な贈与の一撃を与えることができる。
だがおれのような人間は、「弱者であることを武器にする」ことが醜いことを知っているし、そんなに目出度い頭を持っているわけではないのである。その程度で感動したりお互い優しい言葉をかけあったりするのは、意味がわからん。
はよ気付けよその構造に。はよ気付けよその醜さに。
価値転倒的な発言は、往々にして、感動的でも美しくもなく、単に当人の劣悪さの発露でしかないのだ。
少なくともおれにとって、「弱者であることの強さ」は「最後の武器」であるし、他にもっとたくさんの強い武器を持っている。
結局のところの負け犬でありたいか?


ついでに一つ言っておきたいのは、多くの人の人間関係の構築・維持の下手クソさについてだ。
東風の団体とかでもよくあるが、極めてくだらない問題で内部の人間関係が変になったり、団体がつぶれたりする。
バカかお前らは。
誰かが誰かの悪口を言ったからどうとか、そんな程度のことでなんでいちいちそんな問題になる?
例えばおれは2ちゃんでさんざん悪口を言われたが、おれがどうかなったか?
シスマ内部の人間でも恐らくおれに悪口を言った人はいると思うが、それで何か問題が生じたか?
そういうちっちゃいことで毎回問題が起きて、人間関係にヒビが入ること自体が弱い。
そんなもんはギャグにして、ネタにして行けるようになりなさい。いちいち「感動」作って目的を見失う愚昧になるな。
おれはリアルの友達で、おれの財布から金を抜き取ったヤツとも、今でもすごい仲がいいよ。
つまらんことにこだわりすぎ。どうでもいいことをいちいち道徳的に捉えすぎ。ドヘタどもが。




01/01/28

オフ会おつ(内輪ネタすまん)

いや、ただいま。東京でのオフ、おもろかったです。
ワニとさ、行く前、「どうせ大しておもんないんやろな もうはよ帰ってゴロゴロしてええ」とか言い合ってたんよ(笑)
おれやワニは仰々しい「イベント」とか嫌いで、家でゴロゴロしてるのが好きなんよね。
それがさ、オフ会終わって帰る時のワニとの会話はどうよ?

とつ「おえおえおえ めっちゃおもろかったな」
ワニ「まさかこんなおもろいとは・・・おれらの分析外れとったな」
とつ「東京のやつらきたね〜〜〜こんなおもろいのにいつでも参加できんねんぞ!?」
ワニ「おえきちゃね〜〜」
とつ「ゲゲゾゾは間違ってるよな」
ワニ「そうそう。あいつ、イメージと全然ちゃうよ!」
とつ「他は?」
ワニ「ぎたーでけえええええ」
とつ「ちゅうかおれら酔いすぎ」
ワニ「お互いこんな悪酔いしたの初めてやな(笑)」
とつ「おえこれでとつとワニは酒弱すぎってことになるねんで?」
ワニ「おえ〜 おれら早起きして上京して試験受けて疲れてたんやよ。ただついてなかっただけやよ 損」
とつ「安定酒の強さで判断して欲しいよな」
ワニ「ていうかたけぴん邸広すぎ しかも都会やし家賃も普通やし」
とつ「ついでに東大生やし きちゃね〜〜」
ワニ「今度最上で会ったら狙い撃ちやな(笑)」

いや、まじで楽しかったっす。
たけぴん、ゲゾ、くろん、ぎたー、直ちゃん、バンナ、カル、りょこ、ありがとね〜

たけぴん邸リアル麻雀では、おれクソカルにたくさん振ったものの、バンナやたけぴんをやっつけました(笑)
終わってみると
トップ カル
2位 ワニ
3位 とつ

・・・

バンナ(謎

はいシスマ勢圧勝( ´ー`)y-゚゚
「とつは東風では強くても実戦では弱い」というのは迷信でしたな( ≧∇≦)ブハハハ! 山積むのも最速でしたよ(笑)
ワニのあのヒッカケ3ピンしゃぼ一発ツモのステキさは忘れませんが(謎

