毒と笑いととつげき東北

日々ふと思ったことなど。適当に更新します。
ネタがある時はめちゃくちゃ書くし、忙しいとほったらかし。
好きなようにやりますよ( ´ー`)y-゚゚


適当に始めたんだが、意外にもこのコーナーはマニアックな人気があるようだ(笑)
当初の予定 毒:笑い:その他 = 7:2:1 だったのだが・・・どうかねえ 主題数的にはこんなもんだが、毒を吐いてる日は長いので、文字数的には 毒 = 9 くらいになってるかな( ≧∇≦)ブハハハ!



00/12/13

天才的ツール「できすぎくん」の未来予想図

v2.96 指定HNを集計に使う/使わないを選択可能に。
v3.00 一通りのバグを一掃
v4.00 史上最強集計ツールの名前を欲しいままに
v5.00 ビームが出せるようになる
v6.00 ライオンと戦っても負けない水準に
v7.00 超新星爆発が起きてもバグが出ない
v8.00 バージョンアップのネタがつき、ウインドウの色とかを細々変えて「新バージョン!」言い出すようになる
v9.00 集計ルーチンに単純な足し算ミスがみつかり、今さら修正するのは恥ずかしいので見なかったことに
v10.00 HN「とつげき東北」の場合だけ安定Rが「3000」と表示される機能を搭載


00/12/12 (タイトルの割にお笑い系っす)

西田哲学はいかにして巨大なかたまりを形成するに至るか

西田幾多郎という、日本の哲学者(昔の人ね)をご存じだろうか?
(いきなり余談で申し訳ないが、「ニシダ キタロウ」と読む。「イクタロウ」ではないので注意。特に、我が東北大学の某教授のように「昔はニシダイクタロウなんかの哲学書を、学生は読んでいたものだ。最近の学生はそういったものを読まなくなった」など識者ぶろうとして失敗するのは
チョーダサイので注意)
西田は、「日本が生んだ最大の(古典的な)哲学者」ともてはやされていた人だ。
西洋の哲学では、「主/客」の二元論が「問題」となっていた時代。
「主体−客体」の二元論を超克したのが西田哲学だ、と(一部の日本人に)言われている。

有名な著書「善の研究」くらいはおれも読んだわけだが。
なにこれ。
このオッサンただの変人やぞ?(爆)

まあ小難しい話は嫌なんで、あまり説明しないが、「リンゴを見る」という動作を取り上げた時に、「見る」主体と、「見られる」客体(リンゴ)を完全に分離して考えるのが西洋二元論です。で、これに色々認識論的な問題(どうでもいい問題)が生じてきて、これが古典哲学の行き詰まりの一つであったわけ。
それを克服する方法、「リンゴを見る」に付随するある種のパラダイム(固定観念、と捉えて問題ないよここでは)を打ち破ろうと、この西田はどうしたか。

「月を観て美しいと感ずるのは、此月を見ているのではないのである。月と合一に成るのである。」
「花の香りを愉しむのは、此花の香りを嗅いでいるのではないのである。花と合一に成るのである。」
主−客は、「対立するもの」ではない、と。それらは「合一」になるものだと西田は言い、これを「絶対矛盾の自己合一性」と呼んだ。

いやなんのこっちゃねんゞ(´θ`メ) 

ただお前、「合一」ていう言葉作って当てはめただけやないか( ≧∇≦)ブハハハ!
それで二元論を「超克」した? 
なにゆうてんねん!
「絶対矛盾の自己合一性」とか難しげに言うてごまかすなや!
矛盾しとるのはむしろお前の思考回路やろが。
「絶対矛盾の自己満足哲学」やね。
なにごとも解決せず、何の新しい知識も認識も、そして哲学も得られないわ!

とまあ、マトモに批判しても面白くないんで、ちょいと色々考えてみよう。

「AがBを〜〜する」を全部、「AがBと合一になる」と読み替えてみよう。

麻雀をするのではなく、麻雀と合一になるの?(笑) 
なんか、ださいそれ(笑)。
「ドラをツモって、ドラをカンして、カンドラが乗ったが振り込んだ」のは
「ドラと合一になり、ドラと合一になり、カンドラが合一になったが合一になった」と言える。
いや結局何が起こってんそれ。
2回もドラと合一になってるし・・・ええのんか? ちょっと合一になりすぎちゃうかな?

たぶん、「ポンする」ことも「合一になる」ことやから、あれやね。発声も変わる。
「ポン!」「ロン!」「カン」ではなく──「合一!」「合一!」「合一!」。
どれやねん。
普通に麻雀させろや!(ノ´Д')ノ


あとあれか? おまえ、朝自分がうんこしてうんこ見たとき「うんこを見るのではなく、うんこと合一になる」のか?
きぃちゃねええええええ

「犬が月を見る」のは、「犬が月を見るのではなく、犬が月と合一になる」わけか・・・。
とすると「月を見ている犬を、猫が見る」のは、「月と合一になった犬と、猫が合一になる」わけね( ≧∇≦)ブハハハ!
それをオレが見たとして、オレは「月と合一になった犬と合一になった猫と合一になる」ということに・・・
待て! おれは猫見ただけやよ! そんなめんどいことしてへんよ!!
ほんでさあ、それひょっとして、全てのものが最後
でかいかたまりになってまうんちゃうか?
想像したらなんかわらけるが(笑)。


「哲学」てのは、現代でもそうやけど、とにかく言葉のイメージとかで現実から離れていくんよね。
数学が「高度な抽象化」のために「難解な概念」を出すのとは違い、単に、見栄えが良くて新しそうに見えるから「難しそうな言葉」を出す。そこには、オブジェクトの概念が存在しない。
そのくせ、数学や自然科学に対してルサンチマンいっぱい。「しょせんそれは物事の表面しか見ていない」とか思ってる。
なんちゅうか・・・
大衆っぽい。

困るのは、大衆は「難解だが高度な概念」と「小難しいだけの宙に浮いた概念」の区別をつけられないために、「なんか難しそうだが都合がいいぞ」というような方に賛同してしまうことやね(二元論を克服したい→この難しそうな「自己合一性」で克服できるんちゃうの? よっしゃ賛同しとこう・・・など)。
「麻雀の流れは、牌の確率的分散に付随するある種の偏りによって起こり、うんぬん」と、ちょっと小難しく、数学とかを取り入れているように書かれると、「流れ信じたい」人らは、コロっとその意見を飲んでしまうのね。

おれみたいに自分で高度な概念を出せるようになれとはいわん。
たのむ、とつの高度な知性と、やつら無能詐欺師の知性とを合一・・・ちゃう、同一視することだけはやめてくれ(*~ё~*)マプッ



00/12/11

マナーのためならルール違反もいとわない連中(直感>>論理)

「ルール」は「論理」である。「これこれこういうことをしてはいけません」という取り決めであり、そこには明確な規則がある。
それに対して「マナー」は、いわば「直感」に対応する。明確な取り決めは存在せず、個人個人によって、また状況によって判断は変化する。

