第三なんでやねん・日常に潜む恐怖


 
 学生で一人暮らしをしていて最も厄介なのものとは、一体なんだろうか。掃除? 洗濯? やっぱり炊事? いやいや、そんなものではない。それらは、自分の都合に合わせて適当にこなせるし、慣れてしまえば苦痛ではない。決して慣れず、必ず苦痛を伴うものが、ある。
 
 入学当初の日曜日の朝。まだ八時前。ゆっくり眠り、良い夢を見ていられる至福の時間である。と、突然、
 ドンドンドン、「東北さ〜ん、おはようございま〜す」。
本気で早いわ。まだ寝とるっちゅうねん。朝っぱらからの突然の来訪、これに勝る苦痛はない。そのまま眠り続けたいのは山々だが、入学当初は実家からの荷物配送があるため、無視するわけにも行かない。怒りを押さえつつ、玄関に向かう。「は〜い、いま出ます」、そう言ってドアを開けると、配達員の元気な兄ちゃんが荷物を抱えて立っている……のではない。どこにでもおる普通のおっちゃんが立っとるだけやで。だれやねんおまえ。
「新聞、取ってます?」
 
なめとんのか! こんな朝はように来るなや! 絶対取りたないわ!
 そう、これこそ、最も恐るべき一人暮らしの敵、勧誘である。
「あぁ、うちは今んとこいりません」
「大学生ともなれば、新聞くらい読んでおかないといけませんよ」
「いえ、結構です」
 はっきりと断っているにもかかわらず、新聞屋のおっちゃんは「またまたぁ」などとにやけて肩をポンポンと叩いてきたりする。むかつくからにやけるな! なんもおもろいこと言うてへんわ!
「経済的に負担になるし、結構です」
「まぁそう言わずに。国立大学に入ったんだから、月三千円くらい親の負担になりませんよ」
 なるがな! それにオレは二浪しとるんじゃ! 負担かけまくりやで!
 うんざりしながら無理矢理ドアを閉め、追い払う。まぁ、世間話をされなかっただけ、まだ良かった。こういった類のおっちゃんは、勧誘ばかりでなく世間話もして楽しみたがる、といういやな性質を持つ。

 さて、次の日の朝。昨日は勧誘のせいでよく眠れなかったので、布団でゴロゴロしていると、
 ドンドンドン、「すみませ〜ん、平井ですけど」。野太い声が響く。
 平井? 誰それ。そんな名前に聞き覚えはない。ひょっとするとアパートの管理人だろうか。それとも、隣人のご挨拶とか? いざドアを開けてみると……
またきのうの人きてるで! 同じやで! この人調子のっとるで!
 昨日断ったモノを、今日受けいれるわけがない! 私があからさまに嫌な顔をすると、平井のおっちゃんは「今日はサービス券渡しに来ただけ」などと言って誤魔化し、ビール券五百円分を置いてさっさと帰った。これはラッキーである。サービス券は、新聞勧誘にまつわる唯一のメリットと言っても過言ではないだろう。とは言え、それを差し引いても朝っぱらから叩き起こされるのはかなわない。他にも色々な新聞社からの勧誘があり、まったくもってウンザリ、であった。
 
 そこで、このような悲劇を二度と繰り返さないよう、私はある方法を採ることにした。単純だが、ドアに「新聞の勧誘お断り」と書いた張り紙をしておくのだ。こうしておけば、さすがに新聞屋の人たちも遠慮する。事実、新聞の勧誘はピタリと止んだのである。が、
平井、なんでおまえだけ張り紙無視して来んねん! しかもこのおっちゃん、やっぱり世間話が好きであった。たまたま私が海外に電話している時に勧誘に来たことがある。私が「今海外に電話中で、電話代がかかるので今度にして下さい」と丁重に断っているのに、「またまたぁ」と言って肩をポンポンと叩く。それやめろ! うっといんじゃ。電話しとる言うとるやろ! 私が遠慮がちに「では、また」と言ってドアを閉めようとすると、何か大切なことを思い出したように「そうそう、東北君」と声を掛けてくる。
「なんですか」
「東京女子大学って、レベルはどのくらい?」
 知らんがな! どんな世間話やねん。勧誘技術低いで!
 
 この人の異様なしつこさには、本当に参った。張り紙をでかくすればでかくするほど、ますます気に入られる。「自分の意志を持ってる、いい学生だ」、
ただお前に来て欲しくないだけじゃ! 意志も高まるわ。
 このおっちゃんが如何にしつこいかは、勧誘の内容を見ても一目瞭然だ。普通、新聞の勧誘には「一ヶ月サービス」とか「ビール券千円分」などが常套手段である。それに惹かれて新聞を取る人も多いだろう。良いシステムである。しかしこの人は違った。いきなり「一ヶ月サービス、しかも毎月おっちゃんが五百円だしてあげる」などと言うのである。
はっきり言って勧誘べたである。なんであんたがオレに債務負うとんねん。まあ、契約すれば給料が増えるのかも知れないが……。とは言え、恐らく法的に問題アリだ。
 どれほど勧誘されても、私にはハナから新聞を取る気が全くない。何度も何度も断り続けた。私が頑固に勧誘を拒否し続けると、このおっちゃんは「一ヶ月サービス」「ビール券千円」に加え、ついに
「五千円やるから」などと言って、財布から五千円札を取り出し始めたのである! 足長おじさんかお前! シロウトの私が口を出すのはどうかと思うが、おっちゃん、多分やり方おかしいで。普通の勧誘員は、そんなことしてへんで。
 
 結局、あまりの押しの強さに負け、私は三ヶ月間、新聞を取る羽目に陥ってしまったのであった……。安眠の保証と引き替えに。
 「なんでやねん!」という言葉は平井のためにある、と言っても言いすぎではないと思われる。    (完)


          
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