あ。酔ってかなり迷惑をおかけしましたヽ(´▽`;)/
そのせつはすんませんm(_ _)m
既にネットに戻ったとつなのでキャラの問題から、これ以上謝りませんが(爆)。
あ、特にかな、ごめんなあ 酔っててよぅ、店の場所もわからんし、あの時気分悪すぎてしゃべれませんでした・・・
反省してます(ノ_・、)

みんなまた絶対会いましょう(゚ー゚*)。・:*:・ポワァァン



01/01/09

大学3年のある日、サークルの部室に友達と行った。
その時、友達の車で行ったのだが、車を止めるところがなかった。
おれと友達は考えた末、大学の構内の「駐車禁止」看板のあるところに車を止めた(路上駐車とかは、罰金になるからね。大学構内なら違反でも、せいぜい怒られるだけだろう)。
運の悪いことに、ちょうどガードマンが通りかかっており、「お前らちょっと来い!」と言われ部屋につれてかれた(笑)。

友達は始め「駐車禁止の看板が見えなかった」とかウソついてたんだが、はっきり言ってバレバレ(笑)。
だって、駐車禁止の看板を草むらの方に隠すとこ見られてたもん(爆)。
それで説教が始まるわけだが、このガードマン、かなりおかしい(笑)。

「ウソつくなこらあああ」

「なめてたらいけんぞ? こんなことしていいと思ってるんか!?」
「これお前、中東の国やったら死刑だぞ」←なに言うてんねん!(爆)
「おっちゃんは君らに比べたら頭も良くないけどなめるなよ?」←いや頭の良し悪しなんて聞いてへんやん( ≧∇≦)ブハハハ!

あまりにもセリフが面白かったので、おれは顔がにやけるのを隠すためにずっと下を向いていなければならなかった(笑)。
んで、まあ「ごめんなさいもうしません」と謝るわけだが、またそこからがおかしい。

「そう。そうやって素直に謝ればな、問題ないのや」
「駐車違反はいいけど、ウソつくのが悪いことなんだ。正直に言えばな、いいのや」←待て待て。なに道徳的な感動のために目的と過去の行動をねじ曲げとんねん(笑)。

こんなバカな、ドラマじみた「感動」持ち出されると、ぜひまた駐車違反でも何でもしてやろうかと思ってまうわい(爆)。
ベタベタなギャグ言うて一人で笑ってる人と同じで、ベタな感動垂れ流して喜び狂ってるやつら、きしょいよ〜(笑)。

ん? あ、今おれ、17歳の少年の気分なっとったヽ( ´ー`)ノ
ほらほら、たぶん少年犯罪者の心理これやよ。心の教育逆効果やよ( ´ー`)ププー



01/01/07

今見た、謎の夢

今ちょうど起きたのだが、とても変な夢を見た。
なんか、ひさびさに夢を記憶しているので、できるだけ細部まで正確に、注意深く再現しようと思った(笑)。
別にオチとかないのでそのつもりで( ≧∇≦)ブハハハ!


最初、ある建物(どうやら学校のような建物)の廊下を友達と2人で歩いている。2人とも大学生くらいの年齢。
この友達が誰なのかは記憶していない。
しばらく行くと少し広い、ロビーのような所につく。
友達はそこを右に曲がり、おれは正面の部屋に用があったので友達と別れて正面の部屋へ向かった。
すると正面の部屋の入り口近くにオバハンと誰か(誰であるか、性別も含めて覚えていない)がおり、そのオバハンはものものしく、おれがその部屋に入ることが禁止である旨を伝える。
「そのような小汚い恰好で・・・」←この発言だけはしっかり記憶しているが、この発言の前に「失礼ですが」のような常套句を言ったような気もする。禁止の言葉も記憶しておらず、単に「禁止の旨を伝えられた」という認識がぽっと頭の中に生じた、と表現する方が近い。
そしてもう一人の人は、(禁止されなくても)そんな教室に入っていく人はいないだろう、的なことをおれに告げる。