さて、ルールとマナーが論理と直感に対応するのであれば、当然の事ながら、大衆には後者が受け容れられると言えるのだ──ここまでの説明からはいささか飛躍しているように見えるかもしれないこの仮説は、しかし極めて的確に現状を表している。

子供の頃(小学校2年生とかそういうレベルである)、子供同士の遊びの中で、とつはいつも他の子供が「ルール」を破り、自分の都合の良い「マナー」を持ち出すことに立腹していた(笑)──小学校2年生とは言っても、その論理性においては40際の大衆よりも上であるから当然である。

例えばすごろくをやっていたとしよう。
おれがたまたま6を連続して出し、ダントツに勝っているとする。
そうすると彼らは「ずるい!」などと言う。6ばかり出しているから、振り直せと言うのである。
そして一人がそういう発言をすると、他の周りの「負けている連中」もそれに賛同しはじめるのだ。
幼心に、おれは全ての友達に対して
おえ頭悪いよこいつらといつも思っていた。
もし6が連続して出たら振り直すのであれば、それは何回からか? そいつらが6を連続して出している時に、彼らはその提案をしたか? そういうルールにするならそれはそれで良いが、最初からそう決めとけや! 明確に「ルール」として定めないと、結局「(力の)強い者が勝つ」だけになり(この場合「6が出たら振り直せ」と指摘する集団の暴力)、そんなものはおれらが望むゲームとは違うだろ? と思っていた(あろうことか、学校の先生までも、ゲームがたまたま一方的に進むとこうした「意見」を正当なものと判断したものである)。

すごろくの例はほんの一例にしか過ぎない。
あらゆる「ゲーム」で、あらゆる「学校の決めごと」で、彼らは自分に都合が悪くなると「自分なりのルール」=「マナー」を持ち出し、「ずるい」「せこい」という言葉を以て、当初の「ルール」を破ってまで自分に都合の良い結果をもたらそうとするのであった。

逆におれがルールに異議を申し出るときは、「もしおれが逆の立場だった場合でも、このルール変更は要求するだろう。そうでないと、ゲームがうまく機能しないから」など、「客観的な」判断を基にしていたものである。例えば、あるファミコンゲームで、それさえ使っていれば勝ててしまうような異常に強いアイテムの使用をお互い、あらかじめ禁止しておくとかね。そのアイテムの使用を禁止することで、我々各々が初めてゲームを楽しむことができる。にも関わらずこういう時でも、大衆はあぶなくなるとそのアイテムを使ってしまうのだ(涙)。「結局おれの勝ち〜〜」などと言い出してしまう。
ずるいよ。
それ認めたら2度とゲーム楽しめなくなるやん。なんで彼らは短絡的な自己保身のためにそういうことするねん・・・といつも感じていたわけだ。

今一度確認してほしい。
彼らは「ルール」を、自分たちの「マナー」によって更新する(ルールに反していないのにも関わらず、彼らに都合が悪いような行為を禁止する)。逆に彼ら自身は、自分たちの都合で「ルール」を破る。
これが全ての大衆の──小学校低学年から積み重ねられた──、ああ、無能さと卑怯さと無知蒙昧さの証なのだ!

彼らはいつでも論理を破り、それに代わる、彼らに都合の良い
だけの直感的判断を持ち出し・・・そして、そういったものこそが「マナー」の形式なのである。

何ら法律に反していない行為でも、彼らに都合が悪ければ「悪い!」と決めつけ、騙される低能さが原因なだけの「悪徳商法」を批判して社会的に抹殺しようとたくらみ、単に新々宗教の関係者がその土地に住むことにさえも「立派な市民運動」を以て制限しようと試みる。法的にはむしろお前らが間違っているのに。自分たちの都合だけで。
お前らは狡猾(ルールに違反せず、しかし裏をかいて目的を極めて効率的に達成すること)なのではなく、常に卑怯(目的のためにルールを平気で破る)なのだ。
「衆愚の盆栽」でのぷりんの挙動を見れば充分に理解できるだろう。

これが全ての「道徳」の、全ての「マナー」の、全ての彼ら無知蒙昧どもの行為の形式であると──結論づけて良いだろうか・・・?

ほれ、「麻雀毒舌雑言」で書いたけど、あれね。
「ルール」に反していないのに、彼らに都合が悪いと「マナー」を持ち出す。こっちの「マナー」はお構いなしで、あっちの「マナー」だけを一方的に主張する。ほれみたことか。

他にも・・・直感的判断で、「こんな犯罪を犯した少年は、死刑にしろ!」と。
ごめんそれ、ルール(論理)で定められた基準ではない。
なんで君は、ルールを破ってまで直感で人(少年)を殺したいの?
なんで君のような無能にそんな権利がある?
お前小学生のころから知能発達してない。全ての大衆。
こういう手合いこそが、いざ自分に都合が悪くなると、途端に態度を変える連中カモナー。



00/12/10

本日、「とつげき関東」が最上卓400戦のデータを出した。
400試合、安定R2020。仮に「相当ついていた」としても、安定R1950程度は充分見込める値だ。
実にすばらしい。

関東はおれと出会ったころ、R1600台で、なんかおれが最上卓で打っていると「とつげき関東」なるHNでいつも観戦に来ており、おれは「だれやねんこいつ・・・」と奇妙がっていたものだ。

その後ちゃんとしゃべって仲良くなり、関東はシスマーに入った。

関東の最もすばらしいところは、とにかく試合数をこなすという点に尽きる。
「忙しくない時のとつ」と同じ程度に試合数をこなすメンツは、シスマーでは関東くらいではないかな?
どんなに不調になっても、またあるいは好調で見かけのRが2000になっても、関東は臆することなく打ち続ける。

試合数をこなし、データを出し、とつがアドバイスし、また打ちまくる。
これで成績が上がらないわけがない( ≧∇≦)ブハハハ!
「頑張れば誰でもRが上がる」というほど世の中は甘くないが、関東は頑張ったし、Rが上がった人だ。

関東を観戦していると、下手打ちというか、タコ打ちもまだけっこう目立つ( ≧∇≦)ブハハハ!
でもデータを重視する以上、今シスマーのメンツの中で、麻雀においておれが最も信頼しているのが、毒と並んで、なんと関東ということになる( ´ー`)
すばらしいよ。

(´・ω・`)ノ☆・゚:*:゚ 才×〒"├♪

ただ一つ、注意してほしいのは、関東は「同じ状況で同じ牌が切れる」ような形式化が少々甘いことね。
「感覚」的に打っていると、不調を迎えた後などに、打ち方が変化して実力も低下してしまうことがある。
そのへんだけ気を付けて、次は超級技術者を目指して下さい( ´ー`)



00/12/9

「新しいもの」の形式──なぜ大衆は「友達大好き」なのか、あるいは、常にヒマを感じざるを得ないのか

我々知性を持つ者にとって「新しいもの」「深いもの」とは、常に、より高度で複雑なものを表す。
高校数学を理解した状態から、大学の数学を眺めると、「新しい!」「深い!」発見でいっぱいである。

一方、大衆にとって「新しいもの」とは何であったか?
単純に、「今まで見たことがなかったもの」である。

例えば数学で言えば、ある教科書に例題と、その解答が載っているとしよう。
我々ならそれを見て、次のページの類題を解くことができるだろう。なぜならそれらは「同じもの」でしかないからだ。
大衆にとってはそれは全く「新しいもの」なのであって、彼らは例題の解答を見ても、類題を解くことができない。

常々感じることだが、物事を形式的に把握し、抽象化し、一般化して知識にするという作業が、どうも大衆は苦手であるらしい。
だから、同じような言葉、同じような発想、同じようなギャグ、同じようなドラマ、同じような問題それぞれに、いちいち新鮮さを感じ続け、それ故それ以上の段階に到達する能力的余裕が生まれないわけである。

彼らの好奇心の方向は、単に今年の服の流行は何であるかとか、そういった方向(横に広がる方向)にしか向かない。
我々の好奇心の方向が、常に、より「深い」もの、より「複雑な」ものへと向かうのとは対照的である。
「新しいもの」の形式が異なるからだ。


とつは、紙と鉛筆さえあれば(さらにはそれさえなくとも──自分の頭脳さえあれば)、何時間でも「ヒマツブシ」できる。
なぜなら、今まで自分の持っていたある知識を、より深め、広げる作業をそこで行うことができ、言い替えれば常に自分自身で「新しいもの」を発見していくことができるからである。

大衆は、常に友達とむれていなければヒマであるらしい。
彼らは決して自分一人で何らかの「新しいもの」を見出すことなどできず、他人の経験や発言を聞くことによって──それが全く凡庸なものであったとしても──唯一、「新しいもの」に出会うことができるのだ。

とつは、普通の(つまり水準の低い)友達と一緒にいても、そこから何の「新しいもの」も得ることができない。
なぜなら彼らの発想や経験は常に、とつの形式化した範疇を超えない程度のものだからである。
彼らはとつにとって、「同じ事しか言わない」連中なのだ。

前にも述べたが、仲間内で「個性的だ」と言われるようなどんな大衆も、おれから見れば単なるそこらによくいる大衆に過ぎない。知性のある人物の視点から見れば、「個性」は必然的に「知性」に依拠せざるを得ない。



00/12/8

前回の続き

概念が明確でないということは、それだけ精神が蒙昧なのである。世界が小さいのである。

虹の色は日本では7色だが、国によっては5色であったり3色であったりする。

例えば「青」と「緑」の差を明確に認識できず、それらをいずれも「青」としか認識できないということだ。

認識(区別の精度)が小さいということは、精神世界が圧倒的に小さいということであり、つまり、その人の世界自体が薄っぺらいということだ。

おれが普通にしゃべっていると、「小難しい」と言われたりする。

残念だ。

彼らの認識には、おれが当然使い分けるような「区別」が存在しないのだ。

「流れ」という言葉も、定義によって様々な概念を表し、種々の様相を見せるというのに、彼らの世界は、とつを相手にするにはあまりにもちっぽけすぎた。

「本を読むことが立派」とか「マンガはダメ」なんて言うつもりはないが、あまりにも君たちの世界は、「周りにいる大衆の発言」「ドラマの発言」だけで構成されすぎている。
紙切れのようにうすっぺらい世界に生きる者ども。


とつの精神世界は、まるで無限である。
そこにはあらゆる発見があり、あらゆる明確な区分があり、各々が整然と連結されている。
人生の最終段階で、鮮やかな世界を振り返ることができるのはとつであり、その日その日の体験に存在を浪費し続けた者どもとは──「生きる価値が違う」のだろう。



00/12/7

概念を明確にするというあたりまえのことができない者ども

大衆においては、いかなる「概念」も、恐らく短絡的な保身のためだけにその場その場で作られる稚拙な言い逃れにしか過ぎない。
例えば「流れ」という「概念」であるが──とつが「流れが存在しないことの証明」で書いた通り、彼らはまず第一に「流れ」の熱心な信者であると共に、最も「流れ」の概念を把握していない人間なのである。
彼らは、彼らの苦手な「科学」「数学」に対するアンチテーゼとしての「流れ」に惹かれ、いかに数学や理屈が麻雀において通用しないか(いかに自分の方法・自分の思考が無価値ではないか)というただ1点に固執する。
「流れ」についてマジメに研究する気があるなら、少しくらいは概念を明確にし、それについてデータを出すなりすれば良いのに。
ひとたび議論になると、彼らはとつがびっくりするほど蒙昧で、何事も理解しておらず、何の概念も把握していないのである。
その場その場で定義をすりかえ、論理をごまかし、虚勢を張り、ただ「流れを信じてま〜す」というダサイ結果だけが残る。
(例:「絶対あるとも絶対ないとも言い切れない。結局信じるかどうかだ」など。
うるさいわゴミが!凡庸すぎ
その「すりかえ」も、議論に勝つために計画的にやっているのなら、とつには通用するわけはないにしても、まあ良い。驚くべきは、そうした「狡猾さ」からではなくて、彼らが素で、つまり彼らの能力的限界──IQが120もないとか──から、無意識のうちに彼らがそうした「ズル」をしているという事実である。
いとあはれ。

このような「ズル」は、いたるところに見受けられる。
例えば彼らお得意の「人間性」の概念においてさえそうだ。

本当に思いやりがあるなら、少しは少数者のことを気遣えよ(黒とつ参照)。
お前ら発展途上国に寄付することさえめんどくさがるくせに何が「思いやり」「命は大切」やねん。
能力のある者を無根拠に貶めといて、何が「人間として立派」やねん。アホ。

自分たちの都合の良い部分だけで「人間性」を測り、自分たちだけ「人間性」が高くなろうと志向する。
「概念を明確にせず」、「短絡的な保身のためだけに」──「人間性」という概念をでっちあげたのだ!
これが大衆というものだ。


これは「特殊な例の一般化」とかでは全くない。少しでも明晰な頭脳で見れば、大衆のカスさはそこら中、あらゆる場所に見てとれるものだ。

たとえば・・・こないだたまたま見たNHKの「討論」番組で、高校生とゲストが、命の大切さについて語っていた。
無論、全ての発言が蒙昧で、曖昧で、参加者全員がいわばあたかも知的障害者であるかのごとくレベルの低い討論であった(つまり世の中で行われているほとんどの「議論」と同じレベルであった)。
その中で、まあ、「命は大切」的な論調になってるんだが。
あるゲストが「命の重さを感じる経験」として、自分の子供が産まれる時に、妻の希望──「自分だけの力で子供を産みたい」を聞き入れ、病院に行かず、危険を承知で自力出産させたという話を「感動的に」語っていた。
なに「自分だけの力で子供を産む」などというわけのわからん感動(自己満足)のために、子供一人の命を危険にさらしてるねん。命の重さ全然わかってないよ!!
これで「命は大切」言うてんねんから呆れる。ほんま、大衆はどうしようもない。頭が悪いねんから語るな。ていうか死ね。
大衆うんち。

何度も言うが、お前ら愚図は決して、「立派な人間」ではありえない。立派なことをする能力も劣っているからね。
ただただ、その日その日の偶発的・感覚的な体験にその存在を浪費し続けるのみ。
立派な人間であるための必要条件は、IQ140以上であると言いたい
( ´ー`)y-゚゚ハフフハフー