おれはその時なぜか直感的に「このオバハンは、この教室の中にいる誰かがおれに意地悪するために仕向けた人だ」と思い、どうしてもそれに反発したくなった。
夢の中で起こった会話の記憶からはどうして次のようなことを言ったか不明なのだが、おれはとにかく次のように言う。

「これ(恐らく教室のこと)は既に公表されたものであって、従って私がこれを引用することは〜〜〜」うんぬん。

いつのまにか著作権法の問題になってる(笑)。しかも、この発言の段階になるとなぜか、オバハンは「この教室の中を見ることは(法的に)できません」という主張をしていたという設定になっていた(夢の中で、以前に起こったことと以後に起こったことが逆転されて認識されたりすることはよくあることだと思われる、例えば「この状況前も見たな」と夢の中で判断することはあるが、目が覚めてからよく考えると、「前も見た」という間違った認識を、1つの夢の中で行い、そのニセの<記憶>も作られていることがよくある)。

まあともかくこのオバハンとの「議論」では──おれが日常で他人と議論する時と同様に──、「おれが正当だ」という自信があったために、「これを引用することは〜〜〜」以降の発言をするまでもなくおれが「勝った」設定になり、夢は進んだ。

そしてその教室に入ることになった。
(禁止されなくても)そんな教室に入っていく人はいないだろう、的なことを、オバハンのつれに言われていたために、おれは「教室に入ったら、みんながおれに意地悪をするのではないか?」と少し勘ぐった。
入って見渡すと、そこは少し広い教室だったが人は割とまばらで、椅子や机は昔の高校時代のような、セパレートタイプのものだった(はっきりと記憶している)。
しかし中にいた人々はおれには全く無関心で、どうやら全員がおれに敵意を持っているわけではないということがわかる。
おれは教室の前の方に向かって歩いた。
教室の前に進んでいる間に見た風景は、大学の教室と同じ、椅子と机が合体したタイプの教室だった(笑)。なんで設定変わってるんやろ(笑)。

そして一番前の席の所にいくと、一人の男がおれの方を振り返った。めっちゃいかつい顔で、どうやらこいつがおれに敵意を持っているということがわかった。
その時に何か、マンガやアニメのタイトルのような「とつの〜〜大作戦」的なフレーズ(よく覚えていない)を思いつき、おれはなぜかそれをそいつに向かってそれを叫ぶ。そいつは席を立ち上がり、怒っておれの方に向かってくる。
どうやらこいつと殴り合いをするらしい(笑)。
おれは取りあえず教室を出ようと後ろに向かいながら、そいつ以外のそいつの仲間がいないかを確認し、意外にもそいつ1人だけだったのでちょっとほっとする(笑)。
でも殴り合いとか、痛いのはイヤやなあ、と思った瞬間に、これが夢であることに薄々気付き(おれは夢の中で「これは夢だな」と気付くことがけっこう多く、危ない状況になると即座に夢を都合良く変えてしまうことが多い)、「おれ」がこいつと戦うのではなく、誰かがこいつと戦うのをおれが見ているという設定に変えようとした( ≧∇≦)ブハハハ!

もうすっかりおれは「傍観者」である。教室に椅子とかあったんだから、その椅子で殴ったらいいのになあ、とか、その時こう殴ればええのに、とか考えているうちに「勝った」ことになっていた(夢の中で、実際の戦闘部分はほとんど省略された)。
で、最初に廊下を歩いていたときのツレがやってきて、ケンカが恐かったらしくそいつはめちゃくちゃ泣く(いつのまにか、大学生ではなくて小学生くらいになっているのだ!)。
そいつは泣き疲れて眠り、ケンカに勝った「最初おれだった人」はその姿を見てにこっと笑う、というところでこの夢は終わった。最後に泣き疲れたツレや、それを見た「おれだった人」は、フジコフジオのアニメの顔になっていて、おれはもうすっかり「最初からフジコフジオのアニメを見ていた」設定に変わっていた。