00/12/6 (電話代払ってきましたので書きます 笑)

凡庸性の起源「なぜ彼らはあんなにも同じ事しか語れないのか」という問題への解答としての分析

例えば次の発言。
「東風で勝っていても、実戦ではどうかわからない」。
じゃあ、もしおれが実戦で勝ったら彼らはどう考えるか?
「麻雀なんて結局遊びだから・・・どんなに麻雀が強くても実生活で役立たないなあ」
彼らは自分自身を納得させる。
じゃあ、仮におれが「実生活で」成功したら?(例えば現段階で言うと、偏差値の高い大学にいたら?)
「どの大学に入ったかではなく、何を学んだかが大事だ」
じゃあおれがC++などのプログラミングをそつなくこなし、けっこう学問を修得しているとわかったら?
「勉強ばっかりできても、思いやりや心がなかったらなあ・・・」

この、「負け−逃げ−虚勢(価値転換)」の形式について、以前の日記で何度か書いてきた。
さらにこれを一般化し、彼らのあの
「類い希なる凡庸性」の起源について考えてみよう。

彼らの全ての「価値基準」は、彼らの保身のためだけにねじ曲げられることを繰り返し(東風で勝ちたい→東風で勝てることがすばらしいことではない、実戦で勝ちたい→いやそもそも麻雀で勝てることは何も優れたことではない・・・続く)、
必然的にある1点に収束する。
それが「常識」であり「道徳」である。
なぜ、
「必然的に」、常識や道徳に行き着くのか?
それは一般人が、それら以外の、何らかの「能力」を必要とする分野では全く勝てないからに他ならない。例えば「東風で勝った」なら、そのことに誇りを持つはずで、「東風と実戦は違う」などとは(少なくとも無根拠には)言う必要がないはずだ。しかし彼らは、そうすることができない。
ゲームでは負ける。知性でも負ける。かといって「実社会」に出ても、やっぱり勝てない。勝利は常に、一部の優秀な者にのみ与えられるからだ。

もう勝てる分野が残ってないよ。困った。でも唯一どんなボンクラにでもできることが「常識」を知ることであり、「道徳的な思いやり」を持っているポーズを取ることなのだ。
能力のないクズにも「勝ち」を用意してくれるたったひとつの基準が、「常識」「道徳」の基準なのだ。知性がなくても、社会的に成功していなくても、特殊な才能を全く必要としない基準。むしろ、特殊な才能を持つこと自体を異端視できる、彼らゴミどもにとって夢のような基準(例:「勉強ばかりしていると心が成長しない」)。

平均人が勝つための基準がここにある。この「常識」「道徳」という中心地に。
むしろ逆に、
負け続けた平均人が「負け」を認めないために必死で作り上げた、怨恨と嫉妬と虚勢とに満ちた、醜く腐った肥溜めこそが「常識」であり「道徳」なのだ
だから負け続ける者ども、怨恨と嫉妬を常に感じ、虚勢を張り続けざるを得ない無能ども、即ち平均人の「考え」は、薄気味悪いほど似たり寄ったりな「常識的な」「道徳的な」ものになり、彼らの発言は一様に同じような傾向を持ち、およそどんなHPの「私の考え」を見ても凡庸で個性がないのである。


さらに彼らは、彼らの「勝ち」を、より一層もっともらしくするために、互いの行動を「立派」だと褒め合う(12/4に書いた、掲示板での褒め合いの形式です)。「常識があるね。すばらしい」「思いやりがあるね」と。
あろうことかあの中心地、この世で最も醜い肥溜めこそがすばらしいことにしてしまうとは!

このようにして、「常識」「道徳」に基づいた発言ばかりか、「常識化する方向」「道徳化する方向」を持つような莫大な量の凡庸な発言が垂れ流され、知性ある者から見ると、彼らが一様に「同じ事しか語れない」ように見えるわけだ。


「勉強ができてもダメ!」「ゲームで勝っても意味ない!」と言って能力という価値を全部無視して、
「本当に大事なのは心だよ」と聞き飽きたデマを流し・・・彼らが唯一手にしたものだけにほんとうの価値があるんだよ、と・・・・・・・・・・ああ涙が出るほど哀れな・・・お前らは自分の保身とちっぽけなプライドのことだけを考えているに過ぎないのだ。何の権利があってお前らごとき虫けらが科学や知性や全ての能力をバカにし、自分たちの「直感」だけを優れていると見なすのだ。
極めて残念なことだが、
お前ら全然人間として立派じゃない。能力も生きる価値もない。

「原子爆弾は良くない」と悲しそうな顔をして語ることは誰にでもできることだが、原子爆弾の理論を造ることは誰にでもできることではない。とつは後者を、そして後者だけを尊敬する。


常にその場にある「価値基準」から逃れ続けざるを得ない彼ら。
全てに負け続け、全てから逃れ続け、もがき這いずり回り、最後に行き着く「道徳」と「常識」。心。感性。思いやり。
残念だったね。「常識」「道徳」なんてもんがいかにダサく、間違っているかはおれが「黒とつ」にて証明した通りだ。
お前らが唯一すがれるものは、子供用のオモチャでしかなかった。
おれは全ての部分でお前らと勝負できる。そして常に、圧倒的である。
ん? 「勝ち負けが全てじゃない」んでしたね(笑)。
おめ。



00/12/6

人間には2種類いる。

即ち、電話代金を払い忘れて電話とめられる人とそうでない人だ。

(私は前者であるので本日はネット休業)



00/12/5

桜にゃとまぷとシスマについて( ´ー`)

東風での身近な知り合いの中で、女性での実力者と言えば桜にゃ・まぷの2人だ。
いずれも第一の最上(超ラン)で数多く試合をこなし、Rも(安定Rもね)高い。
二人とも一応「裏しすまー」のメンツだ。
桜にゃはシスマーメンツ入れても、上位3人(とつ・毒・桜にゃ)に入る実力者(最高のデータでは400戦超・安定R2035)。
まぷもシスマーでかなり上位にいるレベルだ(安定Rは1900弱)。

何より良いのは、どんなに負けても1つのキャラで打ち続けるという点。そしてしっかりRを取り戻す。
女性は、負けてRが下がるとすぐ新キャラ作ったり「もういや!」言って打つのをやめたりしそうなイメージがある(あくまでおれのイメージです)。
男でこういう根性なしは鳥肌がたつほどきしょい('ρ`)。
女性でならまあかわいいんだが(笑)、やっぱり芯が強い女性の方がかっこええ(笑)。
しっかり試合数をこなしているから、短期的な好・不調があっても(機嫌は悪くなるが 笑)、打っていれば実力通りの結果になることを知っている。また当事者には異常と感じられるほどの不調も何度か経験しているわけで、精神的に強い。

この2人を見習わねばいけない。
どこかにも書いたが、とにかくまずは試合数をこなせと言いたい(できれば相手はランダムでチャットなしが良い)。
例えば、最上なら最上で最低400試合くらいのデータが出てからでなければ何も言えない(できれば800試合)。
おれは上ランから最上に移行したとき、あまりにも振りまくって、ついてね〜〜〜と思ってた。
けど、1000試合以上こなした今から思えば、最上というのはそもそもそういう水準の卓なのであって、満貫テンパイが5回連続上がれなかったり、3回連続追っかけに振ったり、オーラスに8000点差もあるのにまくられることが連続したりすることはけっこうあるものなのだ。
つまり最初の負けまくりは、おれが実感していた「不調」よりも、実際は軽い程度の「ちょっと不調」でしかなかった。

データを出したら、それに対して今の値はこうだから、ついてないな〜と言えば同情もする。
安定Rがこれだけ上がったと言われれば喜んでおめでとうと言う。

シスマーメンツなら、そのへんを理解して欲しいね。
主観だけで「ついてない」とか言われても困る。
最近しばらくRが2000超えてるから「実力があがった」だのというダサイ判断はしてはいけない。
おれのように安定R2000でも、200試合以上の間一度も2000に戻らないことだってあるし、不調自慢ならそうそうは負けないよ(試合数が多いのだから、その分巡り会った不調の数や質はおれの方が上である可能性が高い)。

おれは、シスマーメンツの実力を、シスマーで認められている「称号」以外のどんな指標でも見ない。
みかけのRがいくつになろうがそんなものは関係ない。
関東が2000になった時、もちろんめでたいんだが、そこで「関東の実力が2000に上がった!」とかは思わなかった。

シスマーにおいて重要なのは「結果」ではなくて、少なくとも「理論に基づいた結果」であり、あるいは「理論」そのものだけである。



00/12/4

いかにして表現の陳腐さから逃れ能力を伴った傲慢さを獲得するかについて

麻雀において、たった1試合の結果では強さははかれない。
つまり「結果が全てだ」という発言は、理屈として褒められたものではない。
従って「結果が全てではない」という発言の方が正しいが、発言者のルサンチマン(失敗と、それを隠蔽するための価値転換)の発露である場合が多く、醜い。
とつならこう言うだろう。
「理論が全てだ」と。



00/12/3

輝かしい「個性」などお前らにはないということについて

そこらによくいる無能がマジメに何かを語ろうとしたとする。
彼らは必ず、あたりまえのことか間違ったことしか言わない。
「おっ? おもろいやん!」と感じられるような発想は決して生まれない。
それは彼らが、現実に根ざした分析的な思考ではなく、言葉のイメージや受けの良さしか求められない水準だからだ。

まず彼らのかわいそうな頭脳にあるものは「常識」であり「常識的言語」なのだ。
「〜〜が全てではない」
「バランスが大事だ」
あたりまえ。
「〜〜が全てだ!」なんて、今時本気で思ってる人なんてそうそういないだろ。
バランスの良い点=最適点 が最適なのはあたりまえだろ。

また一方で
「他人に迷惑をかけるのは良くない」
「どんなことがあっても、命を粗末にしてはいけない」
間違っている。
これらの発言がなぜ間違っているかの論理的根拠は「黒とつ」に書いてあるが、とにかく間違っている。

本当に、冗談抜きで、彼らは「あたりまえ」なことか「間違っている」ことしか言えない(ほんまやで。純粋な意味で)。

大衆は知性の程度が低いために、こうした「常識」しか語ることができず、また自分の発言の限界もそこにあるので、そのレベルの発言を「すばらしいもの」「えらいもの」と互いに見なし合うことによって、互いの発言が互いに「えらい!」ものとなるように無意識に志向する。
彼らは、例えばHPの掲示板で「面白い意見ですね」「色々考えているんですね」とお互いのクソみたいな発言を、さもクソみたいではないかのように確かめ合う。
強烈にださい。

そんな常識は何度も聞いたし、あたりまえだし、あるいは間違っているし、ちょっとHP巡りをすれば5回に1回くらい発見できる程度の発言だろ。「みんなが言っている」発言だよ。本当にその程度のものが「面白い意見」か? 「色々考えている」人がそんなマヌケな発言するか?
「個性」「自分らしさ」がうんぬん言っているくせに(これらもダサイ言葉だ)、個性のかけらも、自分らしさのかけらもない。
ただただ周りの人と同じ事を、ドラマのセリフを、うんこ本で読んだ考えをそのまま言っているだけ。おしなべて凡庸。
実名というかHNを出して悪いが、「衆愚の盆栽」に載ったぷりん氏のHPなどは典型的である(これはあくまでもおれ個人の見解である)。

思想にしても、また「ギャグ」にしても、新しい発想を自ら創出していくことができる人間は少ないのだ。

一方、知的に興味深い発言・分析の数々が、とつのHPにはある。
斬新で、表現豊かで、しかも「常識」よりも圧倒的に正確で・・・そして毒舌である(笑)。
「おっ? おもろいやん!」の連続である。
HP巡りをして5回に1回発見できる水準とは、あらゆる意味で違う。
こうしたものこそが、唯一「個性」と呼ばれるにふさわしいものに違いない。