以上が今見た夢(笑)。
記憶の順序とか、ニセ認識の存在とか、ころころ変わる設定とか、夢ってのはなかなか面白い性質を持ってるなあ(笑)。
心理学者フロイトは「無意識」というモノを発見し(これは偉大な発見だ)、夢にそれが表出すると考えた(夢分析なんかはあまりにも創造的すぎて、実証的・学問的な意味では何の価値もないが)が、この夢、夢分析したらどうなんやろ( ≧∇≦)ブハハハ!
夢の中でも他人を「論破」したり、「敵がいる」という設定になってるのにはちょっと笑った。
「こんな夢を見た」、という話をする時、普通の人は細部や記憶の順序を細かく再現せず、夢の中であったことなかったこと構わず話のために適当にしゃべることが多い(彼らが語るほど、夢は理路整然と展開しない)が、夢をよく思い出して細部まで記述すると、なかなか面白いと思った。
その日見た夢をこうやって詳細に記述して行ったら、なんかおもろい発見できそうやな( ≧∇≦)ブハハハ!



01/01/06

知り合いと「お正月お年玉麻雀大会」を開いてきた・・・って、4人だが(笑)。
全員、現金2●円を持ち寄り、点リャンピンの東風戦数戦でそれを取り合うと言うもの。
おれを含めて4人とも東風にも来るんだが、Rは上から順に2000・1950・1750・1550。
正直、「ええお年玉やな、グフフ」と思って望んだわけだ。

しかし!
R1550のヤツが、この日はついとった(笑)
リーチ一発ツモ裏3だのやるし、リーチリーチリーチリーチ! とにかくテンパイ早すぎ( ´Д`)
最後の試合など、開始した瞬間、出親でダブリー。ダブリーツモサンアンコやってヽ( ´ー`)ノ
結局そいつがバカ勝ちしたもんで、おれは6●円しか儲からなかった( ´Д`)

ちなみに、シスマ所属ワニ突撃中(R1950)は、2●円丸々もっていかれ、魚のような目になっていました( ≧∇≦)ブハハハ!



01/01/04

「善人」でありたいと願うバカ   善人は笑えない

東風荘で、R2で卓に入ってくる人とか、途中抜けする人おるよな(笑)。
これに対する対処法を述べておきます。

・最上や上ランで打つこと

以上です。
簡単に実現できることでしょ?
文句言うんじゃなくて、対処しようね。
団体とかで大会やってる卓に入られるのはええ迷惑やけど、R2で卓に入ることを楽しむ人の楽しみを、mjmanの許可範囲を超えて奪うことはできないですな( ´ー`)y-゚゚

さて、バカがバカなのは、「正しい」という判断を持ち、それを信じ、しかも曖昧な判断基準しか持たないことだ。
「自分がやっていることが正当である」というあの、古めかしい妄想を持っているのだ。
例えばR2のヤツに対して、必死で「いかにR2が迷惑か」を語ったりしてしまう。
ちょっと考えろや。「R2にして他人に迷惑をかけて遊ぶ」という彼の楽しみにとって、お前らの存在こそ迷惑なんやろ(笑)。
その対等性に気付けよ。「迷惑」を根拠に相手を批判できるなら、お前らだって「迷惑」やろが。
「自分が正しい」という自信を根本に持つな(黒とつを読め!)。
そして、もし「正しい」行動を本当にしたければ、上に言うたような客観的な判断、相手の立場も考慮した判断をしなさい。
なんで自分の正当性しか見てないの?

真剣に、まじめに、「正しい」行動を求めようとすると、必然的に「正しいこと」は相対化されてしまう。
「正しい」という妄想を持っている人らというのは、しょせん、自分の「正しさ」について真剣に・まじめに考え抜かなかった怠惰な人間でしかなく、「正しさ」についての思考が不充分だった「正しくない」人々だ。