おれは服装とか地味やよ(笑) ん? 君は髪の毛の色を変えた? それが個性だって? 
すごいですね。



00/12/2

とれたてホクホクネタ「見よ! これが大衆の形式だ!」

超ハゲという人が
>R2が増えてきたな
>そんなことでしか自分をアピールできないんだな

などと発言したのを受けて。

とつげき東北 >R1413とかやと下手なだけなことがばれるからな
魔○△賊 >ま、Rなんかあんま気にしないけどな。俺は。
↓超ハゲ >ん?別に下手でもいいじゃん
とつげき東北 >下手なことがばれないよう、Rは2にしてケンカかな(笑
魔○△賊 >Rの高さと麻雀の強さはあんま関係ないぜ? 実際打ってわかったが。
↓超ハゲ >誰でも最初は下手なんだぜぇ
とつげき東北 >下手でいいとは思わない 無能は常に醜い
とつげき関東 >(´ー`)ププーッ なんかあほおる 
とつげき東北 >そういう凡言を吐くな < Rと実戦がうんぬん
↓超ハゲ >最初からうまいやつはおらんよ
とつげき東北 >うまくないだけでなく うまくない権利を主張するカスが醜い
魔○△賊 >こんばんは♪ >☆kirara☆
とつげき東北 >即ち「Rは気にしない」「R高くても意味ない」「実戦なら勝てる」等
↓超ハゲ >ややこしいことを言うなぁ・・・
とつげき東北 >大衆は凡庸であるばかりか凡庸たる権利をも主張する
↓超ハゲ >ふーむ 凡庸
魔○△賊 >何だったら実演で証明してやろうか?
☆kirara☆ >こんばんは♪>魔○△賊
とつげき東北 >青文字よこすな まさか1試合の結果で勝ち負け決めれると思ってる?
(彼の試合数は400程度。Rは1500台)
とつげき東北 >だいたい、おれが超ラン以外の「勝負」など受けるわけがなかろう
とつげき関東 >なんかなぁ 魔○△賊←さっきジーコにもいじられてたなぁ (苦笑)
(青文字)魔○△賊 >ま、R低い俺に負けたら自分の価値観がかわっちまう
↓超ハゲ >めちゃイケはまだかー
とつげき東北 >発言者の知的水準の低さが最も明確にわかる発言だな
とつげき関東 >魔○△賊>からな。そういう逃げも一つの常套手段だ (≧∇≦ )ニャハハハ!
とつげき東北 >ま、R低い俺に負けたら自分の価値観がかわっちまう
魔○△賊 >そっか。。多重だったのか。
とつげき東北 >価値観がわかるってなんやそれ 頭悪い人間はしゃべるな 
←はいおれ見間違いしてるね(爆) チョンボ
とつげき東北 >http://totutohoku.b23.coreserver.jp/hp/ 集計ツールと毒舌あり
魔○△賊 >R高いヤツに限って、、、実際弱いもん。
←しかしそれにつっこめないほどの余裕のなさ
とつげき関東 >逃げるなら 徹底的ににげろや ぼけ お前中途半端やねん(笑) 
とつげき東北 >R高いヤツに限って、、、実際弱いもん。 ←はい馬鹿がいますよお♪
魔○△賊 >逆に、R低くても、ムッチャ強いヤツいるし。どっちも事実だ。
とつげき東北 >偏差値高いやつに限って知性がない とかと似ているな
魔○△賊 >特に、「穂村剣心(愛)」ってヤツ。こいつはマジで弱い。
とつげき東北 >偏差値低い大学にも賢い人はいる とかとも似ている。
魔○△賊 >弱い上に、負けたとき言い訳するから更にタチが悪い。穂村剣心(愛)
酒色スパナ >はぅ!とつが遊んどる(≧∇≦ )ニャハハハ!!
とつげき東北 >願望を語るな 事実に目を向けろ
とつげき東北 >短期的な結果で強い弱いを語ってるからそういうダサイことになる
魔○△賊 >願望じゃねぇよ。事実だ。お前が知らないだけにょ。>とつげき東北
とつげき東北 >だからそれ、ほんのわずかなサンプルだろうが 意味ないねんそんなん
↓超ハゲ >だんだん温まって来ましたねぇ〜 とつげき&盗賊
酒色スパナ >ま、わしがとつより強いのは確定なのだが♪ヽ(´▽`)/
とつげき関東 >gita
とつげき東北 >サイコロ降って6が出たからと言って大喜びしてるのが君。ださい。
魔○△賊 >はぁ? あのバカ(おちんちん)多重なの??
酒色スパナ >はいはい。
とつげき関東 >unko
とつげき東北 >Rの分布がどのようになるか数学的に解明したおれと違い、
酒色スパナ >わしに勝ち越してからいいたまへ(爆)
とつげき東北 >君はただ「Rが高くても弱い」など願望を語っているだけ。器が知れる
魔○△賊 >実際、穂村剣心(愛)って、R高いけど、ホント、弱いモン。
とつげき東北 >なにも結果を出せていないのが君であり、そうでないのが私だよ.
酒色スパナ >もしやわしは逃げ場を与えてしまったのでは!(反省)
魔○△賊 >実際俺も勝ったことないし、ソイツ。
とつげき東北 >だ・か・ら 少ないデータで語っても意味ないんだよ♪ わかるう?
とつげき東北 >どの程度少ないデータだとどの程度変動するかまでおれは計算した
いお@殲滅兵 >いろいろやってるんですね〜〜>とつげき東北さん
とつげき東北 >http://totutohoku.b23.coreserver.jp/hp/ 頭の違いを痛感すると良い
とつげき東北 >まあ相手になるわけないのでこのへんで終了.  ( ´ー`)ノロコサン
魔○△賊 >お酒はいいねぇ。お酒は人の心を潤してくれる。

いや、それはその通りだがね(爆)

12/1の日記には、「価値の転換」について書いたが、大衆は価値を転換して「負け」を脱しようと試みると共に、現在の価値基準の中でも、必死で都合良く解釈して「負け」ないようにしようとする。

「東風の強さと実戦の強さは違う」→「東風の強さ」という価値を相対化して自分がダサイことを隠す試み。
「実際に打って勝った」→麻雀の「強さ」は少ない対戦結果では出ないのに、それをねじ曲げて上に立とうとする試み。
なぜ東風で上ランにさえ来れないようなヤツらが、さも自信満々に「東風と実戦とは違う」と言うのか?
なぜ彼らはあんなにも哀れなのだ・・・(´-`、)

「負け」の原因を相対化して、その上あわよくば「勝ち」にもちこもうとするんやね。
「偏差値が高くても人間性が悪ければダメ」 ←負けの原因(偏差値)を相対化
「偏差値が高い大学にも、どうしようもないバカはいる」 ←ついでに勝てたらうれしいな♪
「いい大学に行ってる人に限って心が汚いことも多い」 ←やかましわ(爆)

お前らは単に、現行の価値基準で負けただけであり、仮に他の基準にしても、お前らが勝つ保証などどこにもない。
彼ら無能は、あの手この手で有能な人物の足をひっぱろうとし、足をひっぱる能力さえも劣っているのだ。
足のひっぱりかたまで凡庸で、工夫がなく、いつも同じセリフばっかり。
まあ、「衆愚の盆栽」でさんざんわかってると思うけどね(笑)。

あることができない。
それ自体ダサイことだが、まあそこまではオレも許す。
「できない」現状から脱しようと努力するかわりに、「できる」人を無根拠におとしめるのはいいかげん、やめろ。
このカス! カス! カス! 見苦しすぎるわ! あ〜きちゃな。



00/12/1

おれのサークルの友達で賢いヤツがおんねんけど、そいつは文学部やねんよ。
賢いにも関わらず文学部なんか入ってもうた日には、けっこう悲劇やよ( ≧∇≦)ブハハハ!
要するに文学というのは、本来運のみなものに、あれこれ理屈や価値をつけていくという作業やからね。
賢いと(そして例えば現代思想なんかをちょっと勉強すると)、「おえそれ運のみやん」て一発で気付くから、けっこう苦痛なようで(笑)。

研究室で渡された「文学系の論文」があって、そいつがファイルに綴じてるんよ。
こないだ見せてもらったら、いたるところにそいつの
ツッコミが入ってるねん(爆)。
地に足のつかない、めちゃくちゃな分析に対して、最初のうちは「ここを〜〜と捉えると〜〜と矛盾する」「〜〜という前提が勝手に捏造されている」とか、マジメにそいつが書いてるねんけども、後の方になると
「ちょっと待て」とか「少しは考えろ」とかのツッコミが入りだす(笑)。
論文の最後の結論部分が長々と、仰々しく書いてあるねんけど、友達は最後にひとこと
「ちがう」とだけ書いていた( ≧∇≦)ブハハハ!
おえおえ、気持ちはわかるが、相手必死で結論書いてるのに、そのひとことはかわいそうすぎるで!(爆)

他の論文では
「死ね」と書いてあった(爆)。(しかも教授とかに見られることを気遣って、わざわざくずした字で 爆)

彼曰く、「文学まじで頭悪い人多すぎ。中には賢い人もいるんだが・・・」。
彼の研究室のドクターの人は、「我々は日本文学を守る責任がうんたら」語ってしまっていたらしい。
それこそ
ちがう。
で、友達がそれにちょっと軽めにつっこんだら、その場では反論できず、後になって個人的な嫌がらせを受けるようになったらしい・・・
論理的に弱いからって、ちょっと暗すぎるで君(爆)

ただ、残念ながら文学系統は、教授とかでも大半バカなので、賢いのより、バカな幻想に浸ってる系の論文とかの方が、受け容れられやすいんやってよ(笑)。そいつも「適当なこと書きまくって教授って、楽でいいなあ なりたいなあ」と言ってるが(笑)。

哲学科の友達に哲学科の惨状も聞いたが、とにかく、この系統の「ぱっと答えが間違ってるとわからないモノ」には、頭の悪い勘違い連中が入り込みやすいようですね。
×がすぐ出るものには徹底的に弱く、だからこそそうでない分野になると、水を得た魚のようにはしゃいでしまう連中、「語る」ことが得意な連中が・・・。

無能が仕組んだ壮大な価値転換の形式。
「数字や論理が全てではない」「結果より過程がだいじ」「頭の良さより心の優しさ」と同形式。
曖昧化、蒙昧化による自己保身。



00/11/30

マンガの登場人物の行動について

どらえもんにおいて、できすぎが「できすぎさんすごいわ」と褒められたときのできすぎの行動。
できすぎ「たいしたことないよ」
のび太がめずらしく褒められたときののび太の行動。
のび太「いやあいやあ」ドラえもん「なにが嫌なんだよ! よだれよだれ!」

しかし、同じ「褒められる」ときの行動でも、「謙遜する」「よだれを垂らす」ここまで差をつけるとは( ≧∇≦)ブハハハ!
フジコフジオっておもろいと同時に、黒くて好きや(笑)。

ギャグマンガの主人公の行動は、徹底的に短絡的でないとまずい。決して「立派さ」がでてしまってはいけない。
例えば、「こちら葛飾区〜〜派出所」の両津は、昔めっちゃ短絡的で金に汚く、そこがおもしろかったのだが、最近はなんか、「人間として立派な」行動が鼻につく。それと同時に、マンガ自体も死ぬほどつまらなくなった。

マンガと言えば、おれはこの年で「週間少年ジャンプ」を愛読してる(笑)。

ほとんどのマンガは読まず、悪人の心理描写とかが正確な「ハンターハンター」とかを読んでる。
マンガ家というのは基本的にバカなので(知識がない・分析力がない)、登場人物の心理描写がめちゃくちゃなことが多いねんけどね。
例えばマンガに出てくる「秀才」「エリート」は、「一般の人がそれらに持っているイメージ」そのままの発言をしてしまう。
「小難しく」語り、しかもそれが全然地に足をつけない分析なのよね(笑)。
「いじめって必要悪じゃないかな? 他人を犠牲にすることで自分のアイデンティティーを保つ・・・」
そんなこと言うのは大衆だけ。
エリートはそんな頭悪い間違った発言しない。


同様に、凶悪な連続殺人犯が、なんか主人公の刑事に感動的なこと言われて心の葛藤を起こしたり・・・
そんないい人は連続殺人しない。
ていうか、「犯罪」に対して全ての人が罪悪感感じるなんて、まさに夢物語。

マンガの作者が、人の心理をちゃんとわかってないから、マンガの登場人物はみな心理的におかしい。
こうなるとシリアスなマンガ(ドラマもやね)の全てが、一気につまらなくなる。

「自分の居場所がない・・・」とかって、なによ。
24年間生きてきてそんなこと感じたことないわ。
そういう心理は実在しないねんって。単に、はやりでそういうセリフが存在するだけやんか。

そしてジャンプに顕著だが、マンガ(ドラマも)の主人公は一様に、ある状況である傾向の行動をしてしまうのんね。
自分の「守るべき」女性が傷つけられたときに切れてめっちゃ強くなったりね。決めゼリフも一緒。
そら自分の好きな女性が傷つけられたら切れるのはわかるが、パターン化しすぎやろ。
「その話、この前別のマンガでみた」言いたくなる。
しかも切れたら、何らかの知的な方法で復讐したりするのではなくて端的に強くなるだけ。
そればっかやっときゃええやん( ≧∇≦)ブハハハ!



00/11/29

がんばって徹夜でできすぎくんの空欄埋め作業をした。
プログラミングというのは基本的にものすごく根気のいる作業で、ストレスもたまります(笑)。
どうしても望む結果が得られない時があり、例えば「上がった順目を調べる」という作業だけに6時間もバグ取りさせられたりするわけです。
そういう時はタバコの量も増え、ハイになりつつ
「おえええなんで上がり順目が20355になるねん! 山長いわ!
とかつっこんだりしてるわけです。麻雀並にぶちきれることもけっこうある( ´ー`)
でもプログラミング時は本気で集中してるので、自分が何しゃべってるか、後になって思い出さないとわからんねん(笑)
無意識に言葉が出てる。こういう時にでる言葉というのは、頭がそっちに働いてないぶんバカげてて、かなり笑えたりする。今日ヒットした叫びは

「なんでここの値まで変わるねん! そればっかやっとったらお前の勝ちにきまっとるやろが!!」←誰が、何に勝つねん( ≧∇≦)ブハハハ!

「もうおれの負けでええからお願い! 出て! お願い!」←泣き落とし始めた

「おっしゃ出たあああああ! ほらみろやボケ! 弱! おれ天才!! さっきのうそじゃ!! もうおれの勝ち〜はいお前だせええええ」←お前がださいわ!!!

(;´ー`)y-゚゚

・・・隣の人、怖がってるやろなあ(;≧∇≦)ブヒャラ!



00/11/27

近年、コンビニ弁当とか、スナック菓子がダメになってきた。昔は大好きやってんけど(笑)。
・・・これって歳のせいなんかなあ('ρ`)
おれにとって、コンビニと言えばカップラーメンなんだが( ´ー`)
安い系のカップラーメン美味しいランキング上位(独断)

・麺の達人(もう消えたかな)
・チキンラーメン

あれ、3位以下が思いつきませんな。。
カップメンも、脂っこいギトギト系はちょっともう、ダメですが(笑)。
基本的に、メンがしっかりしてるやつは美味しいと思う。だから、200円を超える系統の「生麺」は、別格においしい。
んで、そうじゃないやつでは、上の2つがおいしい。
チキンラーメンは、あの陳腐さで、あのノーマルさで、しかしどうしてもたまに食べたくなる味(*~ё~*)
あと麺の達人は、カップメン界の至宝ですわ( ≧∇≦)ブハハハ!
予備校時代、これのみで1週間くらい過ごしたりしてた。金がなかったんじゃなく、おいしかったからね(爆)
みなさん、ぜひお試しあれ。
逆にスーパーカップ系は、もはやおれの身体にはムリっぽい(笑)。

ラーメンで今まで食べた中で最も
まずかったのは・・・
カップメンではなく、仙台にある「姫らー○ん」という店の
「姫地獄」てやつ。
名前からして大馬鹿としか言いようがないが、「地獄」は、「激辛」という意味よりむしろ「まずい」という意味に取るべし(ノ_・、)激辛やのに、
死ぬほど甘いねん! まずいわボケ(ノToT)ノ ┫:・'.::・┻┻:・'.::・
めっちゃ腹へってたのに、3口くらい食って帰ったわ(ノ_・、)
・・・DRY、食ってみ( ≧∇≦)ブハハハ!