そういえばおれに対する文句の中に、「とつげきはいばっている」とか「傲慢だ」とかいうのもあるなあ。
いや別にええやんか(笑)。
こういうキャラだというのもあるが、もっと言いたいのは「だからなんやねん」ってことやね。
おれがいばったら、どうなの?
なぜ、それは「悪い」ことなの?
「悪い」と、おれは具体的にどうなるの?(もちろん法律に抵触するような「悪い」ことはしてないよ)
ひょっとして、単に君がむかつくというだけではないのか?
そこには、おれがその行動をやめるべき、何の根拠もないのではないか?
君が、「オレの方が正しい」と感じているということを除いて・・・。

「正しい行動」「あるべき行動」のテンプレート(規範)が、個人の中に「道徳」として用意されていて、それからのズレを見出して、君たちはおれを批判する。
しかし、そのテンプレート自体が、限りなく、単に作られた幻想なのだよ!
それだけではない。そのテンプレートによる判断は、「敵」に対しては厳しく、自分に対しては甘くつけられている(R2の人に「迷惑だから来るな」と言うのもそうだ。迷惑なのはお互い様なのにね)。
わかるか、その「道徳」という自分勝手な宗教を、捨てて見ろと言ってるんだ。重荷を捨てろと。
そんなものを背負っている限り、決して「ユーモア」のセンスを持つことができない。
心から「笑う」ということができない。
いちいちテレビで放映される「残酷な」殺人事件に苛立ち、いちいち他人の不徳な行為に憤りを感じている狭量な精神では。
それらを捨てれば、全てを笑うことができるだろう。
「R2の迷惑な連中」も、根拠ない中傷も、「いばった」発言も、思いやりのない友人の行動も、全てだ。
その中にギャグのセンスを見出し、あるいはギャグに持ち込む心の余裕が生まれるわけだ。


だからおれは答えを言う。
お前は快楽殺人犯にむかついているが、お前はその犯人と同じ人間性しか持っていない。
良いかな? この文章に違和感があるなら・・・現代思想を勉強しよう(黒とつね)。
不勉強なヤツらは、おれの発言を見ても「ん〜〜よくわからんが、何か風変わりな自分の主張を言ってるなあ」と思うかもしれない。違うよ。これは少なくとも、人間がサルから進化したというのと同じくらいのレベルで信頼性のある、現代の思想界では「当然の」認識なんやよ(笑)。



01/01/03

2ちゃん関係でかしらんが、最近青文字がよく来るようになった(笑)
たいがいはHP面白かったですとかそれ系やねんけども、たまに変なのもあるなあ。

青文字で「ププ 下手」とか「バカ」とかさあ、やめようよ(爆)
なんでそんなしょうもない青文字書いてるのん?(爆)
それ、おれがやられて、おれにダメージあるわけ?( ≧∇≦)ブハハハ!
まじで小学生か?( ´Д`) ほんま頭かわいそすぎるで(笑)

ちょっとは、何かできようよ(笑)
文句あるなら上級掲示板にまじめに書いて、おれを論破してみろや( V∇V)
それができないんやよね(笑)
根拠なくおれにむかついて、蒙昧に敵意を持って、反撃したいけど能力的にどうしようもなくて「バカ」とか小学生レベルの反撃しかできないわけね。
かっこわる(ノ_・、)


一応言っておくが、おれに対して「人間性」的な観点から攻撃するのはやめなさい。
例えばおれがある人物を「多重だ」と言ったり、「下手!」と言ったりすることに対して。
確かに一般では、「他人を疑うこと」は良くないこととされてるし、他人をけなすこともそうやよ。
でも、おれはそんな「人間性」どうでもええねん。
黒とつにも書いたやろ? 人間性という概念は、単に妄想に過ぎないと。

おれが他人の「悪口」を言ったことに対して義憤感情を持っておれに必死でいやがらせしようとしてる人がおるなあ(もっとも、その水準は極めて低く、残念ながらおれを嫌がらせることに成功していないが)。
待て待て。
おれは「多重」と言う時はおれの理論による根拠とか、他人に「悪口」を言うための理屈をちゃんと示してるぞ?
つまりそれは「悪口」ではなくて、主張とか批判とか言うべきものなんよ。
で、君はおれの発言のどの点に不満があり、またはどの理屈が間違ってるかとか、ちゃんと指摘したか?
明らかなウソ・願望を垂れ流し、「ププ」とか必死で余裕さをアピールし続けるだけやろ?
マジメに話すというならいくらでも話してやるが、お前は単に、それができないから遠くからオレを貶めようとするだけかい。
「人間的に劣って」いるのはどっちやねん(笑)。
もちろん、能力もだが。



01/01/02

電話ネタ2

電話と言えば、うちのおとんだ。
「なんでやねん」に、おとんの本気ぶりは書いたが、電話に出る時の応対も、少しおかしいことがある。

おれの名字を、仮に東北としましょう。
我が家は東北家である。
そこに、たまたま同じ名字「東北」さんから電話がかかってきた時のこと。

相手の東北「あ、もしもし、東北ですけど・・・」
おとん「あ、私も東北です」

わかっとるわい!( ≧∇≦)ブハハハ!

これはうちのねーちゃんにかかってきた電話なのだが、相手の「東北さん」は、
笑いを堪えきれず電話口を閉じて爆笑していたらしい( ´Д`)
・・・恥ずかしい一家だこと('ρ`)


電話ネタ3

そういえば、留守番電話というのにはたまに、びっくりするような間違い電話が入ってる。
こないだ、全く知らないオバハンの声で、次のようなメッセがたくさん入っていた。
「あ、もしもし私ですけど。今空港につきました。迎えに来てください。それでは」
「あ〜もしもし? 空港につきました。すぐ来て下さい。では」
「もしもし。私です。もしもし。空港につきました。来て下さい」
行きません。
「もしもし!! 早く来て下さい! 困ってます!!」

頑張って下さい。
「ちょっと!! 困ります!! もしも〜し田口さん!!」
誰やねんお前、そして誰やねん田口さん。

このオバハンが空港から脱出できたことを祈る('ρ`)



01/01/01

新年あけましておめでとうございますゞ(´θ`メ)
今年もとつげき東北をよろしく(笑)。

「終わりよければ全てよし」と言いまして、一年の価値はその年の終わりに決まります。
とりあえず、その時に備え、今日は適当にダラダラすごすことにしましょう。


00/12/31

一年、お疲れさまでした(笑)。
一年の計は元旦にあり、と言いまして、元旦をしっかり過ごすことが大切とされています。
今日くらいは適当にダラダラすごしてもいいでしょう。



00/12/30

いたずら電話〜〜ちゃんと人を笑わせよう(笑)

小学校のころにいたずら電話がめっちゃ流行ったことがあったんよね。
んでもさあ、「アホバカ」言うだけのいたずら電話とか、ごっつしょうもないよな(涙
知的に行きなさい知的に(笑)

おれのやったいたずら電話の会話公開(笑)

とつ「あの、もしもしすみません、お宅の車、ちょっとどけていただけませんか・・・」
相手「あっっ!! はいすみません! 今すぐどけます」

今考えるとごっっっつ迷惑かけてもうたけど、まあ時効ってことでゞ(´▽`;)
でも、相手のあわて方とか考えると、「アホバカ」言うだけのイタ電より笑えるね(笑)。
しかも続きがあって、同じ電話番号にまたかける。

とつ「あ、すみません! やっぱり車戻して下さい」
相手「え!?」

何がしたいねん( ≧∇≦)ブハハハ!

他にも「おかけになった電話番号は現在使われておりません」の例のメッセージを留守番電話に録音しといて、相手に電話してそれを流すというのもやった( ≧∇≦)ブハハハ!
電話口から相手のあわてる声が・・・(;´ー`)y-゚゚

相手「はいもしも・・・あら!? なにこれ」
相手「変なボタン押しちゃったかしら・・・」
相手「ねえあなた〜〜 ちょっと来て 電話おかしい」
旦那「む・・・公衆電話からかかってきたんやろか?」
違う。関係ない( ≧∇≦)ブハハハ!
とつ「あっもしもし? それはさすがにないやろ」 ←いちいち突っ込む(笑)