00/11/26

待合いで顔文字だけのメッセージを出したら「顔文字だけのメッセはやめろ」と言われた。
理由は「意味がない」「うざい」からだそうだ。
おれが「別にルール破ってるわけでもないのにチャットを制限するお前の方がうざい」と言い返したら、「他人に迷惑だろ」とかわけのわからぬことを(笑)。
オマエモナー
と言いたいところだったが「他人の迷惑などしらんわ(笑)」と、ちょっとアグレッシブにレスしてみる(笑)。
以下は一応ログの関係ある部分の抜粋。あんまおもんないかな(笑)。まあ記録にね。

誰○○○? >まぁそんなもんだろうね 君は
とつげき東北 >頭の悪い人間が 自分だけの理由でチャットを制限する方がうざいよ
DRYMEN.html >(どっちもうざい)と思った人が59人くらいいそうだ。
誰○○○? >俺が自分だけの理由でチャットを制限していると言うのかな?
誰○○○? >それは無理だなぁ 俺ってmjmanじゃないし  制限なんか出来ないよ
とつげき東北 >いや一般にな とにかくmjmanに許容されていることを制限するな
誰○○○? >ただ俺は意味無いことはヤメろって言いたいだけなんだよねぇ
とつげき東北 >だから意味あるやろ 顔文字だけで笑うやつもいるし
誰○○○? >だってさぁ 普通に会話してる人の邪魔になるとは思わないのかい?
とつげき東北 >書いて本人が満足すればそれで意味あるやろ
誰○○○? >顔文字だけで笑うのはあまり関心しないなぁ コメントつけろって
月組☆まゆ >とつの顔文字かわいくないところが好き(*ノノ)キャ
とつげき東北 >まず 意味がある/ない を論拠にした時点でムリ
月に祈る天使 >ドヘタヽ(#´Д`)ノドヘーター
☆Calris☆ >同感、どちらか言うととつさんの顔文字は「嫌し系」だ・・(爆)
誰○○○? >じゃぁ空白レスに意味があると言えるかい? 言えないだろ
とつげき東北 >ドヘタが麻雀して意味あるんか? 言うてるのと同じ
月組☆まゆ >「嫌し系」爆
誰○○○? >ソレと同様に 顔文字のみの発言も意味無いと思うんだよね
とつげき東北 >充分あり得るわい 記号論勉強しろや(笑)
誰○○○? >永遠の恋君 青文字は勘弁な  待合で喋れ
とつげき東北 >顔文字のみの発言も意味無いと思う ←結局君がそう思うだけ
誰○○○? >っつか重いなぁ なんでか分かる? 意味無い発言が多いからだよ
dote-ra >こいつの発言が1番意味無いじゃん→誰○○○? 重くしてるだけ
誰○○○? >夜だからじゃぁないんだよ   あと俺に青文字はダメよ
誰○○○? >今 待合に居る人数と 昼間に待合に居る人数はさほど変わらない
とつげき東北 >まあ 知識量が圧倒的に違うし このへんで終わりと.
誰○○○? >夜になるとバカが増えるんだよねぇ  なんでだろうね?
誰○○○? >あのさぁ 自分の存在を知らせたいための顔文字のみ発言はヤメろ
とつげき東北 >一歩進んでこうしてみればどうだろう?
とつげき東北 >君やその知り合いが、極めて面白い発言をしまくる。そうすると
誰○○○? >ハッキリ言って意味無いから  
とつげき東北 >そうすると「意味のない」発言が邪魔で、みんなが不満を持つだろう
とつげき東北 >本当に「意味のある」高度な発言をする能力があるかね?(笑)
キンタマニア >おまえ自身が意味ないジャ〜〜〜〜ン
誰○○○? >とつげき君 勘違いしてるね  俺にネット上の知り合いなど居ないよ
誰○○○? >俺は意味のある発言をしろ とは言って無いんだよ
誰○○○? >ただ 意味の無い発言はヤメろって言ってるんだ 分かるぅ?
とつげき東北 >あ 出かける なんかあれば掲示板にでも書いてくれや(笑)
とつげき東北 >http://totutohoku.b23.coreserver.jp/hp/ ←ここのね んでは

結局「顔文字に意味はない」の1点張りかい(笑)
恥ずかしいセリフ・ワンポイントチェック:
〜〜に意味がある・ない というのは、知識がある人に見られるととても恥ずかしい言葉なのでやめましょう(笑)。
あ、もちろん、ある目的が明確に定まってて、それに対して、というのならかまわんけどね(笑)。
目的・対象・人によって、意味があるかないかなどコロコロ変わるわけで、一般化して「意味がある/ない」ちゅうのは恥ずかしいから注意(-_★)
漠然と「生きることの意味」がどうとかね。



00/11/25

「弱い者のするスポーツは、徹底して醜い。」

とつが大好きな毒舌東大学長・蓮実重彦の言葉。

全く同感としか言いようがないが、これはスポーツにかぎらん。

無能の取り組みというものは常に、極端に醜いものだ。

取り組むな、むしろ死ね、と言いたい。

努力したとか言うな。

努力したのにできないそのだささが醜いと言っている。

・・・とまあ毒吐いてみたわけだが。

ほらさ、語りよ、語り。頭悪いのに考えるなっちゅうねん( ´ー`)プププーッ

のうのうと生きてだらだらしとったらええねんって。

どうせ全て間違ってるねんから( ≧∇≦)ブケケ

ネット回ってるとさあ、よく見るんよねーださい語り('ρ`)

それらの特徴

・感動的であったり感傷的な文章である
・「悪い」人の批判が入る

フムー まずさあ、「黒とつ」でも読めやこいつら(笑)

あのさあ、死ぬほどかっこわるいねんよ? あれ系って(笑)

超わらけるねんけど。

「〜〜の気持ちを考えれば、ネットの人間関係はうんちゃら」とかねえ。

またそれ系に凡愚なレスつくんだわこれが(ごっつ苦笑)

彼らはまじめに考えようとしても何らまともな結論を出すことはできない。

バカやからバカ同士で、なんや曖昧な、わけのわからん部分でわかりあったつもりになっていっぱしの「感動家」なっとる。

お前ら、その「語り」、ただ気持ちよくなっとるだけやん。何も解決してへんやん。あーきしょ。醜。

ギャグも冴えず、まじめにも語れない。

人を笑わせることができず、人に笑われることしかできない人物。



00/11/24

定期的に更新されるコーナー作ろうっと(゚ー゚*)フフ

なんとなく思ったこと、テレビ見た感想とか、なんでも書くわ。

ま、おれが自然体で書くわけやから、自然と 毒:笑い:その他=7:2:1 くらいになるがな( ≧∇≦)ブハハハ!